過去で章 9 (スプリング編) 過去から今へ……
ガイアスの世界
岩竜の粘液で作られた金属の名称。
岩竜の粘液で作られた金属であるが、『戦続きの剣』をヴァンゲルが製作した当時、まだ名称が無かった。
『戦続きの剣』の製作から数カ月後、ヴァンゲルによって岩竜石という名を付けられることになる。
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
― 闘技島 港 ―
曇天の空の中、闘技島の港は、雨がふるかもしれないというのに来る者帰る者で賑わっていた。
目を輝かせ船から降りてくる者、暗い目で乗船していく者、人々には様々な思いがあるが、その中でスプリングとガイルズは、新たな旅立ちを胸に自分達が乗船する船を見つめていた。
「さて……」
いつ降るとも知れない空をチラチラと見ながら、ガイルズはスプリングと自分が乗船する船を見つめる。その船の行先はヒトクイ。ガイアスの中では小さな国に分類されるが、ここ数十年で凄まじい発展をとげている国である。そしてスプリングの故郷でもあった。
「そんでヒトクイに行って何するんだ?」
国の統一を成した現在のヒトクイには小さな小競り合いはあるが、傭兵を必要とするほどの大規模な戦は起こっていない。自分達の力を上げるために現在のヒトクイに行くと言うのは、無駄な気がするガイルズ。ただの故郷帰りだとしても、すでに両親を失っているスプリングにとってそれは強い理由にはならない。 だとすれば何か他にヒトクイに行く理由があるのかとガイルズは船を見続けるスプリングに聞いた。
「とりあえず……伝説の武器を捜してみようと思う」
「はい?」
ガイルズは首を傾げた。数時間前に新たな武器、『戦続きの剣』を手に入れたスプリングと先程死闘といってもいい戦いを繰り広げていたガイルズにとって、スプリングが口にした言葉が理解出来なかった。
『戦続きの剣』はガイルズが見ても名剣であることは理解できる。見た目の割に軽く、そして強度はガイルズが知っている剣の中では群を抜いて高い。切れ味も剣だというのに、ソードマンなどが使う『刀』に分類される剣と見劣りしないほどに良い。
そんな『戦続きの剣』に一体どんな不満があるというのかと理解に苦しみ首をさらに傾げる。
「……お前、『戦続きの剣』を手に入れて数時間でそれはないだろう? 不満でもあるのか、それに?」
理解出来ない以上聞くしかないと思ったガイルズは、スプリングに何か不満があるのかと聞いた。
「ああ、いや別に不満は無いよ、ヴァンゲルが打ってくれた『戦続きの剣』は俺の想像以上の性能なんだけど……」
スプリングが一番の不安に思っていた、戦っている時に剣が砕け散るという『剣聖』を目指すものがぶち当たる試練を『戦続きの剣』はその名が示しているように、ガイルズとの激しい戦闘で刃こぼれ一つ起こさないことは実証されていた。そして何よりスプリングが『戦続きの剣』を手にした時の感触。ヴァンゲルの腕なのだろう、スプリングが手にした瞬間、『戦続きの剣』は自分のために作られたのではないかという感触であった。
そんな『戦続きの剣』に不満の一つもあるはずがないスプリングであったが。
「そうなんだが……今は盾を使った戦い方を重点的に鍛えるつもりだけど、やっぱり俺には二刀流があっているんだ……、二刀流に戻った時に『戦続きの剣』と伝説の武器を手にしていたら最強だと思わないか?」
「はい?」
更に首を傾げるガイルズ。前半のスプリングの言い分は分からないでもないと思ったが、後半の言い分が気になるガイルズは顔を引きつらせた。スプリングの言葉はまるで子供の戯言のようであったからだ。
「お、お前……それ子供が考えるような理屈だぞ」
明らかにスプリングの考えは幼稚であった。だがスプリングは大真面目という表情で話を続ける。
