真面目で合同で章 12 (アキ&ブリザラ編) 後編3 赤き目の王
ガイアスの世界
人が今よりも未熟だった時代
何千年も前のこと。人がまだ文化や言葉を持つ前の時代。
その時代にガイアスに君臨していたのは、竜族と呼ばれる者達であった。今の人間と同じかそれ以上の知識を持ち、そして人間を遥かに凌ぐ強靭な体を持っていたという。
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
「ふん……質が落ちたか? 人間と大精霊と『古の思念体』がいながらこのザマとはな……先代達のほうが、歯ごたえがあったんじゃないか?」
人よりも大きな存在が出入りすることを想定されたロストゴーレムの広間に一人立つ男アキ。だがアキの表情は醜く歪み口許は裂けるように吊り上がっていた。瞳の奥からは別の意思が感じられ、喋り方もアキとは思えない粗暴なものであった。
その正体は古い時代、人が今よりも未熟だった頃のガイアスの支配者『竜族』の一人であり、別名『黒竜』と呼ばれているものであった。
アキの姿をした黒竜は大盾、キングの存在を知っているようだった。
「たくっ……久方ぶりの外だっていうのに、ダンジョンの中ってのが、気に食わねぇ……なあそう思うだろう……そこの人間?」
アキの顔をした竜族、黒竜はゆっくり大盾の影に隠れた少女に視線を移した。
「ひぃ……」
その視線は少女に小さな悲鳴を与える。少女は耐えられないとその視線から逃れようと自分の視線をはずした。そこにはその場には自分の仲間達が横たわっている姿があった。
「はあっ! ……あああ」
再び少女の口から掠れた悲鳴が漏れる。大盾を強く握り止める少女の顔は恐怖に支配されていた。
『王よ、絶対に私から離れるな』
伝説の盾キングは自分の後ろにいる己の所有者ブリザラにそういうと形を変化させる。
「絶対防御か……」
球体に姿を変えたキングはブリザラと側にいたピーラン、ウルディネを包み込んだ。
「ふっん……防御だけじゃ我には勝てないぞ」
アキの姿をした黒竜はそう言いながらロストゴーレムの広間に腰を下ろした。
「な、何が起こったの……」
キングの球体の中、薄暗い視界を這わせるブリザラはボロボロになっているピーランとウルディネを見つめ更に恐怖の色が濃くなる。
それはブリザラにとっては一瞬のことであった。黒い靄が広間から晴れた瞬間、ウルディネは手から大量の水を放出していた。ピーランも目の前にいる強大な敵に対して抱く恐怖を押し込め、隣の守らなければならない友人、ブリザラのために己の体に残された力を振り絞り走り出していた。
アキの姿をした黒竜に一番近い位置にいたクイーンは己の手を剣に変化させアキに切りかかった。
「ふん? 思念体だけのお前に我が抑え込めるはずもないだろう」
苦も無くクイーンの鋭い突きを避けるアキの姿をした黒竜は後方から迫ってきたピーランに気付き、クイーンの攻撃を避けた動きの流れで回し蹴りをくりだした。
「がぁ!」
「帰りな、人間のお嬢ちゃん」
咄嗟に両手で回し蹴りを防いだピーランであったがその瞬間防いだ両手は鈍い音を立てて折れた。それでも威力が落ちない回し蹴りの威力は、ピーランの体を吹き飛ばしキングの下へと送り返した。
「がはぁ!」
凄い勢いでキングへと衝突するピーランは吐血しながらその場にぐったりと倒れ込んだ。ブリザラはそんなピーランの姿を気にする暇がなかった。目の前に何かが飛んできてそれを防ぐためにキングの影に隠れるので精一杯であったからだ。
ピーランが脱落した瞬間、アキの顔をした黒竜はウルディネから放たれた水の激流を弾き飛ばし、剣での刺突を再び繰り出したクイーンの攻撃を足で踏みつけ身動きをとれなくした。
「カッカカカ! だから無理だって言ってるだろ!」
アキの顔をした黒竜はそう言い放つと左手をウルディネに向け竜の代名詞である火球を放つ。その間に右手は身動きのとれないクイーンの腹目がけて拳を放っていた。
「がぁはっ……」
ウルディネに向かった火球は着弾し爆発を起こし、クイーンの腹には重い拳による一撃が入る。
