過去で章 2.5 (スプリング編)美人の村からの旅立ち
ガイアスの世界
ブルダン周辺の魔物
ブルダン周辺には多くの白狼が生息しており、餌を求め度々ブルダンの村を襲っていたようてある。小規模の群れで活動する白狼以外にも山に生息しているはずの雪熊なども確認されており、フルード大陸でおこっている異常気象のせいで餌が確保できないことが原因ではないかと言われている。
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
気が付けばそこには見知った天井があり、インセントの泊まっている宿屋だと俺はすぐに理解した。飾り気の無い質素な天井を仰ぎながら、俺は体を起こした。
この宿を借りるようになって二年、最初の一カ月は正規料金だったが二カ月目には周辺の魔物を駆除していることがブルダンの者達に知れ渡り、かなり格安で貸してもらえるようになった。
「お! 起きたか?」
目を覚ました俺に声をかけるインセントは、いつもと変わらぬ表情で俺の顔を見てきた。
「ふふふ……何があったか理解できていないご様子だな……ガキィ……」
俺をガキィと呼ぶインセントは、俺が考えていることを見透かすかのように口を吊り上げ笑った。
「……勝てたはずなんだ……だけど……攻撃しようとしたら……」
掛布団を見つめながら俺はブルダンを襲撃した男達との戦闘を思い出していた。男達の身なりからして、他の大陸から流れ着いた傭兵崩れの野党だということは分かっていた。あれが魔物ではなく人との初めての戦いであった。
俺のロングソードは確実に男の一人を捉えていたはずだ。でもロングソードは相手を突き刺すことが出来なかった。突き刺そうとした瞬間、目の前で死んでいった父や母の事が頭に浮かんで、そして黒ずくめの男が俺の視界を覆った。
「お前は純粋すぎるんだよ……相手の殺気を敏感に感じ取っちまう……魔物相手にはそれでいい、相手は真っ直ぐにお前を殺すか喰おうとしてくるだけだからな……ただ、人間は違う……人間の殺気には殺意以外に色んな感情がこもっている、それをいちいち感じ取っていたらお前がパンクしちまう……」
「……」
「な、何だよ」
初めてインセントが師匠なような言葉を口にして、俺は心底驚いていた。普段一切そんな話をしてこないインセントに若干戸惑い驚き感動さえ浮かび上がっているであろう俺の顔を見て、居心地の悪そうな顔をするインセント。
「まあ……なんだ……巷で凄腕とか言われている者達は、皆備わっている能力だが、お前はガキにしては殺気を感じ取る能力が高すぎるんだ、本来お前ぐらいの年齢でそれだけの能力を持てるはずが無いんだ……いや持っていたとしてもあの戦闘でのお前のように感じすぎて自滅する」
「……」
「だから、さっきからなんだよその顔は!」
感心している俺の顔があまりにも向けられたことの無い表情だったのか、耐えられなくなりインセントは鼻の穴を大きくしながら俺を怒鳴りつけた。
「い、いや……初めてインセントが師匠らしく見えたから……驚いちゃって……」
俺は正直な感情をインセントにぶつけた。もしかすると、インセントと旅をし始めて初めて彼の名前を呼んだかもしれない。
「なっ……お前……な、なんだバカヤロウ」
口調がおかしくなり、なぜか体中をかきむしるような動作をとるインセント。
「というかやけに俺とあの男達とのやり取りを知っているな……まさか見ていたのか……?」
ジトっとした目で俺はインセントを見た。インセントはしまったっというような表情で俺をみるとヘラヘラと笑う。
「ま、まあ細かいことは気にするなよ……」
タジタジになっているインセントをみて笑いが込み上げてきた。後頭部をガシガシとかきながら眉をへの字に曲げて困った表情であったインセントは、仕切り直すようにまっすぐ俺を見た。
「まあとりあえず、俺の言った今のこと事を忘れるな……いいな」
インセントはそういうと俺の頭に手を置いて髪を優しく撫でた。なんだからそれが気恥ずかしくて俯く俺。俯きながら俺はインセントの言葉を思い出し男達とのやり取りで感じた違和感を思い出した。
「……それじゃ俺があの連中に攻撃できなかったのもそれが影響なのかな……」
ほとんど独り言のように呟いた俺の言葉にインセントは一拍置いてから首を横に振った。
「それは別の問題だ」
「別?」
インセントは手を俺の頭からどけると腕を組んだ。
「まあ……俺が今まで人と戦わせなかったというのも要因としてあるが、それ以前にお前には対人戦闘をするうえで致命的な欠陥があるんだ」
