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真面目で合同で章 8 (ブリザラ&アキ編)友達

 ガイアスの世界


 氷の宮殿にある庭


庭と言われているが、氷の宮殿の庭は、数万人が集まれる程の広さをもつ公園のような場所である。至る所に木々が植えられているが、その木々全ては同じ種の木である。

 春になると庭に植えられた木々は桃色の綺麗な花を咲かせる。桃色の花が満開になった庭は、まるでこの世とは思えない程に美しい光景だという。



真面目で合同で章 8 (ブリザラ&アキ編)友達



剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス。



 氷の宮殿の庭に植えられた木々は、サイデリーに春が訪れた事を知らせる木と言われている。鮮やかな桃色の花がその木から咲いた時、雪と氷に覆われたフルードは短い春を迎える。

そんな短い春の雰囲気をこれでもかと醸し出す氷の宮殿の庭に集まった町の人々は、目を奪われるように庭中に咲く桃色の花を見渡していた。目が奪われる程に美しい桃色の花を眺めるのも町の人々の目的の一つではあるのだが、それ以上に氷の宮殿の庭に集まる理由が町の人々にはあった。

 氷の宮殿の二階部分に備え付けられたテラスから人影が姿を現した。


「「「「おおおおおおおおお!」」」」


テラスに姿を現した人影の正体、それはサイデリーの王、ブリザラ=デイルであった。テラスに姿を現したブリザラに歓声を上げる町の人々。氷の宮殿の庭に町の人々が集まったもう一つの理由、それは春の式典の開催宣言する為に皆の前に姿を現したブリザラの姿を見る為であった。


「ブリザラ様―!「ブリザラちゃーん!」「ブリ公!」


 一国の王に対して様々な名称で呼ぶ町の人々。他国ではありえないそのノリにサイデリーにやってきた観光客や戦闘職の者達は驚きの表情を浮かべる。しかしこれがサイデリー王国、これがサイデリーの王と町の人々の距離感なのである。

 物凄い数の町の人々が集まる庭を見渡す為、テラスの端まで進んだブリザラは自分に声援を送ってくれる町の人々に手を振りながら笑顔で答える。


「よっ! べっぴんさん!」「馬子にも衣裳!」


動きやすい恰好をしている普段とは違い、サイデリーの王として正装である純白のドレスを見に纏ったブリザラの姿に、自分の子供や孫のように思っている町の人々の声援が更に強く広がる。その声援に若干困った表情を浮かべるブリザラであったが、それでもその表情には嬉しさが滲み出ていた。

 町の人々の熱のある雰囲気を肌で感じながらブリザラは、ゆっくりと目を閉じた。その瞬間、ブリザラに声援を送っていた町の人々は息をのむようにして静まり返る。自分達の視線の先にいるのは今まで自分の子供や孫のように可愛がってきたブリザラ。そのはずなのに今テラスに立つブリザラの姿は、今までに見たことが無い程に美しくそして凛として見えたからだ。

 町の子供と同じように満面の笑みを浮かべ、時には悪戯をして怒られていたあのブリザラが、今自分達の国の王として公の場に姿を現している。まだ幼い身ではあるが、そんなことが全く気にもならない程に王としての威厳が今のブリザラにはあった。

 春の匂いを届ける風の音と、その風の音によって揺れて擦れる草花の音しか今は聞こえない氷の宮殿の庭に集まった人々の目は、一人残らず目を閉じ王としてその場に立つブリザラに向けられていた。

 ゆっくりと吸い込んだ息を体中に巡らせそして静かにその息を吐くブリザラ。それと同時に目を開いたブリザラは宣言する。


「……これより、春の式典の開催をここに宣言する!」


事前に魔法使いによって対象の声を拡大し遠くまで響かせる魔法使いの魔法、響声ビックボイスをかけられていたブリザラの声は、氷の宮殿の庭だけでなく高く強固な壁に囲われたサイデリー中に響き渡る。


