過去で章 5 (スプリング編) 裸の剣士 闘技場に立つ
ガイアスの世界
ガイアスにある島々
ガイアスには大陸の他に何千とも言われる島々がある。その中ではまだ未開の島もあり、正確な数は分かっていない。
その中ではヒトクイのように国を名乗っている島や、富豪が島一つに巨大な闘技場を建設したという話もあったりする。
まだ見ぬ魔物や貴重な物がある島もあると言われており、島に向かう冒険者や戦闘職の者達もいるという。
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
「「うおおおおおおおおおお!」」
吹き抜けとなっている巨大なドーナツ状の建物から熱気と狂気の色を纏った何千人もの人の歓声が響き渡る。建物は三階建てでどの階にも椅子がびっしりと配置されどの席も人の姿があり、その建物は満席状態であった。その椅子はすべてがドーナツ型の中心をみるように配置されておりその中心では人と魔物が激しい戦いを繰り広げていた。
ここは、ガイアスのとある島にある闘技場であった。ガイアスにある大陸のどこからでも迎え、そしてどこの国にも属さない中立をうたっている【闘技島】である。
戦闘職の者達は己を鍛え上げるため、磨いてきた強さを示す為、莫大な金を得るためと様々な理由からこの闘技場にやってくる。そんな血の気の多い戦闘職の者達の勇姿、またはスリリングな生死を賭けた死合をみようと観客がやってくる。この島は闘技場で行われる戦闘職達の戦いを見世物にしてそれを見に来た人々から観戦料を貰うことで成り立っているのである。
闘技場の中心では今日戦う魔物を待つ男がアーチをくぐり姿を現した。姿を現した男に対して観客達の歓声が上がる。だがその殆どがその男を陥れるヤジだった。ヤジの中には男の姿を笑う者もいた。
男の姿は闘技場で戦うにしてはあまりにも、いや絶対にありえない姿であった。武器として持っているのはなんの特徴も無い剣。装備は腰巻のみという姿であった。防御力は無いに等しいその姿は一撃でも喰らえば即死は確実であった。
当然普段ならば、戦闘職達は自分が使い馴れた装備でこの闘技場に現れる魔物と激しい戦いを繰り広げる。男も普段は使い慣れた防具を着用しているのだが今回に限ってはまるで奴隷のような姿であった。だがその男にはその姿で戦わなければならない理由があった。
≪さあ、今日のメインイベント! この【闘技島】では最強と言われている岩竜にこちらもこの闘技場最強の男がなんとも無謀な特別ルール『死の掟』で挑むぅぅぅぅぅ!≫
闘技場の観客席に向かって【意思伝達魔法】で声の大きさを増幅した闘技場の実況者がこれから行われる戦いの説明を始めた。
≪『死の(・)掟』とは武器以外何も装備せず、魔物達と戦う頭のイカれた者だけが行うことを許された特別なルールだぁぁぁぁぁ! 当然この戦いに勝利すれば通常の何十倍の賞金を手にすることが出来るが、命を落とすことが多いので頭が壊れていない戦闘職達にはオススメしないぜぇぇぇぇぇ!≫
「うおおおおおおおおお!」
実況者の調子のいい声に観客達の熱は最高潮に達しようとしていた。
実況者の言うように『死の(・)掟』は己の命をゴミクズのように薄くさせ、勝てば莫大な賞金が、負ければ確実な死が待つという普通の者ならば絶対に行わないルールであった。しかも今回の相手は【闘技島】最強の岩竜であり、確実な死が待っているといっても過言では無かった。だが男はその危険な賭けをしてまで莫大な賞金を必要としていた。
「さあ、どちらにかける一人100からだよ!」
闘技島では魔物が勝つか人が勝つかで必ず賭けが行われる。観客達はスリリングな戦いを見物すると同時に、賭け事をするためにこの場所にやってくるのだ。
観客達は観客席に何人も配置された賭けを仕切る男達に金を渡していく。
「9対2……これじゃ賭けにならないぜ!」
賭けを仕切る男達はそういいながらもどんどん積まれていく金をみながら笑みを浮かべていた。
「そいじゃ俺は人間に賭けるは」
一人の男がそういうと、賭けを仕切る男の手にジャラジャラと鳴る麻袋を渡した。
「えっ……あんた本気かい?」
中身は見ていないが、麻袋の外身と重みで相当な金が入っていると感じた賭けを仕切る男は、自分の立場も忘れ金が大量に入っている麻袋を渡してきた男に心配そうな表情を浮かべた。
