過去で章 3 (スプリング編) 戦場
ガイアスの世界
ガイアスの戦争状況
ガイアスは現在比較的平和を保っている。だがそれでも小さないざこざは無くなりはせず、少しでも領土を広げようとしている国は多く、その数が多いのはフルード大陸の国々であった。
一番の領土を持つサイデリー王国は他国との戦争を禁止しているため、戦争とは縁遠いものになっているが、他の国は今でも自国の領土を広げるために規模は大きくないが小さな戦争を繰り広げている。
その理由の一つがフルード大陸のその環境にある。一年のほとんどが雪と氷に覆われているフルード大陸では、作物を育てることが厳しい。従い国は少しでも作物を育てることのできる土地を手に入れるため、領土の拡大を図ろうとしている。
ただ戦争によって荒れてしまう土地を獲得した所で、はたして作物を育てることができるのか疑問である。
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
戦場に振る雨は何時も血の臭いが漂っていた。
戦いの終わりを告げる戦士達の雄叫びが戦場に響き渡り、俺は暗い空を見上げていた。全身にこびりついた血を洗い流してくれるように空からは大量の雨が降ってきていた。
「よう、お前も生き残ったか」
大きな戦斧を肩で担いだ如何にも戦闘狂の男は体中に浴びた敵の血を俺に見せびらかし誇らしげそうに笑いながら俺に近づいてきた。むさ苦しいと近づいてくるほとんど上半身裸である戦斧の男を払いのけ俺は中継拠点に戻るため歩きだした。
周囲には戦いに生き残った者達が疲弊と喜びの表情を浮かべ、俺と同じく中継拠点へと足を運んでいた。ある者は生き残ったことを嬉しがり、ある者は中継拠点で配布される報酬ほしさに。
戦場とはいえそこにいる兵達全員が国のため王のためにと戦っているわけではなく、大半は金を稼ぐため、己の武勲をあげるためにと、大した理由は無い。そういう俺も各地で起こっている戦争に自分の腕を磨くために出向いていた。
最初は自分の欠陥部分を治す為、人に対して剣を向けられない俺のトラウマを治す為、剣の師インセントとともに戦場に向かった。インセントはそのやり方をあまり好ましくは思っていないようで、いい顔はしなかったが。
最初目の前で死んでいく敵の兵士と自軍の兵士達の姿を見て俺は吐いた。トラウマが体を縛り戦場のど真ん中で膝をつく俺は相手からすれば良い餌だった。自分の目の前で振り下ろされる敵兵士の剣。
そこで浮かぶ一つの感情
― 死にたくない ―
その言葉は魔法のように俺の体を軽くして、剣の刃を相手の首に突き刺していた。
気付けば俺の初陣は終わっていた。無我夢中で振った己の刃は一体どれだけの者を屍と変えたのか分からない。ただ分かるのは全身に浴びた幾多の人の血と臭いだけだった。
戦場からの帰路で、インセントは複雑な表情を浮かべていた。やはりまだ子供である俺を戦場に出すべきではなかったのではないか、インセントの表情は俺にはそんなふうに映っていた。
だが俺にはやらなければならないことがある。俺の両親を殺した黒ずくめの男に復讐を果たすという目的が。もう子供ではいられないと、その戦場で子供時代に別れを告げた。
それから幾度かの戦場を経験したのち、インセントは俺の前から姿を消した。と言っても別段喧嘩別れしたわけでも、もう何も教えることはないと独り立ちを許可されたわけでもなく、戦場ではぐれそのままだったというだけの話だが。
インセントと別れてからも各地で起こっている戦場を俺は彷徨い続けた。気付けば己のトラウマも払拭して戦場で人に剣を向けることに何の躊躇も無くなっていた。
