一方的な再会
ガイアスの世界
今回ありません
一方的な再会
魔族との本格的な戦が始まって数カ月。召喚士として戦場に出た私は、王専属お付護衛の戦闘給仕と盾士という戦場では少し歪な仲間を組みサイデリー王国の斥候部隊の1つとして魔族たちの動向を追いながら、敵地潜入、時には大規模な戦闘を繰り広げていた。
けれど無限にも思える魔族の侵攻によって人類の生存地域は日ごとに少なくなり、魔王を倒す為の侵攻は愚か、魔族から拠点を奪い返すことも困難な状況にあった。
昨日まで共に行動していた他の部隊が次の日には全滅するという状況に、次は自分の番なのではないかと、恐怖する者。覚悟を決める者。その思いは人それぞれ。ただし人類の心には平等に絶望という二文字が刻みつけられていた。
後が無い人類。その状況を好転させる為、サイデリー王は最後の賭けに出ることを決断する。それが魔族の本拠地であり魔王がいる魔王城への少人数侵攻。直接指揮をとるサイデリー王を中心に、各地から集まった凄腕と呼ばれる戦闘職や冒険者と共に直接魔王城にいる魔王を叩くという作戦だった。
― ムウラガ大陸 魔王城付近 ―
作戦が開始され数日。ムウラガ大陸に上陸したサイデリー王を含む戦闘職や冒険者による混戦部隊は、奇跡のような戦果を挙げていた。それは一重にサイデリー王による指揮と守りに特化した力によるものが大きい。しかし今思えばこれは魔王からの誘いだったのではないかと思う。それは罠とも違う、魔王とサイデリー王による個人的な想いからくるものだったのかもしれない。
そしてその日はきた。単独で魔王城へ先行したサイデリー王を追っていた私たちの前に現れる魔族。まるで魔王とサイデリー王の邂逅の邪魔はさせないというように現れた魔族たちの攻撃は容赦なく私たちの体力を奪っていった。
「くぅ……私のことはいいッ! お前は先に行けッ そして王の……ブリザラの剣になれッ!」
人の心を鼓舞するような芯の通った戦闘給仕である彼女の声が荒れ果てた荒野に響く。
「で、でもッ!」
けれど私は動けない。傷ついた体を押して戦う彼女を置いて私は先へ進むことが出来ない。
「いいから行ってください! 今の王には……ブリザラ様には……あなたの力が必要だッ!」
既に武器であり身を守る防具でもある盾が半壊して尚、襲いかかってくる魔族たちを蹴散らす盾士の彼が行けという。最前線で魔王と戦うサイデリー王国の王、ブリザラ=デイルの力になれ、剣になれと私に言う2人。私がブリザラ様の剣というのは、比喩でもなければ己惚れでもない事実だった。
基本的に防衛を得意としているサイデリー王国には敵を倒すという火力が不足している。それが敵陣への侵攻作戦ともなれば尚のこと火力が足りないのは明らかだ。だからこそ、各地から凄腕と呼ばれる冒険者や戦闘職を集め火力の底上げをした。けれどその火力を持ってしても、今私が内包する力には及ばない。召喚士として水の上位精霊と契約を交している私を上回る火力を持つ者は存在しなかった。だからこそ2人は私にサイデリー王の剣となれと言ったのだ。
「……お前なら出来る……だから自分に自信を持てッ!」
本当は誰よりも自分が王の下へ向かいたいはずなのに、彼女は己の任務を全うする為に、未だ覚悟が決まらない私にその役目を譲りそう鼓舞した。
「大丈夫、あなたなら出来ますッ!」
彼は今でも自分が何故、こんな重要な立ち位置にいるのか理解できていないとぼやいていた。けれど大切なものを守るという点に置いて誰より真摯に、そして誠実である彼のそんな所をサイデリー王含め皆が認めていた。そんな彼が私なら出来ると言う。
「……」
彼女や彼のその言葉に心を奮起させ前へと進むのが本当は正解なのだろう。でも理想と現実は違う。ここまで言われても尚、私の心は迷い戸惑っていた。
「……もう振り返るな、私たちに構わず前だけ見ろッ! ブリザラを信じて前へ進めテイチッ!」
