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過去で章 2(スプリング編) 知らない因縁

 

 ガイアスの世界


スプリングが持つロングソード


インセントから手渡されたロングソードは、初心者向けの武器ではあるが異常というほどに鍛え上げられており、その価値は本来のロングソードの何十倍にもなっている。

 ここまで鍛えあげるには、最高の腕を持った鍛冶師の技量が必要となっているのだが、それを誰が施したのか、スプリングは知らない。


 


 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス



 フルード大陸は極寒の地だった。俺が住んでいた所も寒い地方であったが、ちゃんと四季はあったし、一年中氷が張っていたり、雪が降ったりはしなかった。フルードの寒さは幼かった俺にはとても厳しく冷たい土地だった。


「おう! まだ慣れないのかガキ、この土地にきてもう二年だぞ」


寒さに凍え、鼻の頭を真っ赤にした俺に向かってどんな時でも髭の手入れだけは怠らない、こんな極寒の地だというのに太い二の腕を惜しみなく見せつける男、インセントが人を小馬鹿にするように笑った。


「……いい加減ガキは辞めろジジイ」


ずずっと鼻をすする俺はインセントから視線を外し、一面氷と雪の世界を視線に入れた。


「お前が俺を御師匠様と言うようになったら考えてやる……」


インセントは俺の頭をグシャグシャと触ると無理矢理別の方向へと向ける。


「そもそもお前は子供なんだから呼び方なんてガキでいいんだよ」


「その理屈で言ったら、あんたもジジイなんだから呼び方はジジイでいいよな」


インセントに無理矢理向けられた方向を確認する俺。視界にはこの土地特有の魔物、色素の薄い毛が特徴である白狼ホワイトウルフの姿があった。


「ふん、年々可愛くなくなるなお前、出会った頃は夜な夜なベソかいてたのによ」


「あんたを見ていたら泣いているのが馬鹿馬鹿しくなったんだよ」


俺の住んでいた屋敷が焼け、両親が死んでから二年の歳月が経っていた。あの日ヒトクイから旅立った俺とインセントは海を渡りフルード大陸にやってきた。何も知らない俺を極寒の地に放ったインセントは俺の命が窮地にならない限り一切助けず……いや窮地になっても助けないこともあったが、そんな感じで俺を鍛え上げてきた。まったく師匠らしいことなんか一つもしていないで俺のことを師匠と呼べとはふざけた話だ。ただそのお蔭か、俺もある程度戦えるようになり、先日職業ファイターの資格をえた。

 対峙している白狼ホワイトウルフの数は四体。俺は二年前から使っているインセントからもらったロングソードを腰から抜いた。


「……子供ってのは二年でだいぶ成長しちまうんだな」


俺の後ろでインセントが岩に腰掛けながらそう呟いた。どうやら俺と同じことを思っていたらしい。このロングソードを手にした時はあまりにも長すぎて背中に担ぐしかなかった。だが今はロングソードを腰に下げられるぐらいに俺の背は伸びていた。


「来るぞ、ぼーとしてんなよ」


インセントの声と同時ぐらいに白狼ホワイトウルフの一体が飛びかかってきた。俺はそれをロングソードで叩き落とす。


「分かってるよ!」


一体目の白狼ホワイトウルフが地面に叩きつけられたと同時に他の白狼ホワイトウルフが飛びかかってくる。俺は後ろに飛び飛びかかってきた白狼ホワイトウルフの飛びかかりの攻撃を避ける。


「ああ、お前最近乱暴に扱いすぎなんじゃないのか?」


「あんたに言われたくないよ!」


白狼ホワイトウルフの噛みつきやらひっかきやらを避けながら俺はインセントの剣の乱暴な扱いを責めた。


「俺はいいんだよ、別に」


まったく戦闘中にする会話では無いが、俺とインセントの中ではこれが普通になっていた。

 回り込んできた一体の白狼ホワイトウルフが俺の背中に向かって飛びかかってくる。だが俺はそれをしゃがんでやり過ごす。すると飛びかかりに失敗した白狼ホワイトウルフは俺の頭上を飛び越え目の前にいたもう一体の白狼ホワイトウルフに激突した。


