笑顔へ続く未来を信じて
ガイアスの世界
今回ありません
笑顔へ続く未来を信じて
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
― 現在 インギル大聖堂 ―
「うぅぅ……うあぁぁぁぁ!」
無人なのではないかと思う程に人の気配の無いインギル大聖堂の広間にテイチの悶え苦しむ声が響く。
「テイチちゃん!」
二体の精霊に行く手を阻まれていたブリザラは苦しむテイチを心配に思いどうにかして近づこうと再び前へ出ようとした。
「……ならん!」
しかしノムの弾けるような短い一声。二体の精霊が前に出ようとしたブリザラの行く手を再び阻んだ。
「……悪いな嬢ちゃん、さっきもジジイが言ったがあの子には触れてくれるな」
不用意に近づけば消し炭にされてしまうのではと思う程の炎を纏った精霊、武人のような雰囲気を持つ筋骨隆々な火の精霊がテイチに近づこうとしたブリザラへ申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんね、君の声は影響が強すぎるから」
荒々しくも申し訳なさそうにしていた精霊とは逆に、何処か人懐っこい雰囲気を纏った精霊。風を衣のように纏う愛くるしい表情をした風の精霊が続いてそう口を開いた。
(……喋ったッ! ……やっぱり……)
見るからにただの精霊では無いということがわかる二体の精霊の雰囲気。それに加え精霊が口にした言語から滲み出る自我。その雰囲気や発した言葉によって自分の前に立ち塞がった二体の精霊が上位精霊であると確信するブリザラ。
(……まさかこんな場所で)
各地で伝説や伝承など残ってはいるが、遭遇率が極めて低いと言われている上位精霊。人類のように個としての自我を持っている上位精霊たちは当然だが感情が存在する。ブリザラが氷の宮殿の書庫で見つけた上位精霊に関する情報が載った文献の内容は、その殆どが悲しい結末や悲惨な結末で結ばれており、上位精霊たちが人類の前に姿を現さないのは再び悲しい思いをしない為なのではないかというのが召喚士界隈での通説になっている。事実テイチと契約を交したウルディネと思われる水を司る上位精霊も過去に人類と望まぬ別れを経験したとされる記述がブリザラの読んだ文献の中にはあった。
(……同時に三体の上位精霊に出会えるなんて)
だからこそブリザラは、目の前に三体の上位精霊が同時に存在している状況に驚いていた。
インギル大聖堂で起っている問題の解決後、召喚士であるテイチと共に上位精霊の伝承や伝説が残る場所を巡るつもりだったブリザラ。上位精霊たちをテイチと共に探す理由はその力を借りる為。上位精霊を探し出しテイチと契約を交してもらいその力で現在ガイアスに迫っている脅威に対抗してもらおうと考えていたのだ。
上位精霊側からすれば迷惑な話だということはブリザラも理解している。例え遭遇することができたとしてもただでさえ人類と接触したことで悲しい思いをした上位精霊たちが、テイチと契約を交してくれる保証も無い。だがそれでも上位精霊の力を借りなければガイアス全土に迫る脅威、魔王やその裏に潜む存在には対抗できないというのがブリザラの導き出した答えだった。
(でも……今はそんな話が出来る状況じゃない)
ブリザラからすれば上位精霊たちが一同に集まっているというこの状況は、各地を周るという手間を省き一箇所で同時に契約を交すことができるまたとない絶好の機会と言えた。しかし意識を失い苦しむテイチのことを考えれば、今はそんなことを言っている場合では無い。なにより上位精霊たちのテイチに対する態度がブリザラは気に食わなかった。
「……選択とは? ……今テイチちゃんに何が起っているんですか」