「ああ、いいんだよ……俺はこういう賭け方が好きだからな」
そういうと男は踵を返し、賭けを仕切っていた男から離れていく。去り際に一瞬見えた男の顔は何か確信を持っているような自信に満ちた表情をしており、賭けを仕切っていた男はもしかしたらと変な考えを頭の中で巡らしてしまっていた。だがすぐに冷静になれと自分に言い聞かせ他の観客に賭けの話を振りまいていった。
≪さぁ~ではそんな危険な戦いを繰り広げる今回の主役達を紹介しよう! まずはこの闘技場最強の魔物、岩竜!≫
実況者の声とともに闘技場に観客の歓声が上がる。だがその歓声は一瞬にしてかき消されることとなる。
《ゴゥアアアアア》
腹の底から響き渡る低い鳴き声は観客の歓声を一蹴する。ズンズンと巨大な闘技場を揺らす足音は、安全な場所で見ているはずの観客に不安を与える。大きなアーチからその巨体を揺らしゆっくりと姿を現した。
巨大な岩にしか見えないその姿はゆっくりと上下しながら闘技場の中心へと進んでいく。人一人を軽く踏みつぶせるほどの大きさの足をゆっくりと揺らしながら竜というには短い首を動かし周囲を見ている。実際岩竜は観客など視界に入っていないのだが、目が合ってしまった思い込んだ観客の中にはあまりの圧に気絶する者もあらわれていた。
≪いや~いつ見ても恐ろしいな~、そんな闘技場最強の魔物に挑むのはこちらも闘技場内最強の人間、スプリング=イライヤぁぁぁぁぁぁ!≫
実況者の紹介を受けたスプリングのもとに大きな歓声が向けられる。だがスプリングは一切表情を変えず自分の敵を見つめ続けていた。その視線、殺気に気付いたのか岩竜はほとんど裸同然のスプリングに視線を向け、鋭い口を開き咆哮を放った。それが戦いの始まりの合図となった。
― スプリング対岩竜より数日前 闘技島 ―
実況者の声が俺の動きについていけず口が回らないのか噛み倒していた。俺は闘技場内を駆けまわり、目の前にいる蜥蜴男達の攻撃を避け手に持ったなんの変哲もない剣で刺し殺していく。
「グギャアアアアア」
今日何回目の断末魔だろうか、蜥蜴男を20体倒した後から俺は数えるのを止めた。だがそれでも蜥蜴男達の数はまだまだ沢山いる。それぞれが違った武器を持ち俺に攻撃をしかけ、盾で俺の攻撃を防ごうとする。だがそのどれもが失敗に終わり、俺に切り捨てられていく。戦意を喪失した蜥蜴男も現れだしたことに気付いた俺は自分に向かって来るものだけを相手にしていた。戦いのみが渦巻く闘技島で、すでに3カ月過ごしていた。
俺がこの場所に向かった理由は2つ。一つは純粋に自分の力を上げるため。今のままでは何度やってもあの黒ずくめの男に勝てないと悟った俺は、手早く自分の実力を上げるため、戦う以外に何のしがらみもないこの場所にやってきたのだ。 いままで回っていた戦場では人が相手だがこの場所はまだ自分がみたことも無い魔物達と戦える。そんな魔物達を軽く屠れるぐらいにならなければあの黒ずくめの男には絶対に勝てないからだ。
そしてもう一つが金だった。黒ずくめの男との戦いで、自分の剣の師から貰ったロングソードが折られ、自分が持つ得物が無くなった。武器屋で色々と試してみたが、俺の戦い方に耐えられる物がなく良くて1日、悪くて一戦ですぐに折れてしまう。
現に蜥蜴男との戦いでも最初に持っていた武器はすでに手には無いる倒した蜥蜴男が持っていた武器を奪い戦っているという始末である。闘技場にきて俺達の戦いを見ている観客からは『武器破壊』なんてあだ名がついてしまうくらいだ。
扱える武器が無いことに困っていた俺は、鍛冶師に自分専用の武器を作って貰うことにした。だがそれにかかる資金は巨額であり今俺が持っている金額では話にならなかった。そんな時に実力があれば莫大な賞金が手に入るという闘技島の話を聞いて俺はこの場所にやってきたのだった。
自分の実力も上げられ、金も入る。一石二鳥とはまさにこのことだと俺は高まる期待を胸に闘技島に現れる魔物達との戦いに明け暮れた。だが期待で胸が躍ったのも最初の一カ月ぐらいだった。一カ月も経つと俺の力は闘技場に現れるどの魔物よりも高くなっていたからだ。それだけ自分が成長したということなのだが、それでもまだ黒ずくめの男には及ばなかった。