「「「「オオオオオオオ!」」」」


その瞬間、静寂に包まれていた氷の宮殿の庭にいた人々の歓喜が一斉に響きわたるのであった



「王、一旦中へ」


 興奮冷めぬといった感じで歓声が響き続ける氷の宮殿の庭。人々に手を振りながらブリザラは声をかけてきたお付の指示に従い宮殿内へと入って行く。


「お見事なお言葉でした」


自身の黒髪に合わせたように黒を基調としたロングスカート型のメイド服を纏った女性は、ブリザラの春の式典の開催の言葉を称賛する。


「……お世辞はやめてください」


 春の式典の開催宣言がサイデリー王としての初仕事であったブリザラは、肩の力が抜けたのかいつもの表情に戻り、お付の言葉に少し照れたように笑みを浮かべた。


「いえ、お世辞ではありません、正直私は驚いています」


お付はそう言うと下げていた頭を上げる。そこには切れ長の目がジッとブリザラを見つめていた。


「ピーランさん……」


お付の名を口にするブリザラに微笑みかけたピーランは、手に持っていた衣裳をブリザラに見せた。


「それでは王、次はこの衣裳に着がえた後、町への訪問を」


ブリザラのスケジュール管理を任せられているのか、ピーランはブリザラの次の予定を口にする。


「……ピーランさん、私のお付になってまだ数日しか経っていないのに、凄い順応性ですね」


きびきびと己の仕事をこなすピーランの姿に感心するブリザラ。


「……一度失われた私の命をこのサイデリーという国は救ってくれましたから、そのサイデリーの王の為に仕事をいち早く覚えるのは当たり前です……それでは私は外に出ていますので、準備が整いましたらお声を」


メイド姿のピーランはそう言うと頭を下げ部屋を出ていこうとする。


「待ってピーランさん」


「……何でしょう王?」


部屋を出ていこうとするピーランを呼び止めるブリザラ。それに対してゆっくりと振り返るピーラン。


「ピーランさんは……今の状況に本当に納得しているのですか?」


自分に振り返ったピーランに対して王の専属メイドという立場に納得しているのかと聞くブリザラ。

 数日前までピーランは忍者という戦闘職であった。それは現在も変わらないが、今のピーランの立場は、ブリザラに仕えるお付。王から一時も離れず常に王のそばで世話をするのが今のピーランの役目、仕事であった。

 しかしサイデリーの王、ブリザラの命を狙ったピーランが現在、そのブリザラに仕えるお付になっている状況はあまりにも皮肉とも言える、突拍子もないことである。だが事実、ピーランはブリザラのお付としてその仕事を全うしている。

 ならばなぜピーランは、ブリザラのお付となったのかその経緯は、現在より数日前、ピーランがブリザラの命を狙った理由とその裏で暗躍している者達の事を口にした日にまで遡ることになる。



― 数日前 氷の宮殿 会議室 ―



「さあ、私は全て話したぞ……」


ブリザラを襲った理由、そしてその後ろにいた国、自分が知る限りの情報を口にしたピーランは、心なしかスッキリとした表情で自分の話を聞いていた者達の顔を見渡した。


「……それで……これから私はどうなる?」


だがすぐにその表情を強張らせたピーランは自分の行く末について口にする。一国の王であるブリザラの命を例え自分の意思では無かったとしても狙った事に変わりはない、良くて死ぬまで収容所生活か、悪ければ死罪といった所かと想像するピーラン。


「……貴様の行く末に付いて話す前に、最後に一つ聞きたいことがある」


これから自分がどうなろうと覚悟は出来ているというような表情を浮かべていたピーランに対してガリデウスは、聞きたい事があると告げる。


「……な、なんだ?」


もう自分が知る限りの情報は全て話したと思っているピーランは、自分を凝視するガリデウスの言葉に僅かな戸惑いを浮かべる。


「貴様がブリザラ様を襲ったのは町での一度だけか?」


「ん……? 質問の意味がよく私には分からない……私がこの王様の命を狙ったのは、あの一度だけだけど?」


ガリデウスの言葉に警戒しつつもピーランは自分が一度しかブリザラを襲っていない事を口にする。


『ガリデウス殿、この者の言っていることは本当だ、それにあの夜、王を狙った輩とこの者とでは全く手口が違う』


ブリザラの寝ていた寝室を襲撃した輩は一人、それに対してピーランは仲間達数人での襲撃でありそもそもの手口が違う事を自我を持つ伝説の盾キングは、ガリデウスに説明した。