今思えば人より敏感に感じ取れていた色々な思いが籠った殺気を、魔物同様の真っ直ぐな殺気として感じとれるようになったのはこの頃からだっただろうか――自分が強くなるにつれて職業も変わり、上位剣士になった俺はさらに強くなるため戦闘職の最高峰と言われる剣聖を目指すようになっていた。
「なあスプ、お前今日は何人殺った?」
俺の後を突いてくる戦斧の男は戦場では珍しくない話題を俺に振ってくる。
「……そんな事どうでもいい……」
俺は感情無く戦斧の男にそういうと歩く速度を上げた。
「へへへ、俺はざっと30だ……いや俺の戦斧は何でもぶっ潰せ!」
何がおかしいのか、戦斧の男はそう言うと周囲を気にすることも無く豪快に笑った。
「じゃ……俺はこっちだからまたな……敵同士にならないことを祈るぜ!」
今日の味方は明日の敵。傭兵を生業としている者達には常識であった。自分の利益や状況を考えて傭兵は戦場を駆けまわる。昨日まで横で一緒に戦っていた仲間が次の日には敵になっているというのはざらにあることなのだ。だから俺は傭兵を信用しない。不用意に自分の事を話さない。戦場でおしゃべりな奴は大抵大事な場面で死んでいく。
案の定、名も覚えていない先負の男は俺が次に向かった戦場で俺の敵として立ちふさがった。力一杯振って来る戦斧は俺を一切捉えることなく戦斧の男はその戦場で朽ち果てた。
何度も死線を乗り越えて確実に俺は強くなっていた。だが俺は自分の力に溺れず、油断はしない。それは死の直前に母が残した最後の言葉だった。
― ガイアス 何処かの戦場 ―
スプリングは戦場にいた。なぜかスプリングが戦場にでると空は大抵重く暗い空で雨が降ってくる。スプリングはまたかと今にも泣き出しそうな暗い空を眺めすぐにその下で行われている今日の戦場に視線を落とした。
フルード大陸で二番目の領土を持つ国と三番目に領土を持つ国の領土を賭けた戦はすでに始まっており、敵味方入り乱れての乱戦となっていた。三番目の領土を持つ国の軍から少し離れた場所から戦局を見つめていたスプリングの視界に一人戦場を駆け抜ける特大剣を振り回す男の姿が入ってきた。
男は戦場だというのに楽しそうに自分に向かって来る敵をその特大剣で吹き飛ばしていく。よくみれば味方も巻き込まれているようでまさに狂戦士と言う言葉がピッタリあっていた。
「あれが……大喰らいのガイルズか……」
スプリングは一直線に敵陣へ突っこんでくる男の名前を口にするとその男の下へと歩きだした。敵味方両方に敗北を喰らわすという通り名を持つ男ガイルズは笑いながら嵐のように三番目の領土を持つ国の兵達を吹き飛ばしていた。
「……俺は彼奴に勝てるのか……」
単純な好奇心、己の力を確認するための行動、スプリングは戦場に出るようになり自分の実力が上がっていくにつれて、強さに魅了され本来の目的を忘れてしまっていた。いや忘れたわけでは無くそのことから目を背けるようになっていた。復讐する相手の情報を戦場を移り変わる度、探ってきたスプリングではあったが、あまりにも情報が少なすぎて一つとして有力な情報は手に入らず、半ばあきらめていたのだ。戦場で強さを求めるスプリングのその姿は復讐から逃げるよ強さに固執しているようにも見えた。
スプリングは腰に下げたインセントから貰った使い古されたロングソードを鞘から抜くと走り出した。
「ん……?」
戦場で《閃光双牙》という二つ名を持つスプリングはその名に恥じぬ速度で戦場を駆け抜けていく。閃光のように自分に向かって来る者の姿を視界に捉えるガイルズは頬を嬉しそうに吊り上げた。向かって来る敵を光のように駆け抜けながら切りさきガイルズ目がけて向かって来る男の顔をみてガイルズは確信する。
「スプリング=イライヤか!」
自分に向かって来る閃光の名を口にすると豪快な笑い声をあげるガイルズは迫ってきた敵三人をまるで木の葉を舞い上げるように吹き飛ばした。
