過去で章 6 (スプリング編) 勝利?
ガイアスの世界
闘技島の闘技場
闘技島の闘技場では毎日のように魔物と人間による戦いが行われている。魔物達はそのほとんどが闘技島周辺にいる魔物を捕獲し、調教師による調教を受けて闘技場に放たれる。
時には調教せずに闘技場に放つこともあり、その時々で色々と趣向を変えているようだ。
戦闘職達は毎日変わる魔物相手に四苦八苦しながら自分の命を賭けて賞金を手にいれようと奮闘するのであった。
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
― 闘技島 闘技場特別席 ―
耳が割れんほどの歓声と罵声が混ざり合う闘技場の最上階にその場所はあった。一般人は入ることを許されないその場所の扉の前には屈強な姿をした男が二人立っており、まるで門番のように外からの侵入を拒んでいるようであった。
そんな完全警備された扉の奥では、豪華な調度品が並ぶ部屋があり、その部屋からは闘技場を見渡せるようになっていた。
王様が座るのかという贅沢の限りを尽くした椅子に深く腰を下ろし、だらしない腹をこれでもかと見せつける男は、現在外で行われている闘技場のメインイベントを観戦している真っ最中であった。
「ロメロウド様、賭けの最終結果は9対1で魔物側に偏っています」
ロメロウドと男の名を口にする細身の男はそう言うとロメロウドに一礼して扉へと向かって歩きだした。
「そうか、観客達は闘技場魔物最強が勝利することを望んだか……」
賭けの結果に満足そうに笑みを浮かべるロメロウドは手に持った赤い液体の入ったグラスをいっきに煽ると無造作に手で口を拭うのであった。
闘技島の所有者にして闘技場の主催者であるロメロウド=バンダムは現在、破竹の勢いで己の闘技場で勝利を勝ち取っているとある男に嫌気がさしていた。
その男のあまりの強さは、この闘技場で一番の利益となる賭けを成立させられなくしているからだ。観客達もその男が姿を現すと罵声を浴びせかけ、男がやられるのを今か今かと待ちわびるほどに。
そんな観客としても主催者としても面白くない男をどう処理するべきか悩んでいた男の前に面白い話を持ってきたのが数日前であった。
その男は闘技場最強の人類である男と同様に、闘技場最強の魔物であり、挑戦者が全くいなくなっていた岩竜と闘技場最強の人類の男を戦わせてみてはという話であった。しかも男には【死の(・)掟】という常人ならば絶対にやらないルールで戦わせるとも言っていた。
ロメロウドは金の亡者である。金のためならば汚い事や公に出来ない事もやってきており、それなりの修羅場も何度も潜り抜けていた。自分の私腹をこなせるのならば人の命などゴミ同然とも考えているほどである。
そんなロメロウドは男の話に頭の中で計算を巡らせる。そのメインイベントは話題になり闘技島に利益をもたらすことは間違いないと考え、即答でその話を快諾した。たとえ賭けがどちらかに偏ったとしても集客数が増えれば自分に入ってくる利益にはうまみがあり、処理に困っていた男を処理できるとあってロメロウドにとってうまみしかない話であった。
ロメロウドは男が岩竜勝つなど微塵にも思っていたなかった。それ故にロメロウドは偏った計算をしているわけだが、金に目がくらんだ者にはそれが見えないのである。
ロメロウドの思惑通り、闘技島にやってきた観客の数は通常の二倍三倍に膨れ上がり、それだけでロメロウド個人に入ってくる利益は莫大なものとなっていた。
「さあ、今日で最後だスプリング=イライヤ……精々私のために金になってもらうぞ」
誰もが疑う余地もない悪党の笑みを浮かべるロメロウドは視線の先で繰り広げられる人と魔物の戦いに見入っていくのであった。