「……なるほどね……私達以外にもこの王様の命を狙った奴がいたってことね」


ガリデウスの質問の真意に気付いたピーランは、隣に座るブリザラをチラリと見ながら呟いた。


「そうか……キング殿の証言があるのならばそうなのだろう……」


ガリデウスはキングの言葉に納得したのか頷くとピーランに視線を向けた。


「……それで……私のこれからは?」


自分に視線を向けたガリデウスに対して、話が止まっていた自分のこれからの処遇について再度聞くピーラン。


「ガリデウス、私は……」


『王よ、ここは口を挟んではいけない』


ピーランが犯した罪は、例えそれが脅され自分の意思では無かったにしろ重い。王をそして国を守る者としてガリデウスがこれから口にする言葉に口を挟んではいけないとブリザラを制止するキング。


「……貴様の処遇についてだが……」


口を開くガリデウス。その場の者達の視線が一気にガリデウスに向く。


「……死刑だ……」


ガリデウスの放った言葉に凍りつくブリザラ。


「そんな! ガリデウス、それは無い、私は王として命じます、ピーランさんの死刑を取り消しなさい!」


直ぐに我に返ったブリザラは、ガリデウスの判断に対して猛烈な抗議を始める。


「……なんでピーランさんが死刑になるの? 私を狙ったのは自分の意思じゃないってピーランさんが話したじゃない!」


「王様……」


自分の命を狙った者に対してなぜここまで優しくなれるのか、激怒するブリザラの姿を見てそんな事が脳裏をよぎるピーラン。しかしガリデウスが下した判断は妥当だと思うピーランは、椅子から立ち上がり抗議を続けるブリザラの肩に手を置いた。


「ピーランさん……」


自分の肩に手を置いたピーランの顔を見たブリザラの言葉が詰まる。そこには全てを受け入れた表情をするピーランの顔があったからだ。


「……非常時によりこの場で死刑を執り行う……ピーランよ、首を差し出せ」 


「ま、待ってガリデウス! ここで死刑を執り行うって……そんな事……それにそもそもサイデリーでは死刑を許していない! この死刑は無効、無効よ! ただちに取りやめて!」


自分の頭にある知識をフル稼働させどうにかピーランの死刑を止めようとするブリザラは、ピーランを庇うようにしてガリデウスの前に立ちはだかると自分の頭の中にあった知識、サイデリーでは死刑制度が無い事を口にする。

 しかしすぐにグラン達がブリザラの体を抑えピーランから引き剥がす。


「止めて離して! キングお願い! ガリデウス達からピーランさんを守って!」


ガリデウス達が自分の言葉に耳を貸さない事を悟ったブリザラは、今この状況で唯一頼れるキングにピーランを守るよう願う。


『……』


しかしブリザラの願いは届かないのか全く反応を見せないキング。


「……どうして……キングもガリデウス達と同じなの? ピーランさんを死刑にしたいの?」


目から大粒の涙が溢れだすブリザラ。


「……アキさん! お願いします、ピーランさんを、ピーランさんを守ってください!」


キングも頼りにならないと分かると今度は我関せずと言った様子で会議室にある窓からサイデリーの町並を見つめるアキにピーランを守るよう願うブリザラ。


「はぁ……茶番だな……」


「……」


全く自分の願いを聞き入れる雰囲気では無いアキに絶望したように目から生気が失われていくブリザラ。


「ブリザラ様、分かって頂きたい……これが単なる普通の犯罪ならばここまではしません、ですがこれはブリザラ様の命にかかわる事、ブリザラ様の命はこの国の生命線、それを例え自分の意思ではなくとも揺るがしたこの者の罪は重い……これはケジメ……特別処置なのです」


これから自分がする事の言い訳をするようにガリデウスはブリザラにそう言うと、盾士が滅多に使うことが無い腰に下げた剣を抜いた。


「……最後に言い残すことは?」


抜いた剣をピーランの首元に当てたガリデウスは、ピーランに最後に言い残すことは無いかと聞く。


「……そうだね……王様……正直あんたが何で私をここまで庇うのか理解できないけど、その気持ちは……有難く受け取っておくよ……ありがとう……少しだけあんたと友達になってみたいなって……思ったよ」