足で踏まれているクイーンの剣が折れると同時にアキの顔をした黒竜の拳がクイーンの腹を貫いたのはそれからすぐのことであった。
「あっ……ああ……」
クイーンの腹を貫いた拳には一滴も赤い血は着いておらず、クイーンが生物ではないことを如実に現していた。だがクイーンの表情は痛みを感じているように歪んでいる。
「それもう一つ」
自由になっている左手は爆炎を上げているウルディネのいた場所に合わせられ、再びアキの顔をした黒竜は火球を放つ。だがその火球は一つではなく三つであった。放たれると同時に着弾するほどの速度を持った火球の三連射はウルディネのいる場所を火の海へと変える。
本来属性上、水を司る大精霊であるウルディネのほうが属性上有利であるはずなのにも関わらず、アキの顔をした黒竜の火球は弱点を無視してウルディネを焼いたのであった。爆炎の勢いはウルディネの体を跳ね上げ偶然なのか、それともウルディネが最後の力を振り絞ったのか、はたまた脅威のコントロールでアキの顔をした黒竜が誘導したのかそれは分からないが、宿主の体を守るようにして大量の水で包まれたウルディネの体はブリザラとキングの居る場所へ吹き飛ばされ落下した。
これがほんの数秒の出来事であった。圧倒的な力の差は目で捉えることさえ出来ないほどの速度でブリザラの視界から流れていったのである。
そして現在に至る。《絶対防御》の状態になったキングの中でブリザラは今自分の近くにいる者が何者なのか理解できず混乱していた。
「さすがの我もお前のその盾は崩すことが出来ないからな……だが切りくずことは容易だ……」
右手に突き刺さったままのクイーンをキングに見せるように突き出す黒竜。
「こういうのはあまり好かんが……」
右手に力を込めるアキの顔をした黒竜。
「あっあああああ……」
痛みに悶えるクイーンの叫びがキングの球体の中に居るブリザラにまで響き渡る。
「な、何……何が起こっているのキング!」
キングの球体の中からでは外の状況を確認できないブリザラは、球体の内側の壁を叩き、キングに外の状況がどうなっているのか聞いた。
『……』
だがキングは一切ブリザラの問いかけに答えず沈黙していた。
「キング! お願い何が起こっているの! 教えて!」
何度も壁を叩き外の状況を懇願するブリザラ。だがその懇願は聞き入られることはなく、沈黙を続けるキング。
(不味い……この状況は非常に不味い……突破口が見当たらない……それにこのままでは……)
《絶対防御》は絶対崩れることの無い防御。それがたとえ古のガイアスに君臨していた竜族の攻撃だとしても《絶対防御》を破ることは出来ない。だが破れないというだけだ。キングは防御に特化しているだけで、攻撃は並以上ぐらいであり、目の前の竜族を倒すほどの力は持ち合わせていない。攻撃に耐えることは出来るがそれだけだった。
しかも未だ戦闘職として未熟なブリザラを庇いながら目の前の者と戦うのは無理があった。しかも長期戦に持ち込まれれば、キングは別として人間であるブリザラは精神的にも体力的にも耐えることは出来ない。
(逃げる……駄目だ、王の足ではすぐに追いつかれる)
何か手段は無いかと思考を巡らせるキングであったが、一向に良い手段が浮かばない。
「……おーい、いいのかこいつ捻りつぶすぞ?」
キングが鉄壁の籠城を決め込んだことで、どこかやる気を失った黒竜はつまらなそうな表情を浮かべながら、今は抜け殻のようになったクイーンの体を弄ぶように片手で軽々と持ち上げていた。
視界は遮られているが音は遮断されない。アキの声をした黒竜の声は暗いキングの球体の中にいるブリザラの所にも届いている。
「クイーンさんに何をしようとしているの……ねぇキング答えて、今何が起こっているの?」
『……大丈夫だ……』
「何が大丈夫なの……キング……」
ブリザラの語気が強くなる。
「開けて……」
『……』
「開けなさい!」
