真面目に集うで章 1 帰還、動き出す終焉
ガイアスの世界
雪嵐大猿
フルード大陸にのみ生息が確認されている魔物。
雪のような毛並と雪嵐の中から現れることから雪嵐大猿という名前がついた。
強靭な筋力による物理攻撃を得意とし、口からは一瞬にして対象を凍らせることの出来るブレスを吐くことができる。
数は少ないが、大型の雪嵐大猿が何体か確認されている。
どうやら群れのボスであるようで、その巨体は普通サイズの雪嵐大猿が子供に見えるほどだという。
ボスはその巨体から周囲の地面を揺らし、相手の動きを封じることが可能である。
コング系は他の大陸にも多く降り、大陸の環境によって様々な進化を遂げている。ガイアスの世界において最も種類の多い魔物の種族とも言われているが定かでは無い。
四章 真面目に集うで章 1 帰還、動き出す終焉
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
己の能力を高めるため、自分達が持つ伝説の武具を使いこなせるようになるため、ガイアスにある小さな島国、ヒトクイにある真光のダンジョンに足を踏み入れた伝説の武具の所有者達。
元々は光のダンジョンと呼ばれていたその場所は、伝説の武具を所有している者が足を踏み入れると、踏み入れた者達に試練を与える場所へと変貌を遂げるようになっていた。従来の光のダンジョンとは、比べものにならないほど強力な魔物が出現するようになった真光のダンジョンに伝説の武具の所有者達は挑んでいくのであった。強くなるために。
伝説の武具の所有者達が強くならなければならない理由、それは人知れず世界を終焉へと導こうとしている者から世界を守るためであった。しかもその期限は二週間。
短い期間の中、出来うる限りの成長を目指し、彼ら伝説の武具の所有者達は真光のダンジョンの魔物達と激しい戦いを繰り広げ勝ち残り、経験を積んでいく所有者達の成長は著しかった。
当然伝説の武具が持つ能力により、所有者達は驚異的な成長を遂げたわけだが、それだけでなく所有者達一人一人の努力による所も大きい。
それに加え、伝説の武具の所有者であるアキ=フェイレスと伝説の武具の所有者であるブリザラ=デイルが率いるパーティーに伝説の武器の所有者であるスプリング=イライヤがくわわる事によってその戦力は跳ね上がった。
パーティーとしての戦力が跳ね上がった要因は、純粋なアタッカーの増員であった。
今まではアキがアタッカーを一人で勤め、ディフェンスをブリザラ、奇襲をピーランが、そして後方からの魔法援護をウルディネがという形であった。だが真光のダンジョンに現れる魔物達をアタッカーであるアキがさばくのには、物量的に少々無理があった。今まで無事でいられたのは、伝説の武具達のお蔭といっても過言では無い。迫りくる魔物達を一手に引き受けるアキにかかる負担は計り知れないものがあった。
それを現すようにアキと伝説の武具であるクイーンの中で蠢く黒竜の存在が、魔物との戦いでアキの中に湧き上がる暗い感情を喰らい、暴れまわりる状況が生まれてしまったこともあった。
だがそこにスプリングという新なアタッカーがくわわったことによって、アキに今までかかっていた負担は軽減されることとなった。
伝説の武器の所有者である上位剣士スプリング=イライヤの活躍は凄まじいものであった。
咄嗟の判断力や相手を混乱させる速さ、勿論攻撃力も申し分無いスプリングは、第二のアタッカーとして申し分の無い活躍であった。
スプリングは元々伝説の武器の所有者になる前から、戦場界隈では『閃光の双牙』や『若手で一番剣聖に近い男』と二つ名や異名が知れ渡っていた。
そしてスプリングは伝説の武器であるポーンの能力『職業転職』をある程度扱えるようになっていた。