見渡す限りの人、人、人。鳴りやまぬ歓声と罵声。ドーナツ状のその建物に入りきらないほどの人々が各自様々な思いを乗せた視線を皆同じ場所に落としていた。
闘技島と呼ばれ島の半分を占めている闘技場では今まさに人間と魔物による戦いが行われていた。その戦いは滅多にみることの出来ない好カードであると、普段の倍以上の観客達が、闘技場にやってきており、大盛況となっていた。
闘技場の中心では一見巨大な岩にしか見えない岩竜と何か罪を犯したのではないかという腰巻一枚の人間が攻防を繰り広げていた。だがその戦いは闘技場にいた観客誰人として想像していない状況に陥っていた。
凄い速度で鞭のようにしなる尻尾と、ゆったりとした前足による踏みつけ、それに加え口から放たれる触れた物を岩へと変えてしまう粘液を見事なコンビネーションで目の前にいる小さな人間を追い詰めていく。その魔物の名は岩竜といい今ガイアスで発見されている竜の中では一番の防御力を誇るものであった。
だがその見事なコンビネェーションをことごとく掻い潜り勝機を見定めている人間もまた凄い動きであった。それはまるで一つの光のようにさえ観客にはみえることであろう。その男は戦場で《閃光双牙》という二つ名を轟かせている男、スプリングであった。目の前の岩竜を前に一歩も後退することなく向かって行くスプリングの姿はまさに閃光に相応しい速度であった。
二つの名の由来は、光のように素早い動きで相手を翻弄し、両手に持った二振りの得物で獣の牙のように相手をなぎ倒していくからであった。
スプリングの光のような素早さは健在であったが、今のスプリングに獣の牙のような鋭い攻撃は影を潜めていた。今のスプリングには両手に二つの得物を持つことが出来ない理由があった。
岩竜とスプリングの戦いを見ている観客達は侮蔑と嫌悪を込めて《武器破壊》とスプリングに対して罵りの歓声を上げた。観客達にとっては、《閃光双牙》という二つ名よりも《武器破壊》という中傷を込めた二つ名の方が有名であった。その二つ名の由来はスプリングがよく武器を壊すことにあった。戦っている最中にすぐに武器が壊れやむなく魔物が持つ武器を奪ったり、魔物の一部を破壊して武器にしたりなどすることから観客達から《武器破壊》と呼ばれているのだ。それが獣のような牙を発揮できない理由であった。
だがそんな状態であってもスプリングは闘技場において無敗を誇っていた。相手が魔物である以上、負ければよほど運がよくない限り死につながるわけだが、スプリングはそんな状態であっても負けることなく闘技場に初めて立った日から、一度も負けていないのである。
そのことが観客にとって面白くないものであった。魔物と人間による命を賭けたやり取り、あたかも自分がその命のやり取りの中にいるような疑似的な感覚に酔いしれたいのである。だがスプリングの戦いは観客達を酔いしれさせることが出来ない。それほどまでにスプリングは闘技場において強かった、強すぎたのである。スプリングの戦いは観客にとって筋書きが分かっている駄劇でしかなかったのだ。
それに加え闘技島で行われている賭けがスプリングの強さのせいで成立しないということも観客達の怒りを買った一因となっていた。闘技場最強の男であるはずのスプリングは観客の殆どを敵にまわしていたのである。
そんなスプリングが闘技場最強の魔物、岩竜と戦うという話は、スプリングに面白さを見いだせなくなっていた観客達に興奮と刺激を与えたのである。しかもスプリングは自殺志願としか思えない【死の(・)掟】を適用していた。そのゆえに観客達は最強の男が倒れる姿を拝めるのではないかと期待していたのである。だがその期待は微妙な形で裏切られていた。
圧倒的な速度で岩竜を翻弄する姿は、なんていうことは無いいつもの戦いと変わらなかったのである。
観客達による歓声と罵声が降り注ぐ。スプリングはそんな周囲の声を気にすることなく、己の前にいる魔物の姿しか目に入っていなかった。