「終わりだ……」
いつの間にか最後の一体になっていた蜥蜴男を切り捨てると闘技場からは歓声と罵声が俺に浴びせかけられた。まあ大半は罵声であった。未だこの闘技場で無敗の俺は賭けの対象としての役割を果たせていないからだ。俺が負けることがないと思っている観客達は俺と蜥蜴男との戦いをつまらなそうに見つめているのだ。だが俺にはそんなこと知ったこっちゃない。 俺は強くなるためにこの場にきたのだ。観客を喜ばせるために剣を振るっているわけじゃない。
鳴りやまない歓声と罵声が闘技場を包む中、俺は控室へと向かって行った。
「お疲れ、スプリング」
俺の頭二つ分ぐらい大きい長身の男が俺に話かけてくる。その男の表情はなんとも閉まりの無いだらしない笑みを浮かべていた。まだ日も高いというのにその男からは酒の臭いが漂っていた。
「……ガイルズ、昼から酒なんて飲んでないでお前も鍛えたらどうだ、金も入るし」
ガイルズ=ハイデイヒ、戦場で出会ってからなぜか俺に付きまとってくるおかしな奴である。だが俺はどうやらそんなおかしな奴に命を救われたらしく、それ以降あまり強いことが言えなくなっていた。今いる闘技島の話もどこからかガイルズが聞きつけ俺に教えてくれたのだった。
なぜそこまで俺に色々とお節介を焼くのか未だに俺は理解できないが、そんな俺をだらしない表情で見つめてくる。その表情をみるとなんだかどうでもよくなってきた。
俺は肩を深く下げ、ため息をつきながら控室に用意されている椅子に腰を下ろした。
「ああ、いいんだよ俺は……ところでお前、闘技島での戦いに飽きてきただろう?」
ガイルズにはやけに勘が鋭くどうやら俺の想いを敏感に察知していたようだった。
「……ん? ……ああ、まあな……よくわかったな」
「最近のお前の戦いを見ていたらわかるよ……まあそんなお前に面白い話を持ってきた」
「面白い話?」
首を傾げる俺の表情を見てガイルズは悪い笑みを浮かべていた。
「今やこの闘技島最強と言われるスプリングと、この闘技島最強の魔物の特別カードが実現した、まあちょっと条件があるんだけどな」
「最強の魔物……」
ガイルズの言葉を聞き一瞬にして俺の心に熱い何かがたぎった。
「どうする? 受けるか?」
「ああ」
即答だった。現状、頭打ちとなった己の強さから今のままでは脱することはできない。ならばそれ以上のことをしなければならないのだ。ガイルズが話してくれたことは今の俺にとって喉から手がでるほどありがたい話であった。
「そいじゃ……諸々と話すぞ」
そう言うとガイルズは俺に事の概要を話し始めたのであった。
― 闘技島 スプリング対岩竜当日 ―
≪ギシァァァアアアアアア!≫
岩竜の咆哮は闘技場全体を揺らす。誰しもがその咆哮に耳を塞ぐ中、スプリングは影響を受けることなく、得意の素早い動きで闘技場を駆け抜け、岩竜に向かっていた。
一瞬にして視界から消えるその姿はまさに光のようであり、闘技島では呼ばれることの無い二つ名、『閃光』は健在であった。ただスプリングが持っている得物は剣が一振りのみ。以前のように二刀流の戦い方ではなく、基本的な上位剣士のスタイルであった。
「――そこだ!」
右へ左へとその大きな顔を振りながら己の標的の姿を捜している岩竜の懐に飛び込んでいくスプリングはガラ空きとせなっていた胸部に向けて剣を振り上げる。
「くっ……」
闘技場内に低く重い金属音が響きわたる。スプリングの攻撃は確かに岩竜の胸部に打ち込まれていた。だが驚異的な強度を持つ岩竜の皮膚や鱗には一切傷はついておらず、その衝撃は全部スプリングの腕に返ってきた。痺れる手に苦悶の表情を浮かべるスプリングはギョロリと視線を自分に向けてきた岩竜の気配を感じすぐさま後退する。
「「うおおおおおおおおお!」」
スプリングが岩竜に苦戦する姿を見て、闘技場の熱気は最高潮に達し歓声が上がる。観客達はこれを待っていたというようにスプリングの動きを熱の籠った目で追っていた。
闘技場でのスプリングは文字通り最強であった。最初こそ少し手間取ったりしたが用利用を覚え、経験を積んでいくと苦戦とは程遠い戦いをみせ、闘技場を沸かせた。だがそれも最初だけでしだいに苦戦しないスプリングに観客達は飽きていったのであった。それが観客達を敵に回した理由の一つでもあった。