その能力は本来ならば転職場で転職申請をしなければならない職業の転職を、戦闘中にその場で一瞬にして転職することが可能ということだ。
時にはアタッカーとして前に出て、魔物を切り伏せ、ある時は後方に下がり魔法を唱え魔物達を一掃する。伝説の武器の能力のお蔭で現在のスプリングは多種多様な戦闘職に切り替えることで、あらゆる局面でその力を振っていた。
そんなポーンの能力を聞いて卒倒したのはアキであった。伝説の武具クイーンの能力はある意味でポーンと対局にある能力であったからだ。
クイーンの能力は『職業生贄』というものであった。名の通り、所有者が今までなったことのある職業を犠牲にすることによって、あらゆるものの力を己の力と変えるものであった。その能力により、アキは黒竜の力を手に入れることができ、ロストゴーレムを使役することが出来たわけだが、それにより今までになったことのある職業を二つ犠牲にしたのであった。
犠牲にした職業の割に、黒竜やロストゴーレムの力は破格の力を持っていたわけで別段気にすることでもないのだが、アキにとっては自分だけ伝説の武具の能力を使うたびにリスクが生じるのが気に食わなかったようだ。
アキの当面の目標は真光のダンジョンで己の能力を鍛えることも最優先ではあるのだが、伝説の防具クイーンの能力を最大限に生かすためには、転職が出来ないダンジョンを出てからクイーンの能力を使うためにどれだけ転職できるかが鍵になっていた。
スプリングやアキの目まぐるしい成長に隠れてあまり目立ってはいないが、伝説の武具の所有者であるブリザラの成長も目に見はるものがあった。
安定したアタッカーのお蔭もあり、ブリザラは魔物との戦いを後方からしっかり見て学べるようになった。戦況が見えるようになれば何処で己の持つ、守るという力をどう振えばいいか理解できるようになる。その上戦いの状況把握ができるようになれば、指示もだせるようになる。伝説の盾であるキングの立ち位置である伝説の武具の頭脳という能力との相乗効果もあり、安定した戦いができるようになっていた。
その他伝説の武具持ちでは無い、上位精霊であるウルディネも無詠唱での水の魔法で大活躍であった。
ただ、未だピーランは目覚めない。ダンジョン内にある魔物の現れない場所で休憩をとるたびにキング達がピーランの体を調べたが、見解は皆一緒で精神的な消耗によるものであった。死に関わるような状態では無いようなので、ピーランが目覚めるのを気長に待とうという話になった。
ところで、スプリングと一緒に落ちてきた自称ガイアス一の鍛冶師であるロンキだが、しばらく皆から忘れ去られ、いじけながらスプリング達に着いてきたようだ。それに気付いたスプリングもアキやブリザラ達も驚いていたようだった。
ロンキは自分に気付かなかったことをずっと根に持っているようでしばらくスプリングやアキブリザラ達の後方で恨み節を呟いていた。これが現在の伝説の武具の所有者達の大体の状況である。そして……
― 真光のダンジョン前 ―
真光のダンジョンに伝説の所有者達が足を踏み入れ、十日が過ぎた頃彼らは久々の太陽の光を浴びていた。伝説の武具の所有者達は、己の能力の向上という目的を遂げ真光のダンジョンからの帰還をはたしていた。
「ま、眩しい……」
久方ぶりの太陽の光に目を細めるアキ。
「ああ……ようやく外だな」
スプリングはそんなアキをみて笑う。
「ピーラン、外に出たよ」
スプリングに背おられた未だ眠り続けるピーランに外に出たことを伝えるブリザラ。それぞれの表情は真光のダンジョンに入る前よりもたくましくなっているように見える。
「そ、外にゃ! ああ恋しき太陽……!」
