夕暮れに見た笑顔
ガイアスの世界
今回ありません
夕暮れに見た笑顔
ある日の夕暮れ。オレンジ色に染まった太陽が沈み始め、周囲が徐々に夜に満たされていく。それを食い止めるとでもいうように、町の各所には白い灯りが点き始め夜の侵攻を防いでいく。そんな昼と夜の狭間の中、青年は少女と出会った。
人気の無い路地裏に佇む青年。傍から見れば怪しく危険な雰囲気を漂わせる青年の前に現れた少女は何の躊躇も無く笑みを向けた。まだ穢れを知らない無垢な笑み。両手を血に染めていた青年が決して触れてはならない、穢してはならない存在。
しかしそれでも少女は青年へ笑みを向ける。青年の罪を知って尚、少女は微笑み続ける。それは青年のこれまでの行動を肯定する訳でも、否定する訳でも無い。ただ寄り添うだけの笑み。しかしそれでよかった。人に裏切られ、人を傷つけ己を傷つけ続けてきた青年にとってはそれが有難かった。この時、既に壊れていた青年の心は少女のその笑みによって救われたのだ。
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
「……」
警戒心が解け心からの笑みを自分へ向けるブリザラに言葉を失うサンタクロース。だがサンタクロースが言葉を失ったのは、警戒心を解いたブリザラの理由が強引過ぎたからという訳では無い。ブリザラが自分に向けた笑顔が遠い日の記憶を呼び起こさせたからだ。
「……ッ」
夕陽に染まる町。その片隅で出会った少女。その少女が向ける穢れの無い無垢な笑顔。それは神のものでは無く、サンタクロースがまだ何者でも無かった、まだ何も始まっていない頃の記憶。
膨大な時を過ごして来た影響からなのか、今の今までサンタクロースはその記憶を忘れていた。懐かしいと思う以上に、なぜ忘れていたのかと疑問に思う程、少女との記憶は決して忘れてはならない大切なものだった。
「……どうしましたか?」
突如として思い出した記憶に浸り上の空であるサンタクロースへ首を傾げながら声をかけるブリザラ。
「あ……うん……いや、その…………」
ブリザラに対してまるで思春期の少年のような青臭い動揺を晒すサンタクロース。
(ッッッ!)
遠いあの頃の自分が抱いていた感情に気持ちが引っ張られているのか、その青臭い反応に思わずサンタクロースは両手で赤く染まった顔を覆った。
「……オオオオオホンッ! ……悪い、少し呆けていた」
既に己の中からは消滅したと思っていた淡い想い。酷く青臭い制御困難なその想いをどうにか押さえつけ、神という今の自分の中に仕舞い込んだサンタクロースは、自分の醜態をブリザラに気取られないようわざとらしい咳払いで誤魔化すと何事もなかったようにそう答えた。
「……そ、そうですか」
突然幼くなったかと思えば顔を真っ赤にし、手で顔を覆ったかと思えば冷静になる。あまりにも情緒不安定なサンタクロースのその態度に困惑した表情を浮かべるブリザラ。
「あらあらまあまあ……」
ブリザラとは対照的に、コロコロと表情を変える情緒不安定なサンタクロースの態度から何かを察した精霊王は、息子の秘めたる想いに気付いた母親のような様子でにニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「そこッ! ニヤニヤしないッ!」
すかさず精霊王の態度を厳重注意するサンタクロース。
「いつもながらお前のそう言う態度がだな……」
「……あ、あの……もう問題が無いのなら、テイチちゃんたちのことが気になるので……見てもいいですか?」
今は話しかける空気じゃないと理解しつつもどうしても精霊たちが映し出すテイチたちの動向が気になるブリザラは、精霊王への厳重注意が小言へと変わったサンタクロースに恐る恐る声をかけた。
「……駄目だッ!」
精霊王への小言を途中で切り上げたサンタクロースは、ブリザラの願いをバッサリと却下すると突然指を鳴らす。
「……時を停めた……」
その瞬間、周囲の雰囲気が変わる。
「え?」
何の脈略も無いサンタクロースの言葉に理解が追い付いていないブリザラ。
「……見てみろ」
状況を把握できていないブリザラにサンタクロースは、そう言いながら鳴らした指をインギル大聖堂の窓へと向ける。
「……ッ!」
誘導されるようにサンタクロースの指が指し示す方向、インギル大聖堂の窓の外へ視線を向けたブリザラ。そこには本来ならば有り得ない光景が広がっていた。
「雪が……浮いている」
空から降ってくる雪がその動きを停め浮いている。そんな有り得ない光景を前に唖然とするブリザラ。
「……こっちも見てみろ」
サンタクロースは時を停めたという事実を更に証明しようと今度は精霊たちが実時間で送って来る光景にブリザラを誘導する。
「ッ!」
サンタクロースに言われるがまま、精霊たちが実時間で見せる光景に視線を向けたブリザラ。そこには、まさに今から魔王へ殴りかかろうとする姿のまま動かないテイチの姿が映し出されていた。
「全く持って今更だが、俺は時の神、時間を停めることは簡単に出来る……今は俺達以外の全ての時間を停めた」
「……す、すごい」
それはまさに時を司る神だからこそ出来る時間という理を無視した荒業。自分たち以外の時間を停めたというサンタクロースのその言葉にブリザラはただ驚くことしか出来ない。
「俺に対する疑いを晴らす為、お嬢ちゃんが抱いていた警戒心を解く為、膝を合わせての話し合いをお嬢ちゃんに持ちかけた訳だが実は、本題は別にある」
元々は女神と同じ存在である自分にブリザラが抱いていた疑いや警戒心を解く為にサンタクロースが持ちかけた話し合い。しかし本題は別にあるとサンタクロースは言う。
「……俺が時を停められるのは十分……この限られた時間でお嬢ちゃんにはこれから俺や女神の話……神々についての話を聞いてもらう……」
そう言いながらサンタクロースはブリザラへ座るよう手招きした。
「は、はい……」
時間を停めるという荒業によって、気になっていたテイチたちの動向から一旦気持ちを外すことが出来たブリザラは戸惑いつつも、サンタクロースの話を聞こうとその場に座り込んだ。
「……」
ブリザラに続き、少し離れた所に座る精霊王。
「……よし、それじゃ……始めるぞ」
ブリザラが自分の前に座ったことを確認したサンタクロースは、一拍置いてからゆっくりと口を開く。
「……俺は元人間だ」
幾億の時を過ごしてきた時と空間を司る神が語る真実。それはサンタクロースが元々は何者であったのかという、神々の始まりの話であった。
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