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人が持つ醜さを知っても

ガイアスの世界


 今回ありません

人が持つ醜さを知っても




 目に入れても痛くないほど可愛い。これは親や祖父母が子や孫を可愛がり溺愛する時に使われる言葉だが、最上級盾士であるガリデウスがこの言葉を使うならばその人物は間違いなくブリザラだ。

 王という立場に奢らず偉ぶることをせず、誰にでも優しく人々から敬われ尊敬され愛される人物だった前サイデリー王と王妃は、ガリデウスにとって主君であり恩人でもあり友人でもあった。そんな2人を誰よりも近くで見守り続けてきたからこそ、感謝しているからこそ、その恩に報いる為ガリデウスは王と王妃の忘れ形見であるブリザラを2人が誇れる王へ育て導こうと、前サイデリー王の死の間際、心に深く誓ったのである。


 しかし思いと行動は時に乖離するものである。ブリザラを立派なサイデリーの王にするべく本人は厳しくしているつもりだが、実際はブリザラに対してどうしても過保護で甘くなることが多かったガリデウス。その姿は娘や孫を溺愛する父親や祖父にしか見えないと周囲からは微笑ましく見られていたことをガリデウス本人は知らない。そしてブリザラに対するガリデウスの過保護や溺愛ぶりが、宮殿内の者は当然としてサイデリー王国の人々にまで広く知れ渡っていることを当の本人だけが知らないのである。

 兎に角、過保護であろうと溺愛していようとガリデウスにとってブリザラ=デイルは、現サイデリー王という立場以上に自分を犠牲にしてでも守らなければならない大切な存在であることは確かである。もしそんな大切な存在の身に何か起れば、ガリデウスはその事実を受け入れられずもう二度と立ち直ることは出来ないだろう。




 『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス




― 四日前 氷の宮殿 王の間 ―




「えーと、た、ただいま、みんな」


 まるで幽霊をみるような周囲の視線に自分は幽霊では無いともう一度帰ってきたことを伝えるブリザラ。


「「「「……」」」」


 ブリザラのあまりにも普段通りのただいまという言葉に状況が追い付かない最上級盾士たち。


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉぉ゛!」


 いち早く状況を理解したのはガリデウス。しかし頭では理解したものの今度は感情が追い付かず、叫とも、嗚咽とも、王とも聞こえるガリデウスの声が王の間に響く。


「「「ブリザラ様!」」」


 ガリデウスに遅れること数秒、ブリザラが帰還したことをようやく理解した他の最上級盾士たちの歓声が王の間に広がっていた静寂を壊していく。


「お゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉぉぉぉぉ!」



 未だ感情が追い付かないまま、それでもガリデウスは飛び出し我子や孫を抱きしめるようにブリザラをその両腕で抱きしめた。


「……? ど、どうしたの? 半日外に出ていただけじゃない……」


 ガリデウスが自分に対して過保護であることを重々理解しているブリザラは、そうだとしても大袈裟過ぎる反応ではないかとまるで長い間離れ離れだったかのように泣きながら抱き付いてくるガリデウスの反応に困惑した。


「……半日……ブリザラ様、あなたがインギル大聖堂に向かわれてから既に一日以上が経過しています」


 人語を語ることが出来ないガリデウスに代わりブリザラが抱いた疑問にそう答えたのはランギューニュ。


「……一日以上?」


 先程までインギル大聖堂にいたはずのブリザラはランギューニュのその言葉に驚き、一緒に帰還したピーランやハルデリア、そして精霊王の顔を見た。


「……?」「……?」「……」


 ブリザラと同じくピーランやハルデリアもランギューニュの言葉に驚いていた様子を見せた。しかしただ一人。精霊王だけが何かを理解しているというように暗い表情で沈黙を続ける。


「ガリデウスの名誉を守る為にも一応お伝えしておきますが、以前のガリデウスならいざ知らず、何とか子離れを果たした今のガリデウスが一日やそこらブリザラ様が外出した所で、ここまで酷い状態にはなりません……ガリデウスがこうなってしまったのはブリザラ様がインギル大聖堂へ向かってから起った問題の所為です」