「剣聖には相応しい剣が必要だと思うんだよ、どれだけ剣聖が剣を作り出せる能力を持っていても伝説の武器は作り出せないと思うし……」
握り拳を作り、キラキラとした表情で『剣聖』には伝説の武器が必要だと語るスプリング。事の発端はスプリングがガイルズとの戦いを終え旅立つ前、世話になった元剣聖であり、今は鍛冶師であるヴァンゲルから聞いた話からであった。
時は少しさかのぼり。
― 闘技島 ヴァンゲルの鍛冶場前 ―
「お主、伝説の武器というものを知っておるかの?」
鍛冶場の扉の前で別れの挨拶に来ていたスプリングにそれは突然、少々強引すぎるのではと思えるほどに、ヴァンゲルは伝説の武器の話を口にした。
「伝説の武器……ああ……話だけは知っているよ」
『戦続きの剣』を手に入れ、その性能も十二分に確認したスプリングは、鞘に仕舞われている『戦続きの剣』を手で感じながら、急にどうしたんだという表情でヴァンゲルを見た。
ガイアスには伝説と名の付く武器は幾らか存在している。中には偽物であったり伝説というにはお粗末な性能な物であったりと、その殆どが所有している者の腕のお蔭か、あるいは己の利益を欲した商人達によって演出された物などが殆どである。
そんな事情を知ってか、スプリングの顔はあまり浮かない。そもそもこれから伝説の武器になるであろう可能性を秘めている『戦続きの剣』を手に入れた自分にとって、他の伝説の武器の話はどうでもいいといった感じでもあった。
だが少なくともガイアスの世界に広まっている伝説の武器の話の一握りには本物が含まれている。その一握りの本当の伝説の武器を知っていると、ヴァンゲルはつい数時間前にようやく自分の能力に見合う武器を手に入れたスプリングに聞いてきたのである。
「……伝説の中でも最強と言われている伝説の武器が、ヒトクイのどこかに隠されているという噂は知っているか?」
ヒトクイという国名にピクリと反応するスプリングにヴァンゲルはニヤリと笑う。
「い、いや……知らないけど」
伝説と名の付く武器の噂は色々な場所を点々としていたスプリングの耳にも入ってくるが、自分の故郷であるヒトクイに伝説の武器があるというの初聞きであり、興味を示すスプリング。
「……どうやらその伝説の武器を前に使っていた者は、剣聖らしいぞ……」
確証の無い何処から仕入れたのか分からない情報を口にするヴァンゲル。いつものスプリングであれば興味は示すだろうが参考程度に頭の片隅にでも置いておくはずである。
だが『剣星』という言葉が悪かった。今のスプリングの心を掴むには容易なキーワード。
「何? 剣聖が使っていた伝説の武器?」
若干であった興味はうなぎ上りに上がっていく。今のスプリングにとって『剣聖』という言葉は普段の己をかき消して爆発させる起爆剤でしか無い。スプリングの様子が一瞬にして変わる。
「そ、そんなものがあるのか……ふふふ……ふふふ……」
どこか不気味にさえ感じるスプリングの笑い声に動じることもなくヴァンゲルはニコニコと笑みを浮かべていた。
「……強くなりたいのなら、その伝説の武器を捜してみるのも一つの手かもしれないな……なんせ『剣聖』が使っていた伝説の武器らしいからの……」
スプリングの高揚している気持ちをさらに盛り上げるような言葉を続けるヴァンゲル。
「ああ! 俺その伝説の武器探してみるよ!」
もう伝説の武器のことしか頭に無いスプリングを見ながらヴァンゲルはうんうんと頷いた。明らかにヴァンゲルは『剣星』と伝説の武器という言葉でスプリングをヒトクイへと誘導していた。
「スプリング! そろそろ行こうぜ!」
タイミングとしてはバッチリな所で、ガイルズが少し離れた所からスプリングに声をかけてきた。