≪ギシャァァァァ≫
当たらない攻撃に苛立っているのか岩竜は鼻から息を吹きだしながら、素早く動くスプリングを目で追おうとする。だが岩竜はスプリングの動きを追うことさえ出来ないでいた。圧倒的な速度で闘技場最強の魔物、岩竜を翻弄するスプリング。
だがスプリングも攻撃を避けるだけで岩竜に攻撃を仕掛けようとはしなかった。いや正確に言えば攻撃できないのだ。岩竜の口から放たれた粘液を防ぐために使用したスプリングの得物である剣は粘液の効果によって刃の部分がすべて岩と化していたからだ。すでに剣と言うにはあまりにも不格好であり鈍器と言い表したほうがしっくりくるその武器を握りしめたまま、スプリングは岩竜に対して攻めあぐねていた。
(果たしてこれは武器として使えるのか……)
自分の能力の高さに武器が耐えきれず壊れるようになってから、闘技場ではまともな武器を振った記憶の無いスプリングは、今自分の手にある鈍器になってしまった剣を品定めしていた。
そんな状況が不幸中の幸いとでも言えばいいのか、武器が壊れるようになり得物を選んでいる暇の無くなったスプリングは、職業は上位剣士であったが、あらゆる武器を手にしてこの闘技場で戦ってきた。そのためか、浅く広くではあるがどの武器でもある程度扱えるほどになってはいたのだ。だがさすがに刃が岩となった剣を扱うのは初めてであり、自分が手にしている武器が武器として機能するのか心配ではあった。
それでも背に腹は代えられないと覚悟を決め、苛立ちを超え怒り狂っている岩竜に突貫する。
一筋の閃光が岩竜に迫ると岩竜は待っていましたとばかりに己の中で最速である鞭のようにしなる尻尾をスプリングに向けて放つ。だがその攻撃はやはり一筋の閃光にあたることなく難なく避けられる。だが岩竜も闘技場最強の魔物である。それは囮と言わんばかりに、口から何もかも岩に変えてしまう粘液を放った。
(チィ……)
それはスプリングの癖なのか、それとも剣士としての性なのか、体に染みついていた動きが、粘液を避けるのではなく鈍器と化した剣で防いでしまっていた。みるみるうちに固まっていく粘液は、鈍器と化した剣を巨大化させていく。最初スプリングの体半分程度であった大きさは今ではスプリングと変わらない大きさとなっていたのだった。
それでも速度を落とすことなくスプリングは岩竜の懐に忍び込むと岩竜の顎に目がけ巨大化した鈍器を振り上げる。
岩と岩がぶつかるような音が闘技場に響き渡と岩竜の顎は空に跳ね上がり、巨体を揺らし一歩後ろへと後退する。
(使える……)
その一撃で巨大化した鈍器が武器として使えることを察したスプリングはそのまま次の攻撃に移る。振り上げ切った反動を利用しそのまま岩竜の胸部目がけてフルスイングするスプリング。
≪ギィガァァァァァ≫
岩が砕けるような音とともに岩竜の咆哮が闘技場に響き渡る。あまりの音量に観客達は全員耳を塞ぐほどであった。
「行けるっ!」
苦しみ悶える岩竜の顎と胸部にはヒビが入っており、そこからは柔らかそうな皮膚が覗いていた。
岩竜は生まれ落ちたその時から全身が岩に覆われているわけでは無い。生まれた当初はまだ岩に覆われておらずその皮膚は柔い。特に幼竜の頃はパン生地のように柔くちょっとしたことで傷がついてしまい、その傷が元で死に至る事も多い。そのため岩竜の数は少ない。
そんなひ弱な我子を守るために生まれ落ちた我子にまず親がすることはまず自分の粘液をかけて幼い我子を外敵から守ることであった。成長するにしたがい、まるで蛇が脱皮するかのように己の粘液を体にかけて自分の成長した体に合わせた岩を着ていくというのが岩竜の生態の一つであった。岩竜にとって己の体に着いている岩は人間の鎧と同じなのでる。
