岐路に立つ少女
ガイアスの世界
今回ありません
岐路に立つ少女
極寒の地フルードを見守るように悠然とそびえるフルド山。大陸の名を冠するフルド山は、フルード大陸に訪れる短い夏の間であっても、決して雪化粧が解けることの無い雪山である。
サイデリー王国から極北に位置するフルド山の山頂には、山頂とは思えないほど豪華な装飾で飾られた巨大な建造物が存在する。既に百年以上フルド山の山頂に存在するその建造物の名はインギル大聖堂。その名の通り、戦闘職としての僧侶の地位を高め広めた上位僧侶初代インギルこと、インギル=バルナーが作り後世の僧侶たちへ残した建造物である。
現在はインギル家六代目当主が大聖堂の責任者として、新米僧侶たちを育成する場になっていると言われている。
なぜ言われているというはっきりしない曖昧な言い回しかというと、三代目当主以降、その全容がわかっていないからだ。
三代目以降、インギル家当主は公の場に姿を現すことが殆どなくなった。それと同時にインギル大聖堂で行われている活動も公にされることは無くなり、外部からは全く情報がわからなくなってしまったのである。
極北に位置するとは言え、フルド山はサイデリー王国の領地。当然サイデリー王国への情報開示は義務であるはずなのだが、インギル家当主は当時のサイデリー王の呼び出しにも応じず、大聖堂に籠り説明責任を放棄していた。これは現サイデリー王であるブリザラの代でも続いている。
ならばと、サイデリー王はインギル大聖堂から育っていった僧侶たちへ大聖堂では何が行われているのかその内情を訊ねるも、緘口令が敷かれているのか僧侶たちは口を揃えて良き学びを得ましたと同じことしか言わない。結局、何が行われているのか結局わからずじまいであった。
するとその内情を暴こうと同盟国である小国が侵略と見なすあらゆる行動を禁止しているサイデリー王国に代わり次々とインギル大聖堂へ密偵を送り始めた。
だが侵入した密偵たちは、まるで人がかわったかのように己の戦闘職を捨て、僧侶に転職し帰ってきてしまうという事態が発生。
誰もがインギル大聖堂は怪しいと思いながらも、それを裏付ける決定的な証拠を見つけることも出来ず現在に至るというのが現状であった。
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
― 現在 インギル大聖堂 —
お付兼護衛であるピーラン、そして召喚士であるテイチと共にインギル大聖堂へ侵入することに成功したサイデリー王ブリザラは、その謎を探るべく三手に別れ大聖堂を探索していた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
突如大聖堂内に響き渡る悲痛な悲鳴。
「……ッ! テイチッ!」
その叫び声の主がテイチだとすぐにわかったブリザラは、悲鳴がした方向へ向かった。
「……」
僧侶の総本山だというのに、中へ入ってから人一人出くわしていない状況を不審に思いながらも全く人気の感じられない大聖堂の廊下進み、ブリザラは広間へと続く扉の前に立つ。
「……」
中にはテイチと共に誰かがいる。その誰かがテイチに危害を加え悲鳴を上げさせた。それは敵と考えて間違い無い。本当ならばピーランの到着を待つのが得策だとわかりつつも、待っている暇は無いとブリザラは開き扉を開き中へ入った。
「ッ! ……?」
今は沈黙している自我を持つ大盾を構えたブリザラが目にしたのは倒れているテイチと、そのテイチを取り囲む者たちの姿。
(……これは……)
その光景だけ見れば、その者たちにテイチが襲われたようにも見える。しかしテイチを取り囲む者たちからそれらしき気配を感じないブリザラ。
「……人……じゃない?」
そればかりか彼らから人ならざる者の気配を感じるブリザラ。
「……精霊……」
テイチを取り囲む者たちから漂うそれはブリザラも見知った気配。ウルディネが持つ精霊の気配と同じものだった。
「……その幼き体で半身を失う悲しみと対峙するのは辛かろう人の子よ」
テイチを取り囲む精霊は3人。その1人、大地を思わせる土色の肌に立派な髭を蓄えた一見魔法使いにも見える老人の姿をした精霊が、意識の無いテイチの心を憐れむようにそう呟いた。
「あれは……ノム?」
テイチを憐れむ老人の姿をした精霊の姿に驚きの表情を浮かべるブリザラ。