太陽の光を浴びて感極まったのか、大きな目から涙を流すロンキ。
「おお、外だ……」
ダンジョンから最後に出てきたウルディネも外の光を浴びて外に出たことを実感していた。
「さて……俺はこれから転職場に行くぞ! お前らはどうする?」
アキは自分がこれからどうするから口にすると他の者達にもどうするか聞いた。
「私は……ピーランと宿に向かいます」
スプリングに背負われ眠っているピーランを見ながらブリザラは答えた。
「俺は……」
考え込むスプリング。真光のダンジョンに入る前に別れたソフィアのことが気になっていた。
「俺は……とりあえずヒトクイに滞在する」
考え込むようにして腕を組んでいたスプリングは決意するようにソフィアを探すことを決め、ヒトクイに残ることを皆に伝える。
「私はアキに付いて行く」
ウルディネはアキに付いて行くことを短く伝える。
「私はニャ……」
「そいじゃ一旦バラバラだな……集合場所はここで……四日後にまた会おう!」
スプリングはロンキの言葉を無視するように他の皆に四日後に真光のダンジョン前で会うことを伝えると、寝ているピーランをアキに渡すと手を振ってその場を後にしはじめた。
「ハイ!」
「ちぃ仕切りやがってよ!」
スプリングの言葉に元気よく返事を返すブリザラとピーランを背負いながら悪態をつくアキ。
「あ、あの私はニャ……」
スプリングの背中が見えなくなるとアキとブリザラもお互いの顔を見合って町に向かって歩き出しそれに続くウルディネ。完全に無視されるロンキはポカンと口を開けたまま、硬直していた。
「も、もういいニャ! もう私はお前らに力を貸さないからニャ!」
硬直が解けた直後、ロンキは泣きながら叫びその場を猛ダッシュで駆けていった。
なぜロンキがここまでスプリングやアキ、ブリザラ達に無視をされているのか、それはいずれ語られることもあるかも知れないが、別段知る必要も無いことである。
一時ではあるが再びバラバラとなった伝説の武具の所有者達。再びこの場に集まり、戦いに備えるため、彼らはやり残したこと、やらなければならないこと、見守らねばならないことを胸にその場を後にしたのであった。
― 小さな島国 ヒトクイ ガウルド ―
「……」「……」「……」
言葉を失う、アキ、ブリザラ、ウルディネ。崩れた家、燃え落ちた木、怪我をした人々、淀んだ空気。そこはまるで戦場のようであった。崩壊したガウルドに茫然と立ち尽くす三人。
「おいおい……いったい何があったんだ……」
周囲を見渡しながら信じられないという表情を浮かべるアキ。ブリザラやウルディネも周囲を見渡し現在のガウルドの状況に驚愕している。
「アキ!」
ウルディネがアキの名を呼び、空を指差す。そこに視線を向けるアキとブリザラ。ウルディネが指差した先には空ではなく、ガウルドの象徴であるヒトクイを統べる王、ヒラキ王の住まう城であった。城も町なみ同様ボロボロになっており城からは黒い煙が上がっていた。
「城で…何が起こっているの?」
ブリザラがガウルドの城で何が起こったのかと口にした瞬間、城の一部が爆発する。町にいた人々はその爆発に悲鳴を上げる。
「……爆発した……? 戦闘中ってことか?」
アキの言葉を聞いてか聞かずか、城に向かって走り出すブリザラ。
「ブリザラ!」
真光のダンジョンでも似たようなことがあったなと走り出したブリザラの背中を見ながらため息をつく。
「ウルディネ、ピーランを頼む!」
意識の無いピーランを地面に下ろすとアキはブリザラを追いかけるため走り出した。
「ま、待て……」
ウルディネがアキに声をかける頃には、アキの背中はブリザラを追って小さくなっていた。