「よっこらせ」


俺は折り重なった二体の白狼ホワイトウルフを串刺しにすると、少し距離を取っていた最後の白狼ホワイトウルフに視線を向ける。だが最後の白狼ホワイトウルフは戦意を喪失したのか、文字通りしっぽを巻いて逃げ出していた。


「こんな所かな」


剣先に着いた白狼ホワイトウルフの血を払うと鞘にロングソードを収めた俺は、地面に積もっていた柔らかい雪を踏み鳴らしながらインセントのほうへと向かった。


「あいあい、ごくろうさん……今日はこれぐらいにして宿に戻るか」


「ああ……いい加減あったかいスープが飲みたいよ」


いつの間にか肩に積もっていた雪を払いのけながらインセントは立ち上がり、歩き出す。俺はその後を追った。


「まあだいぶ様にはなってきたが……まあまだまだだな」


「はいはい、ジジイは毎回そればっかりだ……たまには技の一つも教えろよ」


二年という歳月を一緒に旅して俺は未だにインセントから技の一つも教えてもらってはいなかった。

インセントは言う。


「お前の技量じゃまだ教える段階じゃねんだよ……知りたいんだったらもっと腕を磨け」


正直俺はあの頃に比べたら雲泥の差ほどに強くなったと思う。ただそれでもインセントは俺に何も教えてくれない。基礎が大事とか理屈はこねるのに一切剣の振り方などは教えようとはしない。


「ちぇ……腕を磨けってどれぐらいだよ」


「何だ、明白な目標が必要か?」


その言葉で俺の目は輝いた。


「何々あるの、目標」


満面の笑みで見つめた俺を見ながらインセントはニヤリと笑った。


「俺から一本取れればな、ガッハハハハ」


その言葉にいっきに俺の気分は底辺にまで下がった。何回か頼み込んでインセントとは戦ったことがあるが、一分持てばいいほうで、その殆どが十秒足らずで俺の負けという状況を考えるに、インセントから一本とるなんて夢のまた夢であった。しかもインセントは本気の一割も出していないことは俺にもわかった。

初めてロングソードを手にした時、後ろから切りかかろうとした時に見せたあの圧力をあれから俺は一度もインセントとの戦いの中で感じたことがなかったからだ。あの体が潰れるかというぐらいのインセントから放たれた圧力は今でもはっきりと覚えていた。インセントと旅をするようになって理解したことだがあれは闘気というものらしく、魔物達も少なからずそれを持っている。魔物達が発する闘気は如実に分かりやすい。相手を食ってやろうとかナワバリに侵入したとか、真っ直ぐに俺に対して敵意を向けてくる。俺はその闘気を感じとり、自分の力量と図りにかけて様子を窺い戦う。相手の闘気が自分よりも弱ければ、さっきの最後に残った白狼ホワイトウルフのように戦わずして勝つこともできたりするのだ。

