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過去で章 1 (スプリング編) 過去の別れと出会い 

 ガイアスの世界 


 十年前のヒトクイ


現在スプリング達が生きている時代から十年前、ヒトクイは統一され20年の歳月が経っていた。戦争の混乱も落ち着き平穏になったヒトクイは統一した王により急速な発展をとげている最中であり、人々の生活は裕福になりつつあった。

 だがやはりどんな状況でも反発する者はいる。平穏になったヒトクイに再び戦乱をまき散らそうとするものは、その時を刻々と待っているのである。



 




 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス


 目の前に広がる景色は一面の大草原。それ以外には何もなくとてものどかな土地。ヒトクイの最北端にあるその場所は人に危害を加える魔物も少なく、小動物などが伸び伸びと生息していた。そんな危険とは程遠い大草原にポツリと建っている屋敷に俺は住んでいた。

 父さんと母さんと家族三人では大きい屋敷ではあったが、でかいのは屋敷だけで、対して裕福ではなかった。まあでも食うことには困っていなかったし、別段貧乏というわけでもなかった。そんな大自然で育った俺は、毎日何の不自由もなく生活していた。

 ヒトクイの北端は、季節は春でもまだ寒く雪がちらついたりもする。そんな春も半ばのある日の夜、なんの前触れもなく突然屋敷に火が放たれた。屋敷はみるみるうちに燃え上がり母さんの声に目を覚ました俺の目の前には、何もかもが燃え盛る部屋が映った。屋敷が燃え体が熱く、目がまともに開けられない。耐えがたい煙が絶え間なく咳を引き起こす。


「ゴホゴホ……スプリング、逃げるわよ」


 母はそう言いながら布を俺の口に押し当て俺の手を引く。だが屋敷が燃える光景は10歳という年齢の子供にはあまりにも衝撃的で、自分の名を叫ぶ母親の声も届かないほどに硬直してしまい動くことすらできないほどであった。

 ショックのあまり身動きがとれない俺をみた母さんは俺の手を取り強引に部屋から飛び出し屋敷の出入り口まで走り出す。


「ぐあああああ!」


突然一階にいた父の悲痛の叫びが燃え上がる屋敷に響き渡った。一階へと通じている階段のさの先で、父は黒ずくめの男が持っていた剣によって胸を大きく切られ倒れていた。。それをみていた母さんは思わず悲鳴を上げそうになったが必至で口を押え悲鳴を殺す。

 だが父を切った黒ずくめの男は二階にいた俺と母さんに気付いたらしく視線を向けると、ゆっくりとした足取りで階段を上り始めた。すでに火の手はそこら中に回っているというのに落ち着いた足取りで俺と母に向かって来る黒ずくめの男から母さんは逃げるため、俺の手を強く引っ張りまだ燃えていない部屋へと逃げ込んだ。


「ここで……大人しくしていなさい」


母さんは涙ぐみながら俺を窓際においやると白いカーテンで俺の姿を隠した。俺は白いカーテンの隙間から母の背中をじっと見つめていた。しばらく経つと扉をけ破る音が聞こえ部屋の中に黒ずくめの男が入ってきた。


「何が目的なの!」


 母さんはほとんど悲鳴のような声で黒ずくめの男に話しかけた。だが黒ずくめの男は何も答えず母さんに近づき問答無用で手にもった剣で切りつけた。母さんの血が白いカーテンを赤く染める。俺は悲鳴を上げることもできず目の前の出来事を見つめることしかできなかった。混乱した心の中で次は自分の番だと思う俺は、黒ずくめの男が自分に向かってくるのをじっと待っていた。


「時間か……」


初めて言葉を口にした黒ずくめの男は、踵を返して部屋から出ていく。男が部屋から出た瞬間、一瞬にして俺のいた部屋が炎で包まれる。


「は、はぁ……はぁ……」


どうにか黒ずくめの男に殺されるのは舞逃れたが、迫ってくる炎は俺を焼き殺そうと容赦なく迫ってくる。黒ずくめの男が居なくなったことを確認すると、俺は赤く染まったカーテンから飛び出し母の下へと駆け寄った。


