真面目で合同で章13 (アキ&ブリザラ編) 後編4 一つの終焉 そして次の階層へ
ガイアスの世界
精神力
魔法や技や術のすべては発動した者の精神力を削り発動している。従い使いすぎれば、悪くて精神崩壊を起こすこともある。だがそれはよほどのことであり、基本的には精神崩壊を起こす前に気を失うのが殆どである。
失われた精神力はアイテムなどで回復することもできるが、やはり一番はしっかりとした休息をとることである。町の宿や自宅で休息をとるのが好ましい。野宿などだと周囲を警戒した状態での休息になるので、良質な精神の回復は望めないからだ。
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
一難去ってまた一難の言葉通り、ロストゴーレムの集団に遭遇し、それを苦労して倒せば、仲間であった一人が己の持つ力に取り込まれ敵になってしまうという状況で、自分達が何のために真光のダンジョンとは名ばかりな薄暗い場所にいるのか忘れてしまいそうなほど、アキやブリザラ達には騒動が立て続けに舞い込んできた。
結果として死亡者は出ていないが、行方不明者一名に重傷者三名、無傷一名というダンジョン内としては危機的状況に陥っていた。
『王は力を使いきって意識を失ったようだ』
ロストゴーレムの広間の中心で寝かされている少女ブリザラの横で伝説の盾であるキングはブリザラの隣に寝かされている青年アキが身に纏っている漆黒の色をした、全身防具伝説の鎧であるクイーンにブリザラが気を失っただけだと伝えた。
倒れる寸前、ブリザラは何かをキング達に伝えようとしていたが、その前に力尽き倒れ込んだブリザラ。結局ブリザラが何を言おうとしていたのかは分からずじまいであった。
『マスターも今は静かに眠っているわ。どうやら黒竜からの精神的な攻撃に打ち勝ったみたい』
お互いの所有者の現在の状況を共有する伝説と名の付くもの達。
『所で王は最後なんと言おうとしたのだろうか?』
キングにも分からないブリザラが口にしようとした言葉、それをクイーンに尋ねた。
『……さあ? なんでしょうね?……』
『お前……何か知っているのではないか?』
何か含みを持ったクイーンの言葉にキングはブリザラが何を言おうとしているのか知っているのではないかと疑うが、クイーンははぐらかすばかりだった。
『まあいい……それは王が起きた時にでも聞けばいい……それよりもだ……王のあの目……』
キングはアキを乗っ取り姿を現した黒竜、竜族の戦いでブリザラが見せた赤い瞳のことが気になっていた。
『ブリザラの赤い瞳か……私達の中にある情報には似通ったものはあるけど……そのどれとも違うわね……』
ガイアスの中にある赤い瞳に関する情報を探るキングとクイーンであったが、似たようなものはあれど、どれもブリザラのものとは違っていた。
『お手上げだな……』
キングは該当しない情報を前にため息をついた。
「ふぅ……なんとも危なかったな……」
目を覚ましていた人の子の姿をした水を司る大精霊ウルディネが、キングとクイーンの前に姿を現した。
『体……いや宿主は大丈夫なの、ウルディネ?』
ウルディネの事情を知っているクイーンが寝ているアキとブリザラの横に座るウルディネにそういうと本人は薄く笑みを浮かべた。
「ああ、この体は借りものだからな……傷一つ付けられるわけにはいかない……大丈夫だ」
本来の体の持ち主に迷惑はかけられないとウルディネは頷きながらクイーンに伝えた。
『だとすると……一番の問題はピーランか……』
アキとブリザラの横で同じように寝かされているピーラン。一番の傷を負っているのはピーランであった。
限界を超えるほどの術を何度も使い精神をすり減らし、アキを一時的に乗っ取った黒竜の攻撃をまともにくらったピーランは精神も肉体もボロボロの状態であることは、この場にいる者達全員が想像できた。
肉体の方はキングとクイーンが治療を施し、戦いで負った傷や折れた両腕などは完治したものの、精神だけはキングにもクイーンにも癒すことは出来ない。このまま意識を取り戻さないという状況も考えなければならなかった。