 結局教えてもらえないのだと拗ねる俺をみてインセントは俺の頭に手を乗せた。


「分かったよ……一つだけ教えてやる……」


頭に乗ったイノセントの手をどかし振り返る俺はインセントを見上げた。


「何々!」


俺の顔がおかしかったのかインセントはぶーと言いながら笑った。


「何だよ」


「いやコロコロ表情を変えて面白いなと」


「そんなこといいから早く教えろよ」


俺はイノセントから教えてもらえる何かを心待ちにしていた。


「それはな……お前が今見ていたモノを忘れるんじゃねぇよってことだ」


俺には理解できない言葉だった。


「さっぱりわからねぇよ」


結局意味の分からない言葉でお茶を濁らされたと再び歩いていく方向に視線を向けて拗ねる俺。


「まあ時期にわかるさ」


インセントのその言葉は何か想いにふけりながら言っているように俺には聞こえた。

 そんな話をしているうちに最近拠点にしている町の外壁がみえてきた。


「さあここからは走ってくぞ、負けた方が飯奢りな」


そういうと大人げなくインセントはスタートダッシュを決める。


「お、おい卑怯だぞ!」


俺はそのインセントの後ろ姿を追いかけるのであった。


 ― フルード大陸 サイデリー王国 ブルダン ―


フルード大陸で一番国土のあるサイデリー王国、その国土の一つである小さな村ブルダンに俺とインセントは駆けこんでいった。


「はあはあはあ……」


「なんだこんな距離で息を上げてるのか?」


卑怯なスタートダッシュを決めたインセントは当然の如く先に町にたどり着いており、後から走ってきた俺を勝利の優越感に浸った顔で見ていた。


「……はあ……卑怯で大人げないジジイだな」


「勝てばいいんだこんなもんは……じゃ飯頼むな」


豪快に笑うインセントはそういうとドカドカと歩きながら町へと入って行く。


「子供にたかるなよ!」



ブルダンはここ数年続く異常気象のせいで土地がやせてしまい、それに困った村の男達は出稼ぎに出ており、村には女性や老人や子供がほとんどの村になってしまっていた。そうなると村を魔物から守る者がいなくなり、ブルダンは魔物に襲われるようになっていた。そんなブルダンに丁度通りかかったのが、俺とインセントであり、何かを思いついたインセントはそのブルダンで腰を下ろすことにしたのであった。

 ブルダンに一つしかない食堂に入って行くインセントは、お決まりの席へどかりと座った。


「おばちゃんいつもの頼むは」


「あいよ!」


威勢のいい食堂のおばちゃんの声が食堂に響き、早速調理にかかる。

 インセントがこの村に腰を下ろすようになって当然だが魔物の襲撃は激変していった。しかも倒した魔物を素材に変え村の人々にを分け与え、傾いていた村を少しばかり活性化させていた。

 そんな村の恩人であるインセントを悪く思う村の人々はおらず、インセントには皆感謝と羨望の眼差しをおくっていた。


「こりゃうちからのサービスだよ、本当はただで食べさせてあげたいけどね」


テーブルの上にはいつも頼むメニューともう一品食堂のメニューには無い煮物が置かれた。


「いやいやいいんだよ、俺も好きでやってることだから、それにこいつを鍛えるためには丁度いいんだ」


天井を突き抜けるような笑い声をだしたインセントはテーブルに置かれた酒をグイっと煽った。


「いつもすいません」


食堂のおばさんに頭を下げて席に座る俺は目の前の料理を一度見渡した。


「いいのよ……でもスプリングもよく喋るようになったわね、はじめの頃は凄い人見知りだったのに」


インセントに負けないほどに豪快に笑いながら食堂のおばさんは俺の肩をバンバンと叩いた。


「あ、はは……ははは……」


食堂のおばさんはとてもいい人だが、この意味もなく叩いてくるのだけは苦手でいつもどういった顔をしていいのか分からない。

 ひとしきり話終えると、食堂のおばさんは、調理場へと引っ込んでいった。


「うん暖かくてうまい」


決して豪華とは言えないスープではあったが、フルードの極寒ではとてつもなく暖かく体の芯まで癒される味で顔がほころぶ。俺はテーブルの上に並んだ他の料理に手を付け、空腹であった腹を満たしていった。


「ふぅ、うまかった……」


満腹になった腹をさすりながら小さな幸せをかみしめる俺。フルード大陸にきて、いままで普通と思っていた食事がどれほどありがたいことなのか理解した。それゆえに母が作ってくれた料理を思い出し恋しくなることもあった。


「ふふ、たらふく食っとけ、なんせお前の奢りだからな」


すでに三倍目の酒に手を付けているインセント。だが一切酔った様子はなく、財布の中身を確認する俺の表情は穏やかではいられなかった。


「ジジイっ! 俺の財布の中身は湯水のように溢れてくるわけじゃないんだから考えて飲めよ!」


「あれ? 本当におごってくれるの?」


「な……ジジイィィィィィィィ!」


これが俺とインセントの最近の日常であった。



― フルード大陸 サイデリー王国 ブルダン ―



インセントとスプリングがブルダンに滞在するようになって一年が過ぎ、インセントの存在はブルダン周辺に生息している魔物達に睨みをきかせており、迂闊な襲撃が出来なくなっていた。だが魔物達が警戒しているにも関わらず、人間というのは下手に知性を持っている分そういった警戒に疎いらしく、どこからともなく流れづいた素行の悪い者達が自分達の欲を潤すため近づいていた。

 

