新米盾士の災難
ガイアスの世界
今回ありません
新米盾士の災難
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
― 2週間前 サイデリー王国 北門 ―
盾士になって半年以上経過した僕の今日の任務はサイデリー王国北の出入り口、北門の門番。国から支給された防具を着て、盾士の証であるサイデリー王国の紋章が刻まれた盾を背負った僕は、日常となった門番の任務をこなす為、北門へと向かう。数分後、僕の日常は突如として終わった。
「今から私について来てくださいませんか?」
一切の説明も無く少女は門番の任務をこなしていた僕へそう告げた。当然ではあるが門番の任務中である僕は持ち場を離れることは出来ない。もし離れれば良くて減俸、悪ければ盾士としての資格をはく奪される。そんな馬鹿なこと普通ならばしない。そう、相手が普通の人ならば。
「え? な、何を突然……」
しかし僕の前に現れた少女は普通じゃない。
「これは王としての命令です、お願いしますハルデリアさん、私について来て下さい」
なぜならその少女は、僕が仕えるこのサイデリー王国の王様だからだ。
「それじゃ、しゅっぱーつ! おー!」
「おー!」「……」「え? ……ええ?」
何もわからないまま、説明もないまま、ブリザラ様に同行することが決まってしまった僕は、ブリザラ様の掛け声に合わせて戸惑いと不安の声を漏らしてしまった。
(……この状況は一体……)
サイデリー王国の北門から北に向かって出発したブリザラ様に同行するのは僕以外には二人。一人はモコモコした可愛らしい防寒着を着ている幼い少女。名前はテイチ。その幼い見た目とは裏腹に凄い才能を持った召喚士だとブリザラ様は言っていた。唯一テイチちゃんだけがブリザラ様の掛け声に元気よく答えていたな。
そしてもう一人は、この極寒のフルード大陸を歩くには適さない黒を基調とした給仕服を着た女性。ブリザラ様の身の回りのお世話をしているお付の人。彼女のことは僕も見たことがあるし知っている。名前はピーラン。実はお付の他にブリザラ様の護衛役でもある。実際に彼女が戦っている姿をみた訳じゃないけれど、王の護衛役というぐらいだからピーランさんの実力は相当なものなのだろう。そんなピーランさんは何か不満があるのかブリザラ様をじっと睨んでいるように僕には見えた。
(……なんでそんな凄い人たちの中に僕が……)
召喚士の天才に、凄い実力を持つ戦闘給仕。そして一国の王。なぜこんな人たちの中にただの盾士である自分がいるのか疑問でしか出てこない。
「……あ、あのブリザラ様……そろそろ説明を……」
兎に角、まずはこれから何処へ向かうのか、そして何をするのか知る必要がある。そう思った僕は先頭を歩くブリザラ様に、これから向かう目的地と僕は何をするのかその説明を求めた。つもりだった。
「……あ、そう言えば忘れていました」
「えぇぇぇぇ……」
ブリザラ様のその言葉は衝撃以外のなにものでもなかった。思わず口から変な声が出てしまう程には衝撃だった。誘っておいて目的を話すのを忘れるなんて、酷すぎませんかブリザラ様。
「……ハルデリアさん」
心の中でブリザラ様に抗議していたら突然空気が変わった。親しみやすい町娘のような雰囲気から一国の王が持つ雰囲気へと変わったブリザラ様が僕の名を呼んだ。
「は、はい!」
思わず脊髄反射で声を張りあげ、背筋を伸ばし姿勢を正す僕。半年の間で自分もサイデリー王国を守る盾士になったのだなとこの時しみじみと実感した。
「略式ではありますが、サイデリー王国の王の名のもとに、汝を中級盾士に任命しますッ!」
「……へ?」
さっきとはまた違う衝撃が走った。正直ブリザラ様が何を言っているのか理解できない。その証拠に喉の奥から間抜けな声が絞り出てきた。
一旦整理しよう。
中級盾士と言えば一定以上の実力を持ち、認められた盾士に与えられる称号、簡単に言えば昇格だ。命令が無い限り国の外での活動が許されない盾士だけど、中級盾士になるとそれが変わる。
中級盾士になった者は、国の外での活動が認められるようになるのだ。勿論、殺傷や先制攻撃の禁止と言った全盾士に共通する掟は守らなければならないが、冒険者や他の戦闘職とパーティを組み、魔物の討伐依頼や迷宮攻略へ参加できるようになる。それに加え、一年に二度ある上級盾士試験への参加資格も与えられる。なにより月に貰えるお給料の額が違う。
