笑劇の裏側
ガイアスの世界
今回ありません
笑劇の裏側
大陸の大半を砂漠が占めるムハード大陸。かつてその砂漠の大部分を領土として支配していた大国ムハードが崩壊してから数カ月。強力な軍事力を振りかざすことで周辺国すら自国のように従わせていたムハード国の崩壊は、ムハード大陸全体を健全化させたと言っても過言では無い。しかしムハード国は良くも悪くもムハード大陸において均衡を保つ役割を担っていた。
均衡が失われたことにより周辺国の中には、次のムハード国になろうと画策する国もあり、表面的には健全化し平和に見えても、その裏側では様々な思惑が錯綜し余談を許さない状況にあった。
一方国が滅び自国を失ったムハード国の人々は、サイデリー王国の支援を受けムハード共和国として新たな歩みを始めることとなった。
これに対し当然周辺国からは、名前が変わっただけだろう。我々を苦しめた国の者たちを信用することなどできるか。という強い反発が続出した。更には全く関係の無い他大陸の国がムハード国に肩入れするとはどういうことだ。援助という名目でムハード国を取り込み、それを足掛かりにしてムハード大陸全体を支配するつもりではないのか。というサイデリー王国からすれば国の理念に反する批難も多く挙がった。
ムハード大陸にある国々から挙がる反発に対しサイデリー王国は、援助とは崩壊したムハード国の復興を目的としたものであり、決して利益目的や侵略行為では無いことを説明。そして諸悪の根源は旧ムハード国を私物化した王であってムハード国の人々に罪は無いことを強調して訴えた。
だがこれまで旧ムハード国から酷い行いを受けてきた周辺国が、サイデリー王国の説明や訴えだけで納得するはずがない。
利益や侵略を目的としてムハード共和国に対して援助を行っている訳ではないことを行動で示す為、サイデリー王国は国家予算の半分を投入してムハード共和国だけでなく大陸全体の社会基盤整備の援助、技術支援をすると発表。これはムハード大陸の国々に限定されたものではなく、全世界に向けて発表されたことで確約となった。
大陸の半分が砂漠であるムハード大陸に存在する国々は、どこも財政が厳しくサイデリー王国による全世界へ向けたこの確約は正直ありがたいものであった。
更にはムハード共和国が国内で協議を重ね、旧ムハード国の王が溜め込んでいた莫大な財産や国の領土を周辺国へ返還、もしくは譲渡することでその思いに嘘偽りがないことを示した。
領土を周辺国へ返還、譲渡したことでムハード共和国が抱える領土は、旧ムハード国の三分の位置以下となり、かなり厳しい状況になったことは言うまでも無い。だがそれでも両国が誠意を見せたことで大半の周辺国は、手放しとまではいかないまでも、ムハード共和国の誕生とサイデリー王国が利益や侵略を目的とした援助ではないことを認め受け入れることとなった。
しかし周辺国の中には表ではムハード国の誕生やサイデリー王国の社会基盤の全面協力に賛同しながらも、その裏ではサイデリー王国による実効支配では無いかと考える国も一部存在した。
― 現在 ムハード大陸南東 センタ王国―
「……サイデリー王国からの発表はそれだけか?」
サイデリー王国によるフルド山爆発被害報告直後。ムハード大陸南東に位置する小国、センタ王国の王チュキンは、サイデリー王国から送られてきた書面を声高らかに読み上げた兵に対しそう尋ねた。
「は、はい、これ以上のことは何も記されていません」
見るからに人相が悪く、悪知恵が働きそうな顔をしたチュキンの質問にハキハキと、しかし緊張した表情で答える兵。
「そうか……下がってよい……」
一息付くように目の前に立つ兵へ下がるよう指示を出すチュキン。
「は……ハッ!」
チュキンの言葉に役目を終えた兵は心の中で安堵すると、踵を返し王の間から出て行こうと扉に向かって歩き出した。
「……」
王の間の扉に向かう兵の背を見つめるチュキンは、僅かに顎を前に突き出した。
「へ?」
するとその瞬間、どこからともなく黒装束の姿をした男が現れ兵の背後をとると一閃。一瞬で兵を斬首した。
「……はぁ……他国のしかも他大陸の事故の報告など無駄な時間だったな……」
ムハード大陸にあるセンタ王国にとって、他大陸の事故報告など聞いても意味が無い。なぜそんな報告が送られてきたのか、その理由すら理解出来ないチュキンは時間を無駄にしたと苛立っていた。
「……」
転がる兵の首を冷たい視線で見つめるチュキンは装飾煌びやかな玉座から立ち上がる。