 「んっ……?」


インセントはブルダン周辺に魔物とは違う、汚い感情が混ざり合った殺気のようなものを感じ取っていた。だがその殺気に対してインセントは焦るわけでも、戦闘の用意をするわけでもなく、軽く頬を上げ笑った。


「頃合いか……」


「どうしたジジイ?」


不意に笑ったインセントに首を傾げるスプリング。


「ああ、これから特別訓練だ……ガキお前、村の入口に行け」


突然の訓練にさらに首を傾げるインセント。


「え、今から……なんでさ?」


「いいから行け」


そういうとインセントは一人、ブルダン入口とは別方向に歩き出した。


「チェ……本当に勝手なんだよな」


悪態をつきながらも律儀にスプリングはブルダン入口へと足を進めていく。するとすでに夜だというのに入口の方が騒がしくなっていることにスプリングは気付きその足取りは早くなった。


「おら! 金と女を出せ!」


「おうおう寂れた村だなおい!」


そこらへんにあったものを蹴っ飛ばしブルダンの人々を威圧する素行の悪い男達。近づくにつれて騒ぎの声が悪意に満ちていることに気付いたスプリングは、自身の持つ正義感からその騒ぎの中心にと入っていった。


「おう? ……もう夜だぞ……ガキは家に帰ってママのおっぱいでもすってろ」


「いやいや、美人だったら俺がすってやるよ」


スプリングに気付いた素行の悪い男達は、見た目同様な下衆な笑い声をあげた。


「……品性の欠片も無い言葉だな……」


「ああ?」


スプリングは男達を挑発するようにそういうと、腰に下げていたロングソードに手をかけた。


「おいおい、このガキいっちょまえにロングソードなんか持ってるぜ」


男達は自分達の得物に手をかけながらスプリングを囲んだ。さの様子を不安そうな表情で見守る村の人々。


「お前、それに手をかけたってことはどういうことか分かっているよな」


スプリングを囲んでいた男達から少し離れた所にある木箱に腰を下ろしていた男がニヤリと笑った。スプリングは瞬時にその男が他の男達とは違う存在であることを理解した。それは容姿をみても明らかで、他の男とは比べることも無いくらいに端正な顔つきで素行が悪いというよりも、凄みがあった。

今までまったく存在を感じ取れなかったその男が突然現れたことにスプリングは内心驚いていたが表情には出さない。戦いの中で常に表情は冷静を保てとインセントに言われ、その教えをスプリングは忠実に守っていた。


「へへへ……ガキ、俺達に逆らったことを後悔しろ」


スプリングを囲んでいた男の一人がそういうと、それを合図としてスプリングに対して得物が振り下ろされた。


(なんだ……この違和感……気持ち悪い)


スプリングは男の一人が振り下ろした得物をひらりとかわしながら、何かいつもと違う感覚にとらわれていた。


「お前下手くそだな」


得物をスプリングに振り下ろした男が見事に空振り、それを見ていた他の男達はゲラゲラと下衆な笑い声を上げる。


「こう、やるんだよ」


そこからはモグラ叩きのようにスプリングを囲んでいた男達から矢継ぎ早に得物が振り下ろされる。だがスプリングはモグラでは無い。矢継ぎ早に振り下ろされる得物を次々と避けていった。

 

(やっぱりだ……いつもと違う……何なんだ)


スプリングは男達の止まって見えるほどに遅い攻撃を完璧に避け切っているというのに、どこか余裕が無い。

しばらくすると男達は肩で息をし始め、攻撃の手が止まった。


「な、何なんだこのガキ……」


「まったくあたりやらがらねぇ」


不甲斐ない男達の背中を見つめている木箱に座っていた男の視線が細められると同時に、スプリングを囲んでいた男達の背中に悪寒が走り姿勢が正された。


「子供相手に何やってるんだ?」


静ではあるが、よく通る声はまるで冷気が走ったように男達とスプリングの間を駆け抜けていく。


「な、何だよ、冗談に決まってるじゃないかよ、なあ?」


一人の男が同意を求めるように他の男達の顔を見ると、同意を求められた男達は激しく頷いた。だがその表情に余裕は見られない。

異様な雰囲気を醸し出した男の言葉で目を覚ました男達は、スプリングに殺気を向けた。


(な、何だ……しっくりきた)