ブリザラの言葉が命令口調になりその声がキングの球体内を通りこして外の広間にまで響き渡る。するとキングの意思とは関係なく、ゆっくりと《絶対防御》が解かれていく。ブリザラの持つ《王領域》が発動し、キングの行動を支配していた。
「ん?」
退屈そうな目をピクリと動かす黒竜。
『だ、駄目だ王!』
「ふふっ!」
ブリザラの意思に抗おうとするキング。だが《絶対防御が崩れていき、ブリザラの視界に広間の光が入ってくる。暗い場所にいたブリザラは急に入ってきた光に目を細めながら外を見渡した。だがすぐにブリザラにとって衝撃の光景が視界に入り込んできた。
「あ……!」
二つに裂かれるクイーンの体はボロ雑巾のように打ち捨てられた。
『……っ』
目の前の光景が信じられないといった表情でブリザラはクイーンであった者を見つめていた。衝撃からか表情から感情が消えたブリザラはその場に立ち尽くすしかなかった。
『王、私に隠れるのだ!』
茫然と立ち尽くしたブリザラの《王領域》が解かれ、自由になったキングは茫然と立ち尽くしたブリザラを守ろうと《絶対防御》を発動しようとする。
「させねぇよ!」
一瞬であった。ブリザラとキングがいる場所から人の足にして大股で二十歩といった距離にいた黒竜はその距離を一瞬にして詰め、キングの《絶対防御》の発動を阻止する。アキの顔をした黒竜の顔がブリザラの顔ギリギリにまでやってくる。
「……お前……ただの人間じゃないな……」
近距離でブリザラを見定めるように見つめる黒竜はニタリと口を歪ませる。
だが先程のように目を背けることなくブリザラも黒竜の、闇に曇ったアキの瞳を見つめた。
「ほうっ……面白い目をしている……」
「キングっ!」
ブリザラの声に反応するかのようにキングの姿が変わり、ブリザラと黒竜の間に大きな壁を作った。
「んだよ……せっかくこれからって時にまたこれか?」
そびえ立つ姿を変えたキングの壁はロストゴーレムの広間の天井までたどり着きそして止まる。少し距離をとった黒竜は不満な表情を浮かべる。
「……これは……私があなたを拒絶する絶対の盾、そしてあなたを断罪する矛でもあります」
ブリザラの言葉は彼女とは思えないほど冷静でそしてフルード大陸の気候以上に冷たく氷ついていた。ピキピキと周囲に氷が張っていくような音とともにブリザラは縦長に伸びたキングの向こう側にいる黒竜にそういうとそのまま歩きだした。ブリザラの歩みとともに長くそびえ立ったキングも共に動きだす。
「へへ……盾が矛? そりゃ矛盾してないかいお嬢ちゃん?」
その瞬間であった、長くそびえ立つキングは凄い勢いで黒竜に向かい突撃する。反応するのに遅れた黒竜はキングに激突しそのまま押し出されるように、月石の壁に激突し押し潰される。
「……そんなことはどうでもいいのです……ただちにその体の持ち主に体を返してください」
抑揚無くどこまでも冷たいブリザラの声が、キングと月石に押しつぶされた黒竜に放たれる。だがブリザラの視線は足元に転がる上半身と下半身に裂かれたクイーンを見つめていた。
(キング……)
心の中で呟くブリザラ。
(王!……分かった)
ブリザラの心の声を感じ取り、考えを汲み取ったキングは自分の一部をブリザラの足元に転がるクイーンの体に伸ばし巻き取り、一瞬で己の中へと取り込んだ。
「お、おうおう……これだよこれ……なんだやればできるじゃないか……」
月石の壁にめり込んでいた黒竜は両手で自分を押し潰したキングを押しのけた。
「無駄口はいりません」
「なぬっ……!」
再びキングと月石に押しつぶされる黒竜
「ぐふ……嬢ちゃん……」
そう口にしなが黒竜は先程と同じように両手でキングを押し戻す。
「うるさいです」
「うごっ!」
再度、黒竜をキングで押し潰すブリザラ。
「あ、あの……ちょ、ちょっと我の話を……」
「聞く耳はありません」
黒竜の言葉を遮るブリザラは問答無用でキングを月石に押し込んでいく。
「だぁああああああああ!」
「はっ!」
切りの無いその状況に痺れを切らした黒竜は怒鳴り声を上げながら、キングを押し出し蹴りつける。その勢いはキングとブリザラを後方へ吹き飛ばした。迫りくる月石の壁。
