合間で章 2 上位聖狼(ハイセイントウルフ)』
ガイアスの世界
雪とピンクの花
ピンクの花は、ガイアス世界各国に群生している木が春になるとさかせる花である。ピンクの花が咲くと人々は春の訪れを感じるという。
だがフルード大陸では、冬と春が共存しているような光景がみられることがある。春とともにピンクの花が咲く中で雪が降るのだ。
その光景は美しく、絶景でフルードの名物の一つでもある。
『真面目で合間で章 2 『上位聖狼』』
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
伝説の武具の所有者達が真光のダンジョンに足を踏み入れてから一週間が経った頃、フルード大陸には春の訪れを告げるように木々にはピンクの花が咲き乱れていた。
数年にわたり異常気象がフルード大陸を襲っていたため、フルードに住む人々は、その花を見て春が来たと胸を躍らせていた。
そして春でもフルードには雪が降る。これは異常気象でもなくフルードの独得の気象であり、人々の心に不安は無く、鮮やかに咲くピンクの花にユラユラと柔らかく落ちてくる雪を眺めながら、これからやってくる春の実りに希望を抱いていた。
フルード大陸の中で一番の大きさを誇るサイデリー王国でもそれは同じだが、サイデリーの者達は一つの想いを抱いていた。
旅立った王にもこの景色をみせてあげたい。サイデリーの人々はそんなことを皆が考える温かい国であった。
だがそんな春の訪れを気にしない町もある。ある意味毎日春であるようなそんな町。人の色欲を具現化させたそんな町の者達は、春の訪れを告げる花よりも女性の胸や尻を追いかけることに一生懸命であった。
そんな色欲が渦巻く町の中心にはこの町を象徴するような大きな建物がある。その建物はこの町の長が住む建物であった。名をイングニスの館という。
「ようやく力が体に馴染んだようですね」
館の地下には研究室のような部屋があり、怪しい灯りが周囲を照らしていた。古臭い本が高く積み上げられていた。ガラスの容器の中には得体の知れない液体が入っており、たまに泡をたてたりしている。そんな部屋の中心には上半身裸の男と、誰もが心をときめかせるであろう女性が立っていた。ただその女性は普通の人間というには違和感があった。人とは思えぬほどに完成された顔に、先のとがった長い耳。それは今のガイアスでは絶滅したと言われている種族エルフそのものであった。
エルフの女性は上半身男に言葉をかけると手に持っていた紙に視線を落とす。
「それでどうなんだイングニス?」
上半身裸の男はエルフの女性をイングニスと呼んだ。
「ええ……これであなたは『聖狼』以上の力を手に入れたことになるわ、ガイルズ」
ガイルズと呼ばれた男はイングニスの言葉に喜びの表情を浮かべる。
「あら、あなたそんな顔もできるのね、かわいいオオカミさん」
「いい歳をした男にかわいいとか言うなよ」
喜びの表情が一瞬にして覚めるガイルズ。
「あら、私からしたらまだまだお子様よあなたは」
エルフは長寿である。ガイルズの目の前にいるイングニスは見た目20代といったところだがすでに人では想像もつかないほどの時間を生きてきている。
「たく……見た目は美女だけど中身はクソババだよな……」
聞くからに嫌味だと分かる言葉をイングニスに投げるガイルズ。その言葉を平然と受け流しながら椅子から立ち上がったイングニスはガイルズに向けて微笑んだ。
「ちぃ……やっぱり調子が狂う」
頭をガシガシとかきながらガイルズも立ち上がる。
「それじゃちょっと試してくるか」
ガイルズは新たな力を手に入れ、その力を試すため地下室を出ようと部屋の扉に向かって歩き出した。
「あら、今は駄目よ……」
ガイルズの体を軽く押し椅子に戻すイングニス。その表情は妖艶に微笑んでいた。ガイルズもいっぱしの男である。今目の前の女性が何を考えているかすぐに理解できた。
「おいおい、エルフはそういうことに関して潔癖だったんじゃないのか?」
顔は笑っているがガイルズは若干焦っていた。
「そんなもの……遠い過去に捨てたわ……だからこそ私はこの町の長をしているわけだし……フフフ……」