スプリングを囲んでいた男達は本気になった。その殺気に反応するかのようにスプリングの感覚は正常に戻っていく。


「殺るぞ!」


男達は得物を握り直すと先程とは見違えるほどの鋭い攻撃でスプリングに襲いかかってくる、だがスプリングはまったく動じることなく、いや先程よりも楽に男達の攻撃を避ける。


「なにっ!」


男の一人の攻撃をかわしたスプリングは手に持ったロングソードをその男に突き刺そうとした。


「……っ!」


木箱に腰を下ろしていた男は流れるように男達の攻撃を避けていくスプリングの動きをみて目を見開いた。


「ひぃ……!」


それは刹那であった。男の情けない悲鳴が小さく響くとロングソードの剣先は男の首元で止まっていた。


「あっ……」


スプリングの脳内で頭の片隅に追いやっていた二年前の記憶が蘇る。

 燃える屋敷、切り捨てられる父に母。黒ずくめの男の持つ得物から滴り落ちる血。周囲は何一つ変わっていないのに、スプリングの呼吸は荒れ、体中が熱くなった。頭が体が心があの時のことを思い出し震えが襲ってくる。


「へ、へへへ……」


一瞬己の命が絶たれたと目をつぶっていた男は、様子が変わったスプリングをみて、引き笑いが口から漏れる。


「こいつ……もしかしてヤッったことねぇな……」


そう分かると男達はさらに目をギラつかせた。


「ふふふ……やっちまえ!」


男の一人の号令で一斉にスプリングに得物を振りかぶる。


「待てっ……!」


男達の動きをピタリと止める声が響く。声の主である男はゆらりと木箱から腰を上げると、未だ当時の記憶を思い出し体が硬直しているスプリングの前に歩きだした。


「……坊主……ちょっと面かしてもらうぞ」


「うっ……」


そういうと男はスプリングの腹部を殴りスプリングの意識を飛ばした。力が抜け崩れ落ちるスプリングを抱きかかえると男は肩に担いだ。


「ハンギさん、一体何を?」


ハンギと呼ばれた男は口元を歪ませるとブルダンの町を歩きだした。

 ブルダンの入口から男達が姿を消すと、物陰で一部始終を見ていた影が動きだす。


「まあ……そうなるわな……」


影の正体はインセントであった。インセントは別段焦ることもなく、ブルダンの奥へと消えっていった男達を追うように歩きだした。



― ブルダン 中心部 ―




「さてこんな所か……」


ハンギはそういうと意識を失っているスプリングを乱暴に放り、足をスプリングの体に置いた。


「村の者達よく聞け! これから少しだけ時間をやる……こいつの知り合いを連れてこい! 速やかに連れてくれば俺達はこの村から出ていく!」


ハンギはブルダンの者にそう伝えるとスプリングを強く踏みつける。


「うぅぅぅ……」


意識は戻らなかったがスプリングは悲痛の表情を浮かべた。


「な、何いってるんですかハンギさん、俺達ここの奴らから金とか……ぶほっ!」


ハンギの行動がまったく読めない男の一人がハンギに声をかけると容赦のない拳が飛び、男の顔にねじ込まれ二回転して地面に落下し気を失った。


「速やかに連れてこなきゃ……吹っ飛んだこの男以上に酷い目にあってもらうことになる……探せ!」


ブルダン中に響き渡るハンギの声は、ブルダンの者達を恐怖に陥れる。ハンギの足元で倒れている男とスプリングを見てブルダンの者達は自分達の末路を想像し、家から飛び出していく。皆の頭の中にあるのはインセントの顔。インセントを見つけハンギの前に連れてくればブルダンは救われるのだとブルダンの人々は村にチリジリになっていく。


「……ふふふ……ようやくあえるな……インセント……」


スプリングの知り合いがインセントであると確信していたハンギの顔を嬉しさと恨みが入り混じったような表情をしており、周囲にいた男達はハンギのその顔をみて背筋が凍っていた。


「あらま……ただのゴロツキかと思ったら、俺の知り合いなの?」


声のした方へとハンギはじめ男達は視線を向ける。小さく寂れたブルダンに道を照らす灯りなど無く、声の主の存在は確認できるが、顔が分からない。だがその声を聞いただけで、ハンギの表情は歪む。