苦しんでいるテイチを他所に何が選択だと珍しく怒りと不満を滲ませながらブリザラは、上位精霊たちにその意図を訊ねた。
「……今幼き人の子の精神の中では……精霊を統べる王……即ち精霊王へ至る為の選択が行われている」
「……結局……精霊王とはなんなんですか?」
初聞きである言葉。精霊を統べる存在であること以外、ノムの説明では何もわからないブリザラは更に深い説明を要求した。
「精霊王とは……精霊界を支える支柱……精霊界の安寧を保ち見守り続ける存在……人の世で言う王であり神のような存在だ……」
そう言いながらテイチへ視線を落とすノム。
「……?」
ノムがテイチへ向ける視線に何処か既視感のようなものを抱くブリザラ。
「それで……その精霊王になぜテイチちゃんが?」
テイチへ向けるノムの視線を気にしつつブリザラは一番の疑問と言えるテイチと精霊王の関係性について尋ねた。
「この幼き人の子は精霊に愛される素質を持っている……故に精霊王に選ばれた」
「……ッ!」
その言葉でノムがテイチへ向ける視線に抱いていた既視感の正体を理解するブリザラはあることを確信した。
「……確かにテイチちゃんは精霊に愛されている……それはあなた達がテイチちゃんへ向ける目を見ればわかる……」
ノムだけではない。思い返してみれば他の上位精霊たちもテイチに対して同じ目を向けていた。愛しい者を見るような優しい目をしていたと思うブリザラ。
「……彼女を愛しているというのなら……何故苦しんでいるテイチちゃんを助けてあげないの!」
だからこそブリザラは納得できず怒りが込み上げてくる。愛する者が苦しんでいるのならば手を差し伸べ助けるのが本質ではないかと、苦しむテイチを助けようとしないその矛盾をブリザラはノムたちにぶつけた。
「……人の子の王よ……それは精霊と人の子が持つ価値観の違いだ……確かに我々はこの幼き人の子を愛している……だがそれは人の子が抱くそれとは違うのだ……幼き人の子が苦しむ姿は、人の子の王にとっては辛いものかもしれない……しかし我々にとってそれは、精霊王に至る為の試練……なのだよ」
ブリザラの訴えを人と精霊の価値観の違いだと両断するノム。
「……精霊王になったらテイチちゃんはどうなるの?」
己の中に湧き上がる怒りを抑えながらブリザラはテイチが精霊王になったどうなるのかノムに尋ねた。
「……人としての生は終わり、精霊としての生が始まる……」
「ッ!」
人としての生の終わりとは即ち死を意味する。ノムがそう言った瞬間、ブリザラの怒りが臨界点を越える。
「違うッ! 絶対に違うッ!……私とあなたたちの価値観が違うなんて絶対に違うッ! ……だってウルディネはテイチちゃんが苦しんでいる姿を絶対に見たくないもの! テイチちゃんが自分たちの為に死ぬことなんて絶対に望んでいないものッ!」
時として過保護と思われる程にウルディネは友人のように、姉のように、そして母のようにテイチを愛し守ってきた。そんなウルディネの姿を見ていれば、人と精霊が持つ価値観に違いなど無いと思うブリザラはノムの主張を否定した。
「あなたたちは、そのウルディネと同じ目でテイチちゃんを見ているものっ!」
ノムや他の上位精霊たちがテイチへ向ける目にブリザラが抱いた既視感の正体。それはウルディネがテイチへ向ける目と同じだったということ。
「……ッ!」「……ッ!」「……ッ!」
ブリザラの言葉に僅かな動揺を見せる上位精霊たち。
「ウルディネはテイチちゃんが精霊王になるなんて絶対に望んでいない、そんなウルディネと同じ目をテイチちゃんに向けるあなたたちも……本当はテイチちゃんを精霊王になんてしたくないはずだ!」
確かにノムたちや精霊にとって精霊界の安寧は大事なのだろう。けれど自分が愛する存在の命を犠牲に成り立つ安寧は本当に必要なのかと疑問に思うブリザラは自分の身勝手な思いをノムたちへぶつけた。