「……しかもあの雪国からの報告というのが尚のこと忌々しい……突然現れてムハード大陸の社会基盤に全面協力するだとッ!」
眉間に皺を寄せ、弛んだ頬を震わせ怒りを露わにするチュキン。
「ようやくあの外道なムハード国からの支配が終わったと思えば……今度は他大陸の他国がこのムハード大陸を支配するというのかッ!」
サイデリー王国が発表した社会基盤に全面協力をムハード大陸の支配だと考えている様子のチュキンは、そう叫びながら黒装束の男が斬首した兵の首へ近づいていく。
「そんなこと絶対にあってはならないッ!」
怒りを発露し転がる兵の首を踏みつけるチュキン。
「……これからこの大陸を支配するのはあんな世間知らずの小娘では断じてないッ! この私チュキン=デ=デブブだ!」
そう言いながらチュキンは全体重を乗せ転がる兵の首を踏みつ潰した。
「はぁはぁはぁ……」
自国の人々を虐げ、自分は贅沢三昧な日々をおくっているチュキン。旧ムハード国の王にも劣らない独裁者であるチュキンは、移動することすら自分ではしない。近くにいる兵を足にして行動する日々をおくる程にチュキンは怠惰であった。そんなチュキンが自らの意思で体を久々に動かした。怠惰な生活で衰えた体が直ぐに悲鳴を上げるのは当然の事であった。
「おやおや荒れていますねチュキン王」
怒りを発露し肩で息をするチュキンに向け、何処からともなく声がする。
「……ッ!」
チュキンの護衛役である黒装束の男はその声に警戒し先程兵の首を刈り取った得物を構え警戒態勢を取った。
「大丈夫だポンズ」
警戒する黒装束の男ポンズを手で制するチュキン。
「これはこれは……商売上手の笑男殿ではないか」
声の主に心当たりがあるのか、先程の怒りが嘘のようにご機嫌な様子でチュキンは歓迎するように声の主の名を口にした。
「いやいや、突然の訪問申し訳ありません、護衛の方にも無用なご心配を……」
そう言いながらチュキンのいる王の間にどこからともなく姿を現した男。一見笑っているようにも見える不気味な仮面を付けた人物、笑男は、チュキンとその護衛役であるポンズに深々と頭を下げた。
「いつも世話になっている笑男殿であれば、いつ何時でも歓迎するぞ」
突然どこからともなく現れたというのに一切驚くこと無くチュキンは笑男を歓迎した。
「……それで今日は何用かな?」
突然来訪した笑男に何用かと尋ねるチュキン。
「いや、いつもご贔屓にしてくださるチュキン王には申し訳ないのですが1つ謝罪がございまして……」
不気味な笑みを浮かべる仮面の所為で謝罪という言葉と態度が乖離しているように見える笑男。
「……何、私に謝罪だと……?」
当然謝罪という言葉に眉を顰めるチュキン。
「実は先日サイデリー王国の領土フルド山での爆発なのですが……」
既に世界各国で報じられているサイデリー王国の領土にあるフルド山の爆発について口にする笑男。
「ああ、先程サイデリー王国からそれらに関する書面が届いた……山の爆発に僧侶の安否不明……全て私には関係の無いことだ……全く何を考えているのだろうな、あの忌々しい国は……全く時間の無駄な内容だった……無駄過ぎて兵が1人命を落としてしまったよ」
兵が死んだのは自身の指示であるにも関わらず、あたかも兵が死んだのは届いた書面の内容が無駄であったからだとでも言うようにチュキンは高笑いした。
「そう、それです……そのサイデリー王国からの書面、実はチュキン王にとって重要な内容でありまして……」
まるで道化師のように笑男は身振り手振りを交えながらサイデリー王国から送られてきた書面がチュキンにとっても重要なものであると告げた。
「ん? 一体何処が重要なのだ?」
そう言われても思い当たる節が無いチュキンは首を傾げた。
「実はですね先日の……軍備補強のための人員補充の件なんですが……」
「ん? ……ああ、優秀で忠実な僧侶を100用意してくれるという……それがどうしたのだ?」
よほど良い買い物だったのだろう一瞬口角を上げたチュキンは直ぐに表情を戻すと、既に成立しているはずの商談を再び持ち出した笑男の言葉に首を傾げた。
「その優秀で忠実な僧侶を育成し斡旋していたのが、かの有名なインギル一族の当主でして……」
「何? 一代で戦闘職としての僧侶の基盤を作ったというインギルの子孫であるインギル一族の現当主か!」
笑男の話す内容にただただ驚くチュキン。
「……ええ」
驚くチュキンに頷く笑男。
「ここからは内密なお話になるのですが……」
そう言って笑男はいかにもこれから内緒話をするというように声を潜めた。
