悲しい願い
ガイアスの世界
今回ありません
悲しい願い
気付けば太陽は沈み、町には夜が広がる。昼とは違う顔を見せる町の中、町灯りが届かない暗闇の広がる路地裏で青年は、自分に笑顔を向ける少女を見つめ続けていた。
「……」
少女に対して抱くもの。心に沸き立つ何か。それは今まで殺すか殺さないかという殺戮機械だった青年が感じる初めての感情。だが初めて故に青年は少女から感じるその感情をどうすればいいのかわからず戸惑っていた。
「……私はこれから新たな世界を創造します」
沈みかけていた太陽が完全に沈み切るほどの長い沈黙の時間。その長い沈黙を打ち破り少女は言う。
「……世界を……創造……」
その言葉はあまりにも現実からかけ離れた内容であり、常人ならば鼻で笑うような戯言でしかない。しかし青年には少女のその言葉が非現実とも戯言とも思えなかった。
「……だから私について来てくれませんか? 私に力を貸してください」
青年に対し一切の説明も無いまま、少女はそう言いながら手を差し出した。
「……」
少女に対し得体が知れないと戸惑いが更に深まる青年。少女の言葉は容赦無く青年の心をかき乱してくる。それも青年にとっては初めてのことだった。
殺戮機械として生きてきた青年は、これまで幾度も得体の知れない気配を持つ人間と対峙してきた。その中にはそれこそ言葉巧みに心をかき乱して隙を伺ってくる人間が何人もいた。しかしそもそもかき乱される心を持たなかった青年は、そんな人間たちを容赦なく葬ってきた。そんな心を持たないはずの青年の心がかき乱されている。
目の前の少女が持つ気配や言動は、今まで青年が対峙してきたどの人間とも違う。それは安い言葉で言えば魅了なのだろう。少女には今まで人と呼べるような暮らしをしてこなかった青年の心すら魅了してしまう魅力があった。
「……駄目だッ!」
差し出された少女の手を一度はとろうとした青年。しかし青年は差し出された少女の手を拒む。
「なぜ?」
短く問う少女。
「わからない……でも俺の手は血で真っ赤だ、穢れている……お前の手を汚したくない……穢したくない……そう思った」
少女に対して自分の心にあるものが何なのか未だ理解出来ない青年は、汚したくないとう想いを口にする。
「……っ!」
普段の青年ならば絶対に見せない隙。その隙を見逃さなかった少女は青年の手を優しく掴んだ。
「……そんなことは無い……私だって汚れている」
少女は青年の言葉を優しく否定する。
「……この世界に穢れていないものなどいない……」
少女から発せられた言葉には強い意思が感じられる。だがまるでこの世界は自分の居場所では無いとでも言いたげに少女の顔は悲しみにも満ちていた。
「……」
一切穢れの無い無垢な笑顔を自分に向けてきたお前がそれを言うのかと言いかけた青年の口が固まる。
「……そうか……お前も……」
それは自分の居場所が無い世界で生き抜くために心を壊し捨てた青年が、初めて他人の心に触れた瞬間だった。
「……私は優しい世界が見たい……だから私は世界を創造する……」
目の前の少女ですら居場所の無い世界。そんな世界は必要無い。優しく自分の手を握る少女の手の暖かさ。少しでも力をこめれば壊れてしまうと思う程に華奢な少女の手を青年は優しく細心の注意を払いながら握り返した。
「……わかった」
少女の夢を。少女の願いを。少女の笑顔を。例えこの手が血にまみれていようとも、少女を襲う穢れを振り払い、その笑顔を守ることこそが、自分の使命、居場所だということに気付いた青年はその思いを噛みしめるように頷いた。
それは遠い過去、まだ何者でも無い青年と少女の2人が出会った始まりの記憶であり、そしてこれは別の物語。
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
― インギル大聖堂 ―
「……」「……」
自分が元人間であるとブリザラと精霊王に打ち明けたサンタクロースは、当然その真実に驚いたことだろうと期待を乗せた眼差しを2人に向けた。
「……?」
しかし2人からは何の反応も返ってこない。
「……えぇぇ?」
期待していたものとは程遠いブリザラと精霊王の反応に狼狽えるサンタクロース。
「……人間、君たちと同じ人間だよ?」
どうにか自分の予想の半分、いや僅かでも驚いた反応を2人から引き出したいサンタクロースは、自分が元人間であることをブリザラと精霊王に強調する。
「……」「……」
しかしサンタクロースの訴えも空しく、少し困ったような表情でお互いの顔を見つめ合うブリザラと精霊王。