あの状況で刃を黒竜に向けられたというだけでピーランは常人とはかけ離れた精神力を持っていた。あれが常人ならば一瞬にして廃人となっていてもおかしくないのだから。それほどまでに黒竜とは強大な存在であった。
「にしても……アキはとんでもない者を内に秘めていたのだな……出会った頃は、たんなる黒竜だと思っていたが……」
何処か遠い目をしながらウルディネは寝ているアキの髪に触れる。
「まったく……ややっこしい奴が出てきたものだよ」
アキの髪に触れながらウルディネは軽くため息を吐いた。
『あやつもしぶとい……だがこれは我々の責任でもある……』
キングは普段よりもさらに重く言葉を発する。
『ええ……』
それに同意するようにクイーンが相槌を打つとウルディネは首を傾げた。
「なんだか黒竜と知り合いのような口ぶりだな?」
ウルディネのその言葉に一瞬押し黙るキングとクイーンだったがウルディネの問にキングが答えを出した。
『ああ、あの黒竜……いや竜族の生き残りは、我々と先代の所有者達とで封印したのだ』
キングは竜族と自分達に因縁があることを口にした。
それは幾年も前の遠い記憶、ガイアスがまだ今ほど人によって支配されていなかった頃。竜族最後の生き残りであったその者と伝説の武具を所有した者達の戦いであった。
勝敗は辛うじて伝説の武具を所有していた者達の手に収まったが、その被害は所有者の者一人を残し全滅という状況であり、黒竜も封印という形でしか勝利を手にすることが出来なかった。
この事はガイアスの歴史には深く刻まれておらず、知る者は現在のガイアスでは僅かにいるだけで、歴史というよりはおとぎ話や物語という形でガイアスには広まっていた。
「へーあなた達、私達(大精霊)よりも長生きなのね」
もはや生物では無いキングやブリザラには間違いなく人の心が備わっている。そんな者達が気の遠くなるほどの年月を生き過ごしてきたことに、キングやブリザラほどではないが長寿である大精霊ウルディネは自分ですら時間を持て余すというのにと気が遠くなりそうであった。
「なるほどな……」
『マスター!』
『小僧……』
キングの話が終わった事を図っていたように、横たわっていた体を起こすアキは、キングの話に頷いた。
「ふふふ……どうだ先代の宿敵に体を乗っ取られていた感想は?」
体の心配よりも皮肉を口にするウルディネを見て心底ホッとしたような顔をするアキ。内心、目のやり場に困るあの姿でウルディネが抱き付いてきたらどうしようかとハラハラしていた自分を自意識過剰だと心の中で思うアキは頭を掻いた。
あまりの状況にウルディネやクイーンはすっかりあの話を忘れているようであり、下手にぶり返すのは不味いと考えたアキは平常心のまま苦笑いを浮かべる。
「先代って言われても……凄い昔の話なんだろ? 実感無いな……まあ……実際に向き合って思ったのは……酷い奴……だったよ……」
なぜか途中から歯切れの悪いアキの言葉に疑問を持つ一精霊と伝説の武具達。
『何かあったのですか?』
その歯切れの悪いアキに切り出したのはクイーンだった。その問に何とも切ない笑みを浮かべるアキ。
「……彼奴と対峙した時……なんか切なかったんだ……その答えがキングの語った話で何となく理解できたよ……彼奴ずっと一人ぼっちだったんだな……」
『マスター』
何処か感傷に浸るようにそう口にしたアキに言葉が出ないクイーンとウルディネ。
『だが……竜族は危険だ……それは私が語った通りであり、この場の者達全員が味わったことであろう……変な事を考えるなよ小僧』
言葉が出ないクイーンやウルディネとは違い、心の奥底で何かを考えているアキを見透かすようにキングは釘を刺した。
「ああ、分かっている……分かっているよ」
素直に頷くアキは自分の両隣に寝かされているブリザラやピーランを見つめた。
「危険な力だ……いつこいつらに牙を向くか分からない……」
今は己の中で静かにしている黒竜いや竜族を想い何かを決心したような表情になるアキ。
「その時は……」
「駄目です」