そんなスプリングが今目の前で岩竜を前にして苦戦している。この事実はまさに観客達が待ち望んでいたシチュエーションだったのである。最強の男が苦戦する姿を見てハラハラドキドキすることこそが観客達が闘技島に求めていたものであった。
そんなことを知っていたとしてもどうでもいいスプリングは周囲の雑音を消し去り、五感に入ってくる情報を目の前の唸り声をあげる岩竜に集中させる。
(後攻撃できるのは二回ってところか……)
スプリングは岩竜を視界で捉えつつ、手の感触で自分の持つ得物がどれくらいで壊れそうか理解していたる決して褒められた能力ではないのだが、これが今のスプリングにとっては案外重要な能力であった。
≪ガアァァァァアアアア!≫
スプリングの目の前で岩竜は咆哮をあげながら太い前足をスプリングに向けて踏み抜く。闘技場の地面が岩竜の前足で陥没する。だが動きはのろくスプリングはまったく警戒することなく余裕を持って回避する。岩竜はもう片方の前足を再びスプリングに向けて踏みにいてくる。再び闘技場の地面が陥没するが、スプリングは綺麗に避けてみせた。明らかに岩竜はスプリングの動きに反応できていないようであった。それをみていた観客達は落胆の嘆息を上げる。求めていた光景をみることが出来ないそんな想像を観客が頭に思い浮かべたその時であった。
「なにっ!」
鞭のようにしなる岩竜の尻尾がスプリングを襲う。その速度は鈍重な岩竜の中で一番の攻撃速度をほこり、他の襲い攻撃との落差も相まって、初見の戦闘職達を苦しめる攻撃であった。その落差にまんまと引っかかるスプリング。鞭のような尻尾による攻撃を目の前に観客達の熱は再燃する。
だが、スプリングは油断をしない男だ。鞭のような尻尾の動き攻撃には驚いたが、ギリギリの所、スプリングの顔をかするほどの距離でそれをかわす。
「……なるほどな」
スプリングの表情は岩竜を強敵と認め鋭いものとなった。軌道が直前まで読めない鞭のような尻尾の攻撃を全部ギリギリで避けながらスプリングはこれからどうするべきか考えていた。相手の強固な鱗をどう貫き一撃で倒すことのできる攻撃を繰り出すか、それだけが今のスプリングに残された問題であった。
≪ギィィィィシャァァァァァ≫
鞭のような尻尾の攻撃を避けるスプリングの目の前で岩竜が口を大きく開ける。次の瞬間には粘液のようなものを吐き出した。スプリングはその粘液を切りさいた。粘液ならば自分の持つ得物の耐久度を落とすことはないと思ったからだ。
綺麗に真っ二つに切れる粘液はスプリングの両隣にぼとりと落ちた。
「動きを止めるためのものか……」
二つに分かれた粘液をチラリと視界に移すスプリング。
「なっ……」
スプリングはその粘液の姿に驚いた。闘技場の地面に落ちた瞬間に粘液は固まり、岩のようになったからだ。スプリングはハッと自分の持つ得物を見た。
「くぅ……」
スプリングの持つ得物の刃はすでに岩に姿を変えていた。
岩竜の本当の恐ろしさはこれにあった。岩竜の口から放たれる粘液は何かに付着した瞬間に高質化がはじまりすぐさまに岩へと変えてしまう。それは岩竜の鱗と同じ強度をもっており、これが体に付着すればそれを解除する方法は殆どないと言われている。
「はっははは……これは不味い……不味いぞ」
武器は硬度なただのこん棒に姿を変え自身の体は殆ど裸という状態、粘液をくらえば脱いで回避するという方法がつかえないスプリングにとって絶対絶命のその状況、その極限の状態で、スプリングの頬は吊り上がり瞳は歓喜に揺れていた。これから起こる戦闘に己の限界と強さのその先をみたスプリングに恐怖は無かった。
ガイアスの世界
闘技島
大陸のどの場所からもアクセスできる立地を持つ闘技島は色々な場所から人々が闘技場で行われる魔物と人間の戦いをみにやってくる。その中には闘技場で名を売ろう、己の力を高めよう、大金を手に入れようという戦闘職の者達も足を運んでいるという。
観客達も魔物と人の戦いを賭け事の対象にしており、それが観客の楽しみの一つにもなっている。
そんな闘技島を牛耳る富豪の男は色々と恨みを買っているらしく、人の前には姿を現さないといわれており回りの者達でも知っているものは少ないらしい。