死ぬ前の人間とは思えない笑顔でそうブリザラに最後の言葉を残すピーラン。


「待って止めて! お願いだから……」


ピーランの言葉に泣き崩れるブリザラ。


「さあ、これで言い残すことは無いよ……一思いにやってくれ……」


泣き崩れたブリザラを見つめたピーランは、そう言うと目を閉じた。綺麗で長い黒髪を垂らしながら頭を突きだしたピーラン。ガリデウスはピーランの黒髪を掴むと首元に突きつけていた剣を振り上げる。

 その瞬間を見ていられないとブリザラは、すでに涙で滲む視界を遮断するように目を閉じると顔を背けた。その瞬間、何かが切れる音が会議室に響いた。


「……」


目の前に広がっているだろう光景が怖くて見られないブリザラは、目をあけることが出来ず体を震わせる。


『王よ、目を開けるのだ』


「いや! もう誰も信じない……ガリデウスもキングもランギューニュさんもティディさんも……アキさんも……誰も信じない!」


目を閉じたまま顔を左右に振り怒りを露わにするブリザラ。


『大丈夫だ、もう全て終わった、目を開くのだ』


「何が大丈夫よ……ピーランさんは……ピーランさんは……」


「……死んではいねぇよ……」


「えっ?」


下らないと言いたげにそう言うアキの声がブリザラの耳に届く。アキの言葉に疑問が浮かぶブリザラは恐る恐るその目を開けた。


「……ピーラン……さん?」


そこには長かった黒髪が短くなったピーランの姿があった。だがピーランの首は床に転がっておらず切りしっかりと胴体にくっ付いていた。


「……?」


当の本人であるピーランも訳が分からないのか目が合ったブリザラに引きつった表情を浮かべた。


「ああ、くだらねぇし性格が悪いなぁ……どうして素直にそいつを死刑にしないって言えないかねぇ……」


ガリデウス達の思惑を全て察していたアキは、ほとほと呆れたようにそう言うとため息をつき再び会議室にある窓からサイデリーの町並を見つめる。


「……どうして?」


ブリザラとピーランは何故という表情でガリデウスに視線を向ける。


「……ブリザラ様、騙すような事をした事をお詫びします、しかしブリザラ様には分かって頂きたかった、あなたのお命がどれほど重く、そしてこの国にとって大切であるかを……」


そう言うとガリデウスを含めた四人の最上級盾士は膝をつきブリザラに頭を下げた。


『王よ……例えサイデリーであろうと王の存在は特別なのだ……彼らはそれを王に知ってもらう為に、彼女を利用して王にその事を伝えたかったのだ』


「……酷い……私だって自分の立場は理解している、でもこれは事酷すぎるよ!」


自分という存在の重みを理解させる為にここまでの嘘をついたガリデウス達に怒りが込み上げてくるブリザラ。


『全く理解していない!』


「っ!」


ブリザラの怒りをさらに上回る怒りで覆い尽くすキング。今まで聞いた事も無いキングの怒りの籠った言葉にブリザラは体を硬直させた。


『自分の存在の重みを知っているならば、襲われた次の日に町へと出歩いたりしない、ガリデウス殿たちに要らぬ心配をかけたりしないはずだ、王よ……自分の行動がどれだけの人々に影響を与えているのか今一度考えるんだ……』


「キング……」


今までブリザラの行動にある程度目を瞑ってきたガリデウスとキング。それはサイデリーという国が他の国に比べて、ありえない程に平和であったからだ。だがブリザラの命を狙った二度の襲撃によってガリデウスやキングに危機感を植え付けていた。