「ああ、今行く! それじゃヴァンゲル、俺達行くよ、色々ありがとうな、伝説の武器を手に入れたら見せにくるから楽しみにしてろよ!」
スプリングは鍛冶師であるヴァンゲルも伝説の武器に興味があるのだろうと、手に入れたら見せに来ると約束し、浮かれた表情でスプリングはヴァンゲルに頭を下げ、礼を言うとヴァンゲルの居る鍛冶場から去って行く。その後ろ姿を見ながらヴァンゲル小さく呟いた。
「……これも運命か……後は頼むぞ……ポーン」
小さくなったスプリングとガイルズの背中を見送るヴァンゲルの瞳は、これからスプリングにおこる運命とでも言えばいいのか、そんなものを見つめているようであった。見えなくなったスプリング達から視線を外すと手を見つめ、そして旅立ちにはあまり相応しいとは言えない曇天の空をヴァンゲルは眺めた。
時はもどり。
― 闘技島 港 ―
曇天の空ではあったが、未だに雨は降ってこず、だがいつ降りだしてもおかしくない空に周囲を行き来する者達は、賑やかにしながらも足早に屋根のある建物へ入って行こうとしている。そんな中、ガイルズはどうしたというのだという表情でスプリングに近づき肩に手をかける。
「スプリング大丈夫か? なんだ、さっき俺と戦って頭でもぶつけておかしくなったか?」
ガイルズには今のスプリングが『剣聖』に憧れる少年に見える。確かに年齢的にみてまだスプリングは少年と言えなくも無いが、今スプリングが口にしている言動は夢をみる少年そのものであり、やはり普段のスプリングからするとおかしなものであった。
「だいたい、伝説の武器っていうけど、剣とはかぎらないぜ?」
「いや、伝説の武器と言えば剣に決まっている! なんせ『剣聖』が使っていたって話だからな」
ガイルズの言葉に一遍の曇りも無い瞳で伝説の武器は剣であると断言するスプリング。なるほどとなぜスプリングがここまではしゃいでいるのか理由が分かったガイルズは深くため息を吐いた。
「お前……調子乗っているな……」
ガイルズの言葉は正しかった。スプリングは黒ずくめの男にやられ、自信を消失していたが、この闘技島にやってきて、ヴァンゲルと出会い、『戦続きの剣』を手に入れ自分を取り巻いていた状況が好転し、向かう先に希望が見えてきたことに少々いや多いに調子に乗っていたのである。それに拍車をかけたのが、ガイルズとの戦いであった。
なれない盾を使い、新たな剣を使った状態であるにも関わらず、ガイルズとの戦いで勝利を納めたことが、スプリングにとってさらなる自信、果ては調子を乗らせている最大の要因でもあった。
ちなみにガイルズは負けたことに納得したわけでは無く、本当の勝敗はうやむやになっていた。
「……はぁ……まあいいよ……別段俺も今はやることが無いから、お前の夢物語につき合ってやるよ」
軽くため息を漏らしながらガイルズは自分の夢を叶えるために浮足立っているスプリングに同行することを伝えた。
「ああ、頼むぜ!」
スプリングは力強く言うとヒトクイへと向かう船へ足を向けたのであった。
(そうだ……俺は……何もかも……忘れていた……)
― 場所不明 ―
己の記憶を客観的に見つめていたスプリングは、現在自分がいる暗闇の空間で漂っていた。そこには何も無く、流れてくる自分の過去をスプリングは見つめていたのである。
(あれから……ポーンと出会って……そこからは目まぐるしく色々なことが起こって俺は忘れていたんだ)
ポーンと出会ってから今までの事を振り返るスプリング。ひとしきり振り返るとスプリングは目をつぶり、再度自分の心の中で忘れていた事を復唱するように思いだす。
己のトラウマを克服するために無理矢理戦場に飛び出し本来備わっていた己の能力を戦いの中で忘れていったことを思いだすスプリング。