「す、スプリング……」


「か、母さん……」


黒ずくめの男に切られた母さんの声は小さく、炎が部屋を焼いている音のせいもあり、俺は母さんの声が聞き取れなく、耳を母さんの口許に近づける。


「……ごふぅ……あっ……はぁはぁ……に、逃げなさい……」


吐血しながら母さんはこの場から逃げろと俺に言う。だが周囲はすでに炎に囲まれ逃げられる状態ではなかった。燃え上がる炎のせいで、空気も薄くなり意識が遠のく俺は首を振って逃げられないことを母さんに示す。


「はぁはぁ……窓から……飛び降りるのよ……ゴホゴホ……二階だから……庭の芝生がクッションになって大した怪我には……ならないわ」


母さんは力の入らない手を持ち上げ窓を指差した。だが俺は首を横に振った。それでは母さんが助からないからと。母さんは自分の血が付いた手で俺の顔をしっかりとつかみ目線を合わせた。


「いいから言うことを聞きなさい!」


死にかけているというのにその手には凄まじい力を感じた。声も体が切られた人のものとは思えないぐらいの声量であり、その迫力のある言葉に俺の背筋がピンと伸びる。いつも悪戯や悪さをする時に母さんが叱る声であったからだ。


「いい……生きて……たとえどんな状況に陥っても真っ直ぐに前を向いてあきらめずに生きるのよ……それと……何事にも絶対に油断はしては駄目よ……」


母さんはそういうと俺を窓際に突き飛ばした。なすすべなく窓際に追いやられる俺。だがそれが不幸中の幸いだったのかその勢いは止まることなく俺の体は窓のガラスを割り外へと放り出される形となった。落ちる瞬間ゆっくりになった俺の視界は母さんの笑顔を写しそして暗転した。


「生きて……」


落ちる瞬間に母さんが叫んだ言葉を最後に。

 気付くと屋敷の外で倒れていた。屋敷が燃える熱風を感じながら体の全身に痛みが走り、体は動かない。その強烈な痛みは再び俺の意識を削いでいった。



― イライヤ家 屋敷 ―



 「くっ……間に合わなかったか……」


燃える屋敷を見つめる男は走ってきたのか肩で息をしていた。その男は剣士というには多すぎるほどの剣を体の至る所に装備しており、人間武器庫と言ってもおかしくない姿をしていた。その男の名はインセント=デンセル、ガイアスの世界で最高峰と言われる職業、剣聖その一人であった。

 ヒトクイの王の右腕と呼ばれたインセントは、ヒトクイで起こっていた戦乱終結後、周りの制止を振り切り、あての無い旅にでている最中であった。


「イライヤ……」


目の前の屋敷の持ち主の苗字を口にするインセント。スプリングの父とは友人であったインセントは、そろそろ他の大陸に向かおうとしており、いつヒトクイの地に戻れるかわからないため、その前に旧友であるスプリングの父に会おうとしていたのだが、インセントが屋敷に到着した時にはすでに屋敷は炎の中であった。


「何があった……」


周囲を見渡してもスプリングの父や家族の者達の姿はなく、燃える屋敷の中で息絶えたのかと想像するしかないインセントは、強く握り拳を作りその表情には口惜しさがにじみ出ていた。

 燃える屋敷から視線を外しもう一度周囲を見渡すインセント。ふと視線の動きが屋敷の横にある庭で止まる。


「子供……?」


ススと乾いた血が体中に着いた子供が庭でうつ伏せに倒れているのを発見したインセントは子供のもとへと駆け寄っていく。頭からは血が流れているが、見た目ほど深くないと感じたインセントはうつ伏せであった子供の体を仰向けにして腕で頭を支えるように抱きかかえた。


「……」


すぐさまインセントはこの子供が自分の旧友の子供であることを理解する。目鼻立ちがその旧友にそっくりであったからだ。

 インセントはその子供を抱いたまま立ち上がると、燃える旧友の屋敷を見上げる。炎の勢いは増していき、屋敷の至る所が崩れ始めその場にいることが危険になり始めたと思ったインセントは子供を抱きかかえ立ち上がると燃える旧友の屋敷を後にした。



― 場所不明 ―


 自分の屋敷が燃えてから何時間たったのか分からなかった。混濁した意識の中、霞む視界が捉えたのは見知らぬ天井。しだいに意識がはっきりしだすと、家族を一度に失った悲しみが波のように襲い、幼かった俺の心を縛りあげ、切りつけていった。


「くう……うぅぅぅぅぅ」


 それでも己の心を律し無邪気な子供のように大声をあげて泣かなかったのは、母の言葉を心にとどめていたからだ。生きるとはこんなにも辛いことなのかと掛布団を頭まで被った俺は拳を強く握り、口から嗚咽が漏れないように静かに泣いた。