致命的欠陥という言葉に俺の心は激しく動揺した。自分でいうのもなんだが、俺は年齢の割には強くなっていると思っていた。だがそんな俺に致命的な欠陥があるとインセントは言う。
「俺はお前に詳しく聞かなかったから本当の所は分からないが……俺がお前を焼ける屋敷から助けた日、お前は何者かに襲われたんじゃないのか……そして身近な者の命が散る瞬間をみてしまった……」
先程以上に真剣な表情でインセントは当時の事を聞いてくる。インセントの言っていることは当たっており、俺は再び当時の事を思いだしながら重く頷く。
インセントはあの日の事を今まで詳しくは聞いてこなかった。それは俺に対しての配慮だったのだと、この時初めて知った。
頷く俺をみてインセントの顔に一瞬暗い影が落ちたようにみえた。だがそれは気のせいだったかのようにすぐに表情はいつものものとなるインセント。
「……多分それが要因になっている……お前はそれを見て……人に剣を向けるという行為自体に拒否反応がでてしまうようになったんだな……」
剣を扱う者として人に対して剣を振るえないというのは戦闘職にとって決定的な欠点であった。
人の命を殺めるという行為に拒否反応が出るのは仕方のないことであり、ガイアスの世界においてもそれは一般的な倫理観であった。だが戦闘職というのは魔物だけを倒せばいいというものではない。あの男達のように村を襲って来る者達から人々を守るという状況や、傭兵や国の兵士として戦場に出ていくというのも戦闘職の存在理由の一つであり、その倫理観を乗り越えていかなければならないこともある。自分の命を守るためにも躊躇なく人を切れる、もしくは殺すことができるというのは戦闘職にとって必須であった。
「まあまだお前は子供だ、進んで人と戦う必要はないし、そんな事態に陥らないことにこしたことは無い……ただ戦闘職としてそれは致命的だ」
ああ、インセントの言うようにまったくその通りであった。インセントとの二年間の旅で、心も体も強くなり成長を実感するにつれて、俺の心にはある想いが浮かび上がってきていた。それは徐々に強い意志となり俺が強くなる目的になっていく。
― 父と母を殺したあの黒ずくめの男に復讐を果たす ―
その想いを持つようになってから、俺はより一層剣への鍛錬に集中するようになった。だが今その想いは砂のようにサラサラと手からすり抜けようとしていた。
復讐を果たそうとしている者が人に剣を向けられないなんて、馬鹿馬鹿しくて俺は自傷気味に笑った。
「……」
インセントは俺がなぜ笑っているのか理解できないのか、俺に声をかける言葉を失っているようであった。
「……どうすれば……治るのかな……」
それでも俺の中で簡単に諦められることではない。俺はインセントに顔を向けてどうすれば治るのか聞いた。
「……」
インセントは俺の顔を見て驚くような表情を一瞬見せた後、すぐに表情を戻した。インセントの目は俺の秘めた想いを見透かしているようであった。
「一つある……だが危険だ……それでもやるか?」
インセントは見透かしている上で俺にそう告げた。俺は躊躇することなく首を縦に振った。
「そうか……よし、じゃ明日ブルダンを出るぞ……昨日のことで迷惑をかけた村の人達に謝ってお礼を言ってこい」
インセントの表情はあまり納得していないが俺の意思を尊重してくれたようで昨夜の騒ぎで迷惑をかけた村の人々に顔を出すように言ってきた。
「ああ、分かった」
ベッドから跳ね起きた俺はすぐさま部屋から飛び出し、ブルダンの人々の下へと走っていった。
― フリード大陸 小さな町 ブルダン 入口前 ―
村を襲った男達の騒ぎから二日後、ブルダンの入口である寂れた門の前には、旅立つインセントとスプリングの見送りをしようと、老人や子供を抱えた女性達の姿があった。
ブルダンの村には老人と子供以外は男がいない。それはフルード大陸が現在何年も続く異常気象で食物を育てることが出来ず、男達は出稼ぎにでているからであった。男の居ないブルダンの村は村を守る者が居なくなり、魔物や野党の襲撃に悩まされていた。そんなブルダンの村に突如としてやってきた男と子供。それがインセントとスプリングであり、二人はこの寂れたブルダンという村に小さい光を当てた。インセントとスプリングがブルダンの村で滞在することにより魔物や野党の襲撃を払いのけていったからだ。
「ガキィの訓練のうちだから」とインセントは言っていたが、その活躍は村中の人々に希望を与えた。そんな村で長い間、滞在していたインセントとスプリングは頼りになる男達であり、村の人々は誰もが二人に寂しそうな眼差しをおくり、ずっとこの村にいて欲しい、村の者達誰もが同じ思いを胸に旅立つ二人の姿をじっと見つめていた。