それは母親である王妃が幼いブリザラを寝かしつける為に何度か話したサイデリー王国に伝わるおとぎ話。老人の姿をした精霊の姿が、そのおとぎ話に出てくる気まぐれな精霊ノムにそっくりだったからだ。そして出発前、宮殿の書庫でフルード大陸の開拓記録を調べていた時に見つけた精霊の名も同じくノムだった。
「……ほう、今の我々が見えるか? 」
倒れているテイチから視線をゆっくりブリザラへ向けた老人の姿をした精霊は、自分たちが見えているのが不思議だという表情を浮かべた。
「……は、はい!」
それが困惑なのか、それとも感動なのか目の前にいる存在に対して抱く感情がわからないブリザラは何故か元気よく返事をしてしまった。本当ならば倒れているテイチへ直ぐにでも駆け寄らなければならない状況だというのに、目の前に存在する老人の姿をした精霊に心を奪われるブリザラの体は動かずその場に立っていることしか出来ない。
「……なるほど、王の目……あの時の坊主の目にそっくりだ……」
懐かしむようにブリザラの目を見つめる老人の姿をした精霊。
「……だが今は女神の目というべきか……ふむ、大層な人生を送っているようだな人の子、いや、人の王よ……その目ならば今の我々を見ることも容易いだろうな」
「……な、何で」
出会ったばかりだというのに自分が王であること、何より自分の中に女神がいることを言い当てた老人の姿をした精霊の言葉に動揺が走るブリザラ。
「ホホホ、これでも最も古き精霊と言われているのでな、それくらいのことはわかる……」
他二人の精霊に比べれば、明らかに長い年月を生きていたこと、それに沿った威厳を感じさせる老人の姿をした精霊は、動揺するブリザラの姿に、これぞ老人というような笑い声をあげそう言った。
「……最も古き精霊……やっぱり……やっぱりあなたは……」
女神がガイアスという世界を誕生させた後、その世界に大地を振りまいたとされる最初の精霊にして最初の上位精霊が持つもう1つの通り名、最も古き精霊。そう口にする目の前の精霊が何者であるかブリザラははっきりと確信する。
「いかにも……私はノム……土を司る大精霊だ」
ブリザラの反応が小気味よかったのか、僅かに目尻を落とし床まで伸びた髭を摩りながら己の名を口にするノム。
「本物……」
幼い頃よく聞かされたおとぎ話に出てきた精霊。氷の宮殿内の書庫で読んだフルード開拓記録に記されていた精霊。そして伝説として残る世界に大地を作ったとされる精霊。目の前にいる精霊が最も古き精霊にして土を司る上位精霊ノム本人であるとわかりブリザラの心には先程よりも更に強い感動と困惑が渦巻く。
「……はっ! テイチ!」
しかしその感情は突如として消失する。視線の先で倒れているテイチの姿にブリザラは我を取り戻したからだ。今は目の前の上位精霊ノムに感動や動揺をしている場合では無い。今はテイチだと直ぐにそう頭を切り替えたブリザラは、倒れているテイチへ駆け寄ろうとした。
「待て人の王よ……この幼き人の子へ救いの手を差し伸べてはならん」
テイチへ駆け寄ろうとするブリザラを止めるノム。
「で、でも……」
ブリザラの位置からではテイチが今どんな状態なのか伺うことが出来ない。だからこそ近づこうとしたのだがそれをノムに止められ困惑するブリザラ。
「今この幼き人の子は、岐路に立っている……それは、誰も手を差し伸べてはならぬ孤独な岐路……」
「岐路?」
ノムの抽象的な物言いに、首を傾げるブリザラ。
「……半身を失い、その痛みを抱えながらこの幼き人の子は、一人で選ばなければならないのだ……岐路を……」
テイチが選ぶ選択を邪魔させはしないとノムと他二人の精霊がブリザラの行く手を遮った。
「半身……そんな……」
テイチにとっての半身。それを失ったという意味がどういうことなのか察したブリザラの顔から熱が引いていく。
「だったら……!」
尚更テイチを支えてあげなければならないとノムの制止を振り切ろうとするブリザラ。
「きゃあッ!」
その瞬間、ノムの両脇に立った二人の精霊から一瞬にして全てを焼き尽くすような炎と、何ものにも支配されない重く鋭い風がブリザラの横をかすめて行く。
「これ以上近づくな……」
二人の精霊の言葉を代弁するようにノムはブリザラにそう告げる。
「……」
何も出来ずただ見ていることしか許されない状況の中、ブリザラは縁起でも無いと思いながらもテイチと行動を共にしたこれまでの日々が走馬燈のように脳裏に過っていた。
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