今日の得物を見定めた目でガイルズはスプリングを見据えた。スプリングとガイルズの距離はグングンと狭まっていく。その間に両者は一切足を止めることなく向かって来る敵を叩きつけ、切りさき、吹き飛ばし、突き刺して距離を縮めて行く。
そして閃光と嵐は戦場でとうとう交わるのであった。
「はははっ! やるなお前!」
言葉が早いか特大剣が早いか、死をも恐れぬ動作でガイルズは言葉を言い終わる前に特大剣をスプリングに振り下ろしていた。
「……」
ガイルズの言葉に一切耳を持たないスプリングは大きく振り下ろされたガイルズの特大剣を無理なく横に避けるとがら空きとなった脇にロングソードを突き立てる。
手応えはあった。ロングソードの剣先が肉に埋まっていく感覚を感じるスプリングは突き刺したガイルズを見た。
「一本取られたな! だが次はねぇ!」
それは明らかに死の間合いであった。特大剣を振り上げたていたガイルズ。当たれば確実に致命傷を負わすことのできる攻撃ではあったが、隙が大きく狙われやすい。常人ならばやたら滅多にする攻撃では無い。だがガイルズはそんな隙だらけの攻撃を恐れぬこと無く放ってきたのである。当然スプリングはその隙を見逃さず的確に脇にロングソードを突き刺した。だが脇を貫いたはずのガイルズは何事も無かったかのように後ろに飛び、突き刺さったスプリングのロングソードを無理矢理引き抜く。
「……」
スプリングはロングソードの剣先に視線を向ける。そこにはたしかにガイルズの血が付着していた。だがガイルズは平然とした表情で次の攻撃に移るため特大剣を振り上げていた。ガイルズの脇からは白い煙のようなものが立ち込めていた。
「超回復……」
スプリングはそこでガイルズの特殊な能力と死をも恐れない戦いの理由が分かった気がした。特大剣を振るってくるガイルズの攻撃を再び避けながらスプリングはガイルズと距離を取った。
超回復―― 言葉通り、負った傷を驚くほどの速さで治していく能力である。この能力は先天性と後天性の二種類に別れその違いは治癒の速度にあった。先天性は生まれた時から持っている能力であり治癒の速度は驚異的である。先天性と違い後天性は後から付け加えられる能力であり、魔法や『聖』の力を使うことで発動するもので治癒の速度は先天性に比べると劣る。ガイルズは明らかに先天性のものであった。
こうなると物理的な攻撃はほぼ無意味といっていいことを理解してどうするべきか考えるスプリング。超回復は傷を治すことは出来ても痛みが無いわけでは無い。痛みに耐えきれなくなるほどの攻撃をガイルズに食らわせればいいのではないかと考えたスプリングであったが、ガイルズの表情を見てそれも無意味であること悟った。ガイルズの顔は笑っていた。痛みすら喜びに変え笑っていたのである。
(ならば跡形もなく消し飛ばすしかない)
スプリングは目の前の化け物じみたガイルズを跡形もなく消し飛ばすという考えにたどり着く。たとえ超回復であってもその体が消し飛べば意味が無いからだ。
スプリングはガイルズを見据えた。すでに傷口は綺麗に無くなっているガイルズ。その能力は異常だった。本来先天性の超回復は人間にはめったに得られない能力である。それを持っているガイルズは化け物と呼ばれてもなんらおかしくは無かった。
両者ともに戦場では名が売れている。そんな両者の激突に、周囲にいた敵味方関係無く兵士達は戦う手を止め、両者の戦いを見入っていた。
躊躇なく踏み込まれる一撃は命をもかなぐり捨てた絶対の一撃、本来ならば追い詰められた者だけが放つことを許された一撃をガイルズは何度も放ってくる。
だがスプリングも負けてはいない。常人よりも踏み込みが深いガイルズの攻撃に対応してギリギリの所でスプリングは避け切っていた。
(一線を超えて踏み込んでくる攻撃はさすがだ……だが遅い!)