「……ごめんなさい……」


自分の命がサイデリーという国にとってどれほど重いのか知っているつもりになっていたが、自分の考えがどれほど甘かったのかを痛感するブリザラ。


「……あ、あの……」


何とも声を出すには気まずい雰囲気ではあるのだが、このままでは遥か彼方まで置いていかれると感じたピーランは、申し訳なさそうに声をあげる。


「そ、そうだピーランさん! 大丈夫ですか?」


ガリデウスやキングの言葉に自分の甘さを痛感していたブリザラは、思いだしたように声を上げたピーランに駆け寄る。


「だ、大丈夫だけど……結局、私はどうなるんだ?」


死刑と言い渡され自分の命が終わると覚悟していたピーラン。しかし蓋を開ければ幼い王に自分の命の重さを伝える為に茶番に付き合わされた形となったピーラン。結局これから自分がどうなるのかさっぱり想像が出来ず戸惑うことしか出来ないピーラン。


「ピーラン……先程ブリザラ様が語った通り、サイデリーでは死刑制度が無い……それは数百年と続くサイデリーの意思でもある……だがブリザラ様の命、サイデリー王国の王の命を狙ったという罪は重い、どうやってもケジメとしてお前を裁かねばならない、よってこのような形で私はお前という存在を一度殺すことにした」


「私という存在を……殺す?」


「そう、これはお前へのケジメでもある……一度ここで死んだお前は新たな人間としてこれからの人生をこのサイデリーに捧げてもらう」


「……捧げる?」


ガリデウスの言葉が今一理解できないピーラン。


「明日よりお前はブリザラ様専属のお付となり、その生涯をブリザラ様に捧げ自分の罪を償うのだ」


「そ、そんな!」


ガリデウスの言葉に動揺したのは当の本人ではなくブリザラであった。


「ふっ……ふふふ……なるほど……そういう訳か……」


ガリデウスの言うことを何となく理解したのか笑いが込み上げてくるピーラン。


「……だけどいいのか? 私は忍者だ、隙があればこんな場所から簡単に逃げることができるよ?」


最終確認とでも言うように、いつでも逃げることはできるぞとガリデウスに挑発するピーラン。


「それは心配ない、本来サイデリーでこういう方法を使うのは非常に不本意なのだが……ランギューニュ」


そう前置きをしたガリデウスは隣でブリザラに頭を下げるランギューニュに声をかけた。


「りょーかい」


頭を上げ立ち上がったランギューニュはピーランの下へと歩いていく。そして側に立ったランギューニュはピーランの首元に手を当てた。


「……拘束術式……」


ランギューニュが静かにそう呟くとピーランの首に光を放つ首輪チョーカーが現れる。


「これは君の行動を制限する術式だ、ブリザラ様に危害を加えようとしたり、サイデリーから逃げだそうとしたりとすれば瞬時に術式が発動し君の体を縛り上げるようになっている、基本、この術式は術者の意思、もしくは術者の死によってしか解除することが出来ない……」


拘束術式について説明したランギューニュはピーランの耳元に顔を寄せる。


「あの時、狸寝入りしていた君なら、僕がその術者、これがどういう意味か分かるよね……」


耳元でそう呟いたランギューニュはニヤリと笑みを浮かべる。


「……なるほど……」


収容所でランギューニュが自分語りをブリザラ達に聞かせていた時、自分に意識があった事をランギューニュは気付いていたのであったとその言葉で悟ったピーランは、笑みを浮かべるランギューニュに釣られるように引きつった笑みを浮かべ頷いた。

 ニヤニヤと笑みを浮かべるランギューニュが離れた事を確認するピーランは、自分の首元に施された拘束術式を手でなぞりながらブリザラの前で膝をつく。


「この生涯尽きるまであなたと共に……」


ブリザラを前に深く頭を下げたピーランは、自分の生涯全てをサイデリーの王ブリザラに捧げる事を誓うのであった。




― 現在 氷の宮殿  ―




「ええ、納得しています」

 

ブリザラに問われた、今の状況に納得しているのかという質問に対して、一切の迷いなくそう言い切ったピーランは、静かに頭をブリザラに下げると部屋を出ていった。


(それは本当? 本当にピーランさんはこれでいいの……)


ピーランの言葉に嘘偽りは感じられない。だがそれでもブリザラは思ってしまうのだ。これからの人生を全てサイデリーという国、そしてその王である自分に捧げることになるピーランに自由は無いのだと。そしてどうにかピーランの事を自由にしてあげられないかとも考えるブリザラ。だがあの日ガリデウスとの会話でそれが不可能に近い事である事も理解しているブリザラは、ピーランに何もしてあげられない自分の力の無さに深いため息をつくのであった。