 もう離さないと追いすがるようにブリザラを抱き続けるガリデウスの姿を見ながらランギューニュはそう説明した。


「……問題……はッ! もしかして……」


 ランギューニュの言葉で何かに気付いたのかブリザラは表情を曇らせた。


「はい……ブリザラ様がインギル大聖堂に向かってから約二時間後……フルド山山頂を中心とした原因不明の爆発が発生……これによりブリザラ様たちの安否が不明の状態になりました……それから約一日が経過……その成れの果てが今のガリデウスです」


 多少茶化した物言いではあるが、その言葉からランギューニュや他の最上級盾士たちにも疲労が伺える。


「……みんな心配をかけてごめんなさい……」


 自分のことを心配してくれていたランギューニュたち。その気持ちが痛い程に理解できたブリザラは謝り頭を下げた。


「……ガリデウスも心配かけてごめんなさい」


 触れあったのはいつ以来だろう。そんなことを思いながらガリデウスにも謝り強く抱きしめ返すブリザラ。


「……ッ! ……ご無事で……ご無事でよかった」


 抱きしめられたことによりその存在を明確に感じ取れたからのか、正気に戻ったガリデウスはようやくその思いを人語として口にすることができたのだった。




「クゥ……不覚……みっともない姿をこんな大勢にみられてしまうとは……申し訳ない」


 しばらくして感情が落ちつき普段通りに戻ったガリデウスはブリザラから離れると、何とも複雑な表情を浮かべ自分の痴態を恥じるようにその場にいた者たちへ詫びた。


「何を今更」


「ウグッ」


「普段と変わらないよ」


「グフッ」


「今回は少し引きました」


「フグッ」


「気持ち悪いな」


「グガッ」


「えぇぇ……ま、まあそんな時もありますよ」


「ガハッ!」


 同僚や部下、特に女性陣から容赦のない言葉を浴びせられるガリデウス。更にはまだまだ新米ルーキーな中級盾士にまで同情されてしまったガリデウスの精神は恐ろしい勢いで削られていく。だが全ては自分の未熟さが生み出したものと彼ら彼女らの言葉を甘んじて受けると覚悟しガリデウスは、一切反論することは無かった。


「……ふぅふぅ……色々と王には聞きたいことがあるのですが……」


 流石最上級盾士と言っていいのか、罵詈雑言混じる容赦のない叱咤激励という名の口攻撃を盾士ならば誰でも会得する我慢強さで全て受け切ったガリデウスは、肩で息をしながらブリザラへ質問をした。


「まずは……その後ろにおられる、テイチを抱きかかえているお方は……」


 真っ先に抱いた疑問を質問に変えたガリデウスはブリザラの後ろに立つ人物の素性に付いて尋ねた。


「失礼……名乗るのが遅れました……私は精霊を統べる存在、精霊王です」


「「「「……」」」」


 精霊王が名乗ったと当時に目を丸くするガリデウスたち。しかしそれは当然の反応だった。そもそも上位精霊に遭遇することすら人生であるかないかと言われているにも関わらず、更にその上位に位置する精霊王が目の前にいると言うのだ。実在するのかも定かでは無く、それこそ伝説やお伽噺でしかその存在は語られていない精霊王。そんな存在を前にしてガリデウスたちの反応は至って正常である。