横薙ぎ一線、ガイルズの決して遅くは無い攻撃をスプリングは体を低くして避けるとロングソードを両手で持ち隙が出来たガイルズの腹に突き刺した。
「ぐふぅ……やってくれる!」
ガイルズはニヤリと笑うとすぐさまガイルズからロングソードを引き抜こうとするスプリングの体を掴んだ。
「んぐぅ!」
驚くほどの力にスプリングの表情が歪む。
「おうおう、やっと表情変えやがったなっ!」
ガイルズは特大剣の柄でスプリングの脳天を打ち抜く。
「がはっ!」
脳が揺れスプリングの視界が歪む。だがスプリングの目は死んではいない。もう一度柄を打ち付けようとするガイルズの腕を振りほどく。
「なあっ!」
今度はガイルズが驚いた表情を見せた。圧倒的な筋力、これは自他ともに認めていた部分であり、ガイルズの利き腕ではないとはいえ自分よりも体格の小さいスプリングに振りほどかれたことはガイルズにとって驚き以外の何物でもなかったのだ。
「油断は……しない」
スプリングはロングソードを引き抜くことを止めそのまま横に薙いだ。ガイルズの腹からは大量の血が流れ出し、ガイルズの顔は苦悶に歪む。
「まだだ!」
クルリと舞うようにスプリングは一回転する。その流れの中でスプリングは腰にさしていたショートソードを引き抜きその刃をガイルズの首に突き立てた。
「ゴフゥ……」
吐血し膝から崩れ落ちるガイルズ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ガイルズが膝を落としたことで、周囲で両者の戦いを見ていたフルード大陸で三番目の領土を持つ国の兵士達が歓喜の雄叫びを上げ士気が上がる。逆にガイルズが属していた二番目に領土を持つ国の兵達の士気はいっきに落ちた。
外から見ればスプリングとガイルズの戦いはスプリングの勝利に見えていた。だが両者の間ではまだ戦いは終わっていない。
スプリングは攻撃の手を止めること無く、コマのように周り、姿勢を崩したガイルズを両手に持ったロングソードとショートソードで切りつける。
首から噴射する血を手で押さえ特大剣でスプリングの剣舞を弾くガイルズはそれでもさばききれず腕や足に傷を負っていった。
周囲の兵士達はなぜあれほどの傷を受けてガイルズがまだ戦えるのか不思議でならなかった。しかもガイルズの顔は苦悶に歪みながらも口許は吊り上がっており、それは笑っているようにも見えた。その時スプリングは自分でも知らないうちに笑みを浮かべていたことに気付いていなかった。
「ば、化け物だどっちも……」
その場にいる兵士達はスプリングとガイルズの戦いを見ながら皆同じことを考えていた。
「は、はははは! いいぞいいぞ! 俺を殺してみろ!」
切りつけられ新な傷を負う間に、古い傷が癒えていくガイルズは首を抑えながらスプリングを挑発するように笑い叫んだ。
「まるで自分は死なないと言っているようだな……」
見るからに興奮しているガイルズ、そしてより冷静になっていくスプリング。両者の戦いのスタンスの違いがはっきりと表れた。ガイルズは自分の感情を爆発することによって己の力を向上させる。逆にスプリングは冷静になればなるほどスプリングの剣速が上がっていく。両者の戦いは戦いが始まったよりもさらに激しいものになっていた。
上下左右から繰り出されるスプリングのロングソードとショートソードによる剣舞。防戦一方のガイルズは特大剣を盾にすることによって剣舞の嵐を防ぐ。
「んっ?」
異変が起こったのは何十回と剣舞を浴びせた時であった。片方の手が軽くなるスプリング。剣舞による攻撃がガイルズの特大剣に何度も打ち付けられショートソードが耐えきれなくなり砕けたからであった。
「ふぅん!」
鼻を鳴らすガイルズ。折れたショートソードを一瞬みたガイルズは攻撃のチャンスと特大剣を振り上げる。攻撃に転じることを感じたスプリングはロングソード一本となった己の武器を一旦引くとバックステップでガイルズと距離をとろうとする。
「それは下策だっ!」
お得意の命を捨てた踏み込みで一瞬にしてスプリングとの距離を詰めるガイルズ。
「いや……あんたのその判断が下策だよ」
深く沈むスプリングはガイルズの行動を予測しており、ガイルズに背を向けるようにロングソードを構えていた。
「くっ」
ガイルズの反応は早い、スプリングが何かを仕掛けてくると判断したガイルズの体は攻撃を止め防御の体勢に入ろうとする。
「それは愚策というんだ……」
スプリングはそれすら見透かしていたようにまだ防御の体勢に入ろうとしているガイルズにそう言うと捻られた体をバネのようにはじけさせ、鋭いロングソードによる切り上げをガイルズの体に打ち込んだ。
《閃光牙》