そんな岩竜の鎧にヒビを入れたスプリングは、そのヒビから覗く柔い皮膚を見て狙い目だと、もう一度巨大化した鈍器を振りかぶった。
上空に跳ね上がった岩竜がそれを知る由もなく、スプリングの腰の入ったフルスイングが無防備に晒したヒビの入った胸部に鋭くぶち当たる。砕け散る岩、あらわになる岩竜の柔い胸部。
≪ギィアアアアアアア≫
それはまるで痛みの断末魔のように闘技場に広がり、観客達の耳に痛みをもたらす。その中でスプリングだけが頬を吊り上げ勝利への道筋を思い描いていた。
「よっしゃぁぁぁぁ!」
トドメの一撃とばかりに再度大きく振りかぶるスプリング。だがその時だった。手に持っていた巨大化した鈍器が軽くなる。
「えっ!」
流石【武器破壊と言えばいいのか、振り上げた巨大化した鈍器はガラスが割れるように砕け散っていた。手に残ったのは剣の柄のみであった。中の刃もろとも砕け散った岩がスプリングの周囲にボロボロと落下していく。
岩竜が身に纏っていた岩の鎧が砕けたのだ、それと同じ素材で出来ている鈍器もまた砕けて当然であった。
その事を失念していたスプリングは死に際で自分の母親が口にした言葉を思いだす。
― 油断はするな ―
まただまた同じ過ちを繰り返してしまったと、どこまでいっても成長出来ていない未熟な部分に嫌気がさした。
苦しむ岩竜を前に後一撃という所で武器を失ってしまったスプリングをみて耳を抑えていた観客達は歓声をあげる。ある意味期待を裏切らないスプリングの行動に大きな拍手をおくる者までいる始末であった。
「くっくそ……」
どうすると苦しむ岩竜の前で棒立ちとなるスプリング。その間にも岩竜の痛みは和らいでいく。完全に立ち直られれば武器を失った今のスプリングに打つ手は無かった。
「な、何か……何か無いか……」
周囲を見渡すスプリング。だが武器になりそうな物は一切ない。ある物といえば岩竜が吐いた粘液が固まった岩ぐらいなものであった。
「あの強度もしかしたら!」
それしか手段は無かった。周囲を再度見渡すスプリングは出来るだけ尖った岩を探す。だが周囲には腐るほどに粘液が固まった岩はあるが、先がとがった物は中々なかった。
「くそっ……ここまでか……」
スプリングが最後の一撃を諦めた瞬間だった。
「あれ? 手が滑ったぁあああああああ!」
びっくりするほどの大きくそれでいてわざと臭い声がスプリングの耳に入る。声のした方角に振り返るとスプリングの視線の先には観客席一階で自分の愛剣を放り投げるガイルズの姿があった。どう考えても手が滑ったようには見えいが、その時スプリングの頭は何も考えておらず、勢いよく闘技場の地面に突き刺さったガイルズの愛剣 大喰いの剣に視線が向かっていた。思考は停止しているが体は勝手に大喰らいの剣に向かい、それを握ると閃光一閃に岩竜のもとへと戻るスプリング。
本来剣士や上位剣士には扱える代物ではない重量級の特大剣を振りかぶるスプリングの一撃。
縦一線に放たれた斬撃は岩竜の丸出しとなった胸部を深く切りつける。
≪ギシャアアアアアアア!≫
それが致命傷となった岩竜はその巨体を右へ左へと揺らしながら闘技場の地面へと倒れ込む。
「はあはあはあ……」
「「「「うおおおおおおおおおおっ!」」」」
観客達の歓声が飛ぶ、罵声が飛ぶ、悲痛な叫びが飛ぶ。
『決着だぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
実況者の熱と興奮が入り混じった割れんばかりの声が会場に響きわたり、スプリングと岩竜の戦いが終わったことを告げた。
― 闘技島 闘技場控室 ―
未だ止むことの無い歓声と罵声を背に俺は控室に戻り備え付けられた椅子に腰を下ろした。この特大剣が無ければ俺の勝利は無かったかもしれない。だがあの最後の一撃は今までに無い何かを俺に感じさせていた。高揚感とでもいえばいいのか、何も考えず振りかぶった一撃は今まで感じたことの無いものであった。