魔族たちによる一斉攻撃が彼女と彼を穿つ。
「うぐぅぅぅあああああああああああ!」
力無く荒野に倒れて尚、何かを守ろうとする意思だけで魔族たちの行動を妨害し続ける彼。
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
既に立っていることが不思議な状態にあるにも関わらず、それでも立ち続け一体でも道連れにしようとする彼女。
彼と彼女の断末魔の叫びがムウラガ大陸の荒れ果てた荒野、戦場に響き渡る。
「うぅぅっ!」
それが私の聞いた彼と彼女の最期の声だった。
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
不気味なほど静まり返ったインギル大聖堂。魔王城へ飛んだブリザラとサンタクロースを見送った直後、突然自分の居る広間へ続く扉の前が騒がしくなった精霊王は、何事かと視線を扉へ向けた。するとその直後、勢いよくその扉が開け放たれた。
「……ッ!」
そこには背中を蹴られ体勢を崩しながら広間へ入ってきた若い盾士と、その盾士の背中を蹴りつけた給仕の姿があった。
「……ッ!」
突然現れた若い盾士と給仕の姿に、一瞬精霊王の心が揺れ動く。その何者たちが何者であるか精霊王は知っていたからだ。だがそれはあくまで精霊王が一方的に知っているというだけ。精霊王が存在する世界での話である。
「……どなたですか?」
揺れ動く心を落ち着かせ動揺を無表情、無感情で覆い隠し、精霊王は無難な言葉で状況の整合性を計った。
「……私たちはこのインギル大聖堂へ視察に来られたブリザラ王の護衛とお付です」
精霊王を見た給仕は一瞬にして警戒心を高める。護衛である盾士を差し置いてそう発言する給仕。上手く隠しているつもりのようだが精霊王には通用しない。給仕から漂う気配は明らかに素人のそれでは無く、戦いに身を置く者の気配。そんな不均衡な気配を持つ給仕を一方的に懐かしく思う精霊王はその感情が過ぎ去りし過去のものなのだと心の奥で疼く痛みを更に奥へと押し込んだ。
「なるほど……」
この場に彼女たちが現れることを予期していなかった精霊王は、給仕の話を聞き、サイデリー王の護衛とお付なのだから当然かと納得し頷いた。
「……こちらも任務の性質上申し訳ありませんがおたずねします……あなたは何者ですか?」
初見にみせた僅かな動揺が嘘のように己の心を制御し対峙する精霊王への警戒を強くした給仕は、本来であれば王の護衛である盾士が率先して行わなければならない素性確認を精霊王に対し行った。
「……私……ですか?」
さてどうしたものかと思考を始める精霊王。今正直に自分の素性を話せば、彼女たちに不要な混乱を与えることになる。場合によっては嘘だと疑われ敵対される可能性もあり得る。当然敵対することを精霊王は望んではいない。できればこのまま自分の素性を話すことなく終わるのが最良。自分の素性を話すにしても、現状を理解しているブリザラやこの世界へ送り込んでくれたサンタクロースがいてくれることが好ましいし思う精霊王。
「……さっきから2人とも他人行儀ですね……何かの作戦ですか?」
しかし良好な状況を作り出そうと思考していた精霊王の苦労は、1人の男、盾士のこのトンチキな発言によって無に帰すこととなった。
「はぁ?」「はぁ?」
思わず精霊王と給仕の口から同時に疑問の声が漏れる。しかし精霊王と給仕が盾士に抱いた疑問の意味は違う。
「他人行儀って……どういうこと……ですか?」
普段、盾士に対し粗野な態度で接している給仕は他人がいる手前、それを隠し丁寧な口調で自分が抱いた疑問を言葉にした。
他人行儀とは、他人と接する時のようによそよそしく振る舞うさまのこと。給仕からすれば出会って間もない精霊王は他人以外の何ものでも無く、他人行儀という言葉をこの場で使った盾士に違和感を抱いていた。