「自由なピーランさんと……友達になりたいんだけどな……」


 ガリデウスにブリザラのお付になる事を任命されたピーランは、その日以来、ブリザラのすることに対して一切の不満を口に出す事をせず、任された全ての仕事を何不自由なく軽々とこなしていた。ピーランと常に一緒で居られる事に関しては嬉しく思うブリザラであったが、今の二人の関係は、王とお付の関係でしかない。お付となったピーランはブリザラに軽口をたたくことも無く常に王とお付という関係を崩そうとしないのだ。


「……私は……ピーランさんとこんな堅苦しい関係になりたい訳じゃないんだけどな……」


あくまでブリザラがピーランに望むのは、王とそれに仕えるお付という関係では無く、対等な友達であった。サイデリーから殆ど出た事の無いブリザラにとって、高く頑強な壁に囲われたサイデリーという国が世界の全てであった。サイデリーで暮らしている人達に不満がある訳では無いが、ピーランという存在はサイデリー人々とは違った魅力を持っている。それに惹かれているブリザラは、王とお付という関係では無く素のピーランと接したいと望んでいるのであった。

 ピーランから手渡された動きやすい衣装に着がえたブリザラは、一つため息をつくと、部屋の扉に視線を向けた。


「準備できました」


ブリザラが声を発した瞬間、ゆっくりと扉が開き、その隙間からスッと音を立てずに姿を現すピーラン。その動きはお付というよりもやはり忍者という方が強い。


「それでは、町へ向かいましょう、護衛は最小限とのことなので、私とキング様で行います」


春の式典では、王による春の式典の開催宣言の後、王一人で町を練り歩くことが定例となっている。しかし数日前に起こった二度の王襲撃事件によって警戒を強めなければならなくなり、今回は、ブリザラに護衛が付くことになった。だがブリザラが襲撃された事を知らない町の人々を心配させないよう、王に付く警備は少数で編成する配慮がとられたのだ。そこで護衛に選ばれたのが、忍者という戦闘職であるピーランであった。

 王のお付になったピーランであれば、その場にいても不自然では無いし、もしブリザラの身に危険が迫ればただちに護衛として動くことができるかららだ。

 これは全てガリデウスの思惑であった。ガリデウスはピーランをお付としてブリザラの側に置いておくと決めた時から、それ以外の役割をピーランに任せようと思っていた。それが護衛であった。

 ブリザラの言葉を信じていない訳ではないのだが、ガリデウスはいつまたブリザラがフラフラと自分達の目が届かない所へ行くとも限らないと心配していた。本当ならば常に自分がブリザラの側で護衛したいと思っているガリデウス。しかしそれは最上級盾士にしての職務や、王の右腕としての仕事を毎日こなしているガリデウスにとっては物理的に不可能なことであった。そして何よりもガリデウスはブリザラの気持ちを配慮した。

王である前に年頃の女の子であるブリザラ。自分のような初老の親父が常に一緒ではブリザラが嫌がると思ったのだ。

そこでガリデウスは、ブリザラと同年代であるピーランをお付にすることで、自分が抱く不安を解消することを思いついたのだ。ピーランをブリザラのお付にすれば、ピーランと仲良くなりたいと思っているブリザラは常に行動するはずである。そうなればブリザラの突然の思いつきでとる行動をピーランが抑制、監視することができる。不測の事態になったとしても忍者として戦闘能力のあるピーランならば、十分にブリザラを守り切れるとガリデウスは考えた。

ガリデウスの思惑にピーランも全て納得した訳では無かったが、理解を示し常にブリザラの行動を報告してくれるようになった。それだけでガリデウスの中にある心配は軽減され自分の仕事に更に身が入った。

