舞い戻る王
ガイアスの世界
今回ありません
舞い戻る王
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
領土内にあるフルド山の山頂が突然爆発したという報告を受けたサイデリー王国は、同日のうちに自国の盾士とサイデリーに滞在していた冒険者や戦闘職たちに協力を要請し調査兼救助隊を編成、最上級盾士ティディを隊長としてそのままフルド山へと出発した。
サイデリー王国を発って二時間後、フルド山の麓に到着した調査兼救助隊が目にしたのは黒い霧。フルド山を覆うほどに広範囲に広がった黒い霧だった。
しかし調査兼救助隊全員がその光景を目の当たりにした訳では無い。不思議なことに調査兼救助隊の中にはフルド山を覆う程の黒い霧が見える言う者と、そんなもの見えないと言う者に意見が分かれた。
「……調査を中止……ただちに帰還する」
調査救助を続行するのかそれも中止するのか調査兼救助隊の間で意見が分かれる中、ティディは調査の中止を決断しただちに帰還することを調査兼救助隊全員に告げた。
「……ブリザラ様……」
自分の命令を受け帰還を始める調査兼救助隊たちの中、ティディはフルド山を複雑な表情で見つめながらサイデリー王国の王の名を口にする。ティディにはフルド山で起った爆発の調査と同時に、もう1つ極秘任務を任されていた。それがフルド山山頂にあるインギル大聖堂へ向かった王たちの捜索救助だった。
一カ月前に起った太陽の消失を皮切りに、各地で多発異常気象や魔物の凶暴化。果てには誕生した魔王を中心とした魔族たちによる襲撃と世界は今恐怖の中にある。そんな状況であってもサイデリー王国の人々が今も冷静でいられるのは国の支柱であるサイデリー王の存在があるからだった。
だが国の支柱であるサイデリー王が行方不明という事実が公になれば国の人々の心の中にあった支えは失われ恐怖や不安の歯止めが効かなくなり大きな混乱を産むことになる。そう考えたティディの同僚である最上級盾士ガリデウスは、調査兼救助隊の隊長にティディを任命するとサイデリー王捜索救助という極秘任務を与えたのだった。
表向きにはフルド山が爆発した原因の解明と山頂にあるインギル大聖堂で修練に励んでいる僧侶たちの救出をしながらサイデリー王の捜索救出を極秘で行う手はずだったティディ。
「……クッ」
しかし黒い霧の影響で調査や捜索は愚か入山することすら出来ない今の状況に、山頂が抉れただけにしか見えないフルド山を見つめるティディの表情には焦りが滲み出ていた。
「……ランギューニュの忠告通りだった……」
ティディの目にはフルド山を覆う黒い霧が見えていない。だがそれでもティディは黒い霧が見える側の意見を救い上げて調査や救助の中止を告げたのは、同僚である最上級盾士ランギューニュの忠告があったからだった。
フルド山へ向かう直前、ランギューニュはティディに対しこう忠告した。
「フルド山へ向かう道中で黒い霧を見たり、体調の変化を感じたら迷わず即座に帰還しろ……」と。
「黒い霧が見える者はまだいい、見えるということは僅かでも耐性があるということだから……問題なのは黒い霧が見えない者……黒い霧の正体は負の感情だ……もしその場に留まれば体は愚か心まで負の感情に侵食され『闇』へと堕ちる……『闇』へと堕ちた者は……助からない」
人と魔族の間に生まれた半人半魔であるランギューニュは、ティディに対してそう忠告を締めくくった。
「……まずはこのことをガリデウスとランギーニュに報告しなきゃ……」
これから自分がしなければならないことを呟きながら踵を返しフルド山を背にしたティディは調査兼救助隊たちと共にサイデリー王国へとその足を向ける。
「……どうかご無事で……ブリザラ様……」
思ったよりも楽な依頼になったと帰還した後に受け取れる報酬の使い道について話す冒険者や戦闘職たち。方やフルド山を覆う黒い霧を目撃し恐怖や不安を抱く冒険者や戦闘職たち。呑気な冒険者や戦闘職とは違い自分の只ならぬ様子を察しこれから良からぬことが起きるのではと気を引き締めようと話し合う盾士たちの姿を視線に捕らえながらティディはサイデリー王の無事を祈りサイデリー王国の帰路へつくのだった。
― 五日後 現在 サイデリー王国 ―
サイデリー王国の領土内にあるフルド山で起った原因不明の爆発から五日。依然爆発の影響で現在フルド山へ入山することが困難な状態にあり、爆発の原因調査やインギル大聖堂内にいる僧侶たちの安否確認、救出活動が出来ない状況にあると現在の状況を世界各国に公表したサイデリー王。
サイデリー王の公表に対して一部の国々からは反発の声があがった。問題になったのは爆発によって未だ安否がわかっていない現インギル一族当主や僧侶たちについて。
今や迷宮攻略や魔物の討伐依頼、防衛任務といった様々な状況に欠かせない存在となっている僧侶。その基礎を作った初の上位僧侶インギルの子孫である現当主や、その現当主の下で修練を続ける僧侶たちの捜索、救出を行わないというのは何事だという現場の状況を全く理解出来ていないお叱りの声が一部の国から上がったのだ。