「彼女のことを語る上で、まずは私たちがインギル大聖堂で何を見てきたのかについても説明する必要があります」


 ガリデウスたちの反応に苦笑いを浮かべながらブリザラは、精霊王本人の言葉も交えつつ彼女のことについて、そしてインギル大聖堂で起ったこと全てを簡単に説明した。


「……どれもこれもにわかには信じられない内容ばかり……」


 ブリザラの話を聞き、難しい表情を浮かべるガリデウス。


「黒い剣士……」


 説明の終盤で語られた黒い剣士に疑問を抱くグラン。


「精霊王が未来のテイチ?」


 精霊王の正体が未来のテイチであることを知り驚き困惑するティディ。


「……魔王に会ってきたのか……」


 一カ月前に誕生したとされる魔王のことが気になるランギューニュ。


 それぞれ気になることを口にするガリデウスたち。特にティディとランギューニュは自分と大きく関わりのある内容だけにその表情は真剣だった。



「……それぞれ詳しく聞きたい気持ちはわかる、だがそれは後にしろ……」


 詳しく訊こうとブリザラや精霊王に対して前のめりになるランギューニュやティディを言葉で制止するガリデウス。


「今はもっと重要な事を聞かなければならない」


「……」「……」


 ガリデウスの言葉によって最上級盾士の立場を思い出し冷静になるランギューニュとティディ。


「……王……インギル一族当主が謎の黒い剣士に殺害されたというのは本当ですか?」


 説明の終盤、ブリザラが語ったインギル一族当主の状況について更に深く説明を求めるガリデウス。


「そうだ、仮にも僧侶プリーストたちの頂点にして上位僧侶ハイプリーストである現当主が……『闇』を漂わせた程度の黒い剣士にやられるのか?」


 疑問に思っていたことが話の中心になり思わずグランは口を挟んだ。


 基本的に僧侶プリーストは後方支援という印象が強い。後方から攻撃アタッカーに対して支援するのが主な仕事であるのは事実。しかしこれが魔族や『闇』を内包する魔物との戦いになれば話は変わって来る。

 魔族や『闇』を内包する存在は、例外はあるものの基本的に物理攻撃が効きにくい。逆に僧侶プリーストなどが使う『聖』に関わりのある攻撃が有効であることは、数百年前に起った魔族との戦争のことが記された書物にも書かれている。

 更には直近で起った魔王復活に伴う魔族による世界各国への襲撃による戦闘報告にも僧侶プリーストによる『聖』に関わりのある攻撃が魔族や『闇』を内包する魔物に対して有効であることが実証されている。

 即ち僧侶プリーストという存在は、現在人族が唯一魔族や『闇』を内包する魔物に対して有効な攻撃を与えることのできる存在であることを意味していた。そして僧侶プリーストの中でも修練を積み高みに至った者だけがなれる上位僧侶ハイプリーストが持つ術は、魔族や『闇』を内包する魔物に対して更に強い有効打を与えることができることもわかっている。

 グランが疑問に思ったことというのは、僧侶プリースト頂点トップに立つインギル一族当主の実力であれば、魔族とも『闇』を内包する魔物とも分からない謎の黒い剣士の襲撃など簡単に迎撃できるのではというものだった。


「……正確な所はこれから調べてみないとわかりません、これはあくまで個人的な感想と見解でしかありませんが、そもそもインギル一族当主に、上位僧侶ハイプリーストとしての実力は無かったのでと私は思っています」


 個人的な感想、見解でしかないと前置きしたうえでブリザラは自分の考えを口にする。


「それはどういうことだブリザラ様?」


 僧侶プリースト頂点トップであるはずのインギル一族当主に上位僧侶ハイプリーストとしての実力は無いのではというブリザラの考えに首を傾げるグラン。


「……まずなぜ私たちがインギル大聖堂に向かったのか、それはインギル大聖堂に纏わりつく様々な噂が本当なのかを探る為……結局色々と有耶無耶になってしまって、未だにわかっていないことの方が多いですが、私たちがあの場所に入ってわかったことは2つ……1つはインギル大聖堂には地下が存在する……その地下には上位精霊たちの肉体が封印されていたということ……」


 何のためにインギル一族当主は上位精霊たちの肉体を地下に封印したのか。その理由までは解らない。だが上位精霊を封印したという事実は、使える、使えないに限らず、災害級の力を手にしたことと同義になる。その力を使いインギル一族当主は一体何をしようとしていたのか。


「そして2つ目は、黒い剣士に殺害された後、インギル一族当主の体からは『闇』、『絶対悪』の残滓が現れた……私は知り得たこの2つの情報と、今までに外から得た情報を合わせた結果、インギル一族当主……いえ何代も前から一族全体が既に『絶対悪』の傀儡になっていたのではないかと推測します……」


