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護衛給仕と気弱な盾士

 ガイアスの世界


 今回ありません。




 護衛給仕と気弱な盾士




『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス




 ― 数十分前 インギル大聖堂突入直後―




 一年の殆どが雪や氷に閉ざされたフルド山。その頂上に建てられたインギル大聖堂内には僧侶プリーストたちが寝食を共にする寄宿舎がある。基本的に学ぶ場所と生活する場所は別の建物であることの方が多いが、インギル大聖堂は学ぶ場所、生活する場所も同じ建物の中で行われる。

 これはフルド山が夏場以外、厳しい環境なため僧侶プリーストたちが出来るだけ大聖堂の外に出なくても活動できるよう配慮された作りになっているため。これによって僧侶プリーストたちは、無暗に外にでる事無く聖職の修練と日常生活を大聖堂内だけで完結することができるのである。

 そんなインギル大聖堂には各地から聖職を学びに僧侶プリーストたちが集まって来る。その数は年間で百人を越えることもある。

 百人を越える僧侶プリーストたちが聖職を学び生活をおくる大聖堂の規模は、当然ではあるが大きく広い。大小ある部屋の数だけで言えば下手な小国の城よりも多いと言われている。

 だが今、百人を越える僧侶プリーストたちが学び生活をおくっているはずのインギル大聖堂は、何故か不気味な程に静まり返っていた。


(……おかしい……)


 インギル大聖堂全体を包む不気味な静けさに違和感を抱く給仕メイドがいた。聖堂内を進む給仕メイドの正体は、サイデリー王国の王専属のお付兼護衛役にして親友であり、失恋を経験したばかりのピーランだった。

 黒いロングスカートという昨今の流行から逸れた給仕メイド服を身に纏うピーランは、一見動き難そうと思える。しかしそこは忍。まるで自分の一部のように黒いロングスカートの軌道を操りながらピーランは己の気配を殺し大聖堂内を進んで行く。


(……抜き打ちとは言え一国の王の訪問にも関わらず、全く人の気配がしないとはどういうことだ?)


 サイデリー王国の領地内にあるフルド山。当然フルド山の山頂にあるインギル大聖堂はサイデリー王国の一部ということになる。普通領地主である一国の王が来訪すれば例え抜き打ちであろうと来訪された側は、王を出迎えなければならない。

 他国に比べそう言った礼儀作法が軽いとされるサイデリー王国だとしても、インギル大聖堂の関係者は領地主であるサイデリー王国の王を出迎えるはず。そう考えたサイデリー王国の王ブリザラは自分を囮にして、騒ぎになっている間にピーランをインギル大聖堂へ侵入させる策を打った。なぜそんな策を打ってまでブリザラがピーランをインギル大聖堂へ潜入させたのか。それは現当主を含めたインギル一族全体に不審な動き、『闇』の気配が確認されたからだ。

 インギル一族と『闇』の関係に繋がる証拠を見つける為、ブリザラは自分を囮にして隠密に特化した技術を持つピーランをインギル大聖堂に潜入させたのである。


 しかし蓋を開けてみればブリザラの策は不発に終わった。いや策を打つ必要も無かったと言うべきか。大聖堂内には現当主及びインギル一族の姿は愚か、僧侶プリーストたちの姿も無かったのだ。


(……何か引っかかる、だが探し物をするには適した状況ではある……もしこれが罠だとしても探索は続行)


 全く変化の無いインギル大聖堂の雰囲気に違和感を強くするものの、逆にこれを好機チャンスと捉えたピーランはこれが罠である可能性も視野に入れながら慎重に大聖堂内を探って行った。


「……あらかた調べたが、それらしい証拠は1つも出てこなかったな……後は広間と当主の執務室だけか……」


 インギル大聖堂潜入から数十分。全三階、百数十の部屋で構成されている大聖堂の三階と二階の探索を終えたピーランは、一階へと続く階段を下り始めた。


「イヤぁァァァァァァァぁ!」


 今まで不気味なほどに静まり返っていた大聖堂内に突然響き渡る悲鳴。


「……この悲鳴……テイチか……ブリザラの身に何かあったのか」


 ピーランがインギル大聖堂へ潜入している間、ブリザラの護衛はテイチがすることになっていた。才能ある召喚士であり、その実力はピーランも認めている。そんな実力のあるテイチの身に何かが起ったということは、その近くにいるだろうブリザラの身にも危険が迫っているということ。そう結論付けたピーランは、脊髄反射の如く護衛対象であるブリザラの下へ向け走り出した。

 階段を下るのではなく、階段と階段の間にある隙間から一気に一階へと飛び降りるピーラン。一切音の立たない着地を決め、着地による硬直を無視するように、ピーランはテイチの悲鳴が聞こえた方向へと向かう。


(……ここか……)


 テイチの悲鳴を辿りピーランが辿りついたのは、まだ探索していない広間へと続く扉の前だった。


(……よしッ!)