「……そっちかーい!」
整理した結果、僕の口から出た言葉はこれだった。昇格の話に対して、ましてや一国の王に対してこの言葉はあまりにも不敬過ぎる。不敬罪でこの首を落されても文句は言えない。
新米とは言え僕も盾士の端くれである。昇格は自分の努力が認められた証であり素直にうれしい。なにより略式とは言え、ブリザラ様から直接中級盾士への昇格を言い渡されることは名誉なことだ。でもだ。今僕が知りたいのはこれから向かう場所と、そこで僕が何をするのかだ。
「あれ? ……中級盾士へ昇格するのは嫌でしたか?」
多分今の僕の顔は複雑怪奇に歪んでいるのだろう。喜んでいいのか悪いのか。ただ安心したのは僕の首はおちていないということ。ブリザラ様は心の底から出た僕の言葉を不敬とは思っていないらしい。
「いやいやいやいや、非常にありがたいです、謹んで中級盾士の任お受けします……ですが……僕が聞きたいのは、ブリザラ様が僕を連れて一体何処に行こうとしているのか、そしてその目的です」
喜んでいいのか、戸惑っていいのか自分の感情がわからず僕は早口で言いたいことをまくし立てた。
「ああ、そう言えば昇格したことをハルデリアさんにお伝えしようということで頭が一杯で、すっかり私たちがこれから向かう場所とハルデリアさんにやって頂くことについて説明するのを忘れていました」
もう目の前にいるのは一国の王では無い。親しみのあるちょっとお茶目が過ぎる町娘だ。
「う、嘘です、誘っておいて目的地やハルデリアさんにやって頂くことの説明について忘れるなんてことある訳ないじゃないですかッ!」
ブリザラ様の視線が迷子になっているように見える。
「……本当ですか?」
無礼だろうけども、ブリザラ様の言葉が信じられずどうしても疑いの目を向けてしまう。
「本当です、サイデリーの王として嘘はいいません、信じてください」
「……わかりました……」
嘘か真か。真実はブリザラ様にしかわからない。そういうことにしておこう。なによりこう言われてしまってはもう僕にはブリザラ様を信じる以外の選択肢は無い。
「よかった……」
心底安堵したのかブリザラ様はそう言いながら手を胸に当て大きく息を吐いた。
「……それでは、私達がこれか向かう場所、及びハルデリアさんにやって頂きたいことをお話します」
「はいッ」
またブリザラ様の雰囲気が変わった。大事な話なのだと今度は慌てず自分の意思で僕は背筋を伸ばし姿勢を正した。
「これから私たちは、僧侶たちの総本山、フルド山にあるインギル大聖堂へ調査に向かいます」
「インギル大聖堂……」
僧侶の父と呼ばれている史上初の上位僧侶初代インギルが、その活動で得た資金をふんだんに使いフルド山の山頂に建てたと言われている大聖堂。現在は新米僧侶たちを育成する場所として、現当主である六代目が大聖堂の責任者を務めていると言われていると何かで読んだか何処かで聞いたことがあった。
「ですが……今あの場所は……危険な場所なのでは?」
そう今のインギル大聖堂は危険だ。三代目インギル以降、公の場に姿を現さなくなった当主たちと同じくしてインギル大聖堂も一切の情報が表にでることが無くなった。
それ以降、大聖堂内部では人体実験が行われている、秘密の裏取引をしているなど出所の良く分からない情報が多く出回るようになったという。その真相を探ろうと侵入した者を洗脳し人格を変えられてしまったなんて噂も聞いたことがある。
「……はい、私たちはそう言った噂の真相を探るべくこれからインギル大聖堂へ調査に向かうのです……」
「でも、それならブリザラ様が直接行かなくとも……」
そんな危険な場所にわざわざ一国の王が向かう必要はないんじゃないかと思う。
「まだ詳しいことはまだお話できませんが、どうしても私は直接インギル大聖堂にいかなければならないのです……その為にはハルデリアさんの力が必要なんです」
今は話せない。きっとただの盾士である僕如きでは理解できない何かがあるのだろう。
「目的地についてはわかりました、それで僕は一体何をすればいいのですか?」
ただの盾士でしかない僕の力が本当に必要なのだろうか。でももし何か出来ることがあるのならば、自分ができる精一杯のことをしようと覚悟を決めながらブリザラ様の言葉に僕は耳を傾けた。
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