「ッ!」
その瞬間、突然ブリザラの視界に、二股に別れた光の道が現れた。
「……これは」
周囲は時間が止まったように制止している。まるで時間に取り残されたように制止した世界の中でブリザラは突然現れた二股に別れた光の道を見つめる。
(……私がこれから選ばなければならない選択……)
時に無意識に、時に意識的に生物は幾度も選択を決断している。決断した先に自分の望んだ未来が待っているのかわからず、時には間違った選択をすることもある。だがもしその選択を可視化することができたなら。決断した先の未来が少しばかり覗けたとしたら。
今ブリザラが見ているのは、彼女が内包する女神の力の一端。これまで幾つもの世界を創造した女神による経験が蓄積された可視化された未来への分岐だった。
「……右の道を行けば……」
己が見ているものが何であるかを何故か理解できてしまったブリザラは、右の道に視線を向ける。そこには自分がノムたちの言葉に従い苦しむテイチを見守る姿があった。
「左の道は……」
続けて左の道に視線を向けるブリザラ。そこにはノムたちの制止を振り切りテイチの下へ駆けよる自分の姿があった。
「……」
両者共にそれ以降何が起るのかははっきりとわからない。だが最後に見えた光景を信じたブリザラは自分が進むべき未来への道を決断する。
「……私はこっちを選ぶ……だってみんな笑顔だもの!」
理由はそれだけ。その場にいる者全ての者たちが笑顔を浮かべる光景を見せた左の道へ手を伸ばすブリザラ。
その瞬間、制止していた世界が再び動きだした。
「うああああああああああッ!」
今は沈黙を続ける自我を持つ伝説の盾キングを構え叫びながら目の前に立ち塞がる二体の上位精霊へと向かって行くブリザラ。
「おいおい!」「ぼくらに突っ込むつもり?」
盾を構え叫びながら自分たちへ向かって来るブリザラの行動に驚きを隠しきれない二体の上位精霊。
「インフルード、シルフィ、人の子の王の蛮行を止めるのだッ!」
驚く二体の上位精霊の名を叫びながらブリザラの行動を止めろと指示を出すノム。
(お願い……力を貸してキング)
物言わなくなって久しいキングへそう願いながら行く手を阻む火を司る上位精霊インフルードと風を司る上位精霊シルフィへと突っ込んで行くブリザラ。
「……」「……」
両者激突は避けられないと思った瞬間、行く手を阻んでいたはずのインフルードとシルフィは譲るようにブリザラへ道を開けた。
「誰かの犠牲の上に立つ安寧はやっぱり気に食わん」
「僕はもっとあの子とお話したな」
すれ違う瞬間、本心を口にしたインフルードとシルフィはブリザラへ笑顔を向けた。
「ッ! うあああああああ!」
やっぱりそうだ。自分の目は間違っていなかった。人であろうと精霊であろうと愛する気持ちにかわりは無いと土壇場で盤上をひっくり返し本心を吐露したインフルードとシルフィの笑顔を横目で見ながらブリザラはテイチの下へと突っ込んで行く。
「くぅ……勝手な真似をッ!」
テイチへ続く最後の壁となったノムは、文字通りブリザラの前に自身の加護を付与した土の壁を作り出した。
「うぐぅ……ぐぅぅぅぅぅ!」
ノムが作り出した土の壁に突撃したブリザラはそれでも前に進もうと全身に力を籠める。
「絶対にこの子の下へはいかせん……いかせんぞ!」
自分が作り出した土の壁に突撃したブリザラを押し返そうと更に付与を重ねるノム。
「うあああああああッ!」
「うむむむむむッ!」
愛を突き通そうとするブリザラと精霊界を守ろうとするノムの意地の張り合いが続く。
「うぅぅぅ……ぐぅ!」
しかし人の力で災害級と言われる上位精霊の力に立ち向かうとするのは無理がある。しだいにノムの作り出した土の壁にブリザラは押し返されていく。