ガウルドの城へ向かうためには、町の端にある大きな橋を渡らなければならない。当然その橋には警備兵がおり、簡単には入ることができないはずなのだが、現状町の崩壊、城で起こる戦闘により警備兵の姿は無く、容易にその橋を渡ることができるようになっていた。
「ま、待てブリザラ! 止まれ!」
大声で叫ぶアキ。その声も聞こえないように走り続けるブリザラ。その頭上には明らかにブリザラを狙っているであろう火の玉が迫っていた。
『王……右上』
伝説の盾であるキングが走るブリザラに短く指示を出す。するとブリザラは前を向いたまま右上にキングを構える。するとそこに吸い込まれるように火の玉がぶつかり弾き飛ばされていった。
『お見事!』
ブリザラの正確な盾捌きを褒めるキング。真光のダンジョンに入った当初殆どの攻撃を防御していたのはキングであったが、今ではキングは指示に回り、盾の動きは全部ブリザラの役目になっていた。ブリザラは戦いの中で心も体も成長を遂げていた。
それを見ていた城門の上にいたガウルドの魔法使いは再び詠唱に入った。
「おい、コラッ! 俺の話を聞け! キングお前も褒めてないでブリザラを止めろ」
ある意味でキングも成長していた。というよりも理解したと言ったほうが正しいのか。時々猪突猛進になるブリザラには言っても聞かないということを。
「クソォオオ!」
走る速度をあげるアキ。グングンとブリザラと距離を詰めるアキは手を伸ばしブリザラの肩を掴み、足を止める。
「離してアキさん、行かないと城の人が!」
なるほどと橋の先にある城を見つめるアキ。
「無茶はするな、あそこにいるのはお前の家族でも親しい人達でも無いんだ」
どうやらブリザラは攻撃を受けている城をみて、自分の故郷であるサイデリーの氷の宮殿を重ねてしまっていたようだ。それをアキは正すように口にした。
「で、でもあそこで今何かと戦っている人が、私はその人達を守らないと!」
伝説の盾の所有者の根本的な役目、それは守る事。ブリザラはその小さな体で、今ガウルドに起こっている何かから人々を守ろうとしていた。だがいくら伝説の盾を持っていても、扱うのは人であり、その人という存在はあまりにも小さい。守れる事は限られるのだ。
「ブリザラ、自分が今持つ力以上のことをやろうとするな! お前がどれだけ守りに特化していたとしても出来る事と出来ない事を見誤るな!」
ブリザラの想いと反して、ガウルドの魔法使い達は二人が話している間にも、火の玉を何発も二人に向かって放っていた。それを手に持った剣で打ち払うアキ。
「で、でも……私は……私は王です! 人を守る王でありたい!」
ブリザラの決意は揺るがない。肩を掴んでいたアキの手を振り払うブリザラは、城に向かって長い橋を再び走り出した。
『小僧……無駄だ、王は言いだしたらきかん、それはお前も分かっているだろう』
距離が離れていくブリザラとアキ。だが距離を感じさせないほどの声でキングはアキにブリザラを止めるのは無理だと告げた。
「ああ、そうだった、そうだった! だけどな、むざむざ危険な場所に向かって行くのは俺の仕事だ、この後城の者に何か言われても俺は責任とらねぇからな!」
少々イラつきながらアキはそう叫ぶと走っているブリザラを再び追いかけ始めた。
「クイーン、ロストゴーレムの準備をしておけ、何か嫌な予感がする!」
『分かりました、マスター』
伝説の防具であるクイーンがアキの指示に従い、すぐさまロストゴーレムを召還するための詠唱に入る。耳に入ってくるクイーンの詠唱に使われている言葉はいまだに理解出来ていないが、それを確認するとアキは両足に力を込め大きく跳躍する。
鋭い跳躍はすぐさまブリザラを追い越し城の前に立つ大きな門の前に着地する。着地した瞬間、隕石が地面にぶつかったように激しい爆風が起こり、砂や地面に使われていた石が舞い上がる。