「……その、なんというか……」
申し訳なさそうな様子で最初にそう口を開いたのは精霊王。
「……何となく、そうなんじゃないかと……思っていました」
ブリザラが精霊王の言葉に続く。
「何となく……だと……」
何となく元人間なのではないかと勘付いていたというブリザラと精霊王に、それは何故という表情を向けるサンタクロース。
「まさにそう言う所……感情が豊かというか……私たち以上に人間だなって思いますね」
サンタクロースの感情豊かなその表情を例にあげながら元人間ではないかと思った所を指摘するブリザラ。
「ですね、サンタクロース様は自分が思っている以上に人間臭い所がありますから」
ブリザラの指摘を人間臭いと一言で締めくくる精霊王。
「……人間臭い……か」
精霊王の言葉に何か感じるものがあったのか、遠い場所へ視線を向け思いにふけるサンタクロース。
「……人間の頃は、自分から一番かけ離れた言葉だと思っていたよ……」
遠い過去、まだ何者でも無かった頃。ただ命を刈り取る殺戮兵器だった自分を思い出しながらサンタクロースはその視線を2人へ戻した。
「……悪いどうにも真面目な話をするっていうのは苦手でふざけてしまう……話を本題へ戻そう……」
茶番は終わりというように脱線した会話を修正するサンタクロース。その表情は何か覚悟を決めたという強い意思があった。
「……俺が何を言いたいのか……それは俺が元人間であるように、女神も元人間であるということ」
「……女神が……元人間」
この世界を創造したとされる女神。その正体が元人間だという真実に驚愕するブリザラと精霊王。
「……」
驚く2人を何処か納得できないという表情で見つめるサンタクロース。
「……ま、まあ、俺たち神もお嬢ちゃんたち人間とそこまで代わりないということだ……強大な力を抱えてはいるが、その実、精神構造はお嬢ちゃんたち人間と殆ど変わらない……いやむしろお嬢ちゃんたちよりも心は弱いと言っていい……」
神が持つ力は別として自分たち神々とブリザラたち人間との間にそこまでの違いは無いと言うサンタクロースは、そこで一拍間を取った。
「……だから女神は、心の隙を突かれた……望む世界を創造することが出来ず疲弊した心を負の感情につけこまれ破壊の女神へと堕ちた」
世界を創造し続けた女神の成れの果て。創造の女神が負の感情に屈し破壊の女神へと堕ちた理由をブリザラたちに打ち明けるサンタクロース。
「……ッ!」
ブリザラには疑問があった。なぜ女神という存在でありながら、人間のようにその心が負の感情に呑まれたのか。今その疑問はサンタクロースの言葉によって解消された。
女神は元人間だったからだ。人間性があったからこそ女神は心に生まれた隙を負の感情に突かれその身を破壊の女神へと堕すことになったのだと。
「……女神は……いや、彼女は俺にとって大切な存在だと言うことは認める……」
ブリザラがサンタクロースへ抱いた疑いや不信感。その感覚が間違ったものでは無いことを自らの気持ちを打ち明けることで証明するサンタクロース。
(きゃぁぁぁぁぁぁ!)
だがサンタクロースに対し疑いや不信感を抱いていたはずのブリザラの今の心中は別のことで穏やかではいられない。
(い、今のって愛の告白……)
(……そうでしょう)
真面目な表情でサンタクロースの話を聞きつつも、その心中では乙女心を爆発させるブリザラはその思いを隣に立つ精霊王と目配せで共有していた。
「……だがこれだけは信じて欲しい……彼女はただ優しい世界を創造したかっただけなんだ……俺はそんな彼女の心に惹かれた……」
ブリザラたちが心中でそんなことを考えているなど知る由も無いサンタクロースは、真剣な表情で女神についての想いを語る。
「……だから嬢ちゃん……いや、ブリザラ=デイル」
「……ッ!」
サンタクロースに名を呼ばれた瞬間、何故かブリザラの心に異様な不安が広がって行く。
「……どうか頼む、俺の命を、俺の全てを使って彼女を止めてくれ」
「……ッ!」
更に一段真剣になったサンタクロースのその言葉に、今まで浮かれていたブリザラの心が一瞬にして凍りついた。
(……ッ)
自分の浅はかさがサンタクロースの想いを穢したことに気付いたブリザラはそんな自分を恥じた。
「……彼女を……負の感情に堕ちた女神を楽にしてやってくれ」
それはあまりにも悲しい願い。想い人を襲う穢れを振り払う事も、その笑顔をも守ることもできず自分の力ではどうする事も出来ない事を悟った神の、いや居場所を失った1人の男が辿りついた決断、覚悟だった。
ガイアスの世界
今回ありません