光のように打ち上げられる一閃。ロングソードはガイルズの体に食い込み、視覚でもはっきりと認識できる衝撃波を打ち上げる。衝撃波によって打ち上げられたガイルズの体は戦場の空へと舞い上がり血の雨を降らせ落下していく。
「ぐぅはっ!」
地面に落下した衝撃でガイルズは口から吐血する。着ていた防具はロングソードによる攻撃で粉々に砕けちり、体にははっきりとロングソードの傷がつけられていた。
「……」
消し飛ばすことは叶わなかったが、完全に事切れたガイルズの表情を見てロングソードについたガイルズの血を払うスプリングは小さく息を吐くと、まだ続いている戦場を見渡した。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
スプリングの周辺でガイルズとの戦いを見つめていた兵士達は一瞬呆気にとられながらも、スプリングの勝利に歓喜の雄叫びを上げる。スプリングがガイルズを倒したことによって兵士達の士気は更に上がり、戦場の風向きは完全に三番目の領土を持った国の軍に吹いたのであった。
勢いよく飛び出していく兵達をみて自分の仕事は終わったなとロングソードを鞘に納めるスプリング。正直このロングソードがなければやられていたのは自分であったと冷静な表情ではあったが心の中で胸をなで下ろした。
剣の師であるインセントと戦場で別れてから独自に修練を重ね、自分の長所である素早さを生かしてロングソードとショートソードの二刀流で手数を増やし、敵を圧倒するという戦い方を確立し始めていたスプリングであったが、剣舞のさいにショートソードが折れたことは誤算であった。だがそれ以上にインセントから貰ったロングソードの化け物じみた性能を痛感するスプリング。あれだけ特大剣に叩きつけたというのに刃こぼれ一つしていない。それどころかインセントからロングソードを貰って以来、一切手入れをしていないというのだからこのロングソードとんでもない性能を持っているのだと改めてスプリングは思った。
スプリングとガイルズの決闘に決着がつき自分達の目的を思い出した兵士達は次々と敵が待つ拠点に走っていき、スプリングの周辺はすっかり人気が無くなっていた。スプリングは遠くのほうで戦闘が行われているのを確認するとそちらに足を向けようとする。
「はっ!」
だがその足は前へ進むことなくその場に留まった。スプリングの後方から地面を踏みしめるジャリという音がしたからだ。
しまったという表情を浮かべるスプリング。それと同時に母の教えがまだ体に染み込んでいないと眉間に皺を寄せた。
相手は超回復の持ち主だ、常人ならば致命的な攻撃であっても超回復の持ち主ならばその驚異的な回復力で致命的な攻撃をやり過ごす可能性は十分にある。その結果が自分の後方に漂うまるで獣のような気配であった。
スプリングは表情を冷静に戻し後方に振り向きながらロングソードを抜刀して構えた。
「……まだやるか」
正直な所これ以上の戦闘はスプリングにとって不利であった。スプリングの最後の一撃は今自分が持てる最大の力を込めたものであった。あれで消し飛ばなかっただけでも驚きだというのに、立ち上がりまだ戦う意思がある。余力はあるものの、それは目の前の男ともう一度戦うほどは残っていない。超回復を抜きにしても目の前の男は強かったのだ。
ハッタリをきかせるようにガイルズにそう告げるスプリング。ガイルズは俯いておりスプリングの位置からでは表情は確認できない。
「ああああ……久々に強い奴にあったな……楽しかった……」
俯いていた顔を上げるとガイルズは目をキラキラ輝かせながら笑っていた。ガイルズの体から立ち上る白い煙。スプリングの目の前で起こっていることは人の理から外れた一種の理不尽であった。驚異的なスピードでスプリングから受けた傷が塞がっていくのをまざまざと見せつけられ、さすがのスプリングも冷静な表情を保ってはいられない。
「そんなに身構えるなよ……今は戦う気は無い……お前も限界だろ?」
ガイルズはスプリングの余力を見抜いていた。
「お互いこんな商売だ、前々からお前さんの噂は耳にしていた……俺の持っているこの《大喰らい》で敗北を喰らわせてやろうと思っていたんだが、いやいや見事に敗北を喰らったのは俺だったな」
自分の愛剣である特大剣を指差しながらガイルズはニッコリと笑顔をスプリングに向ける。ニヤニヤと笑顔のガイルズを見て、スプリングは何を言っていると心の中で思った。試合ならば分からなくもないが、ここは戦場だ。今この状況のどこが勝利だといえるのだと、すっかり体調万全となったガイルズをみながらスプリングは首を傾げる。
「納得していないという表情だな?」
再びスプリングの考えを見透かすガイルズ。だがスプリングは恥ずかしげも無く首を縦にふる。