アキの身体能力はすでに人の域を超えていた。クイーンの能力補助もあるが、元々アキの持つ身体能力が真光のダンジョンでの激しい戦闘によって人の限界値を突破していたのである。今アキが本気を出せば、長い橋の端から端までをたった一回の跳躍で余裕に飛び越せるほどであった。だがあまりの身体能力の成長に現在アキの感覚が追い付いておらず、無駄な被害を引き起こすこともしばしばある。
「くそっ!」
アキの周辺の地面は半丸にえぐれており、アキは門を見上げながら、自分の中の頭の感覚と肉体の感覚のズレに口惜しさを滲ませていた。半丸にえぐれた地面から飛び上がりすぐに門を潜るアキ。
それに続くブリザラ。橋に架かる門を潜るとそこには一人の少女に戦いを挑むガウルドの兵達がいた。だがガウルドの兵士達は誰もが満身創痍といった状態で、すでに戦うことが困難になっている者もいた。
「くそっ! サイデリー王国の王が突然現れたと思ったら突然攻撃をしてくるとは!」
兵士の一人がそう叫ぶ。
「はい?」
アキは後ろからやってきたブリザラを見る。サイデリー王国の王とは、ブリザラのことであり、そのブリザラは今まさにアキの後ろを走ってきたはずで、ここを襲撃することなど不可能なはずだ。それは一緒にガウルドにやってきてアキが一番知っていることである。そもそもブリザラが他の国を襲撃する理由も無ければそんなことができる娘では無い。
「くそ! サイデリーの王は何を考えているんだ!」
別のガウルドの兵が自分達を襲撃した少女に視線を向ける。その少女は自分の身の丈以上の真っ白な槍と盾を持ち、その身に纏う全身防具も真っ白と全身白ずくめであった。ただ彼女の肌は褐色であり、白い武具とのコントラストが目立つ。そして彼女の表情は無表情で何を考えているのか分からなかった。
ブリザラはアキが立つ場所を通り過ぎると、負傷しているガウルド兵の前に立ちキングを構えた。
「な、なんだ!」
負傷しているガウルド兵は自分の前に突如として現れたブリザラの後ろ姿に動揺した。
「えっ!」
「はあ?」
ブリザラとアキはガウルド兵と敵対している少女の顔を見て驚いていた。
「ぶ、ブリザラ……」
そう少女の顔は肌の色や髪型は違うがブリザラと瓜二つであった。そんなブリザラと同じ顔をした少女はブリザラを見据えると一切変化の無かった表情を微妙に引きつらせた。
「……」
自分の顔を見て表情を微妙に引きつらせる少女をじっと見据えるブリザラは、この時スプリングとの会話を思いだしていた。
スプリングと共に旅をしていた自分に似た少女の話を。
「……ソフィア……さんですか?」
眉間に皺を寄せる少女は、ブリザラが口にした名前を耳にすると表情を曇らせる。
「ソフィアって?」
スプリングと真光のダンジョンで出会った頃、ブリザラに向かっていた名前であったことを思いだしたアキはブリザラとソフィアの顔を交互に見た。
虚空を切りさくように少女は槍を薙ぐと同時に無表情を取り戻す。スッと槍を自分の肩のあたりまで上げ、ブリザラに向けた。
「あなたは……何者ですか?」
少女は抑揚の無い声でブリザラに何者かと尋ねた。ブリザラはその質問に口を開いた。
「私は……サイデリー王国、王……ブリザラ=デイルです!」
自分の名をはっきりと口にするブリザラ。周囲にいたガウルド兵達からは驚きの声が漏れる。
「ど、どういうことだ……サイデリーの王が二人?」
「あ、あの盾を持った少女も敵なのか?」
場は荒れていた。ガウルド兵達は突如として現れた少女の顔が、自分達を襲った少女と瓜二つであることに混乱し、正常な判断が出来なくなっていた。正常な判断を失ったガウルド兵達は、ブリザラと少女両方に剣を向けた。
