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砕けて尚、続く想い

 ガイアスの世界


 今回ありません

 


 砕けて尚、続く想い



『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス




 ー 二十日前 氷の宮殿 王の間 扉前 ―




「ブリザラ様……」


 最上級盾士たちからハルデリアの中級盾士昇格とインギル大聖堂への同行の了承を得て直ぐに王の間を飛び出したブリザラを呼び止めたのは、王直属のお付兼護衛役である給仕メイドのピーランだった。


「あ、ピーラン! どうしたの?」


 急いでいる様子のブリザラは、その場で足踏みをしながらピーランへ呼び止めた理由を尋ねた。


「ブリザラ……私はお前がインギル大聖堂へ向かうのは反対だ」


 間髪入れず、ブリザラがインギル大聖堂へ向かうことに反対の意思を示すピーラン。それは王と給仕メイドという主従関係のものでは無く、友人としての言葉だった。


「インギル大聖堂が危険だという噂はブリザラも知っているだろう?」


 洗脳や人格破壊など巷で流れているインギル大聖堂に纏わる様々な危険な噂。忍として独自に諜報活動をしているピーランの耳にも前々からインギル大聖堂が危険だという情報は入ってきていた。そしてそれは当然、サイデリー王国の王であるブリザラの耳にも届いている。


「ランギューニュも言っていただろう、今のインギル一族は危険だと……噂は真実だと」


 王の間でのあの出来事があった日、既に殆ど関わりはないもののインギルの血を引いていると告白したランギューニュの証言によって、現在のインギル大聖堂やそれを管理するインギル一族に纏わる噂の殆どが事実であると明らかになった。


「……そんな危険な場所に何故お前は直接行こうとするんだ?」


 それを知って尚、何故ブリザラがそんな危険な場所へ向かおうとするのかピーランには理解出来なかった。


「……それだけじゃない、今のお前は、旅をしていた頃のように万全じゃない……いつ女神の精神支配がやってくるのかもわからない危険な状態にある、それにお前を守ってくれている仲間……」


 そこまで言って一度言葉を止めるピーラン。


「……くぅ」


 迂闊に飛び出した自分の言葉によってブリザラがどんな表情をしているのか不安でピーランは思わず視線を逸らした。


「……き、キングだってあれからずっと沈黙を続けている、そんな状態でインギル大聖堂に乗り込むのは無謀だろう?」


「……」


 またいつやってくるかもわからない女神による精神支配や自我を持つ伝説の盾キングの沈黙。ブリザラの状態は万全とは到底言えない。戦うことになったとして今のブリザラが頼れるのは盾士としての技術と、所有者の危険に自動オートで防御を展開してくれるキングの不安定な能力だけ。自身の実力だけで言えば中級盾士に毛が生えた程度である今のブリザラを、内部で何が行われているのかもわからないインギル大聖堂へ行かせるのは無謀だと必至で説得するピーラン。


「……それでも私は行かなきゃいけない……あの人を救う為に……」


「……あの人? ……ッ」


 あの人という言葉に逸らしていた視線を恐る恐るブリザラへ向けるピーラン。そこには何処か遠い所を見つめるブリザラの顔があった。


「『闇』に呑まれたあいつはもういないッ!」


 名前を聞くまでも無くそれが誰のことなのか察するピーラン。分かってしまうからこそ、友人以上の感情をブリザラに向けているピーランの心は怒りと嫉妬に荒れ狂いその叫びが宮殿内の廊下に響き渡った。


「ううん……私には見える……あの人が今も苦しんでいる姿が……だからこれから幾度となくやってくる選択を……あの人を救う選択を間違えてはいけない……あの人を見続けなければならない、だから私は例え危険とわかっていても、インギル大聖堂へ行かなきゃならないそこにあの人を救うための選択があるから……」