「あ、あいたかっぜ……インセント……」


ハンギが声の主の名を口にすると、たたずんでいたその者はハンギ達が顔を確認できる位置まで近づいてきた。


「やあやあ悪者諸君、元気に悪事を働いているじゃないか……」

インセントの表情に緊張感は一切なく、まるで友人に話しかけているようであった。


「なんだあのオヤジ……」


「ああ、喧嘩売ってんのか?」


男の一人がインセントに近づき顔を近づけ眼を飛ばす。


「顔が近いぞ、糞野郎」


「えっ?」


インセントの顔は言葉と反して笑顔であった。だが顔を近づけていた男の顔は一瞬で青くなり、口元からは真っ赤な血が滴り落ちる。

 男は自分に何が起こったのか理解できないでいた。だがしだいに下腹部に痛みを感じた男は視線を下腹部に下ろす。


「あっ……ガハッ……」


男の下腹部にはいつの間にかインセントが手にしていた剣が刺さっていた。それをみた瞬間男は吐血した。


「おいおい……汚ねぇな」


表情をいっさい変えずインセントは剣が突き刺さった男を放り投げた。力なく地面に落下する男をみて他の男達は一瞬驚き、次の瞬間には怒りに満ちた表情になる。


「おい、お前、こっちには人質がいるんだぞ!」


ハンギの足の下で意識を失ったスプリングを指差す男は、自分の状況を理解しろとスプリングの顔に得物を近づけた。


「……こいつの命が欲しけりゃ抵抗はやめ……」


男はそう言いかけて言葉が止まり背中から倒れていく。


「なっ……!」


倒れた男の頭には剣が刺さっており即死していた。即死した男を見てその後ろにいた男二人の顔に動揺が走る。男達はインセントを見つめていた。そのはずなのにインセントが攻撃をした形跡が無いからであった。目の前に佇む得体の知れない男を前にして、ハンギの周辺に残っていた二人の男は、戦意を喪失したのか後ずさりしていた。


「……おいおい……逃げんなよ……」


インセントの言葉が後ずさりした男二人の動きを止めた。言葉自身に力は無い。目にも止まらぬ速さでインセントが物理的に二人の動きを止めていたのだ。二人の足に短い剣が刺さっていた。


「ぎ、ぎゃぁああああああああああ!」


男二人の悲鳴がブルダンに響き渡る。


「おうおう、うるせぇな」


スプリングを人質に取られ不利な立ち位置にいたはずのインセントであったが圧倒的聖圧力でその不利をひっくり返した。残すはスプリングを踏みつけたままのハンギただ一人だった。

 そのハンギは目の前でインセントが繰り広げた圧倒的な力をみて興奮に顔を歪ませていた。


「ふふふ、ふふふ……」


ハンギは不気味な笑いを口からこぼすと腰にぶら下げていた細い剣を鞘から抜き、足を刺され転がっていた二人を切りさいた。そこでようやくインセントの表情が少し変化した。


「お前……」


インセントはハンギの剣筋を見て過去に戦ったことがあるかもしれないと記憶を辿る。


「ああ……ようやく思いだしてくれたか……ヒトクイ統一戦争の時、戦場で会いまみえてから……この時をどれだけまったか……なぜだ……なぜ俺を生かしたぁぁぁぁ!」


ハンギは喜びと憎しみ、その他にもいろんな感情が渦巻く表情で目の前で悠然と立つ男に対して叫び、そして飛びかかった。

 剣と剣が激しく重なり合う音が響き、周囲の空気が震える。赤い火花があがりハンギの細い剣とインセントの剣による鍔迫り合いがはじまる。

 

「なぜだ! なぜ戦場で倒れた俺を生かしたっ!」


ハンギはヒトクイ統一戦争の頃、インセントの母国との戦いで敗れた。その戦いは結果的にインセントの母国によるヒトクイ統一のカギとなったわけだが、戦いで敗れたハンギの前にはインセントの姿があった。だがそのインセントは地面に倒れた傷だらけのハンギを視界に捉えると、とどめを刺すことなくその場を後にしたのである。