アキが己の決心を口にしようとした時、ブリザラの声がアキの言葉を遮った。
『王!』
自分の所有者の目覚めに喜びをあらわにするキングの声。だがブリザラにはその声が聞こえていないかのように寝たまま真っ直ぐにアキの目を見つめていた。
「な、なんだオウサマ……それは命令か?」
声はそれほど出ていないものの、ブリザラの声には視線には力があり、アキを狼狽えさせた。
「命令……うん、そう思ってもらっても結構です……だから……そんな悲しいこと……口にしようとしないでください」
「あ、いや……はいはい、従います、従いますよ」
ブリザラの声は震え目には大粒の涙が溜まる。つい数秒前と本当に同一人物かというぐらいに豹変したブリザラに別の意味で狼狽えるアキ。頭を掻きながら困った表情でヒクヒクとしゃくりあげ始めたブリザラを諭そうとするアキは、泣くどこにでもいる少女を前にして己の決心を強制的に却下されてしまった。
(ああ……やはり……)
《そうなのですね》
ウルディネとクイーンの心の中では同じ答えが導き出された瞬間でもあった。
「だから泣くなよ……」
アキはしゃくりあげるブリザラの頭に優しく手を置いた。
「はっ……」
引くつきが一瞬にして止まるブリザラ。その頬は真紅に染まる。
「うー本当ですね!」
一瞬よぎった想いを封じ込めるようにアキを上目遣いで睨みつけるブリザラ。
「えっ……あ、ああ……」
アキは表情を引きつらせながらブリザラの言葉に頷いた。
「ふふふ……尻に敷かれて……ご馳走さま」
茶化す大精霊。
『ウルディネ……尻に敷くとはなんですか?』
それに便乗する伝説の鎧。
「な、なんの話だ?」
何を言われているのか理解できないアキはきょとんした表情でウルディネをみた。
「ふぅ……これじゃ私達が道化を演じた意味がないわ……」
『はぁ……まったくですね』
呆れるウルディネとクイーン。
道化が何を示しているのか彼女達のアキに対する想いが冗談だったのかそれは解らない。だが彼女達の中で一つの決着がつき、一つの終焉を迎える形となった。
『王よ……小僧を尻に敷くなど言語道断だ!』
「……はあ……」『……はあ……』
アキだけでは無く、空気の読めないキングの言葉にウルディネとクイーンは深くため息をつくのであった。
「……とりあえず、ここから移動しよう……立てるかオウサマ?」
自分達の状況を確認するとアキは立ち上がりこの場から移動することを提案し、ブリザラに立てるか聞いた。
「はい、大丈夫です」
上半身を起こそうとするブリザラに手を差し伸べるアキ。
「あ、えっ!」
何気なく触れたアキの手を意識したのかブリザラの顔が真っ赤に染まる。
「どうした? 顔が赤いぞ大丈夫か?」
一瞬にして赤く染まったブリザラの顔を見て心配そうに見つめるアキ。
「だ、大丈夫、立てます」
ブリザラはそういうと慌てて立ち上がる。
『とりあえずマスターもブリザラも歩く程度には問題ないようね……問題は……』
いまだ意識を取り戻さないピーランを見つめるアキやブリザラ達。
「とりあえずピーランは俺が背負っていくよ」
アキはそういうと意識を取り戻さないピーランの体を起こすと自分の背に乗せて背負った。
「扉は開いたはずだ、とにかくこの場から離れてこの先の状況を確認しよう」
アキはそういうと開いている扉に向かって歩きだした。それに続くブリザラとウルディネ。
「ピーラン……」
アキの背中に背負われたピーランの後ろ姿を見つめながら心配そうに彼女の名前を口にするブリザラを見てさりげなく横を歩くウルディネ。
「何? ……背負われているピーランがうらやましい?」
アキに聞こえないようにそうブリザラに呟くウルディネ。この言葉に再び顔を真っ赤にさせ困った表情になるブリザラ。
「ふふふ……これから楽しくなりそうだな……」
困り果てて何も言葉に出来ないブリザラをみて意地悪そうな笑みを浮かべるウルディネ。
「はっきりしないとすぐに消えてしまうかもしれないよ」
ウルディネは意地悪な笑みを浮かべながらも想いを自覚しつつある少女に想いが届かなかった者としての小さなアドバイスを贈り、スタスタとアキの横へと歩いていく。そんなウルディネを一瞬見つめ、ブリザラは火照った顔を冷やすように左右にブンブンと顔を振った。