そんな経緯がありピーランは、お付兼護衛としてブリザラの側に付く事になったのだった。


「はい……」



表情暗くピーランの言葉に返事をするブリザラ。


「はぁ……そんな顔をしているとあんたを見に来た人達が悲しい気持ちになるよ」


「ッ!」


呆れたようなため息の後、ピーランが発した言葉に目を見開くブリザラ。


「あんた、色々と私の事で悩んでいるみたいだけど……気にしなくていい、私は今のこの状況に納得してあんたのお付をやっているんだ」


「で、でも!」


「どうせ私には自由が無いとか思っているんだろ? だけど良く考えてみな、私があんたのお付をしている事、これは仕事だ、仕事なんだから自由が無いのは当然だろう」


「仕事……」


一生をかけてブリザラのお付をするという言葉ばかりが強い印象を放ち、それが仕事であるという考えに行きつかなかったブリザラの表情は驚きに変わる。


「確かに色々と制限はあるけど、お付になる前の生活に比べたら雲泥の差だ、それにガリデウスの話じゃ、休暇ももらえると話だしね! 本当にありがたいと思っているよ」


最後のほうの言葉を本当に嬉しそうに口にするピーラン。


「それじゃ……本当に……嫌じゃないんですね?」


ピーランの言葉にブリザラの瞳に大きな涙が貯まる。


「お、おいおい、これからみんなに顔を見せるって時に泣くなよ、私の責任になるかもしれないだろう」


慌ててブリザラの涙を拭うピーラン。


「だって……ピーランさんずっと冷たかったから……」


「冷たいだと? ああ……喋り方とか態度とかその辺のこと?」


ブリザラの言葉に自分が思い当たる節を上げていくピーラン。


「うん」


小さく頷くブリザラ。


「はぁ……だから今言ったばかりだろ、仕事だ仕事……王とお付が今見たいに話している所を誰かに見られたら、驚かれるだろ、そして私の評価が落ちる……それぐらい察してくれよ」


ブリザラに対して喋り方や態度を変えたのは仕事であるからだと説明するピーラン。


「それじゃ今はなんで……」


「あんたがずっとモヤモヤしているからだよ……そ、その仕事を抜きにして考えれば……友達なんだろ……私達?」


恥ずかしいのか言葉を濁しながらそう言うピーラン。


「ピーランさん!」


泣きそうになっていた表情が一変、ピーランの一言で花がさいたような満面の笑みに変わるブリザラは思わずピーランに抱き付いた。


「や、止めろくっ付くな!」


ブリザラに抱き付かれたピーランは顔を真っ赤にさせ慌てながら抱き付くブリザラを引きはがそうとする。


「ピーランさん、私達友達です!」


「……うぅぅぅ……ああ、友達だ……」


自分を見上げるブリザラの顔を見ながら更に照れるピーラン。しかし自分とブリザラが友達になった事をしっかりと認めるピーランの表情は何処か晴れ晴れとしていた。


「ああ! 嬉しいピーランさんもう一度、もう一度言ってください!」


ピーランの言葉がよほどうれしかったのか、もう一度友達と言ってと催促するブリザラ。


「……コホン、ブリザラ様、お時間です、町へと向かいましょう」


内心こんな恥ずかしい事何度も言えるかと思っていたピーランは、ブリザラと自分の立場を友達からお付へとすぐに切り替えブリザラの催促を無視した。


「えええ! そんな! お願いですピーランさんもう一度友達って言ってください!」


「はぁ……」


駄々をこねる子供のように叫ぶブリザラに大きくため息をつくピーラン。そのため息に観念して友達と口にしてくれる思ったブリザラの目は宝石のような輝きを帯びていた。


「これ以上しつこいようなら、すぐさま絶交です」


だがピーランの口から出た言葉は友達などという温かいものとは真逆の、冷たい言葉であった。


「……さあ、行きますよブリザラ様」


自分の言葉で固まってしまったブリザラから背を向け部屋を出ようとするピーラン。


「ま、まってください! もうしつこくしないから絶交しないでください!」


我に返ったブリザラは必至でピーランに絶交しないでと叫ぶ。そんなブリザラの必至な声を聞きながらピーランは悪戯っ子のように舌を出して笑うのであった。


 

 ガイアスの世界


響声ビッグボイス


 言葉の通りかけられた者の声を大きくする魔法で、王などが大勢の人々を前にした時に使用することが多い。その威力は術者の能力によって比例する。

 戦場でも使われることが多く、これによって指揮官が兵達の士気を鼓舞する役割を担っている。


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