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未来を掴み取る為の我儘

 ガイアスの世界


 今回ありません


 未来を掴み取る為の我儘



『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス




「双子……?」


 状況が理解できず一旦停止したハルデリアの思考。何とか再び動き出したハルデリアの思考が導き出した結論、それがテイチは双子だったというものだった。


 例えば見知った人物の隣に突然同じ顔をした人物がもう一人現れたとする。幾らかの疑問が頭に過ったとしても、強烈な視覚情報を前にねじ伏せられた思考は、二人を双子であると結論付けてしまう。それはごくごく一般的で常識的な反応と言えるのではないだろうか。

 魔法使いから盾士へ転職という珍しい経歴を持つものの、他は至って平凡であるハルデリアも例に漏れずそんな一般的で常識的な思考の持ち主である。間違っても二人の内の一人が別世界の同一体という突拍子の無い非常識な結論に行きつくことは無い。


「……ハルデリアさん……」


 混乱と戸惑いはあるものの自分なりの結論へ行き冷静さを取り戻そうとするハルデリアの名を呼び、その顔を見つめる精霊王。

 人間の生を終えその魂が精霊へと転生した今、例え生前深い交流があったとしても、精霊王がテイチだとわかる者はブリザラのような例外を除き存在しない。本人が自分の素性を明かさない限り、深い交流があった者でも自力で精霊王がテイチだと気付くことは無い。それほどまでにテイチの魂は跡形無く精霊へと変質しているのだ。


「……なぜ私をテイチだと……双子だと思うのですか?」


 にもかかわらずハルデリアは先程何の迷いも無く、精霊王をテイチだと断言した。そして今、精霊王とその腕に抱かれ眠るテイチを双子とまで言うハルデリア。

 過去、人であった頃の友人や知人へ会いに行ったことがある精霊王。その中には自分と深い交流を持っていた者もいた。だが誰一人として自分をテイチだと認識してくれる者はいなかった。身をもってその時の寂しさを知っているからこそ、精霊王は知りたいと思った。ハルデリアがなぜ自分をテイチだと認識しているのかと。


「……思うのか……と言われても……」


 精霊王の問に戸惑った表情を浮かべるハルデリア。


「……だってあなたは精霊王に変装したテイチさんで、あなたが抱いているその人もテイチさん……だから二人は双子なんだなと思っただけです」


 それは感覚でしか無く理由としては弱すぎる回答。頭に過った疑問など無視して自分の視界に映ったもの、見たままのことを精霊王に伝えるハルデリア。


「……」


 だがそんなハルデリアの返答に言葉を失う精霊王。


「……み、見た目だけで言えば、私とテイチは親子ほど年齢が離れているのですよ……それでもあなたは私とテイチを双子と言うのですか?」


 ハルデリアの言葉が信じられず少々取り乱した精霊王は、見た目の年齢を持ちだしもう一度双子に見えるのかと尋ねた。


「……ええ? いやいや嘘を言わないでください、どう見ても年齢に差があるようには見えません……服装は違いますが、二人は見分けが付かないほどよく似ている双子ですよ」


 精霊王の言葉を冗談だと受け取ったハルデリアは、そんな嘘には騙されないというはっきりとした強い意思で精霊王とテイチが双子であると断言した。

 実年齢は置いておくとして精霊王の見た目の年齢は、人族からみれば二十代後半から三十代前半と言った所。それに対しテイチの年齢は十代未満。どう見ても二人の年齢は親子ほどの差がある。確かに2人の容姿には共通点があり母子というならばわかるが双子と断言するのはいささか無理があるように思う。


「ああ……その……よくわからないが、私たちとこいつでは見えているものが違うんじゃないか?」


 精霊王とハルデリアのここまでの明らかなズレ。そんな二人の会話に入り、その謎を解く一言を発したのは不足していたブリザラ成分を摂取したことで正常になったピーランだった。


