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素顔

 ガイアスの世界


 今回はありません


 素顔



『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス



― 数分前 フルード大陸 インギル大聖堂 ―




「お願い帰って来てきてテイチッ!」 


 上位精霊たちの制止を振り切ったブリザラは、必至で意識の無いテイチへ呼びかけ続けていた。


「……ウルディネはテイチを家族だと思っている、大切な存在だと思っている! そんなウルディネさんがテイチちゃんの命と引き換えに助かりたいなんて絶対に思うはずがない! 精霊王になって欲しいだなんて思うはずがないッ!」


 テイチが精霊王になった時、それは人としてのテイチが死ぬことと同義。果たしてテイチを見守り続けてきたウルディネがそれを許すのか。否。この場にいれば絶対にウルディネはテイチが精霊王になることを否定する。そう確信しまるでウルディネの思いを代弁するように意識の無いテイチをこちら側へ呼び戻そうと話しかけ続けるブリザラの両目が深紅に染まって行く。


「……ねぇあれって……」


 テイチの下へ駆け寄り呼びかけるブリザラの姿を眺めていた風を司る上位精霊シルフィは、そのブリザラの変化に気付くと、僅かに引きつらせた笑みを浮かべながら隣に立つ火を司る上位精霊インフルードへ声をかけた。


「……う、うむ、これは……」


 同じくブリザラの変化を感じ取っていたインフルードは、戸惑った表情でシルフィの言葉に同意し頷いた。


「……これは女神の気配だな」


 シルフィとインフルードの話を聞いていた土を司る上位精霊ノムは流石年長者というように表情を変えず、ブリザラに起っている状態を淡々と2体へ説明した。


「……な、なるほど……」


 普段どんな状況でも楽観的に考え楽しむことを信条にしているシルフィ。しかし女神という言葉をノムから聞いた途端、シルフィの表情から完全に笑顔が消えて声が上ずる。


「……」


 同じく女神という言葉を聞いたインフルードは沈黙し体から立ち上る炎が警戒するように逆立った。


「……女神に対して思う所があるのは理解しているが、あの人の子の王から発せられる女神の気配をよく感じ取ってみろ」


 過去に女神と何やら因縁がある様子のシルフィとインフルード。明らかに女神という存在に恐怖や嫌悪と言った感情を抱く2体に対してその気配を感じ取ってみろと苦行のような事を言いだすノム。


「……あれ?」「ん?」


 しかしノムに言われるがまま、ブリザラから発せられている女神の気配を今一度感じ取ったシルフィとインフルードは首を傾げてしまった。


「……なんだろう、前にあった時みたいな気分の悪さがないな……なんか凄く甘えたい、膝枕して欲しい感じ……」


 自分の中に沸き立つ新たな感覚をこれぞ彼らしいという例えで言い表すシルフィ。


「うむ……俺も以前会った時は近づかれればやられると身構えたものだが……今は……主として首を垂れて仕えてもいいかもと思ってしまう……」


 シルフィに対抗しているのか、それとも単なる天然なのか、武人気質なインフルードは女神の気配から抱いた印象そう例えた。つまるところ、以前抱いていた印象とは違いシルフィとインフルードは女神の気配に対して好印象を抱いていた。


「……これは一体どういうことだノム?」「……これはどういうことノム?」


 互いに顔を見合った2体の上位精霊は、何か知っているだろうノムに自分たちが感じたものの正体を尋ねた。


「……まだまだ小童なお前たちが知らないのも無理は無い、あれは幾つもの世界を創造し絶望する前、穢れを知らずまだ純粋で負の感情に取り込まれる前の女神の気配だ……」


 まだまだとノム言われつつも既に数百年という時間を生きているシルフィとインフルード。そんな2体を小童と子供扱いするノムは、上位精霊の中で唯一誕生してから一度も生まれ変わることなく存在し続けている上位精霊である。その誕生は女神が世界を創造し始めたのと同時であり、ノムが生きてきた時間は気が遠くなる程に果てしなく長い。しかしだからこそノムは知っている。女神がまだ純粋であった頃を。まだ何も知らない無垢な女神であった頃のことを。