そんなことを考えながら俺はガイルズから投げ渡された特大剣を見つめる。ガイルズの特大剣であっても俺の能力に耐えられなかったらしく壊れはしなかったが刃先がボロボロになっていた。
「ようっ! お疲れさん」
無遠慮に扉をあけ控室に入ってくるガイルズ。
「あっ……ああ……はぁ……ありがとう助かったよガイルズ」
再び俺の窮地を救ってくれた男の顔をみて素直に俺は頭を下げた。
「あ? なんのことだ?」
わざと臭くとぼけるガイルズをみて俺は小さく笑った。
「あれは愛剣がたまたま偶然あの瞬間に俺の手から滑り落ちただけだ」
振りかぶって投げつけてきたくせにと思いながら下手な嘘に相槌を打つ。
「あっそうだ、すまない、お前の愛剣ボロボロにしちまったよ」
俺は刃先がボロボロになってしまった特大剣をガイルズに渡した。
「……やってくれたなさすが【武器破壊……まあ別にいいけどな、こいつの修理はお前の賞金から引いとくから」
ガイルズの言葉に何も言えない俺は苦笑いを浮かべていた。俺の苦笑いに悪い笑みで答えるガイルズ。きっと大量に賞金をぶんどっていくのだろうなと思いながらも、しょうがないと諦め、俺は帰り支度を始めた。するとガイルズが入ってきた扉をノックする音が聞こえる。
「はい?」
俺はそのノックしてきた相手に返事を返す。ゆっくりと開かれる扉からは見るからに豪遊している腹の出た男が、自分の警備をしている男達を引きつれ控室に入ってきた。
「ロメロウドさんじゃないですか?」
ガイルズの一声はその男の名前だった。だが俺はこの男が何者なのか分からず首を傾げる。そんな様子をみたガイルズは俺の耳元に顔を近づけた。
「この闘技島の所有者だよ」
「ああ……」
闘技場での戦いに明け暮れていた俺は、この闘技島の所有者であり、闘技場の運営をしている男の顔も名前すらも知らなかった。
「初めましてかな、スプリング君……いや~見事な戦いだったよ、私が大損してしまうほどに」
口元は笑っているが目が笑っていないロメロウドを見て俺はすぐにこれからきな臭い話が始まることを予感した。
「いやいや、見事ではあったんだがね……いかんせん最後の一撃が悪かった……あれは……この闘技場ではルール違反なのだよスプリング君」
ほら来た、難癖つけて賞金を没収しようとしているとすぐに気付いた。だが事実俺はガイルズから武器を借りている。ルール違反であることに変わりないと、素直に目の前の男の話を聞くことにした。俺は腰布一枚から自分の服に着替えながらロメロウドの話に耳を貸す。
「だからだね……今回の戦いは君の負けで賞金は……」
「はいはい、ちょっとまった……あれおかしいな、闘技場内にある物だったらなんても使っていいはずですよね、ロメロウドさん……、それがたとえ【死の(・)掟】だったとしても……」
ガイルズは軽い口で闘技場のルールに乗っ取った行動を俺がとっていたと主張する。
「……いやいや問題なのは、ガイルズ君、君の行動だよ……戦っている者に武器を渡してしまうのはルール違反だ……」
「いやいやあれは渡したのではなくたまたま手から滑り落ちてしまっただけですよ」
苦しい言い訳だなと俺はガイルズの言葉にため息を漏らした。
「ふんっ……そんな戯言が通じるとでも思っているのか?」
「そちらこそ……俺達に戯言抜かしていいんですか? こっちには魔物側でも人間側でも闘技場最強の男がいるんですよ……彼の機嫌を損ねたら……どんなことになると思っていますか?」
(何を言い出すんだこの男は……)
明らかにこちらの不正だろうに、そんなこと鼻にもかけず俺を巻き込んで闘技島の所有者を脅すガイルズ。
「ふっふん! そんな脅しに私は屈しないぞ……ルール違反はルール違反だ、賞金は没収する!」