「起きたみたいだな……」


低く響く声はヒトクイの草原しか無い田舎に住んでいた俺には、聞きなれない男の声であった。


「ガキ……一体何があった?」


淡々とした男の言葉は感情を押し殺しているようにも聞こえた。だが当時の俺にはそれが威圧的に聞こえただ怯えることしかできなかった。


「……いいから聞かせろ!」


布団を引きはがされ外の光が自分の目を霞ませる。布団を引きはがした男の姿を、茫然として見ている俺をみて男は立派に蓄えた髭を触りながらニヤリと笑った。


「ベソかくだけの力は残っているみたいだな」


男はそういうと俺が寝ていたベッドの横に置かれた丸椅子に座り俺との目線の位置を合わせてきた。俺はベッドの上で膝を抱えた。


「……わ、分かんない……気付いたら火事になっていて……お父さんが……黒い人に……き、切ら……うぅ……母さんも……」


吸い込んでくるような男の瞳に口が軽くなる俺。あの悪夢のような一夜を男に話始めたが、父と母が切られる光景を思い出した口は自然と紡ぐ形となった。


「……そうか……ただの火事じゃなかったんだな」


男は俺の言葉を聞いて何かを考え込んでいる様子であった。


「よし分かった、俺はインセントだ、お前は?」


男はインセントと名乗った。


「……スプリング……」


自分の名前を聞かれたのでそう答えるとインセントはまた何か考えているようだった。


「ふぅ……彼奴らしいな……よしガキ、これからお前は俺と旅をしろ」


インセントの突然の言葉に理解の範疇を超えていた俺の頭には疑問符が浮かんでいた。


「お前頼る場所がないだろ、だったら俺と一緒に世界を回ろうぜ、とりあえず目指すはフルード大陸だ」


インセントはそういうと丸椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。


「よし、決まれば急げガキ、旅立つ準備をしろ」


こっちの返答を待つことなく勝手に話を進めていくインセント。それに旅立つ準備をしろと言っていたが家が焼けてしまった俺には準備をすることもできなかった。あまりのインセントの迫力に何も言葉が出ない俺をみて、インセントは俺の首根っこを掴んだ。


「はぁ?」


片手で10歳の俺を軽々持ち上げたインセントは幅の広い肩に俺を乗せた。


「準備も何も、家が焼けて何もなかったんだな……まあとりあえず必要な物はこの町で揃えていくことにしよう」


少し申し訳なさそうな表情で肩に乗せた俺をみるインセントは、そういうとすぐさま俺が寝ていた部屋を後にした。すぐに表れた階段を下りていくとそこにはロビーがあり、どこかの宿屋だったようで、受付にいた宿屋の主に金を払うと俺を肩に乗せたままインセントは宿屋の外に出た。

 全身に太陽の光を浴びた俺は再び光の眩さから目を細める。いつもとは違う視界から広がるその町は、活気があり大勢の人達の話声が響き渡っていた。荒い言葉でまくしたてる商人達にビクリと体が跳ねて固まる俺。


「どうしたガキ?」


初めて見る人の数に驚き萎縮してしまう俺。ずっとヒトクイの北の地方の人があまり立ち寄らない場所で暮らしていた俺にとっては人の多い場所は近くにあった小さな村ぐらいでそこに集まる人の数など10か20ぐらいであり、数えきれないほどの人がいる町は初めてであった。そんな俺をみて表情を緩めるインセント。

 それからは怒涛の勢いで色々な店に入り気付けば俺の恰好は冒険をする者の恰好に変わっていた。


「あ、あの……これは?」


最後に入った店で明らかに子供に持たせるには物騒な代物を手渡してくるインセント。


「なに言ってんだ、これから旅に出るんだ、自分の身は自分で守れ!」


インセントから渡された物、それは子供には大きすぎるロングソードだった。


「えっええ……」


情けなく狼狽える俺をみて鼻で笑うインセントは何も言わず店から出ていく。突然店の中で一人にされた俺はインセントの背中を追いかけ店を出た。


「……いいかガキ……今まであの屋敷でぬくぬく暮らしていたようだが、これからは違う……毎日が死と隣り合わせだと思えよ」


インセントの表情は町の外を見つめていた。

 正直俺はなぜ旅に出なければならないのか不満で仕方なかった。そもそも出会ってまだ1日も経っていない目の前の男を信用していいのだろうか、ようやく町の慌ただしさに慣れ始めた俺はそんなことを考え始めていた。