「……それって……時々ピーランが私に使って来る幻術みたいな?」


 何の意図も無くただ純粋にそういいながら首を傾げるブリザラ。


「……な、なぜそれを……」


 思わぬブリザラの言葉に、顔が引きつるピーラン。


「というか……その言い方だと私の幻術、全く効いてなかった……のか」


 ブリザラに対しての羞恥と忍としての自負心プライドの崩壊が一気に押し寄せるピーラン。


「……ピーランさん……ブリザラ様に幻術って……」


 どんな目的でブリザラに対し幻術を使用していたのか、何となく察したハルデリアは顔を引きつらせるピーランを冷たい視線で見つめる。


「……それ国家反逆罪なのでは……」


 一国の王に対して幻術を使用した。状況だけ切り取ればこれは立派な反逆罪に該当し国が国ならば死罪が確定してもなんらおかしくはない。


「ふふふ、あれれ……これは大問題なのでは?」


 日頃何かにつけてピーランから虐げられてきたハルデリアは、これまでの恨みを晴らすようにそう言って普段見せたことの無い邪悪な笑みを浮かべた。


「……ッ!」


 国家反逆罪や死刑がどうこうよりも、ブリザラに幻術を使用していたことが知られてしまったということの方が一大事なピーランは即座に行動へ出た。


「調子に乗るなよ……」


 冷たくそう言い放ったピーランは忍の俊敏さを生かしハルデリアの背後に回ると羽交い絞めにして動きを拘束する。


「……私が持つあらゆる術を駆使すれば、お前如き命は愚か、その存在していた記録全てをこの世から跡形も無く抹消することができるんだぞ」


 忍の性質上、密偵や暗殺は勿論、情報操作から改竄といった事務作業までこなすことが出来る。たかが一般人に毛が生えた程度のハルデリアであれば、命だけでなくその存在していたという記録まで消し去ることができると冷たい声でピーランは囁いた。


「……そうなりたくなければ、もうこれ以上このことに関して口にするな……忘れろ」


「うぐぅヴヴヴ……んんん」


 いっそ清々しいほどのピーランの直球ストレートな脅し。しかしその声色から今までのような遊びでは無くピーランが本気である事を悟ったハルデリアはその脅しに屈し力一杯頷いた。


「……ははは、ブリザラ……そう言う訳だから今の会話は忘れてくれ……いや、忘れてください」


「……?」


 何のことだか話が見えないブリザラはピーランの言葉に首を傾げた。


「……はぁぁぁぁぁ……」


 時にブリザラが持つその純粋ピュアな性質に危機感すら感じていたピーラン。だがこれほどまでにその純粋ピュアのお蔭で助かったと思ったことは無いとピーランは安堵のため息を吐いた。


「……なるほど……そういうことか」


 途中から思わぬ方向へ話が逸れていったが、そんな状況でもただ一人ずっとハルデリアの異質さについて考え続けていた精霊王はわかったというように手を叩いた。


「……何が……わかったんですか?」


 ピーランの羽交い絞めを逃れはしたが精神的に追い詰められ、げっそりとした表情のハルデリアは疲弊した声色で精霊王にそう尋ねた。


「……ハルデリアさん、あなたは『真眼』に目覚めたのかもしれません……」


 なぜハルデリアは精霊王を見てテイチと認識したのか。その理由が真実を見通すことが出来るという『真眼』にあると精霊王は告げる。


「『シンガン』って……凄腕の冒険者や戦闘職が戦いの中で発動する、あの『心眼』のこと? まさか、私だって発動できたことないのに、私の羽交い絞めすら躱せないこいつが『心眼』なんて発動できる訳が無い」


 盾士としては中の下。他の能力も取り立てて際立った所の無いハルデリアに『心眼』を発動することなど出来ないと断言するピーラン。

『心眼』とは戦いの中、研ぎ澄まされた感覚によって発動する身体強化の一種。発動すれば人に限らず、意思の疎通が取れない魔物相手であっても次の動作が何となく予測できるという、まるで時を先読みするような能力スキルである。ただし『心眼』は厳密に言えば能力スキルでは無く、ある種の状態異常に分類され限られた状況、極限状態の中でしか発動しないと言われている。発動する者の多くは熟練者や凄腕と言われる幾度もの死地を経験してきた冒険者や戦闘職の中でも一握りと言われている。