その頃のハンギは今とは違い自分が剣士であることに誇りを持っていた。自分の剣は自分の生まれた国を守れる剣なのだと。国を守る為ならば、刹那の時間でも国を守れるのなら自分の命を壁にすることさえいとはないと。だがそんな想いを持っていたハンギの気持ちなどどうでもいいというようにインセントは倒れたハンギを見ることすらなく攻め落とす国へと突き進んでいったのである。

それ以降ハンギの人生は大きく変わることになる。自分が信じ守ろうとした国は滅び、自分の居場所は無くなった。ふらふらと放浪を続けていくうちに、自分が信じていた物がとても惨めで無駄なものだということを悟ったハンギは悪に落ちていった。

すべてはあの場所で自分を殺しもせず、存在を目にかけることもなく去っていたインセントのせいであると、見当違いな怒りを抱くようになっていったのであった。

 細い剣でインセントの剣を弾き距離をとるハンギはすぐに距離を詰めて一撃一撃と素早い攻撃を繰り出すハンギ。だがそれを軽くいなしていくインセント。


「やっぱりそうか、お前最後の戦場で俺と戦った奴だな」


インセントはハンギの顔を一切見ずに、ハンギの剣筋を見ていた。


「ああ珍しい剣筋だったし、筋もよかったからな、覚えているよ……多分強くなるなと思ったから殺さなかったんだな、多分」


「えっ?」


インセントの突然の言葉に振り下ろしていた攻撃が止まる。それを見たインセントはいともたやすくハンギの持っていた細い剣を叩き落とし、ハンギの首筋に剣先を突き立てる。


「はい、終わり……いや~迷惑かけてくれたな」


インセントは口元をニヤリと吊り上げるとハンギの顔を見た。


「あら?」


ハンギは目頭から止まることの無い涙を流していた。


「おいおい、いい大人がこの場で泣くのか?」


伏せていた顔を上げ自分の首筋に剣先を突き立てるインセントの顔を見つめるハンギ。


「これは嬉しいのだ」


「嬉しい?」


今の状況のどこに嬉しいポイントがあるのか理解できないインセント。こいつ変態なのかと頭の片隅で考えてしまう。


「ああ、自分が剣士として認められていたのだと……ふふ……まさか地獄に落されたあんたに救われるとはな……もういい……殺してくれ」


静かに自分の死を覚悟したハンギはそういうと目を閉じた。


「あ?」


静になったその場所で剣を鞘に戻す音だけがその場に響く。


「な、どういうことだ?」


カッと目を見開いたハンギはすでに目の前から姿を消し、未だ意識を取り戻さないスプリングを担いだインセントの背中に視線を向けた。


「止めだ止めだ、死にたがりを切る趣味は俺にはねぇよ……勝手に死ねぇ……それでも俺に殺されたいなら、最悪の悪党になるか、俺を殺せるぐらい強くなって決闘を申し込んでこい……俺が納得したら……殺してやるよ」


そういうと一切ハンギに顔を合わせることなくスプリングを背負ったインセントはその場からゆっくりと離れていった。徐々に小さくなるインセントの背中を見つめることしか出来ないハンギは周囲で死んでいる男達を見つめる。


「うっううう……」


男達は誰一人として死んではいなかった。なにより刺さっていたはずの剣の姿形はそこにはなく、刺されたはずの男達にも傷一つついていなかった。


「ど、どういうことだ……幻だったのか……」


自分が戦っていた男の底知れぬ力を嫌というほど感じたハンギは肩をガクリと落とし深いため息を落とした。


 ガイアスの世界


登場人物  



名前 スプリング=イライヤ(過去)


年齢 12


 レベル 20


職業


ファイター (レベル15)


今までにマスターした職業



装備


 武器 鍛えられたロングソード


 防具 レザーアーマー


 頭 鉢巻


 靴 レザーシューズ


アクセサリー 無


 インセントと旅に出てから二年の歳月が過ぎ、ファイターという職業についたスプリングは着々と強くなっていた。だが師であるはずのインセントはほとんどスプリングに助言しておらず、スプリングの成長は底知れぬ彼の努力と才能によるものが大きいと思われる。

 


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