一瞬ガイルズの言葉に怯んだが、闘技島の所有者は幾度となく修羅場を経験しているらしくすぐに立て直してガイルズの言葉を突っ張のけた。
「なるほど」
ガイルズの雰囲気が変わる。ゆっくりとガイルズはロメロウドに近寄り耳元で何かを囁き始める。するとロメロウドの顔色がみるみるうちに青く変化していった。
「な、なぜお前がそれを知っているっ!」
ガイルズが囁き終えると、ロメロウドはガイルズに食ってかかる。だが手足は震えており、明らかに動揺が見てとれた。
「いいんですよ俺達は賞金を没収されても……でもね、そうなった場合……」
とガイルズ言いかけた所でロメロウドは凄い速さでガイルズに縋りついた。
「わ、わかった……賞金でもなんでもやる……だから頼むそれだけは……」
明らかにロメロウドの弱みを握っているガイルズは悪い笑みを浮かべながらうんうんと頷いた。
「だってさ、スプリング……お前も何か欲しい物があったらロメロウドさんに言えよ、何でもくれるそうだぜ」
俺に話を振るガイルズ。その瞬間ロメロウドは俺の顔を恐怖の眼差しで見つめながらうんうんと頷く。
「……」
これでは盗賊だと心の中で頭を抱える俺だったが、ふと気になったことがあり口に出してみることにした。
「俺と戦った岩竜の死骸はどうするんですか?」
何かとてつもない要求をされるのではないかとハラハラしていたロメロウドは俺の的外れな質問にポカンと口を半開きにさせる。ガイルズは俺の言葉に何を聞いているんだと呆れていた。
「あ、いや……特には……海に流すとかかな……どうなんだ?」
ロメロウドは魔物の死骸をどう処理しているのか分かららず周囲の護衛に聞いた。
「はい、処理されます」
短く護衛の一人がロメロウドの質問に答える。
「だ、そうです」
「そうですか……だったら……岩竜の死骸をいただけませんか?」
俺の言葉に俺以外の全員が首を傾けた。
「はぁ? ……はい」
理解出来ていないような表情を浮かべながらロメロウドは俺の言葉に頷いた。
「はぁ……それじゃまあそう言うことだ話はついたな、じゃ出てってくれ」
話に一区切りついたと判断したガイルズは半ば強引にロメロウド達を控室から追い出した。静かにになる控室。
「おいどういうことだよ……」
俺の真意を聞いてくるガイルズ。
「まあ、それはおいおいわかるよ……それよりガイルズロメロウドの弱みってなんだ?」
俺は気になっていた事をガイルズに聞いた。するとガイルズは今日何度目かの悪い笑みを浮かべながら俺の顔を見つめる。
「それは内緒だ……ニシシシシ」
未だ鳴りやまない闘技場の歓声、罵声が遠くから聞こえる中、不気味と言っても過言ではないガイルズの笑いが控室に響き渡る。その時俺は絶対にガイルズに己の弱みは見せないようにしようと深く心に誓った。
ガイアスの世界
岩竜
そもそも数の少ない竜であるが他の竜に比べ極端に少ないと言われている岩竜は、希少であり中々お目にかかれないという。
そんな岩竜を莫大な財力をかけて手に入れた闘技島の所有者は岩竜を見世物や闘技場の人間の相手にして、巨額の金を手に入れていた。
だが岩竜の力が強すぎて挑戦する人間がいなくなると、見世物以外に役にたたず、世話をするだけで赤字になるという状況になっていた。
岩竜の特徴はなんといってもその身なりであろう。
翼はなく、地上を四足で歩きまわる岩竜の体はまるで大岩のように見える。
その岩はガイアスの中で例外を除いて一番の硬度をもっているといわれ、並の攻撃は通じないと言われている。だがその岩は岩竜にとって身を守る鎧であり、その岩の鎧の下に隠れている皮膚はすこぶる柔い。
それが原因の一つで個体数が少ないと言われている。
特に成竜になる前の岩竜の皮膚は弱く病気にもなりやすいようで、成竜になれる岩竜は少ない。