「なんだなんだ聞かせろ!」
笑男の配慮を全く気にしないチュキンの声が王の間に響く。
「あはは……」
そんなチュキンの態度に、流石の笑男も苦笑いを仮面の奥から発した。
「……表では世界各国から集めた僧侶を育てる場所として有名なインギル大聖堂ですが……しかし裏では、優秀で忠実な僧侶を育てるのではなく、人体実験や薬物投与など非合法なやり方でインギル大聖堂は優秀で忠実な僧侶を作り出し、それを商品として世界各国に売っていたのですよ」
インギル大聖堂の真実をチュキンに朗々と語ってみせる笑男。
「な、なんとそんなことをッ!」
笑男の話に、笑男以上の派手さで驚くチュキン。
「何と外道な……」
少しでも自分の意にそぐわなければ殺す。僅かでも機嫌が悪ければ殺す。機嫌が良い時はまだいい、苦しまず殺す。人の命を何とも思っていないチュキンは、自分の行いを棚に上げて、インギル大聖堂の非道な行いに外道と批難の声を上げた。
「ここだけの話……お得意様であるチュキン王だからお話しますが、実はその仲介の一部を私が担当しておりまして……」
仮面は笑いつつも、申し訳ないというような様子でチュキンに自分の立ち位置を告げる笑男
「な、なんと……笑男殿が?」
普通知らないうちに自分が違法な取引に加担していたと知れば誰でも困惑する。当然チュキンも困惑していた。
「待てッ! サイデリー王国から送られてきた書面によれば、フルド山のインギル大聖堂にいる当主や僧侶たちの安否は不明とある……それが本当ならば、私と笑男殿の商談は……」
しかしチュキンが困惑している意味は違った。自国の人々をただの肉の塊としか思っていないような独裁者が、ましてやムハード大陸の支配を目論むセンタ王国の王チュキンが違法な取引程度で困惑するはずがない。
「はい、販売元の状況が不明である以上、チュキン王への僧侶の販売は一旦白紙に……」
「な……なんとぉぉぉぉぉ!」
チュキンが困惑した理由、それは笑男との商談が白紙になってしまったからだった。
「ど、どうしてくれる! 私の野望を叶える為には、まず早急に魔族共への対処を整えるのが重要だったのだぞ! そのための優秀で忠実な僧侶100人だったはずだ!」
現状、例外はあるものの魔族に対応できるのは僧侶だけという情報は既に周知の事実。自国を防衛する為にどれだけ僧侶を確保できるかが、センタ王国のような小国にとっては早急な課題になっていた。
そんな時現れたのが、武具屋と名乗る笑男だった。笑男は、チュキンが抱える課題を解決する商談、即ち僧侶の販売、人身売買を持ちかけたのだった。
「僧侶さえいれば自国の防衛は出来る! 魔族たちの襲撃で疲弊した他国の隙を突き、我軍が攻め入れば、このムハード大陸を簡単に手にできたというのに!」
笑男から買い付けた僧侶たち100人を自国の防衛に投入し魔族の相手をさせる。周辺国が成す術無く魔族の襲撃で疲弊した所を温存していた自国の戦力で攻め入り他国の領土を奪う。これがチュキンの考えた計画の全容だった。
「どうしてくれる! どうしてくれる! このままでは私の夢が! いやいやそれ以前に魔族の襲撃にすら対応できないではないかッ!」
計画の要であった僧侶が来ない。これは計画以前に自国の存亡に関わる問題。即ち自分の命の危険に直結するチュキンは笑男をそう言って責め立てた。
「落ち着いてくださいチュキン王……大丈夫です、私も商人の端くれ……僧侶の代用品をご提供させていただきます」
そう言いながら道化師が観客の前でするようなお辞儀をする笑男。
「そ、その話……本当だろうな……」
既に先程までのような笑男に対する歓迎の雰囲気はチュキンには無い。その目は鋭く笑男を見つめ、その声は明らかに脅迫するような語気の籠った声色だった。
「ええ、ですが1つお願いしたいことがあります」
「これだけの失態をしておいて、私に願いを望むのか?」
明らかに機嫌の悪いチュキンは、今すぐにでも護衛のポンズに殺せという指示を出しそうな勢いで仮面に隠された本当の表情がわからない笑男を見つめた。
「ええ……お願いします……」
笑男は何処か不気味に目の前のチュキンへ頭を下げた。
「……ッ! ぐぬッ……わかった言ってみろ」
一瞬何が起ったのかチュキンは理解出来なかった。しかし目の前の男から漂う異様な気配に気圧され、気付けば笑男の願いを聞く体勢になっていたチュキン。
「ありがとうございます、流石センタ王国の王でいらっしゃる!」
ヘラヘラと手もみしながら笑男はそうチュキンを褒めたたえた。