エルフが色欲を持つとここまで危険なのかと頭の中では冷静に考えているが心と体は熱く高揚しているガイルズ。美女にここまで迫られて悪い気はしないと思いつつもどうにか理性を留めるガイルズ。
「ま、待てよ……俺はあんたとそういう関係を持っ……」
ガイルズの言葉を口で塞ぐイングニス。ゆっくりとガイルズの口から口を離すイングニス。
「別に一夜の夢でも構わないわよ、私……」
そういうと再びガイルズの口を塞ぐイングニス。
一夜の色欲に溺れ渦巻く町、それがブルダン。男と女の深く短い一夜がはこうして過ぎていく。
ブルダンには似合わない太陽の光。ブルダンは朝を迎えると夜の色欲の渦が嘘のように静寂に包まれる。そんな町の中心のイングニスの館から姿を現すガイルズ。
「行くのね」
掛布団を体に巻いて玄関先に現れたイングニスを一瞥するガイルズ。
「風邪を引くぞ」
「私かれこれ数百年風邪を引いたことがないわ」
ガイルズの言葉に笑顔で返すイングニス。
「馬鹿は風邪を引かない……」
「あら、私は馬鹿なのかしら?」
「いや、あれは嘘だなって思っただけだよ……畜生……嫌味が通じねぇな」
最後のほうは小声になるガイルズ。
「ふふふ……楽しかったわ、色々と」
「ふんッ」
イングニスから視線を外し、外を見るガイルズ。
「何もかも終わったら……昨夜の続きをしましょう」
妖艶に微笑むイングニスにドギマギするガイルズ。
「知るかっ! んっ……じゃあな、世話になった」
その場から逃げるようにして去るガイルズ。その姿を見て初めてイングニスは困ったような表情を浮かべ笑った。
結局昨晩二人の間にキス以外の事は何もなかった。ガイルズは極限まで己の理性を抑え込み、ベッドの上で狼になることを拒んだのだ。別の視点から見れば美女が望んでいるのにも関わらず狼になることが出来なかったヘタレと言われてもしょうがない。
イングニスは町を去るガイルズの背中を見つめると欠伸を書きながら自分の家へと戻っていた。
― フルード大陸、ブルダン外 ―
ブルダン周辺はサイデリー王国から派遣された盾士のお蔭で魔物の出現が少なくなっていた。ブルダンにとっては良い事であるが、手ごろな魔物を探しているガイルズにとっては困った状況であった。
「さてどうしたもんかな……」
途方に暮れるようにブルダンの外で立ち尽くすガイルズの体には、雪が降ってくる。春だというのに雪が地面に積もり始めていた。
「んっ?」
突然舞い上がる雪。強い風がガイルズの体を通り抜けていく。ガイルズはその風に気配を感じた。
「……よかったよ……歩き回るの面倒だしな」
ガイルズの前だけ吹雪のように大荒れになり、その吹雪の中に大きな影が現れた。
ガイルズはその影に向かって背中に担いでいた特大剣を抜いた。
「雪嵐大猿」
ガイルズの目の前には雪を纏ったような真っ白い毛に覆われた雪嵐大猿の姿があった。大男であるガイルズが見上げるほどの大きさである雪嵐大猿は胸部を両手で叩くドラミングをしながらガイルズを威嚇していた。
「おうおう怒ってる怒ってる」
気付けば雪嵐大猿の数が増えておりガイルズを囲んでいた。
《ウホォオオオオオオ》
雄叫びとともに雪大猿は一斉にガイルズに飛びかかってくる。
「いいのか?」
轟音とともにガイルズの特大剣が横に薙がれる。一瞬時が止まったように静寂が訪れそして爆発するようにガイルズに飛びかかった雪大猿達から血しぶきが飛ぶ。上半身と下半身に切断された雪大猿もおり、雪の大地を真っ赤に染める。
「駄目だな……これじゃ」
特大剣を肩に担いだガイルズは後方で待機していた雪嵐大猿達を見据えニヤリと口元を吊り上げる。
「全員でかかってこい!」
それからは怒涛のようだった。次から次へとやってくる雪嵐大猿達を一頭また一頭と難なく薙ぎ払い、切りさき押し潰していく。到底ガイルズが力を試せるほどの脅威では無い。ガイルズの表情は始めこそ喜んでいたが、あまりの雪嵐大猿の単調な攻撃に飽きたように欠伸をかく始末であった。
圧倒的なガイルズの力の前に雪嵐大猿の数頭は怯えた表情を浮かべているようであった。だが大半は自分達の同胞を殺され怒り狂って地面をバンバンと叩いている。