「……どういうことって……言葉の通りですけど……」
給仕が何を気にしているのかさっぱりわからない盾士は、何か変なこと言いましたかと言葉を続けながら首を傾げた。
「……」
そんな2人のやり取りに再び懐かしさを抱きつつも、特に盾士の方を見つめながら精霊王は思考する。
(まさか……彼は私が何者であるか気付いているのか……いや、それはおかしい……既に人としての生を終え、精霊として変質した私に気付けるはずが無い)
人としての生を終え、精霊として生まれ変わった精霊王。人であった頃の記憶を持ちつつも姿形、魂にいたるまで精霊として変質した精霊王の正体を初見で言い当てられるものはいない。よって盾士が精霊王の正体に気付くことは本来有り得ないのである。
「え? まさかピーランさん気付いてないんですか?」
普段何かにつけて給仕に虐げられている盾士は、ここぞとばかりに勝ち誇ったような表情を王直属お付兼護衛の戦闘給仕ピーランへ向ける。
「……ハルデリア……さん……お調子に乗っておられるのはいけないと……思いますわ」
精霊王の手前、本性をさらけ出すことが出来ないピーランは、顔を引きつらせながら盾士ハルデリアへ警告した。
「うーん……確かにインギル大聖堂前で別れた時とは着ている服も違うし雰囲気もなんか凄く大人な女性に見えますけど、彼女は間違い無くテイチさんですよ」
ピーランの警告を無視し乗りに乗り切った調子のハルデリアは、精霊王を指さしてテイチだと断言する。
「……」
盾士のその言葉に精霊王へゆっくりと視線を向けるピーラン。
「……」
見つめてくるピーランを何とも言えない表情で見つめ返す精霊王。
「テイチさんのその変装って召喚士の術の1つだったりするんですか、凄いなぁ!」
その姿が変装であると疑わない盾士は尊敬の眼差しを精霊王へと向ける。
「そ、そんな訳あるかッ! 馬鹿野郎がッ!」
精霊王を前にしているというのに、いい加減我慢の限界を迎えたピーランは思わず本性を現しハルデリアを怒鳴りつけた。
「……なぁハルデリアさんよ……よーく見ろよ……」
「痛ッ! 痛たたたたたたッ!」
輩の如き言葉使いでハルデリアの頭部を鷲掴みにしたピーランは無理矢理ハルデリアの視線を精霊王へ向ける。
「……どう考えてもまだ年端もいかないテイチがこんな……ボン、キュ、ボンな色気のある……あッ」
そこまで言って精霊王の前だということと自分の失言に気付くピーランは、しまったと顔を引きつらせた。
「……ピーランさん、いくら同性でもそういうことは思っても言っちゃダメだと思いますよ」
全く的外れなことを言いながらハルデリアも精霊王の体を凝視する。
「ヒィ!」
自分の体を舐め回すように凝視するピーランとハルデリアの視線に、精霊になって以来感じることの無かった羞恥心を思い出した精霊王は思わず小さな悲鳴を上げながら両腕で自分の体を隠した。
「ふ、2人とも最低ですッ!」
思わず人であった時のような感覚で叫んでしまった精霊王は、神の鉄槌ならぬ、精霊王の鉄槌を2人の頭上に落とした。
「うおッ!」「うわぁぁぁぁぁ!」
羞恥の心から思わず精霊王が放ってしまった一撃をピーランは間一髪で避け、ハルデリアは情けない悲鳴を上げながら背負っていた盾で防いだ。
「……」「……」「……」
思わず力を見せ攻撃してしまった精霊王とそれを回避し防いだピーランとハルデリア。3人の間には一触即発とでも言うような只ならぬ空気が流れ始める。
「ただいまぁ……て、あれ? 2人とも来てたんだッ!」
そんなくだらなすぎる理由から敵対不可避な状況に陥ってしまった3人を救ったのは、魔王城から帰還した全く状況を理解していないサイデリー王国の王ブリザラだった。
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