「キング!」
ブリザラの一声で前にあったキングの一部がブリザラの後方へ回りこみブリザラの体を包み込むようにして迫っていた月石の壁からブリザラを守ると同時に、黒竜が放った蹴りの衝撃を霧散させる。
「はは……やるねぇ」
ブリザラの体にはかすり傷の一つも無く、その瞳はまっすぐに仲間の体を奪った悪しき者を見据えていた。その瞳の色は比喩なしに真っ赤に染まっている。その変化に気付いているのはキングだけであった。
(あの瞳……それにこの変わりようはなんだ……ただの王領域では無いぞ……何が王の中で起こっている……)
膨大な知識を持っているはずのキングですら、ブリザラの身に起こっている変化が何なのか理解出来なかった。ただキングが分かる事といえばね現在のブリザラが目の前にいる黒竜と互角に戦える存在であるということだけだった。
「キング……」
ブリザラから指示が飛ぶ。ただ一言己の名を呼ばれただけで、キングはブリザラが何を求めているか理解する。ブリザラの体を包んでいたキングの一部が本体に戻るとキングは黒竜に向かって再び進みだした。
「また突進か……馬鹿の一つ覚えだなっ!」
自分に突撃してくるキングとブリザラにそう言いながら黒竜は回避しようと体勢を変える。だがその回避は無意味となった。
黒竜が回避した方向に向かってキングが横に巨大化する。ロストゴーレムの広間の六分の一の面積が巨大化したキングで埋め尽くされる。その大きさは到底人間が持てる大きさではなく、ブリザラの手からキングは離れていた。だがブリザラの手から離れているはずなのに、ブリザラはキングをその手で持っているかのように操っていた。
「はっははは……おいおい、冗談だろ……」
黒竜は巨大化したキングを呆れながら見上げ、自分の顔が巨大な影に覆いかぶされると足を止め回避するのを諦めた。
周囲に残っていたロストゴーレムの残骸を巻き込みながら凄まじい振動と共に、キングが月石で出来た壁に激突していく。
『王っ!』
「駄目……」
手応えはあった。だが手応えがあっただけで、黒竜を倒せたという感覚はなく、案の定月石の壁から押し返してくる力を感じ取ったブリザラは眉間に皺をよせその力を感じたほうを睨みつけた。
「いやいや、まさか押し潰してそれで終わりだなんて思わないよな」
広間の六分の一を占めるキングが揺らいだ。ブリザラは迫りくる自分達に向かってせまりくる力と真っ向から対峙して踏ん張りをきかせる。だがその努力も空しくブリザラの体はジリジリと後方に押し出されていく。
「お嬢ちゃんはいい線いっていたと思うよ……我にも分からない力を発揮して頑張っていた……それでも我との差は埋まらない」
ブリザラの変化に気付いていた黒竜はその力を使っても自分には勝てないとブリザラに言い放つとさらに腕に力をこめ、自分の形に凹んでいた月石の壁から姿を現す。
「……名残惜しくはあるが、そろそろ終わりにしよう」
その言葉と同時にブリザラの体には今までに感じたことの無い圧力が加わる。体が重くなり踏ん張りがきかない。膝を折らずにいられなくなるその圧力はブリザラの片膝を折らせる。苦渋に歪むブリザラの赤く光る瞳はそれでもあきらめをみせることはなく、黒竜が放つ圧力に耐えようとしていた。
(――やめろ――)
「んっ?」
黒竜はブリザラとの力比べを楽しみながら、自分の中で聞きなれた声が響いたことに気付いた。
(――やめろ――俺の体で好き勝手しているんじゃえねぇ)
「ふふっ」
鼻を鳴らす黒竜は自分の内に秘めたその男の言葉に耳を傾けるのであった。
― 場所不明 ―
『今更何を言い出すかと思えば、今やお前の体は我のものだというのに』
黒い影は暗闇の中に溶け込み瞳だけを輝かせている。その瞳の視線の先には体中が黒い茨に絡めとられているアキの姿があった。
「……知らねぇな……お前に譲った覚えは無いっ!」
みるからに疲弊した表情を隠すようにアキは表情を曇らせ己を支配する者を怒鳴りつける。
『威勢だけは衰えていないな……だが今のお前に何ができる?』