(今なら分かる……インセントは順を追ってあの力を馴染ませていこうとしていたんだ……)
さらに聞こえてはいたが浮かれて聞き流したヴァンゲルの言葉を思いだすスプリング。
(力に溺れるな……か、これは母さんにも似たようなことを言われていたな)
微笑む母がいつも言っていた「油断してはいけない」という言葉を胸に漂う暗闇の空間の中でスプリングは握り拳を作った。
過ぎ去っていった過去の記憶は、新たな決意をしたスプリングの心に反応するように、握に拳を光を宿らせる。
(あ……また一つ忘れたこと思いだした……)
スプリングの拳で輝きだした光は周囲の暗闇を取り払っていく。
(ははは……ヴァンゲルに武器の代金支払ってなかったな……)
光に包まれたスプリングは、ゆっくりと目を開く。真光のダンジョンの中でスプリングの意識は覚醒するのであった。
― フルード大陸 サイデリー王国領土内 ブルダン イングニスの館 ―
それは全くの偶然なのかもしれない。だがスプリングが自分の過去の記憶と向き合い忘れていたものを思いだし目覚めた瞬間、歓楽街であるブルダンの妖艶な色を秘めた賑わいから少し離れた所で、生き残りのエルフであるイングニスと己の持つ『聖狼』の能力を強化する儀式に入っていたガイルズは目を見開いた。
「どうしました『聖狼』?」
「ああ、いや別に……所で人を『聖狼』って呼ぶのは辞めてくれないか?」
自分に対しての呼び方に不満の声を上げる人狼の姿のガイルズは横で何やら儀式の作業を行っているエルフ、イングニスにそう言った。
「あら? その姿で人を何て……ふふふ」
ガイルズの言葉に笑みを漏らすイングニス。
「それに……私はまだあなたの名前を聞いていないのだけど……」
「あれ? ……そうだっけか?」
狼の顔で頭をかくガイルズは自分がまだ目の前のエルフに名乗っていなかったことを思いだし自分の名を口にするガイルズ。
ふふふと笑いを上げたイングニスは、ガイルズをからかうように『聖狼と口にした。ガイルズは苦手だなこの女と考えながら、窓の外から覗く夜空を見つめた。
それは互いを強敵であると認めたからこそ感じあえる何かなのかもしれない。ガイルズは強敵と認めたスプリングの気配を感じとり、裂けた口許をさらに裂けさせ不敵に笑みを浮かべる。
「まあ~怖い……私食べられてしまうのかしら……そんな怖い顔しないでください」
明らかに怖がっていないイングニスは再びガイルズをからかう。
「これは笑ってたんだよ! 人を食う趣味もねぇ!」
エルフっていう奴はみんなこんな感じなのかと、スプリング達と行動していた頃はからかう側にいたガイルズは、自分がからかわれる側に立たされており、目の前にいるイングニスを見て、やはりこの女は苦手だと再度思うのであった。
「まあまあ怖い……だから怖い顔しないでください」
口では怖い怖いと言っているが、イングニスの表情は笑いを堪えている。
「ウオォォォォォォ!」
狼のような叫び声が妖艶と色で賑わうブルダンの町に溶け込んでいった。
ガイアスの世界
スプリングとガイルズの死闘?
ヴァンゲルの鍛冶場の裏手にある小さな庭で突如として行われたスプリングとガイルズによる死闘?だが、二人が鍛冶場を後にした後、ヴァンゲルが庭を見に行って騒然としたようであった。
庭の象徴ともいえる大樹は辛うじて無事ではあったものの生い茂っていた葉は全部抜け落ちており、庭の地面に絨毯のように敷き詰められていたそうだ。その他はボコボコに荒れており、ヴァンゲルはそれから数日鍛冶師としての仕事を放棄して庭の整備に時間を費やしたという。
本編では語られなかったが、ヴァンゲルはこの庭を相当気に入っていたようだ。
そんな参事になっているのにヴァンゲルが二人が旅立つまで気付かなかったのは、作業からの疲れから爆睡していたためと思われる。