「おい、お前ら! お前達の前にいるのはサイデリーの王だぞ!」
アキが王であるブリザラに剣を向けたガウルド兵達を怒鳴りつける。他国の王に剣を向けるということは、敵対行動であり、国と国の間で戦争を行うことを示したことになる。
「な、何を言っている、仕掛けてきたのはそちらだ! 我々には国を守る責任がある!」
混乱した今のガウルド兵には、どちらが本当のサイデリー王であるかなど判断のしようも無いし、それを行う冷静さも無い。だが刷り込まれた自国を守るという想いだけが彼らを動かしていた。
「仕掛けてきた? 俺達はそいつとは関係無い、ここにいる盾を持っている者がサイデリーの王だ!」
アキの訴えは周囲のガウルド兵には届かず剣を下ろすことはせず、ブリザラと少女を囲む。
「……ソフィアさん……なぜあなたはこんなことをしているのですか?」
ブリザラは周囲の騒ぎを一切気にすることなく、少女が行った行動の理由を聞いた。
「行為の理由……それはあなたには関係ありません」
ブリザラの問を突っぱねた少女は槍を引きながら構えた。
「兵士さん、私から絶対に離れないでくださいね」
ブリザラの後ろで負傷しているガウルド兵にそう言うと、ブリザラは少女の攻撃を防ぐため、キングを握り直し、腰を落とし少女の攻撃に備える。
「え、あ……はい」
訳が分からないブリザラの後ろにいたガウルド兵は思わず返事をしていた。
「……騎士散弾銃」
少女がそう口にすると、白い槍は輝きを放ち、その光が何個にも別れ槍の形をとり、ブリザラや周囲のガウルド兵に散っていく。
(違う……)
ブリザラは散っていく光の槍を見て自分の考えが甘かったことを痛感する。ブリザラは少女の行動動作から一直線に自分に向かって来る突きのような攻撃がくると思っていたのだ。だが少女の放った攻撃は光の槍となり、自分やガウルド兵を襲おうとしていた。
『王!』
「絶対防御(パーフェクトディフェンス!)」
キングの呼びかけにブリザラはキングの持つ最大防御の術を口にする。するとキングは瞬時にその大きさを変え、ブリザラや周囲にいたガウルド兵達を守るよう人が持つには大きすぎるほどの盾となり光の槍から身を守った。
眩い光を見せた後、消えていく光の槍。その光景を見ていたアキは、今だと走り出しブリザラの前にでる。
「クイーンいいな?」
『はい、準備は整っています!』
アキの問いかけに同意するクイーン。
「召還、ロストゴーレム、カングリア!!」
アキは己の中にある金属の巨兵の名を告げる。するとアキの前に突如として大きな扉が現れ、その扉が音を立てて開く。するとそこからは通常のロストゴーレムよりも巨大なロストゴーレム、カングリアが姿を現した。
《ギュイイイイイイイイン》
ロストゴーレムの咆哮というにはあまりにも甲高い音、どちらかと言えば作動音や駆動音に似た音を立てながら、カングリアは敵と認識した少女の前に降り立つ。降り立つと同時にその場の地面がカングリアの重量に耐えきれずにヒビが入り、くぼむ。だがそんなことは関係無いと言うようにカングリアは間髪入れずに右手を少女に振り下ろした。
「アキさん!」
ブリザラの視線がアキに向けられる。
「お前の批難は受け付けない、そいつは剣を向けたんだからな」
ブリザラの視線に感じた批難をアキははじき返す。
「で、でも!」
「甘えるな! こいつはお前の命を狙ってきたんだ、その時点で話す余地はもう無い!」
アキは言葉を言い終えると、カングリアが拳を振り下ろした場所に走り出した。
『マスターまだ終わってません!』
カングリアの拳が揺れ、地面から離れていく。
「分かってる……あのブリザラに似た女が持っている武器とかって……もしかしてお前達の知り合いなんじゃないのか?」