「なに、チュキン王にやって頂きたいことというのは簡単なことです……サイデリー王国が送り付けてきた書面の内容に対して、センタ王国から正式な苦情を付けて頂きたいのです」
「苦情……だと?」
意図がわからず首を傾げるチュキン。
「……そうですね……偉大なインギル一族の当主や、彼の下で修練に励む僧侶たちをなぜすぐに救出しにいかない……なんていうのはどうでしょう?」
静かで不気味な気配を漂わせる笑男。しかし笑男がチュキンへ頼んだ内容は、サイデリー王国が送り付けてきた書面の内容に対しての苦情という驚くほどその漂わせる気配には似つかわしくないものだった。
「サイデリー王国に苦情を入れろというお前の願いは受け入れるが、その行動にどんな意味がある?」
ムハード大陸で大きな顔をしたサイデリー王国にはチュキンも思う所がある。苦情の1つや2つ付けることにチュキンも反対する理由は無い。しかし笑男の言う苦情に何の意味があるのかチュキンは疑問に思った。
「ご安心ください、チュキン王……志を共にする同士は世界各地いるということです……今回の件で被害を被ったのはチュキン王だけでは無い……他にもインギル大聖堂との取引が白紙になってしまった国は沢山存在するということです……」
何かこれから面白いことが起るというように派手に動き回りながら、そう説明を始める笑男。
「なに……私と同じように他の国も僧侶を買い付けていたというのか?」
確かに同士という言葉は間違っていない。だが自分を唯一無二の存在だと思っているチュキンは自分と同じ考えを持つ国が他にもあるという事実に不満げな表情を浮かべた。
「……ええ……失礼ながらチュキン王の考えは、誰もが考えに考えれば導き出せる答えと言えるでしょう」
「なんだとッ!」
笑男の明確な失言に再び怒りを露わにするチュキン。
「おっとこれは失礼……」
悪びれることなく、仮面の口元を手で塞ぐ笑男。
「無礼であるぞ! この道化師めッ! 今すぐにでもお前の首を刎ねても良いのだぞッ!」
笑男の態度にチュキンは怒りを爆発させる。
「……道化師……だと……」
怒りを爆発させたチュキンは知らない。自分が笑男の虎の尾を踏みつけたことを。
「ごふぅぅぅッ!」
気付けばチュキンの体は宙に浮いていた。見えない何かに首を絞めつけられ苦しむチュキン。
「ごぉぉぉぉうぐぅぅぅぅ……」
意識が朦朧とする中でチュキンは自分の護衛ポンズに視線を送る。殺せ、直ぐに殺せと目で合図を送る。
「……」
しかし護衛であるはずのポンズは動かない。
「私の笑劇に置いて即興で場を動かしていいのは主要人物たちだけ……あなたのような馬鹿な端役は台本通り動いてもらわないと困るのですよ」
声色から笑みが失われた笑男がそう言い終えた瞬間、チュキンの首は先程の兵のように切断され王の間の床に転がって行く。
「はぁ……全く駒が1つ減ってしまいました……仕方ありませんね、ポンズさん……あなたがこの端役の代役をしてください」
「……承知しました」
目の前で自国の王が殺されたというのに全く驚くこともせず淡々と笑男の言葉を受け入れたポンズは、目の前に転がるチュキンの首を蹴り飛ばすとそのまま煌びやかな装飾が施された玉座に迷うことなく腰を下ろした。
「……話を続けろ」
玉座に腰を下ろした瞬間、顔や体型、声色までもがチュキンへと変わって行くポンズ。
「コホン、ええ……国々が一同にサイデリー王国へ苦情を付ければ……サイデリー王国は無理にでもインギル一族当主や僧侶たちの救助の為に動かなければならなくなる……もし苦情を跳ねのけ無視すれば、それだけでサイデリー王国の印象が悪くなり評価は下がる……チュキン王にとっても悪くないお話だと思いますが……」
仮面越しでもニヤニヤした表情をしているというのがわかる声色で笑男はチュキンに成り代わったポンズへ告げた。
「なるほど……確かにそれは名案だ、直ぐにでも準備をさせよう」
「……はぁ」
チュキンに成り代わったポンズのぎこちない言葉に不満げなため息を吐く笑男。
「まぁいいでしょう……それではよろしくお願いします」
まるで演じることに飽きたというような投げやりな態度でチュキンに成り代わったポンズへそう言い終えた笑男は王の間から忽然と姿を消すのだった。
これより数時間後、サイデリー王国によるフルド山爆発被害報告の内容に対して、まるで足並みを揃えるようにセンタ王国を含めた十を越える一部の国々からお叱りという名の苦情が殺到することになった。
ガイアスの世界
今回ありません