 己の気配を限りなく殺し扉へ張り付き耳を近づけ中の様子を伺うピーラン。


(……人の気配がある……1人はブリザラ……だが、あとは何だ?)


 体に叩きこんだ護衛対象であるブリザラの気配を即座に察知するピーラン。だがブリザラ以外に感じる他の気配にピーランの表情が強張った。


(……体が……動かない……)


 突然体が動かなくなるピーラン。


(扉の先にいる何かに私は恐怖している……のか)


 扉を挟んで感じる何かの気配に恐怖しているのだと自分に起きていることを冷静に分析するピーラン。


(……いや、違う……扉の向こうの気配からは……嫌な感じはしない……)


 咄嗟に恐怖と位置付けた自分の感情をピーランは修正していく。


「ピーランさんッ!」


 するとピーランの背後から彼女の名を呼ぶ声がした。


「……ッ」


 僅かな苛立ちを感じながらピーランは聞き覚えのあるその声がする背後へ振り返った。


「……ハルデリア……」


 意識は扉の奥から感じる気配へ向けたまま自分の名を呼んだ男の名を口にするピーラン。


「お前は外で待機のはずだろう、何故ここに来た?」


 ブリザラからインギル大聖堂の外で待機を命じられていたはずのハルデリアが何故ここにいるのかピーランは尋ねた。


「いや……その、悲鳴が聞こえたので……」


 吹雪いてはいなかったもののそれでも凍えるような寒さのフルド山の山頂でブリザラの命令を忠実に守りインギル大聖堂の外で待機していたハルデリアは、大聖堂内から聞こえた悲鳴を聞いてと、ここへやって来た経緯をピーランに説明した。


「……あの悲鳴……召喚士のテイチさん……ですよね」


 大聖堂内から響き渡った悲鳴がテイチのものか確かめるようにハルデリアはピーランに尋ねた。


「ああ……」


 静かにハルデリアの問に頷くピーラン。


「……テイチさんの悲鳴がしたのって……この奥……ですよね……なんで突入しないんですか?」


 扉に張り付き強張った表情を浮かべるピーランに何故突入しないのかとハルデリアは全く悪気なく尋ねた。


「お前……この奥から何も感じないのかのか?」


 扉の奥から感じる気配に全く動じていないのか、それともただ感じ取れないだけなのか。兎に角、能天気な表情をしているハルデリアにピーランは驚いた表情を浮かべていた。


「……え? いや、特には……」


 ピーランの言っていることが理解できないといった表情で首を横に振るハルデリア。


「そうか……」


 ハルデリアの言葉に対して俯きながら静かにそう答えたピーランは、ゆっくりと扉から離れた。


「こんな奴に私が後れを取るとは……」


 ハルデリアには聞こえないほどの小さな声でそう呟くピーラン。


「ハルデリア……扉の前に立って盾を構えろ」


「え、えええな、なんですか急に?」


 ピーランからの突然の命令に困惑するハルデリア。


「いいから立って構えろ」


 いつの間にかハルデリアの背後に立つピーランは、鋭い眼光で睨みつけるとドスを聞かせた声でもう一度命令する。


「は、はい、わかりましたッ……わかりましたよッ……はぁ……もうッ……何でこの人は僕に対して当たりが強いんだろ」


 

 ピーランの圧に気圧され言われるがまま扉の前に立ち盾を構えたハルデリアは、消え入るような声で愚痴を零した。


「それはな……お前が気に食わないからだッ!」


 消え入るようなハルデリアの愚痴を聞き逃さなかったピーランは、私的過ぎる事情を口にしながらハルデリアの背中を蹴った。


「うわっ!」


 ピーランに背中を蹴られ前に押し出されたハルデリアはその反動で扉を開けてしまった。


「さあ、蛇が出るか鬼がでるか……」


 開いた扉の先、自分を恐怖させた存在の正体を暴こうとピーランは文字通りハルデリアを盾にしながら広間に視線を向ける。


「……」


 そこにブリザラの姿は無かった。悲鳴を上げたテイチの姿も無い。ただ1人、ピーランとハルデリアを懐かしそうに見つめる1人の女性が立っているだけだった。



 ガイアスの世界


 今回ありません。

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