アキは少女が持つ真っ白な武具にクイーンやキングと同じ匂いを感じていた。
『……わかりません、ただ……その可能性は否定できません』
曖昧な言葉を発するクイーン。
「まあ今はいい……そんなこと話している場合じゃなさそうだからな」
アキの視線はカングリアの拳に向かっていた。振り下ろした拳の下では、盾で防いでいる少女の姿があった。
「行くぞクイーン!」
『はい』
アキは走る速度を上げ、素早く少女の間合いに入る。その間カングリアは拳を引き、再び振り下ろす準備に入っていた。
「単身で国を狙うなんてどんな馬鹿だよ!」
アキは腰に差した剣は使わず、クイーンの籠手を変化させた黒竜の爪で少女に鋭い切り裂く攻撃を放った。少女はその攻撃を盾で受け切る。
「堅い!」
「堅いです」
少女は己が持つ盾を堅いと口にすると、そのまま盾を押し出すようにアキにぶつける。
「あれは!」
少女の盾捌きをみてブリザラが驚きの表情を浮かべた。
「アキさん、気を付けて、彼女盾の扱いがうまいです!」
「わかっごふぅ……」
少女の盾がアキの体に重くぶつかる。
「『盾打』……」
少女の放った技、盾打は盾士が扱う物であった。盾を持った剣士なども使う技ではあるが、それはあくまで補助的なものであり、隙を作るのが役割だ。だが盾士が放つ盾打はれっきとした打撃による攻撃である。基本的に盾士は刃物を持つことを制限されており、攻撃手段は盾を使ったものしかない。その盾を最大限に利用した攻撃が盾士の盾打なのだ。
吹き飛びそうになるアキではあったが、足を地面に吸い付けたように踏ん張った。
「くぅ……俺も甘いな……」
ブリザラに甘えるなと言っておきながら、自分自身も目の前の少女を殺さないよう籠手を爪に変化させた攻撃で手加減していた事に自傷気味に笑みを浮かべた。アキは盾による打撃攻撃をくらい一瞬頭がふらついたが、顔を振りすぐにふらつきを正す。だが少女はたたみかけるように槍をアキに向けて放ってくる。
「『十本突き』」
目に留まらぬ速さで少女の放つ槍の突きがアキを襲う。それを驚異的な反応速度でかわしていくアキ。アキの目は先程とは違い、それはアキがまだクイーンと出会う前、弓使いであった頃、魔物から素材を剥ぎ取り、生活の糧としていた得物を狙う狩人の目に変わっていた
「『二十本突き』」
更に速度を増した少女の槍の突きがアキに向かう。アキにはそれをまたかわしていく。
「くぅ……『百本突き』!」
アキに自分の攻撃が当たらないことに、少女の表情は少しだけ歪む。だが少女は攻撃を止めない。少女の周囲に光の槍が出現する。名の通りであるならば、少女の周囲に出現した槍の数は九十九本。光の槍は少女とアキの間に割って入るように飛んでくる。だがそれすらもアキは驚異の反応速度で回避していく。
「くぅ……」
悔しさを滲ませる少女の表情にアキは複雑な表情を浮かべていた。
「ちぃ……速い……だけど畜生、あいつの方が速いとか思っちまった」
アキは自分が俄然有利だというのに悔しい表情を浮かべる。ダンジョン内で肩を並べ一緒に魔物と戦った男の姿を思いだしていた。
「カングリア!」
アキがその名を叫ぶと、待っていたというようにロストゴーレムであるカングリアの拳が少女に向かって襲いかかる。少女は自分が持っている盾を前に出し、防御の体勢に移る。
「回避は苦手か?」
カングリアの攻撃を囮にして、後ろに回りこんだアキは腰に差していた鞘から月石で出来た剣を抜く。その剣を弓へと変形させると、少女の背中に向けて黒い矢を至近距離から数発放つ。
カングリアの拳とアキの放った黒い矢の挟み撃ちをくらう少女。周囲には黒い矢による爆発が起こり、その爆発にカングリアも巻き込まれていった。
「ちとやりすぎたか?」