「本当に行っちまうのかい?」
インセントの前には二人の行きつけの店になっていた食堂のおばちゃんはブルダンの人々の中でも一番二人と接点があり、二人の旅立ちを寂しがっていた。
「ああ、悪いな……おばちゃんの料理が食えなくなるのは寂しいよ」
インセントがそういうと、食堂のおばちゃんは感極まったのか人目もはばからずワンワンと泣き出していた。
「泣かないで、おばちゃん」
スプリングは食堂のおばちゃんの肩に添えると優しくさする。両親を失ったスプリングにとっても食堂のおばちゃんは母親のような存在であり、別れるのが寂しそうであった。
「スプリング君気を付けてね」
ワンワン泣きながらスプリングを抱きしめる食堂のおばちゃんの所に、スプリングと同年代ぐらいの女の子が声をかけてくる。
「ああ……うん」
だきしめられているからなのか、それともその姿を同年代の少女にみられているからなのか、スプリングの顔は火を噴くほどに真っ赤になっていた。
「なんだ、ガキィの癖にませているな……」
真っ赤になったスプリングの顔をみて意地悪な笑みを浮かべるインセント。そのインセントの表情が勘に触ったのかスプリングの赤かった顔は一瞬に覚め鋭くインセントを睨みつける。
「おお、怖い……」
まったく恐怖を感じていないインセントはスプリングを更に冷やかした。食堂のおばちゃんに抱きしめられていたスプリングは優しく食堂のおばちゃんの腕を解くと静にインセントの横に近づき、インセントの足に蹴りを放つ。だがその蹴りを何事もなかったかのように避けたインセントは挑発するようにスプリングに再び意地悪な笑みを見せた。
「チィ……」
舌打ちを打つスプリングはブルダンの入口に体を向ける。
「もう行くぞジジイ」
インセントはせっかくの別れが台無しだとため息をつきながら投げやりに言った。
「ああ、分かってるよ……皆、村のことは心配するな……近いうちにサイデリー王国の兵隊がやってくるはずだから」
インセントは自分達が居なくなった後のブルダンの事を考え、スプリングも知らぬうちにブルダンに一番近い国であるサイデリー王国に護衛の依頼を送っていた。
「何から何まで……ありがとうございますインセント様」
村の村長である初老の女性が深々とインセントに頭を下げる。初老だというのに女性の顔は美しく華やかさがあった。
「いいんだよ……俺達も迷惑かけたしな……それよりも、こんな美人ばかりの村に護衛を置かないサイデリーの彼奴(王)が悪いんだからな……」
インセントの言うようにブルダンの女性は、子供も含めほとんどの者が美しい美女ばかりで、インセントやスプリングの行きつけの店の亭主であった食堂のおばちゃんですら、中々お目に掛かれない美女であった。
知り合いのような口でサイデリーの王を彼奴と呼ぶインセントは村長である初老の女性に手をふると不機嫌な表情を浮かべるスプリングを尻目に長い時間村人と話続け中々出発しようとしなかった。
「シジィ!」
痺れを切らしたスプリングはインセントの腕を掴むとブルダンの入口に向かい引っ張った。引っ張られるインセントは自分達を見送りにきた村の人達に手をふる。
「ああ、おおお……それじゃ皆達者でな」
ブルダンの人々に見送られながらインセントとスプリングはブルダンの村から去っていた。
それから数日後、ブルダンの村にはインセントが言ったようにサイデリー王国から王の勅命を受け、村を守るために大きな盾を携えた護衛兵達がやってきた。それ以降ブルダンは魔物からも人からも襲われることが無くなり、平和になった。
美人が集う村ブルダン。気付けば寂れていた村はそう呼ばれるようになり、ブルダンの美人見たさに大陸中から人々がやってくるようになり、村の人々の生活は少しずつ裕福になっていった。
ガイアスの世界
出会いの町、ブルダン
フルード大陸の異常気象により生活するのがやっとであったブルダンの人々。だがインセントとスプリングのお蔭で傾いていた村を立て直すことに成功し、二人が去った後、大きく繁栄していくことになる。
現在の村であったブルダンは町へと姿を変え、フルード大陸の観光名所になっており、美人の集う町と有名で、出会いや女房探しに大陸中から男達が集まってくるという話であり出会いの町ブルダンなどと言われている。
だがブルダンの女性達はとある理由で男性の理想が非常に高く中々ブルダンの女性を落とせる者はいないらしい。
ブルダンの町の中心にはブルダンの英雄を模った男性と少年の石像が建てられており、ブルダンの女性達はその英雄二人を理想の男性としているようである。