 もしかしたら父や母を殺した黒い男の仲間なのではないか、そんなことまで考え始めていた俺は、腰にさしたロングソードの鞘を地面に引きずりながらインセントの後ろをついていく。俺の手は気付けばロングソードの握りに手をかけていた。

 俺に背を向けているインセントは俺がロングソードの握りに手をかけていることに気付いていないようであり、俺はゆっくりと鞘からロングソードを引き抜いていく。思ったようにうまく鞘からロングソードを引き抜くことが出来ず四苦八苦したが、そんな行動をとっていることに気付いていないインセントはすでに視線にとらえているであろう、町の港を見据えていた。見据えていたはずであった。


「ガキ……それを抜いたってことは死の覚悟はできているんだろうな……」


一切視線をこちらに向けることなくインセントは俺にそう告げた。一瞬にして纏っていた雰囲気が変わる。10歳の俺にでも分かったその雰囲気は子供に向けるにはあまりにも酷なものであった。


(う、動かない……)


それは父や母を殺された日に感じた恐怖以上のものであり、俺の心と体はその場にいることを拒否していた。


「ほー、逃げないか……」


自分から背を向けた状態だというのに俺が今どんな状態なのかを理解しているような口ぶりのインセントはゆっくりとこちらに振り向いた。

 至って普通の表情をしているインセント。その表情には怒りも殺気も感じ取れない。だがその圧力だけは背を向けていた時以上に感じる。俺の体は蛇に睨まれた蛙のように、震えることも許されず硬直するしかなかった。


「その剣で俺に何をするつもりだったんだ?」


一歩インセントが足を前に出し俺に近づいてくる。その一歩だけでさらに俺に対しての圧力が強くなりとうとう俺は手に取ったロングソードを地面に落としてしまった。


「剣を落としたか……」


また一歩俺に近づいてくるインセント。さらに力を増した圧力が俺の足の関節を勝手に折り曲げ地面へと座らせてしまう。


「はぁ……はあ……」


気付けば走ってもいないのに息が切れている俺。それを見ていたインセントは不敵な笑みを浮かべた。


「ガキ……中々やるな……ガキの年頃で俺の圧力に気を失わなかったのは褒めてやってもいい」


そういうとインセントは俺の前に手を出した。いつの間にか俺の体の自由を奪っていた圧力は消え去り、恐怖も和らいでいた。


「お前にはやはり剣の素質があるようだ……この旅でお前を一人前……いや自分の力で自分を守れるぐらいにはしてやる」


 インセントはそういうと俺の手をとり再び持ち上げ俺を自分の肩へと座らせた。


「お前の親父さんもお袋さんも、命を狙われていたようだ……勿論お前もだろう……、本来ここまでやる義理は無いんだが俺はそんじょそこらの奴とは違うんでな、俺は残されたお前を強くすることを決めた……それだけ分かってくれ」


 まったく勝手な理由だった。俺の意見などお構いなしだ。だがインセントが俺を旅に連れていく理由が分かり少し納得できた俺は、地面に落ちていたロングソードを見つめた。


「ああ、しまっとけ」


地面に落ちたロングソードを器用に足で拾い上げたインセントは握りの部分を俺に向けた。何も言わず俺はその握りの部分を掴むと腰にかかった鞘に仕舞う。


「お前の身長じゃ鞘の先が地面に当たるから腰じゃなくて背に背負えいいな」


言われた通り腰に下げていたロングソードを背中に背負い直す俺を見てインセントうんうんと頷きそして目的地である港へと歩きだしていく。これが俺と剣の師である剣聖インセントの出会いであった。




ガイアスの世界


イライヤ家


イライヤ家は上流階級の家柄であり、スプリングの父の代まではそれは煌びやかな世界で生活をしていた。だがある時イライヤ家は没落し、イライヤの父と母は幼いイライヤとともにヒトクイの最北に逃げるように移住することになる。移住した場所はどこまでも続く広い草原であり、他には何もないそんな場所であった。それからそんな場所で決して裕福とは言えないがそれから幸せな生活をおくることになる。あの日がくるまでは。

ちなみにイライヤ家が没落した理由を幼く物心つく前であったスプリングは現在も知らない。


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