 愛おしそうに、それでいて苦しそうにブリザラは何故インギル大聖堂へ向かわなければならないのか説明した。


「……なんで……なんで奴なんだ……私じゃ駄目なのか……」


 説明になっていないブリザラの言葉。だが自分では無い誰かに向けられた自分の知らないブリザラの顔にピーランの心を辛うじて保っていた糸が切れる。


「……私じゃ奴の代わりにはなれないのか?」


「……」


 ピーランの胸中に浮かぶのは喪失。自分の言葉は届かない。少女の目に自分が映っていないという事実をピーランは思い知る。


「……ありがとうピーラン……ごめんね……」


 少女の目に映るのは変わり果てた想い人を救う為の未来。その未来へと続く幾つもの選択肢だけ。目の前に立つ給仕メイドであり友人でもある彼女から吐き出された想いに目を向ける余裕はブリザラには無い。ただ感謝と謝罪を告げることしかブリザラには出来なかった。




 ― 現在 インギル大聖堂玄関前 ―




 フルード大陸の厳しい環境に加え、雪山の山頂という人の生活圏とは言えない場所に建てられた僧侶プリーストの聖地インギル大聖堂。

 過酷な環境に身を投じ己を追い込むことで自身の技術を高めよ、と初代が言ったかどうかは定かでないが、現在このインギル大聖堂は新米ルーキー僧侶プリーストたちを一人前にする為の学び舎となっている。


(……結局ついて来てしまった……)


 インギル大聖堂の玄関前に立つブリザラたち。完膚なきまでに想いを砕かれてから数日。傷心が癒えないまま、気付けばインギル大聖堂へ向かうブリザラの護衛役として同行することになっていたピーランは、インギル大聖堂の玄関を前に立つブリザラの後ろ姿を見つめていた。


(……これが惚れた弱みってやつか……)


 砕かれて尚、まだ残る想いが未練としてピーランの心を縛り続けていた。その未練からなのかブリザラから一緒に来て、とお願いされると間髪入れずに二つ返事で頷いてしまった数日前の弱い自分に呆れるピーラン。

 だがピーランも玄人プロである。任務中に個人的な感情は持ち込まない。ブリザラの前ではあくまで給仕メイドとして、護衛として、傷心中などと悟られないようインギル大聖堂までの厳しい道中を完璧な振る舞いでこなしてきたとピーランは自負していた。


「……よし、それじゃ三手に別れよう」


 そういいながら両手を打ち付けるブリザラ。


「……はぁ?」


 ブリザラのその言葉にピーランの口から変な声が漏れる。


「い、いやブリザラ様……ここからは敵地……三手に別れるのは危険かと」


 護衛役であるピーランは当然ブリザラの言葉を許容することができずそれは悪手だとやんわり否定した。


「大丈夫、私が正面から入っていけば、絶対に騒ぎが起る、だからその間にピーランとテイチちゃんは聖堂内を調べてほしいの」


 確かにサイデリー王国の王が突然真正面から訪問すれば大聖堂内は騒ぎになるだろう。しかしそれはブリザラを危険な状況に立たせることにもなる。


「護衛役としてその作戦は許容できません、やはり纏まって行動するべきです」


 護衛としてブリザラが提案した策を却下し最も安全だと思われる策を提示するピーラン。


「でもそれじゃピーランの持つ能力が活かせない、ピーランには忍び込んでもらって1つでも多くの情報を手に入れて欲しいの」


「ですが……」


 護衛として納得することは出来ないがブリザラが言っていることはある意味で正しいと思うピーラン。纏まって行動すれば安全ではあるが情報収集に時間がかかるし、騒ぎになればそれこそ面倒だ。それよりもブリザラを囮として大聖堂が騒がしくなっている隙に、潜入技術に特化した自分が動けば、素早くより多くの情報を効率良く得られると考えるピーラン。


「うーん」


 護衛としての立場と効率性の間で揺れ動くピーラン。


「大丈夫、私にはテイチちゃんがいるから!」


「え? ……ま、任せてください! 私がブリザラ様のことはお守りします!」


 突然ブリザラに両肩を掴まれピーランの前に立たされたテイチは、聞いていないという動揺した顔を一瞬見せたが、直ぐに胸を張り自分に任せてくださいと小さな胸を右手で軽く叩いた。