黒い影は冷静に今のアキがどうすることもできない状況であることを告げる。
「くぅ……」
『そもそもお前は力を望んだろ……何度も……まるで愛にすがる子供のようにこの我に』
黒い影に表情はないが声からしてアキに蔑む笑いを浮かべているようであった。
「あっ……くぅ……」
それは事実であり、アキは悔しそうに口をつぐむ。
『なのにだ、お前は我に何も返そうとはしない、お前だけいい思いをしてそれだけというのは筋が通っていないのではないか?』
黒い影は至って正論を口にする。よほどの事が無い限り見返りを欲しない者などこの世にはいない。それは人であるアキも目の前の黒い影も同じだ。何らおかしいことではない。
黒い影はゆっくりと黒い茨に縛られたアキに近づいていく。
「だがっ……それにしては対価が大きすぎだろ黒竜!」
『ふっふふ……あっはははははは!』
黒い影の正体黒竜はその姿を現した。一見人と何ら変わらぬ青年、端正な顔立ちは確かに人間に見えぬほどに美しい。だが青年の頭部からは本来人間に生えているはずの無い二本の枝分かれした角が、腰と臀部の間には黒い尻尾が生えていた。その姿は青年が普通の人ではないことを物語っていた。
闇の中で耳が張り裂けんばかりの笑い声を上げる黒竜。
『対価が大きいだと? 笑わせるな、お前はそれほどの相手の力を借りたんだよっ!』
アキの髪を鷲掴みにし顔をにじりよせる黒竜。
『我はな……竜族でありながら、あの黒竜の中に閉じ込められ、さらにお前が纏っている鎧の中に閉じ込められたんだ……こんなことってあるか? すでに竜族としての自由を奪われた我からさらに自由をは奪ったんだっ!』
いつの間にか語気が強くなる黒竜の表情は怒りに曇っていた。
「知るか! 黒竜の中に閉じ込められた事は知らない、けどその後のことはお前が俺を襲ったからだろうが!」
姿形は違うが目の前の者が自分の命を屠ったことをアキは忘れていない。
「それはお前が弱いからだろ!」
「だったら俺達に閉じ込められたお前も弱かっただろうが!」
己の言葉が正義と言わんばかりに、お互いの言葉は交わることなく平行線のままにらみ合う両者。
「ふんっ……」
にらみ合いに終止符を打ったのは黒竜であった。
「まあいい、結局どう足掻こうと意識の離れた体を取り戻す術などお前には無い、しだいに薄れ消えていく意識の中で我の成すことを、指をくわえて見ているがいいさ」
踵を返すようにアキから背を向ける黒竜
「まっまてよぉ! まだ話は終わってねぇ!」
自分から去って行こうとする黒竜を止めようと黒い茨に巻き付かれた体を強引に揺らすアキ。その衝撃で体中に黒い茨の棘が刺さる。
『動くな動くな……棘が刺さって痛いだけだ』
黒竜はもがくアキを見ようとはせず離れていく。
「待てって言っているだろうがぁぁぁぁ!」
暗闇の空間にアキの叫びが響きわたる。無駄なことだと黒竜が鼻で笑おうとした瞬間であった。黒竜の肩が後方に引っ張られる。
「なっ!」
それは一瞬だった。後方に引っ張られ黒竜の体勢が崩れるとそこにはアキの顔がった。それに続く拳。目の前一杯にアキの拳が広がる黒竜は次の瞬間暗黒の空間を跳ねるように吹っ飛んだ。
三回ほど回転した所で動きをとめた黒竜の体。すぐに顔を上げ自分を殴った男の姿を視界に捉える黒竜は驚きの表情を浮かべた。
「はぁはぁはぁ……」
肩で息をするアキ。その姿は黒い茨の棘により傷だらけになっていた。至る所から出血しているアキはそれでも進むことを止めず黒竜に向かって歩いてくる。
『人間……っ!』
最初は驚き、しだいに怒りに満ちる端正な黒竜の表情は醜く歪む。すぐに立ち上がるとアキに向かって走り出し右腕を振り上げ、拳をアキに向かって放つ。
「うらぁあああああああ!」
吠えるアキ。黒竜から放たれた拳を避けることはせず自分の額で受け止める。
鈍い音が響く中、アキの額からは血がにじむ。だがアキは一切視線を反らすことなく目の前にいる黒竜に向けられている。
『何なんだお前はぁぁぁぁああああ!』
アキの気迫に負けるまいと黒竜も吠えるとアキの額に右手の拳を残したまま、左腕をアキの頬に向けて放つ。