「当たり前だ……戦場では立っていた方が勝利者だ、俺はお前に勝ったとは思っていない」
スプリングがガイルズに抱いた正直な思いであった。スプリングはガイルズに対して致命的な攻撃を何度もくらわしたが、その都度ガイルズは立ち上がってスプリングに向かってきた。現に今もガイルズはスプリングの前で笑うたげの余裕を見せている。
「ああ~堅いなお前、いいんだよ実際周りの奴らは俺が負けたと思っているし……お前に攻撃を当てられなかったんだから、俺の負けで」
ガイルズは特大剣《大喰らい》を担ぐと肩を上下させてため息をついた。
「よっしゃ……んじゃうまい酒でも飲みに行くか!」
俺達の仕事は終わりだというようにガイルズは戦場に背を向ける。
「お、おい待て、まだ俺とお前の……そもそもこの戦場の決着もついていないんだぞ!」
戦場はまた絶賛激戦中でありスプリングに倒されたガイルズはともかく、スプリングは今この戦場を後にすれば敵前逃亡とみなされ、良くて信用を無くし悪ければ死刑になってもおかしくなかった。
「ああ~メンドクサイな~、ならちょちょとやってこいよ、俺待ってるから」
「はあぁ?」
ガイルズの物言いはまるで仕事終わりの友人を持つ悪友のようなものであり、スプリングを混乱させる。
「ま、まて……なぜお前が俺を待っているんだ? ……大体俺とお前は……」
「ああ~ごちゃごちゃ言ってないで行けよ」
まったくスプリングの話を聞かないガイルズはそういうと、戦場からそそくさと離脱してしまい、誰もいなくなった戦場の一角に取り残されるスプリング。
「はっ……はあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
戦場に似つかわしくない叫びが響き渡った。
「報酬だ、並べ!」
コールド軍から奇跡の勝利を勝ち取ったサンザイ軍の兵士がテントの前で傭兵達への報酬を与えるために大声で叫んでいた。その声に集まってくる傭兵達。
「スプリング=イライヤ……貴様の功績は我軍を勝利にもたらしたといってもいい、どうだ、我軍に入らないか?」
フルード大陸で三番目の領土を持つ国の兵士が傭兵達へ報酬を渡しているテントとは別のテントにスプリングの姿はあった。スプリングの目の前には最高指揮官の姿があり、最高指揮官は目の前のスプリングに鋭い視線を向けていた。
「……いや、興味ないので……」
スプリングは最高司令官からのスカウトを軽く突っぱねると今回の報酬を確認にして報酬を懐に仕舞った。
「もう~スプちゃんのイケずぅ~、いい加減私の懐刀になってよ」
一瞬前まで威厳を持っていたその顔はいっきに砕けクネクネと体を揺らす最高指揮官。
「でも、そんな所もス・キ!」
やけに長いまつ毛をパチリと片方閉じてハートを飛ばす勢いの最高司令官にスプリングはゲッソリと顔をやつれさせた。
「それでは失礼」
スプリングは一切、最高指揮官の求愛を受け取ることはせずにテントから出ていった。
「おうおう、モテモテだなスプちゃん……」
スプリングがテントの外に出るとテントにもたれかかっていたガイルズが声をかけてきた。
「……はぁ……負けた国の傭兵がノコノコ敵軍に来てどうするんだ……騒ぎに……」
そこまで言いかけてスプリングの視線には倒れた兵士達の姿が目に入った。
「ああ、何かうるさかったから……ああ大丈夫みんな気絶させたから」
ガイルズは自分がしていることにまったく悪気を感じていないようでニコリとスプリングの顔をみて笑った。
「はぁ……」
深いため息をつきながら手で顔を覆うスプリング。
「それよりこれから飲みにいこうぜっ! お前稼いだんだろ~俺に奢れよ~」
「……」
気安く話しかけてきたガイルズを完全無視して歩きだすスプリング。
「おいっ、俺の話聞いているのか? なあ待てよ」
これがスプリングとガイルズの出会いであった。
ガイアスの世界
登場人物
名前 スプリング=イライヤ(過去 上位剣士)
年齢 17歳
レベル45
職業 上級剣士 レベル80
今までにマスターした職業
ファイター 剣士 ソードマン
装備
武器 使い古されたロングソード
ショートソード
頭 無
胴 最軽量鎧
腕 疾風の手甲
足 疾風の足甲
アクセサリー 守りの指輪
ある意味スプリングの全盛期といってもいい時であり、数値上では拳闘士であるスプリングのほうが強いが、当時の上位剣士のスプリングのほうが遥かに強い。
戦場では《閃光双牙》と二つ名がつくようにその素早さとロングソードとショートソードを使った二刀流によって繰り出される攻撃が主体であった。二刀から繰り出される流れるような剣舞は周囲の者達を魅了したとも言われている。
※ 前書き後書きの更新が遅れてしまい、すいませんでした。