「……発音は同じですが言葉の意味と効果が違います……『真眼』とは真の姿を映す目……あらゆる事柄や概念の本質を見抜くことができます……特に神職……なるほど……」


 そこまで言ってもう一度納得したように手を叩く精霊王。


「……『真眼』は神職に携わる素質のある者が稀に発動すると言われています……」


「ええ凄いッ! ハルデリアさんッ!」


「こいつが……嘘だろ」


 精霊王から『真眼』の説明を受け、真逆の反応を見せるブリザラとピーラン。


「ぼ、僕にそんな凄い能力がある訳ないじゃないですか……あ、あはあはははは……」


 魔法使いであった時も、盾士になった時も自分がどれほどの立ち位置にいるのかハルデリアはしっかり自覚している。だからこそ魔法使いの時の反省を生かし、盾士として努力と鍛錬だけはしっかりとこなしてきた。それを認められたからこそ、ハルデリアは中級盾士へと昇格することができた。

 だがそれでも自覚している。この辺りが限界なのだと。自分がどれだけ努力と鍛錬を積み重ねても、天才には敵わない。最上級盾士の人たちのようにはなれないただの平凡であるとハルデリアはしっかりと自覚している。だからそんな自分に特殊な能力スキルなんてものが備わるはずないとハルデリアは精霊王の言葉を冗談として捉えた。


「いいえ……場所、接触、素質……その要素が揃えば可能性はあります……そしてまさに今それが揃っている……」


 自分を卑下するハルデリアを否定する精霊王。


「インギル大聖堂という聖職に携わる者たちが集うこの場所、ブリザラ様の中に存在する女神……そして元々にハルデリアさんが持っている素質……全てが噛み合ったことでハルデリアさんは『真眼』を発動した……その証拠にハルデリアさんは私の姿が皆さんとは違いテイチに見えた……」


 確かに全ての要素は揃っている。『真眼』であれば今までの行き違いの説明が付くと話を締めくくった精霊王は、困惑するハルデリアの姿を見つめながら何故か切ない表情を浮かべた。


「……私のいた世界のあなたは、私を(テイチ)として認識することが出来なかった……これは未来が変わりつつあるという証拠……本当に私のいた世界とは違う未来を辿ろうとしている……」


 切なさと悲しみの籠った視線をハルデリアとピーランへ向けた精霊王は、まるで故郷を思い出すように自分の世界、閉ざされてしまった世界のことを口にする。


「え?」「はぁ?」


 精霊王の言葉を理解できず首を傾げるハルデリアとピーラン。


「……そう今がその時なのかもしれません……役者は1人欠けてしまいましたが、私の正体を既に知っているブリザラ様が立ち会っていただければそこまで問題はありません……」


 決心したようにそう口にした精霊王は、自分の腕の中で眠るテイチを見つめた後、再びその視線をハルデリアとピーランへ向けた。


「……私の正体は精霊を統べる王、精霊王……この世界から枝分かれした未来、別の世界からやってきました」


「……」「……」


 まるで別の言語のように聞こえる精霊王の言葉に更に理解が追い付かないハルデリアとピーラン。


「そしてなぜ、ハルデリアさんには私がテイチの姿に見えているのか……それは私が元は人族の少女……テイチだからです……」


「……」「……」


 ハルデリアとピーランは理解出来ないという表情でブリザラに助けを求めた。


「うん、この人は間違い無くテイチちゃん……未来で精霊王になったテイチちゃんだよ」


 精霊王が言っていることを理解出来ず唖然茫然とするハルデリアとピーランにただ真実を告げるブリザラ。


「あ、ああああああああああああああッ!」


 ブリザラに真実を告げられた瞬間、悲鳴にも似た声を上げたハルデリアは、一歩二歩と後方へ下がると体を震わせながら膝を付いた。


「あ、ああああ……な、なんで? 今までテイチさんに見えていたのに……ぐふぅ……」


 そう言い残して膝を付いたまま突然意識を失うハルデリア。


「ハルデリアさん!」


 意識を失ったハルデリアに駆け寄るブリザラ。


「ああ、ごめんなさい……どうやらブリザラさんの言葉によって、今の私の姿を認識したハルデリアさんは、私の精威をまともに受けてしまってみたいですね」


 気絶したハルデリアへ謝罪しながら精霊王は慌てて垂れ流しになっていた精威を弱めていく。

 精霊王とは精霊を統べる王である同時に、精霊の神とも言われている。神は神威というあらゆる生物に対し畏怖を抱かせる気配を纏っている。それと同じく精霊の神である精霊王も精威というあらゆる生物に対し畏怖を抱かせる気配を纏っているのだ。

