頑張り屋さん
ガイアスの世界
今回ありません
頑張り屋さん
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
— 二週間前 サイデリー王国 王の間 —
水を司る上位精霊ウルディネが単身で魔王がいるムウラガ大陸へ旅立ち一週間が経過した頃、職務を全て放棄し最上級盾士たちにぶん投げ、宮殿内の書庫に籠り続けていたサイデリー王国の王ブリザラが王の間に姿を現した。
「お、お待たせしました」
「だ、大丈夫ですかブリザ……王?」
ブリザラの白く透明感のある肌だからこそ如実に目立つ目の下のクマ。碌に寝ていないことがわかるブリザラの体調を心配したのは、1人呼び出され王の間にやってきたテイチだった。
「ん? ……ああ、大丈夫、心配してくれてうりがとうテイチちゃん……」
焦点が定まらず、会話の拍子が遅れるブリザラ。その様子は明らかに寝不足であった。だがそれでもテイチを心配させまいとそう答えたブリザラの言葉に当然力は無い。
「……えへへ、でも出来れば二人の時ぐらい今までどおりお姉ちゃんって呼んでくれると私は嬉しいな」
そして寝不足が故に思考も回っていないブリザラは、自分の中に秘めているテイチに対しての欲望を止めることが出来ず吐露してしまう。
「……」
一週間前、同じくこの場所で久々の再会を果たした時にもブリザラから似たようなことを言われたテイチはその時と同じく困った表情を浮かべた。
テイチがブリザラの欲望、もとい言葉に困った表情を浮かべた原因は最上級盾士であるティディからの教えにあった。
ブリザラと別れてからの数カ月、ティディと共に行動していたテイチは、そこで一般教養や礼儀作法など一通りのことを叩きこまれていた。
「えーと」
しかしテイチもまだ子供である。ティディからの教えは大切なことであるがと思いつつも二人の時ぐらいいのではと考えてしまうテイチ。
「はッ! ……い、いえ駄目です! ……ティディ先生から王の前では礼儀正しくしなさいときつく言われています!」
だがすぐさま過る鬼の形相をした師の顔。ティディの顔が浮かんだテイチは慌ててブリザラの誘いを断った。
「はっはっはっ……そうかきつく言われているのか……そうだよね、困らせてごめんね」
ティディさん酷いよと心の中で思いながら乾燥した笑い声をあげたブリザラは、玉座に座り直した。
「ふぅ……」
一通り乾燥した笑いを吐き出したブリザラは息を1つ吐いた。
「……ッ!」
その瞬間、一瞬にして周囲の空気が変わったのをテイチは感じとった。それと同時にそこにはもう寝不足のお姉ちゃんのような雰囲気を纏っていたブリザラの姿は無く、そこには引き締まった表情を浮かべる紛れもなくサイデリー王国の王の姿があった。それを理解し既に伸びきっていた背筋を更に伸ばすテイチ。
「テイチさん……今日ここにあなたを呼んだのは、これから私が向かう僧侶の総本山インギル大聖堂へ同行、及び護衛の任務を承諾してもらいたいからです」
ブリザラがテイチを呼び出した目的。その内容はサイデリー王国から極北に位置するフルド山の頂上にあるインギル大聖堂へ向かうブリザラにテイチが同行、及び護衛するというものだった。
「……ご、護衛ですか?」
インギル大聖堂という場所へ行くブリザラに同行するという所までは何となく理解出来るテイチ。しかしその後に続いた護衛という言葉に疑問が浮かぶ。
「……で、ですが、護衛ならば私ではなく、もっと適任な方々がいるのでは?」
テイチが抱く疑問は正しい。護衛、守ることに関して言えばこの国には盾士という達人が幾らでもいる。それを差し置いて、自分が王の護衛をするというのは何かおかしいと感じるテイチ。
「同行、及び護衛をテイチさんに任せる理由が2つあります」
そう言いながら右手の人差し指を立てるブリザラ。
「1つ目は、現在私が殆ど戦える状態にないからです」
「戦えない……とは?」
短い期間ではあるがブリザラと旅をしたことがあるテイチ。その旅の中で今も玉座の傍らに置かれた大きな盾、伝説と頭に付くその盾を扱い戦うブリザラの姿を鮮明に覚えているテイチは、戦えないというその言葉に首を傾げた。
「……彼の力……キングの力があったからこそ、今まで私は戦ってこられました……」
テイチが向ける視線に気付いたブリザラは、玉座の傍らに置かれた盾へ視線を向ける。
「けれど今彼は沈黙している……彼が沈黙している今、彼が持つ能力の殆どを私は扱うことが出来ません……当然出来うる限り戦いは避けたいですが、もし戦うことになった場合、今の私では何も出来ない……だから召喚士であるテイチさんに護衛を頼みたいのです」
自我を持つ伝説の盾ことキングが沈黙することは今までも何度かあった。しかし沈黙していてもその能力まで失われることは今まで無かった。だが完全な沈黙を貫く現在、キングの存在理由である圧倒的防御能力以外の全ての能力、機能は失われたままであった。