「えッ! ……あれが女神の本当の気配なの?」「それは本当かッ!」


 今感じ取っているものこそが、本来の女神の気配であるとノムから聞き、驚愕するシルフィとインフルード。


「……でも、何でこんな急激な印象変化イメチェンしたの?」


「……うむ、こびりついた汚れが洗い流されたように清々しく感じるが、あれほどの汚れをどうやって洗い流した?」


 本来の女神の気配を知ったシルフィとインフルードの中に更なる疑問が生まれる。


「あれは、いめちぇん? ……した訳でも、汚れを落とした訳でも無い……全てはあの人の子の王の素質と言える……幼い人の子が我らにとって愛するべき存在であるように……あの人の子の王は、女神やそれに連なる神々から愛されているのだろう……だからこそあの人の子の王は本来の女神の気配を漂わせその力を扱うことが出来ているの……だろう」


 ノムが言葉の最後を『……だろう』と曖昧にしたのは、ノム自身も女神の全てを理解している訳では無いからだった。それ故に。


「……あの人の子の王は……危うい……」


 と、ノムはブリザラの置かれた状況を危惧した。


(……今はいい、まだその素質が女神に対して上手く影響している……だが一度でも人の子の王の持つ純粋な心が僅かでも邪に傾けば……その力は一気に破壊へと反転する……)


 シルフィとインフルードに余計な先入観を植え付けないよう、ブリザラが持つ危うさについてノムは多く語らず自分の心の中だけに留めた。


「あッ! どうやら最高潮クライマックスみたいだよッ!」


「おお、やったかッ!」


 ノムの心配を他所に、テイチとブリザラに進展の兆候を感じたシルフィとインフルードは期待の声を上げる。


(……我らが精霊王をどう導く人の子の王……いや、女神の依代よ)


 ただ一体、ノムだけが鋭い眼光でブリザラを見つめていた。




 ― 場所不明 ―




『精霊王になんてならないでこっちに帰って来てテイチッ!』


 精霊たちの目によって無惨なウルディネの姿が映し出される空間。そこに響き続けるブリザラの声。


「この場所は……外部からの影響を一切受けない空間……隔絶された彼女の心の中だというのに……あなたはそれでも無理矢理こじ開けてくる……」


 外部からの影響を受けないはずの空間に響くブリザラの声という名の思いに、驚きを通り越して呆れすら感じている白い外套フードを被った人物は隣に立つテイチの顔を覗く。


「……ブリザラさん」


 ブリザラの声を聞き、絶望のどん底のような暗い色をしていた瞳に再び輝きが戻るテイチ。


「はぁ……本当にあなたという人は……希望そのものですね」


 ブリザラの思いが届き再び立ち上がろうとするテイチの姿を見て、白い外套を被った人物はそう呟いた。


「……久しく感じなかったこの温もり……あなたはいつもその声で、その思いで私を……人々を励まし世界の希望となり続けた……」


 そしてブリザラの思いは、白い外套を被った人物の心にも届いていた。まるで前にも励まされたことがあるかのように、白い外套フードを被った人物はそう言いながら、既に自分の世界では失われた希望を噛み締めた。


「……でも……こんな事が出来るなら……あの時……あの時の私を救って欲しかったッ!」 


 それが叶わない状況であったことを今の彼女は知っている。今のこの状況が存在しているのは様々な奇跡が重なり合ったことによるものだということも精霊王になった彼女は理解している。

 だがそれでも彼女は叫んでしまう。漏れ出さないように、溢れださないようにと必死に抑え込み隔絶してきた心がその思いに堪えられず吹き出し、どうして自分じゃないのかと、どうして私じゃないのかという叫びに変わる。

 思いをぶちまけるように叫んだ反動で被っていた白い外套フードが落ち露わになる彼女の素顔。


「ッ!」


 露わになった彼女の素顔に驚きの表情を浮かべるテイチ。


「……そう……テイチ……あなたの横に立っているのはあなた自身……ブリザラさんが助けに来てくれず、精霊王になることを選んでしまった世界のあなた……私は……精霊王になりこの隔絶した心を生み出したあなたの成れの果て……」


 露わとなった彼女のその顔は、幼さを無くし大人へと成長させたテイチそのもの。そうテイチの横に立っていたのは精霊王になることを選択した別世界のテイチであった。




 ガイアスの世界


 今回はありません

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