ロストゴーレムの広間を少し歩くと、そこには明らかに巨大なものが通るための扉が姿を現した。扉は少し開いており、どうやらアキ達の思惑通りロストゴーレムを倒すことが鍵になっていたようだ。
その巨大な扉を抜け、その先に続く長く黒い一本道を歩きだしたアキやブリザラ達。それからしばらくして。
「ようやくって感じだな……なんか凄く長い時間この場所にいた気がするよ」
アキはロストゴーレムの広間で起こった事を振り返りゲッソリとした表情になっていた。
『時間的にはまだ半日といったところだ……』
キングは自分達に残された時間を口にする。
「うへ~半日か……俺は数カ月ぐらいに感じたよ……」
戦いが一旦の終わりを迎え気が抜けたのかだらしない顔でキング達の話を聞くアキ。
『気を抜くな……ここからが本番だ』
「と言っても……扉を抜けてからいっこうに魔物に襲われないんだが?」
真光のダンジョンは、ガイアスに現存するダンジョンの中で最高難易度をほこるダンジョンである。巨大な扉を抜けた当初はアキも次はどんな魔物が出てくるのかと警戒していたが、歩けど歩けど魔物の姿は現れず次第に警戒が緩んできていた。
「魔物が出ないことはいいことではないか」
アキやブリザラ達の肉体は先程の休憩とキングやクイーンのお蔭である程度回復したが、精神的な疲労まで回復することは出来ず、アキもブリザラも疲労の色を隠せないでいた。
ピーランのこともあり現在魔物が襲ってこないということは今のアキやブリザラ達にとって好ましいことではあった。
だが伝説の武具の所有者という立場からするとそういうわけにもいかない。この真光のダンジョンは伝説の武具の所有者、アキやブリザラにとっては自分達の能力や技術を高める恰好の場所である。ブリザラがどう考えているかは分からないが、アキにとってはすぐにでも新たな魔物と戦い己を高めていく必要があった。
だが結局意識を取り戻さないピーランがいる以上これから現れる魔物を、ピーランを庇いながら戦うことは現実的に考えて厳しいものがあった。
『マスター前方に下りの階段があります』
『ああ、こちらも確認した』
クイーンとキングは下の階層へと下る階段を発見し、それをアキやブリザラ達に伝えた。
「……結局、魔物に出くわさなかったな……」
階段の下へとたどり着いたアキは階段の奥に広がる暗い空間を見つめていた。
『とりあえず、下りて安全を確認したら本格的に休憩をとろう』
「ああ……」
キングの提案を受け入れたアキは、気持ちを引き締め直し下の階層へと続く階段を下り始める。それに続くブリザラとウルディネ。
「階層が変わると……魔物もまた増えるのでしょうか?」
ブリザラは不安そうに下る階段の先を見つめた。
「程度はあれ、基本的にダンジョンはそういうものだな……逆に下りた先に魔物が居なければ、罠か何かだと疑ったほうがいい……」
戦闘職としてまだまだ半人前のブリザラにアキは自分が経験してきたダンジョンの傾向を教えながら、新たな階層へと足を踏み入れた。
ガイアスの世界
ガイアスに残るもっとも古いおとぎ話
おとぎ話としては史実でもある四星英雄の物語がガイアスでは有名であるが、それに続き有名なのが、悪しき竜を倒してガイアスを平和にする四人の者達というおとぎ話である。どこか四星英雄に酷似しているが、こちらのほうが古いおとぎ話である。
内容は、ある日突然世界にその姿を現した竜は自分の仲間を求め彷徨っていた。だが自分の姿を見た人間たちは化け物だと竜を襲う。何度も命を狙われた竜の心はすさみガイアスという星自体を恨むようになる。そしてその鋭く尖った牙をガイアスに向けるようになる。
悪しき竜に姿を変えたそれを倒すために立ち上がった伝説の武具を手にした四人の人物がその悪しき竜を倒すというどこにでもありそうな話である。
作者も不明でありいつどの時代から生まれた物なのかも不明であるが、ガイアスの世界では有名な物語の一つであった。