「で、ですが……私の召喚士としての力は……ウルディネという存在があってこそ、確かにウルディネ以外の下位精霊と契約はしていますが、それだけで王の護衛を務められるかどうかは自信がありません」
どんな相手と対峙するかもわからない状況で自分の力や契約を交わした下位精霊の力が通用するかわからないテイチは、ブリザラを護衛する自信が無いと言う。
しかし幼いながらテイチの召喚士としての技量や精霊との契約率は一般的な召喚士よりも高い。その実力は精霊に愛されているといっても過言では無く、他の下位精霊とテイチが契約を交す度にウルディネの機嫌が悪くなる程だった。だがやはりテイチがその実力を発揮できるのは上位精霊であるウルディネの存在が大きい。ウルディネがいるからこそ自分は実力以上の力を発揮できるのだとテイチは思っている。
「……2つ目の理由がそれです……テイチさんの意思を無視するような勝手な言い分であることは承知の上で言わせていただきます、現在不在であるウルディネさんの代わりにテイチさんには、他の上位精霊と契約を交し護衛としての戦力を増強してもらいます」
人差し指と中指を立てたブリザラはテイチが同行、護衛する2つ目の理由として新たな上位精霊との契約を挙げた。
「そんな、ウルディネ以外の上位精霊と契約するなんて……そもそも出会うことも契約することだって難しいのに……そんなの不可能です」
召喚士であるからこそブリザラが言っていることが無理難題であることを知っているテイチ。なによりウルディネ以外の上位精霊と契約を交すことに抵抗があるテイチは、ブリザラの言葉に困惑した。
「不可能ではありません……」
不可能だと言うテイチの言葉を遮るようにそう言い切るブリザラ。
「まず上位精霊の所在ですが、この1週間書庫に籠って調べました……ある文献に上位精霊の情報が載っていました……そして偶然にもその一体がこのフルードの地、フルド山にいることがわかりました」
ブリザラがこの1週間書庫に籠った理由は、ウルディネ以外の上位精霊の情報を調べるためであった。そして偶然か、それとも必然か、はたまた精霊に愛されているテイチが引き寄せた運命だったのか、上位精霊の一体がフルド山にいることが判明したのであった。
「そんな……」
まるで仕組まれているかのように事が動いていく状況に驚くことしか出来ないテイチ。
「……新たな上位精霊と契約することにテイチさんが抵抗を抱いているのはわかっています……そしてテイチさんとウルディネさんの間に強い絆があることは私も理解しているつもりです……けれど」
そこで一度言葉を切ったブリザラはテイチの顔を見つめる。
「これからの戦い……今回の護衛では無く、これから先対峙することになる魔王……そして更にその先で待つ存在へ対抗する為の力、上位精霊の力が必ず必要になってくる……私はそう考えています……」
テイチが新たな上位精霊と契約を交す理由。護衛はあくまでオマケであり、その本筋はこれから起るだろう魔王やその裏で暗躍する存在に対抗する為の準備であるとブリザラはテイチへ告げた。
「テイチさん……どうか……その力をお貸しください」
テイチに対してブリザラは頭を下げた。
「あ、頭を上げてください王!」
一国を背負う王が軽々しく頭をさげるものでは無い。ティディから様々な教育を受ける中、何処かで聞いたか呼んだ言葉を思い出すテイチ。
「お願いしますテイチさん……力を貸してください」
今テイチの前にいるのは確かに王と名乗る人物である。しかし頭を下げるその姿は、寝不足のお姉ちゃんでもなければ、サイデリー王国の王でも無い。そこにいるのは滅びの道を歩み始めたガイアスという世界の未来を危惧する一人の少女であった。
「わ、わかりました、王の……ブリザラお姉ちゃんに着いていきますッ!」
テイチの口から思わず出たその言葉は、自分に対して正直であろうとするブリザラに対する敬意の現れ。時には自分の立場を捨てて頭を下げることが出来る本当の強さを持った者への称賛の言葉であった。
「テイチちゃゃゃゃゃゃん!」
緊張の糸が切れたように弾けた満面の笑みを浮かべ玉座から飛び出したブリザラは、テイチを抱きしめた。
「ありがとう、ありがとう……テイチ……ちゃん……スゥースゥー」
「あ、あの王? お姉ちゃん? ……あれ? 寝ちゃった……」
テイチが自分に同行してくれること、そして新たな上位精霊と契約を交してくれることに同意してくれたことに安堵したのか、ブリザラはテイチを抱きしめたまま小さい寝息をたてて眠ってしまった。
「……ブリザラお姉ちゃんは頑張り屋さんなんだね……」
自分を抱きしめながら力尽きたように眠る年上の少女を抱えながらテイチは、その温もりを感じつつもこれからどうすればいいのかわからず途方にくれるのであった。
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