「「「「「「ッ!」」」」」」


 ブリザラが出した推測に、その場にいた一同は驚きの声を上げた。


「なるほどその『絶対悪』ていう存在の傀儡になったから、インギル一族当主の実力はたいしたことなかったと」


「はい、『絶対悪』からすれば『聖』は邪魔でしかないでしょうから余計なものは、排除したのではないかと……ですがもし当主が上位僧侶ハイプリーストとしての実力を持っていたとしてもあの黒い剣士を倒すことは出来なかったと思います……それほどまでに彼が持つ気配は桁違いでした」


 何かを思うようにブリザラはグランの疑問に答えた。


「……『絶対悪』によるインギル一族の傀儡化……私の推測が正しければ、インギル大聖堂に纏わる様々な噂や僧侶プリーストたちに起っている状況はこれで繋がって来ると思っています」


 自分が口にしようとしている内容がどれだけおぞましいものか理解しているブリザラの表情が曇って行く。


「……まずはインギル大聖堂で僧侶プリーストたちに施された教育、能力平均化……表では僧侶プリーストの能力を平均化することで、パーティに僧侶プリーストを加えた際、安定した活躍が見込めるようにというものですが、これは裏を返せば特出した能力を持った僧侶プリーストが現れないことを意味しています……そしてこの数百年で他の戦闘職の能力水準が上がっているにも関わらず、僧侶プリーストだけ能力水準が上がっていないことでも証明しています……下手をすれば魔族との戦争していた頃の僧侶プリーストよりも能力が落ちている可能性も考えられます……」


 喰らいつくようにブリザラの話す内容に聞き入る一同。


僧侶プリーストを弱体化させる意味とは……僧侶プリーストの能力を平均化、弱体化させることで人族が魔族や『闇』を内包する魔物たちに対抗する力を削ぐ為……魔族や『闇』を内包する魔物による襲撃によって疲弊する国々へ、インギル一族は、洗脳し特殊な強化を施した僧侶プリーストを高額で売ろうとしていた、もしは既に売っているのではないか……」


 数カ月前までサイデリー王国という守られた箱庭の中で何不自由なく過ごしていたブリザラ。国の人々は良い人ばかりで、滅多に犯罪も起きず、争いも無い人の理想を体現したような国。それがサイデリー王国。しかし外に出たブリザラはどれだけ自分が恵まれた環境にいたのかを知る。

 王の一声で人命が簡単に失われていく国。人から奪うことでしか生きていけない者。争いを好み、人の命を散らすことを楽しむ者たち。様々な不条理や理不尽をブリザラはサイデリー王国から出ることで知った。


「うぅぅぅ」


 様々な知識や体験を経たことで、何も知らなかった自分ですら今は、おぞましい答えに行きつくことが出来てしまうという事実がブリザラの精神を疲弊させる。


「大丈夫か?」


 手で口を押えよろめいたブリザラの体を支えるピーラン。


「ありがとうピーラン、大丈夫」


 独り立ちするように体を支えるピーランからゆっくりと離れたブリザラは、自分の考えを伝える為に再び口を開く。


「……『絶対悪』の残滓の傀儡となったインギル一族は様々な国に対して僧侶プリーストの人身売買を行っている可能性があります……『絶対悪』の残滓が人族の経済の一部を握ることにどんな意味があるのかは定かではありません……正直に言えば知りたくもありません……でもこの可能性を知ってしまった以上、私にはサイデリー王国の王としてこのおぞましい計画に加担している者たち……国をあぶり出さなければならない……そんなことをしてはならないと止める責任があります……だから皆さん私に力を貸してください……甘いと罵られてもいい……絵空事だと蔑まされてもいい……それでも私は誰もが安心して笑顔で生きられる国に……いいえ……世界にしたい……だから皆さん……私に……力を……貸して……ください……」


 これまでの疲労の蓄積と本来の自分とはかけ離れた思考が影響したのだろう、王の間に集った者たちの前で自分の理想を言い切ったブリザラは力無くその場に倒れ込むのだった。





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