本調子ならまだしも、機能停止した状態にあるキングの影響で今はその能力の半分も扱うことが出来ないブリザラ。単純な実力だけで言えば中級盾士に毛が生えた程度でしかないブリザラに災害級の力を持つノムの土壁を突破できる力があるはずも無い。だがそれでもノムの力に喰らいつくブリザラ。
『……』
数十秒続いた押し合い。しかしやはり人1人の力ではどうにもならない。もうダメかとブリザラの目に諦めが見えた瞬間。懐かしい声がブリザラの耳をかすめた。
「うああああああああああああッ!」
それは一瞬。ただの空耳だったかもしれない。だがそれだけでよかった。爆発するように力がみなぎってきたブリザラはその勢いのまま、災害級と言われるノムが作り出した土の壁にキングをねじ込んで行く。
「……月石に匹敵する強度の土壁に亀裂が……」
金属の中でガイアス一の硬度を誇る月石。それに匹敵する硬度を付与したはずの土の壁に亀裂が入りはじめたことに驚くノム。
「なるほどそうか……これが伝説武具の力……ふふ……想いを力に変える金属というやつか……」
諦めというよりは納得した様子で目の前の状況を受け入れたノムは、口元を覆い隠す長い髭を僅かに吊り上げながらブリザラと伝説武具の姿を見つめた。
「うああああああああああ!」
伝説武具の素材として扱われている金属、月石が誇る硬度と想いを力に変えるという月石の性質を引き出すことに成功したブリザラの想いがノムの作り出した土の壁を粉砕する。
「はぁはぁはぁ! テイチちゃん! テイチちゃん!」
ノムが作り出した土の壁を粉砕することに成功したブリザラは、その勢いのまま倒れているテイチに駆け寄ると必至で呼びかけた。
「テイチちゃん! テイチそっちにいっては駄目! こっちに帰って来てテイチッ!」
「……」
必至でテイチへ呼びかけるブリザラの背中を見つめるノム。
「ふふふ、負けちゃったねノム」
ブリザラの背を見つめるノムにそう話しかけたのは、無邪気な笑みを浮かべるシルフィ。
「ガッハハハ……まさかジジイの土壁を砕くとは中々見込みのある嬢ちゃんだな」
シルフィの言葉に続くインフルードは土壁を粉砕したブリザラを称賛した。
「……お前たち……後でこの責任はとってもらうぞ」
自分のことを裏切ったことは忘れていないと恨めしそうに自分の横に並ぶシルフィとインフルードへそう告げるノム。
「何を白々しい……本当はこうなることをジジイも望んでいたのだろう」
「本当本当、ノムは素直じゃないよね」
「五月蠅い……全く……」
二体の上位精霊から矢継ぎ早に色々言われ一喝するノム。
「あれ? ノム笑っている?」
そう言いつつもノムの特徴である長い髭が吊り上がっていることに気付いたシルフィが顔を覗き込む。
「なにッ! それは珍しいな」
それは珍しいとシルフィに続くようにノムの顔を覗き込むインフルード。
「あああ、五月蠅い……黙って幼き人の子の行く末を見届けなれないのかお前らはッ!」
顔を見られるが恥ずかしいのか、シルフィとインフルードをもう一度一喝するノム。
「どちらにせよ……幼き人の子の運命はあの人の子の王に委ねられてしまった……」
テイチが精霊王になることを望んでいたはずのノムは、そう言いながら必死で呼びかけ続けるブリザラを不安気に見つめた。
「……大丈夫……あの王様ならあの子を人としてこちら側へ引き戻すよ」
「……ああ、あの気迫を見せた嬢ちゃんなら必ず引き戻すさ」
ノムとは違い、ブリザラが必ずテイチを人として呼び戻すことを信じているシルフィとインフルードはそう言いながら笑みを浮かべるのだった。
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