「……テイチ、これから相手にするかもしれない存在がどんなものか分かっているか?」


 ピーランの中でテイチの評価は悪くない。インギル大聖堂までの道中、襲ってきた魔物に対してテイチの召喚士としての実力は言わずもがな、精霊の力を使った連携もしっかり取れていたと思うピーラン。流石天才召喚士と呼ばれるだけの実力は持っている。しかしそれはあくまで魔物相手ならばの話だ。


「……人だ……テイチ、お前はその精霊の力で人を殺すことが出来るか?」


 今からテイチが相手にするのは魔物では無く人。対人なのだ。場合によっては命を奪わなければならない状況になるかもしれない。ブリザラがいる限りそうならないよう立ち振る舞うだろうが、この世に絶対はない。まだ子供であるテイチへ人の命を奪う覚悟はあるかと説くのは酷な話ではあるが、ピーランにとってテイチの命よりもブリザラの命の方が重い。そう考えた時、テイチをブリザラの護衛に付けるという策には不安が残るとピーランは思った。


「……大丈夫……大丈夫だと思います……でも、私は人を殺しません……」


「ん?」


 答えになっていない答えに首を傾げるピーラン。


「私が授かったこの力は、人を生かす為に使うものです……人の命を奪う為ではありません……そうならないようティディさんから訓練も受けてきました」


 幼さはあるものの、テイチの口から発せられた言葉からはしっかりとした自信が感じ取れる。


「そうか……疑って悪かった気を悪くしたらすまない……ブリザラ様のことお前に任せるぞテイチ」


 少し考えた後ピーランは頷いた。守ることに特化した盾士。その最高実力者の1人がこの子を指導したのだ。その教えは戦闘職の垣根を越えてもしっかりと受け継がれているのだろうと納得したピーランは、行き過ぎた言葉の非礼をテイチに詫び、ブリザラを託すことを決めた。


「……何かピーランさんって男前ですね」


 そんなピーランの姿に憧れのような眼差しを向けながら言葉を挟んで来たのは、数日前突如として中級盾士に昇格したハルデリアだった。


「何が男前だ、私は女だ!」


 そういいながらピーランはハルデリアに蹴りを数発お見舞いした。


「い、痛ッ! 痛いです痛いですピーランさん!」


 盾士であるにも関わらず、ピーランの蹴りを一発も防ぐことができず喰い続け涙目になるハルデリア。


「そ、それで……あの……僕は……どうすれば……」


 ピーランの蹴りによって既に満身創痍になったハルデリアは、自分はどうすればと息を切らしながらブリザラへ尋ねた。


「……三手に別れてと言いましたが、ハルデリアさんはここで待機していてください……何かあれば何かしらの方法で合図を出します、そうしたら大聖堂に突入してきてください」


「まあ、簡単に言えばお留守番ってことだな」


 ブリザラがわざわざ気遣って遠まわしな表現でハルデリアに説明したというのに、それを台無しにするピーラン。


「あ、はぁ……」


 しかし自分自身の実力をわきまえているハルデリアは、二人の言葉にちょっと安堵した表情を浮かべていた。


「それでは作戦を開始します」


 一通りの説明を終えたブリザラは、ピーランたちへ作戦開始を告げるとインギル大聖堂の玄関を目指し歩き出した。


「……ご武運を」


 そう言ってその場から姿を消すピーラン。


「ご、ご武運を」


 少し遅れてテイチが続く。


「ごぅ……ご、ご武運を」


 更に少し遅れて口を噛みながらハルデリアが続く。


「……皆さんもご武運を」


 既に姿の無いピーラン。隣を歩くテイチ。自分たちを見送るハルデリア。皆に向けそう告げたブリザラは、インギル大聖堂の大きな扉をゆっくりと開くのだった。





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