 その精威をまともに受ければ普通の人ならば即座に失神、下手をすればそのままあの世へと送迎されてしまう。当然、精神耐性も平凡であるハルデリアが精威を受けて失神しない訳が無い。


「……なるほど……だから敵意も無いのに、圧のある気配を放っていたということか」


 ハルデリアとは違い、忍の鍛錬で培った強靭的な精神耐性を持つピーランは、垂れ流される精霊王の精威に耐え続けていた。ちなみに余談ではあるがブリザラが精霊王の精威の影響を受けないのは、内包する女神と背中に背負った伝説武具ジョブシリーズ、自我を持つ伝説の盾キングによる二重の効果によるもの。更に余談を重ねるとピーランの幻術がブリザラに効かなかったのもこの効果によるものである。


「……さ、流石ですピーランさん」


 精威を物ともしない精神耐性を持つピーランを流石と褒めたたえつつ、既に人間の域を超えていると軽く引く精霊王。


「えーと、まだ信じられない所もあるし理解が追い付いてない所もあるけど、とりあえずあんたが……いいや失礼……精霊王様が別世界のテイチだってことは何となく理解した」


 理解出来ていないこと、信じられないことはまだ多いがと前置きをしつつも、ピーランは精霊王が別世界のテイチであるということだけは理解したことを伝えた。


「……けどその別の世界? ……からどうして精霊王様はこの世界にやって来たんだ?」


 そもそもこの世界の他に別の世界があることをここで初めて知ったピーランは、それ以上になぜ精霊王がこの世界へやってきたのかその目的に興味があった。


「……それは……この世界の破滅を止める為です……」


 一瞬ブリザラへ視線を向けた精霊王は、その視線をピーランへ戻すと自分がこの世界へやって来た目的を口にする。


「……破滅……」


 現在この世界は様々な脅威に晒されている。異常気象に魔物の凶暴化。果ては魔王の誕生による魔族の活性化。問題は多く確かにこのままなにもせずにいればこの世界は破滅してもおかしくないと思うピーラン。


「でも何故で自分の世界でも無い世界の破滅を止めようとわざわざ精霊王様が首を突っ込んでくる? 別に問題はないだろう?」


 こちらの世界の危機にわざわざ他の世界にいた精霊王が干渉してくる理由がピーランにはわからなかった。


「……先程も言いましたが私がいた世界は、この世界の未来だからです……そして私のいた世界は既に未来が閉じてしまった……即ち破滅した世界だからです……」


 精霊王は、自分のいた世界がこの世界と地続きになった未来であること。そして既に破滅してしまったことをピーランに説明した。


「……」「……」


 このまま何もしなければいずれやって来る未来。その未来からやって来たという精霊王の言葉だからこその重みを感じ取るブリザラとピーラン。


「……私はそんな未来を変えようと思い……いいえ、正直に言えば本当は自分の運命を変える為にこの世界へやってきました……」


 世界の破滅を変える為と言いつつも、本当は自分の未来を変える為にやって来たと正直に告白する精霊王。


「……この世界の破滅を止める為……」


 様々な犠牲を払った。それでも世界を救うことは出来なかった。残されたのは生命が死に絶えた大地。そこには人類や動物は愚か魔物や魔族すら存在しない。魂の輪廻サイクルも失われた死の世界、閉ざされた世界の片隅でただ一人生き延びてしまった精霊王は言う。


「……このテイチが精霊王にならなくてもいい未来にする為、私はこの世界にやってきたのです」


 自分が選んだ選択、自分自身すら否定するように精霊王は、今を生きるブリザラとピーランに言う。


「だからどうか……私の我儘に……テイチの未来のために力を貸してください! お願いします」


 精霊王は、自分の我儘を通す為、テイチの未来の為に今を生きるブリザラたちに助けを乞うのだった。




 ガイアスの世界


 今回ありません

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