「おう、まだやるか、正直俺はもう飽きたぞ?」
完全に雪嵐大猿に興味を失ったガイルズは冷ややかにその光景を見つめていた。だが地面を叩くことをいっこうに止めない雪嵐大猿。最初穏やかだった地面が気づけば揺れている。それに気付いたガイルズはそれがただの揺れでは無い事を察した。
一定の感覚で腹部に響く重い振動。その振動は徐々にガイルズの下に近づいてくるようであった。
「ん?」
雲が太陽を隠したようにガイルズの周囲が暗くなる。ガイルズは頭上を見上げた。そこにはガイアスにある平均的な三階建ての建物に相当する大きさの雪嵐大猿の姿があった。間違いなく雪嵐大猿のボスであろう。周囲にいた雪嵐大猿が子供のように見えボスがやってきたことに歓喜の咆哮をあげる。
ギロリとガイルズを見下ろすボス。
「おお、デカいな!」
平然とボスの視線に合わせるガイルズ。ボスは白い息を口から放ちガイルズに敵意を向ける。
「おお、そっちもやる気十分って所か、いいぞ俺もお前の手下に飽き飽きしていたんだ!」
挑発するようにガイルズはボスの鼻先に特大剣を向ける。
《ウェボォオオオオオ!!》
猛り狂うボスの雄叫び。ボスは雄叫びを上げた後、足元にいた自分の部下であろう雪嵐大猿の頭を掴むと躊躇なく握りつぶした。
「おいおい、仲間を……」
首を失い死骸となった雪嵐大猿がガイルズ目がけて飛んでくる。それをバックステップで回避するガイルズ。
「戦闘開始でいいんだな!」
一歩分後ろに下がったガイルズはそう言うと特大剣を構え地面を踏み抜きボスに向かって鋭い突きを放った。
鈍い音が響き、周囲の雪がガイルズとボスの衝突により舞い上がる。鋭く放たれたガイルズの突きはボスの胸部に刺さってはおらずまるでその胸部は金属のように堅い。
《グゥホウホウホウ!》
雪を舞い上げながら太い丸太以上の腕がガイルズに向かってくる。ガイルズは再び後方にバックステップをしようとするが、ボスは特大剣を握りガイルズの動きを封じていた。動くことが出来ないことに気付いたガイルズは特大剣の柄から咄嗟に手を離す。
「ぐぅふ……」
だが既に遅く、ボスの手がガイルズの体にぶつかり衝撃を与える。ガイルズは弾かれるように吹き飛ばされ雪の中に突っこんでいった。
《グゥルホウホウホ》
握ったガイルズの特大剣を捨て去ったボスは、雪の中に埋まったガイルズに視線を向ける。すでに他の雪嵐大猿は雪に埋まったガイルズの周囲で胸部を叩き威嚇しているようだった。
一歩一歩が地面を揺らすボスの歩き。その行先は当然雪に埋まったガイルズの下。
「ズンズン凄い振動だな」
埋まった雪を振り払い立ち上がるガイルズ。ガイルズの半身は血まみれになっていた。
「だがそれでいい……そうでもしてくれないと力を試せないからな!」
ガイルズは己の内に秘めている力を解放する。盛り上がる筋肉は一瞬にして白銀の毛に覆われていく。巨大化する手と足には鋭い爪が生え、狼の顔に変わって行く口許には鋭い牙が生える。
「ウオオオオオオオオオン!」
雪原に狼の遠吠えが響き渡る。そこには巨大な白銀の狼、『上位聖狼』の姿であった。
完全に狼の姿と化したガイルズ。だがその大きさはボスほどでは無いまでも普通の狼
から考えれば尋常ではない大きさであった。
キラキラと輝く『上位聖狼』の毛並。知能がそれほどまでに高くないはずのボスを含めた雪嵐大猿ですらその美しさに見とれているようだった。
「さあ……続きといこうか」
内から流れ出す感じたことの無い力に心躍るガイルズは『上位聖狼』の姿でボスに戦いの再開を口にするのだった。
ガイアスの世界
『上位聖狼』
聖狼の生みの親であるイングニスの協力により、聖狼を超える力を手に入れたガイルズの姿。
その姿は人狼ではなく、狼の姿をしている。だがその大きさは通常の狼よりも遥かに大きい。例えるならばアキとクイーンが使役するロストゴーレムと同じ大きさである。
容姿はその白銀の毛並がまるで輝いているように光っており、見る者を魅了する。その美しさは魔物にも通用するようだ。