「あぐぅ!」
アキの頭が跳ね上がる。だが必至に踏ん張りその場に留まるアキはすぐさまそれた視線を黒竜の顔に戻すとニヤリと笑う。
「そんなもんかよお前の力はぁぁぁぁああ!」
次は自分の番と言わんばかりに黒竜の顔目がけて左腕を振るアキ。
アキの拳は黒竜にとってそれほど速度のあるものでは無く避けようと思えばよけられるものだった。だが黒竜の中で避けたら負けだという思いが浮かぶ。
『ふんぐぅ!』
アキの拳を真っ向から迎え討った黒竜の顔は跳ね上がった。
『ふんっ! 所詮人間の拳などその程度だぁぁぁぁぁ!』
お互い顔を腫らし鼻から血を流しながら一切避けることの無い我慢比べが始まった。
― ヒトクイ 真光のダンジョン 一層目 ロストゴーレムの広間 ―
『……これはチャンスだ!』
突然、黒竜の力が抜けていくことを感じるブリザラとキング。動きの止まった黒竜を見てキングは叫んだ。
「ええ……」
静かにうなずくブリザラは形状を変えていくキングを黒竜の前に突き出した。
『準備は整ったっ! 黒竜の意識を今再び拘束する』
どこからともなく響きわたるクイーンの声。キングの一部が鎖に姿を変えると黒竜の体を縛りあげる。
「はっ! お前ら図ったな!」
意識を取り戻したかのように黒竜は自分の身に起こっていることに気付いた。
「まさか……あの無意味な突進もこの為か!」
『気付かれないかと冷や冷やしたわ』
黒竜が纏っている伝説の防具からクイーンの声が聞こえる。その声を合図にキングは黒竜をさらにきつく縛り上げた。
ブリザラとキングによる無意味とも思える再三の突進にはちゃんとした意味があった。ブリザラの足元に転がっていたクイーンを取り込んだキングは、クイーンの意識を再生させると、現在起こっている状況と、ブリザラがやろうとしていることを伝えた。
それを理解したクイーンは、ブリザラがキングを使い黒竜に接触させると同時に少しずつクイーンの意識を本来クイーンがあるべき場所、アキが纏っている漆黒の鎧に戻していったのである。何回にも分けてクイーンの意識を戻した理由は、黒竜に気付かれないためであった。
「くっそ……我が……せっかくの外が……うっうああああああああ!」
激しい断末魔は広間に広がり周囲を揺らす。
『拘束完了……』
黒竜の断末魔が突然断ち切れる。すると魂を失った体のようにアキの体は力なくその場に倒れ込んだ。
「アキさんっ!」
ブリザラはキングを放り投げながら駆け出して倒れ行くアキを支えた。
「アキさん、アキさんっ!」
先程まで真っ赤に染まっていた瞳は普段の黒いものへと戻っていた。だがその瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちている。
『お、王っ! ……はぁ……クイーン……小僧はどうなのだ?』
勢いよく地面に突き刺さったキングは自分のことを放り投げたブリザラを咎めようしたが、大粒の涙をポロポロとこぼすブリザラを見て言葉を止めた。キングはクイーンにアキの状態を聞いた。
『とりあえずマスターは大丈夫よ……ただしばらく意識が戻らないかも……』
そういうクイーンはなぜかふて腐れていた。それはブリザラと意識の無いアキの状態にあった。ブリザラは自分のモモにアキの頭を乗せていたのだ。しかも無意識に。
目を瞑ったままのアキの顔を見下ろしながらブリザラは眉毛をへの字に曲げながらエグエグと泣き続けている。
『ゴホン……王よっ……それはさすがに見過ごすことは出来んな……』
キングの声に顔を横にふるブリザラ。
『どうした?』
「……私は……」
ブリザラは言いかけて口をつぐんだ。
ガイアスの世界
ブリザラに起きた現象
黒竜との戦いでブリザラが見せた力。目が赤く染まるその現象は絶対的な知識を持つキングですら知らないものであった。
目が赤くなっている間ブリザラには感情が無くなり、戦闘力も高くなっていた。
どうやら《王領域》に関係しているようだが、それ以外のことは現在ではまだわかっていない。