周囲に巻き上がる爆炎に苦笑いを浮かべるアキ。
『ま、マスター!』
なぜか動揺しているクイーン。
「ああ、悪い悪い……あっでも大丈夫みたいだぞ」
アキの視線の先、黒い爆炎の中から重い足音を立てながらその巨体が姿を現すカングリア。少々傷ついているものの、まだまだ十分に動ける姿をアキ達に示すようにカングリアは姿を現した。
「さすが月石の体を持つゴーレムだな……」
アキとクイーンの指示を待つかのように仁王立ちになっているカングリアを見上げるアキ。
『ふぅ……よかった……気を付けてください、マスター』
「あっ……ああ……」
カングリアのことになるとなぜか豹変するクイーン。その理由がいまだ分からず対処に困るアキは頭をかいた。
ゆっくりと静まっていく黒い爆炎を見つめるその場の者達であったが、その爆炎はいっきに霧散した。
「……分かりました……帰還します」
霧散した爆炎の中から少女が突然姿を現した。少女の姿を見て驚愕するアキとブリザラとガウルド兵。少女にはかすり傷一つ無い。だが皆が一様に驚いていたのはそこでは無く、少女の背中に羽が生えていたからであった。まるでそれは天使の羽のように真っ白であり美しくあった。
「羽?」
アキやブリザラ、その場にいた者全員が羽の生えた少女の姿に見惚れる。
「……今回は……引きます……」
少女はそう言うと羽を羽ばたかせ、上空に飛び上がる。その言葉に我に返るアキ。
「今回はってことは次があるんだな!」
上空の少女に怒鳴り声を上げるアキ。だが上空に舞い上がったアキの問に答えることは無かった。
「ソフィアさん!」
ブリザラがスプリングの探し人の名を少女に向かって口にする。少女はブリザラの声に一瞬視線を向けようとしたが、素知らぬ顔をして飛びたち、姿を消した。
「……ああ……一体何だったんだ……?」
頭をかきながら、まさか天使と戦っていたのかと冗談交じりな事を考えながら苦笑い浮かべるアキ。
「まあ……とりあえずこれで一息つけるな」
とアキがブリザラのほうに顔を向けた瞬間であった。ブリザラに向かって剣を向けるガウルド兵達。
「お前ら!」
これだけやってもまだ理解できていないのかと激昂するアキは、ブリザラの下へと走り出していた。今のブリザラならば、戦ったとしても心配はない。だがアキが心配しているのはそこでは無くブリザラの心であった。
優しい国サイデリーで生まれたブリザラは、ここまでの他人からの敵意を感じたことは無い。どれだけ強くなろうともそういった精神は鍛えられていないとアキは思ったからだ。
アキは今にも涙を流しそうなブリザラを思い浮かべた。
(俺は……俺はお前にそんな顔させたく……)
「静まれ!」
ブリザラの真の入った声が城門前に響きわたる。
「あれ?」
アキは想像もしていなかったブリザラの姿に派手に転んでいた。
驚いていたのはアキだけでは無い。周囲にいたガウルド兵達もブリザラの圧に驚き、そして皆剣を落とした。
ガイアスの世界
十日の間
伝説の武具の所有者達が真光のダンジョンに入って十日の間、ガイアスでは特に大きな騒動などは起こっていなかった。ヒトクイを除いて。
ヒトクイで起こった騒動とは、ガウルドの町の地下にあるもう一つの町、らずものが住まう、ギンドレッドから突如として上がった光の柱が発端となっていた。
その光が止んでから、一日も経たずに白い天使の噂がガウルド中に広まった。
その天使と遭遇したと言う町の者達の中で、ガイアスの終焉を告げる天使が現れたと大騒ぎする者達が現れ、ガウルドは大騒ぎとなっていた。
そして町が天使と言われる白い少女に襲撃を受けることとなる。その噂は真実味をましていき、ガウルドはヒトクイが統一されて以来の大混乱へと引きずり込まれていくことになる。