現在、魔王の誕生によって活発化した魔族による侵攻で大小に限らず多くの国々が被害を受けている。魔族相手に、戦場に立つ兵や冒険者、戦闘職たちの傷を癒すことが出来る僧侶の存在は大きいと言っても過言ではない。更に言えば魔族に対して有効打を与えることが出来る高い能力を持った僧侶の存在は更に貴重であり、そんな僧侶たちが命を落とすような状況は国益の損失でしかない。だからこそ一部の国はサイデリー王国の行動を責め立てたのだ。
だがこれはインギル一族と裏で仄暗い関係を築いていた国をあぶり出す為のサイデリー王ブリザラ=デイルが仕掛けた罠であった。
― 四日前 サイデリー王国 王の間 ―
「そうか……フルド山はそんな状況なのか」
「……」
王の間に集う最上級盾士たち。その一人ガリデウスは、フルド山から帰還した最上級盾士の一人ティディから現状報告を聞くと空座となっている質素な玉座を茫然と見つめた。
「……大丈夫だ、王には伝説にして最強の盾……キング殿が付いている……生半可な爆発ではびくともしないはずだ!」
調査救出の失敗によりブリザラたちの生存が絶望的となったことを実感し今にも死んでしまいそうな表情を浮かべているティディと、未だ状況が呑み込めず感情を上手く発露することが出来ないガリデウスを励まそうと最上級盾士の一人グランは1つの可能性を口にしながら明るく振る舞った。
「……確かにあの盾ならフルド山を覆う負の感情……『絶対悪』の残滓にも耐えられるかもしれない……けどならなぜ……ブリザラ様は我々の下に……この宮殿へ帰ってこない?」
グランが場の空気を何とかして明るくしようとした矢先、決定的な一言で更に場の空気を沈めてしまう最上級盾士の一人ランギューニュ。
「……」
普段なら、おいッ! と声を荒げ1つや2つランギューニュへ言い返すグランも今回ばかりは言い返す気力が無く口を閉ざすことしか出来ない。
「……兎に角、もう一度フルド山には向かわなければならない……ここは僕に任せてもらえないかガリデウス?」
場の空気を沈めた自覚はあるのだろう、普段なら面倒だと任務をサボる節のあるランギューニュが率先して再調査の任務に志願した。
「……」
「僕なら負の感情にも耐性がある……『絶対悪』の残滓による干渉にもある程度耐えられる……だから僕を行かせてくれガリデウス」
半人半魔であり負の感情や『絶対悪』の残滓に対して人族よりも高い耐性を持つランギューニュは、自分の優位性を示すことでガリデウスからフルド山の再調査の合意を得ようとした。しかしそれは普段の彼ならば絶対にしない行動。至って冷静に振る舞っているようにも見えるランギューニュもまた他の最上級盾士と同じくブリザラを失ったという事実に気持ちが追い付いていない状態にあった。
「……わかった……お前に任せる……」
何処か他人事のように、覇気のない声色でランギューニュの願いに頷くガリデウス。その目からは涙が零れていた。
孫ほど年の離れたブリザラという存在はガリデウスにとって王である前に大切な我子のような存在だった。ブリザラの父、前サイデリー王の忘れ形見であるブリザラはガリデウスにとって全てであった。
「頼む……せめてブリザラ様の遺体を……身に着けていたものでもいい……何でもいいから何か何かを……」
これまでのブリザラとの思い出が走馬燈のように頭の中を駆け巡り、止まっていた感情が溢れだしたガリデウスは自分が全てを失ったことを自覚するとブリザラとの繋がりを失いたくないと、せめて、せめてとランギューニュに泣きながら懇願した。
「……」「……」
常に最上級盾士の頂点としての威厳を放っていたガリデウスの威厳を失った咽び泣く姿にたまらず視線を逸らすグランとティディ。
「……」
ただ一人、ランギューニュだけが大切な人を失い咽び泣く老人の姿を見つめる。だがガリデウスの言葉にランギューニュはどうしても頷くことが出来ない。頷いてしまえばブリザラが死んだことを認めたことになるからだ。
「……頼む……頼む……」
「……」
どうしても頷きたくない。ブリザラの死を認めたくない。この場にいる誰よりブリザラの死を認めたくないランギューニュ。しかし頷かなければならないのだろう。そう決心したランギューニュはガリデウスの願いを聞き入れゆっくりと頷こうとした。
「ふぎゅ!」
その瞬間、質素な玉座の方から情けない声が響き渡る。
「イタッ!」
そんな情けない声に覆いかぶさるように芯の通った女性の声が続く。
「あらあら」
どこか軽やかで浮世離れしたような声が更に続く。
「キャッ!」
そして最後に、最上級盾士たち全員が聞いたことのある、そして聞きたかっただろう声が王の間に響いた。
「……」「……」「……」「……」
静寂に包まれる王の間。茫然と質素な玉座の前に現れた者たちを見つめる最上級盾士たち。
「……あれ? ……みんながいる……ということは、ここは氷の宮殿?」
自分を茫然と見つめる最上級盾士たちを見つめる少女は自分が今いる場所を確認しながら首を傾げた。
「あ……え、えーと……」
時間が止まったように自分を見つめながら硬直する最上級盾士たちに困惑する少女。
「と、とりあえず……ただいまぁ」
後頭部に手を当てながら少しはにかんだ表情で少女は、サイデリー王は、ブリザラ=デイルは最上級盾士たちへ自分が帰還したことを告げるのだった。
ガイアスの世界
今回ありません




