散る想い
ガイアスの世界
今回ありません
散る想い
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
打ちつける雨のように頭上から絶え間なく降り注ぐ魔王の黒炎を掻い潜り続けるウルディネ。その動きは先程まで満身創痍だったとは思えない程、いや普段よりも更に機敏であった。
だがウルディネの動きが好調なのは、離れた場所にいる契約者テイチから精神供給が行われたからでも、精神を回復させる秘薬を飲んだからでも無い。ましてや見かねた神による施し、奇跡が起こった訳でも無い。依然ウルディネの状態は何1つ変わらず、満身創痍であり、戦う為の精神は既に枯渇していた。
今ウルディネに起っている現象は、人でも稀に起る現象、死期の迫った者の身体機能が一時的に回復するという中治りに酷似していた。
これは魔法でも無ければ、精霊が持つ固有能力でも無い。ただの想い。ウルディネの強い想いが見せる命の最期の輝きであった。
生まれ変わりを繰り返す精霊には本来死という概念は存在しない。だが上位精霊に至り、大切な者たちとの出会いを知った今のウルディネの死への捉え方は変わった。
生まれ変わるということは現在の自分が消滅するということ。例え記憶を引き継いで生まれ変わったとしても、もうそれは現在の自分では無い。今の自分が消滅する前にやらなければならないこと、生まれ変わった後の自分では成し遂げることの出来ない物事があることをウルディネは理解し、ただその想い1つだけでこの場に立っていた。
「ペラペラと……蜥蜴野郎はよほど人語で話すことができてうれしいようだな」
黒炎を振らせながら自分へ話続ける魔王に対し挑発するウルディネが口にした蜥蜴野郎とは、原種と呼ばれる古き竜種の子孫である現在ガイアスに生息している竜種へ使われる蔑称である。この蔑称には竜種の出来そこないという意味が含まれている。意思の疎通が取れない現在の竜種に対しては全く問題無いが、同じく原種の子孫とされている獣人、人語を話すことが出来る蜥蜴男にとってこの蔑称は侮辱以外の何ものでも無く、使うのはご法度とされている。
「ッ……なんだその挑発は? 気でも狂ったか俺は魔王だぞ?」
しかしウルディネが罵った相手は、竜種でもなければ蜥蜴男でも無い。魔族を統べる王、魔王である。この蔑称を使う相手としては当然適していない。それを現すかのように魔王はウルディネの挑発を鼻で笑った。
「……私は正常だ……それよりもそっちこそ大丈夫か? 顔が引きつっているぞ蜥蜴野郎」
はずだった。
「なに……」
しつこく竜種や蜥蜴男への蔑称を口にするウルディネに対し、今まで満面の笑みを浮かべていた魔王の額に青筋が浮かび上がる。
「……二度ならず三度も……」
一度目は聞き流し、二度目は鼻で笑い飛ばした。だが三度目の挑発にとうとう我慢の限界を迎えた魔王の表情が怒りに変わる。いやその怒りは魔王のものでは無い。魔王の肉体に宿りし黒き竜の魂が抱いた怒りだった。
「……この俺を愚弄するか精霊如きがッ!」
魔王に成り代わった黒き竜は、まさに竜のような怒りの咆哮を上げる。巨大な魔王城全体が揺れる程の咆哮が響き渡った瞬間、その怒りに反応し今まで降り注ぐだけだった黒炎がまるで意思をもったかのようにウルディネへ追従を始めた。
「……自分が魔王では無いと認めたな黒竜!」
先程よりも更に凶悪になった追尾する黒炎を剣状に作り出した水の刃で次々と切り裂くウルディネは、魔王の体に宿る黒き竜の名を叫んだ。
「……お前に用は無い!」
幾多の伝説に登場し最期はその時代の勇者や英雄によって討たれたとされる悪しき竜。討たれ死しても、人々の心に悪意がある限り幾度も生まれ変わり人々の前に姿を現し災いを振りまいたとされる最悪で災厄の竜。人々の悪意によって原種へと至った黒竜を前にウルディネは、臆することなくそう言い放つと踵を返し魔王の下へと走り出した。
「その肉体の持ち主を今すぐだせ!」
ウルディネにとって黒竜など眼中に無い。あるのは魔王へと至った人族に対する想いだけ。それがこの場所へやって来たただ1つの理由。魔王の肉体の本来の持ち主へ、自分の想い人へ対してお前は魔王なのかと言う為に、ウルディネはこの場にやって来た。
自分へ追ってくる黒炎を掻い潜り、再び魔王との距離を詰めたウルディネはもう一度拳を握った。
「うぁぁああああああッ!」
これが最期の一撃だと決めて己の想いを込めた渾身の拳を魔王へ放つウルディネ。
「ッ!」「……ッ!」
まるで時が止まったかのように騒がしかった魔王の間に突然の静寂が広がる。そこに漏れ出す黒竜ともう1つの戸惑いの息。
「ごふぅ……」
ウルディネの想いを乗せた拳は、魔王の心下へ届くことは無かった。
竜の頭のように形状を変えた黒炎の咢がウルディネの左肩に喰らいつく。
竜の頭のように形状を変えた黒炎の咢がウルディネの右脇腹に喰らいつく。
竜の頭のように形状を変えた黒炎の咢が魔王へ放ったウルディネの拳へと喰らいつく。
次々と現れる黒炎の咢がウルディネの体のあらゆる部分に食い込み、そして次の瞬間、肉を食いちぎるように一斉にその体を引き裂いたのだった。
「ウルディネぇぇぇえぇぇぇぇぇ!」
目の前に広がるその光景を、黒炎の咢によって四肢を引き裂かれボロ雑巾のように散って逝く上位精霊のその姿を、魔王は見ていることしか出来なかった。見知った上位精霊の名を叫ぶことしか出来なかった。
― 同時刻 フルード大陸 極北 フルド山 山頂 インギル大聖堂 —
「いやああああああああああああ!」
魔王の意識が覚醒した同時刻。サイデリー王国から極北に位置するフルード大陸最大の山フルド山の山頂にあるインギル大聖堂中いた少女が悲鳴をあげた。
「……ッ!」
大聖堂中に響き渡った悲鳴を聞いたサイデリー王国の王ブリザラは、本が並ぶ資料室から飛び出すと少女のいる大聖堂と向かった。
「……テイチ……」
息を切らしながら大聖堂の扉を開き中へ入って行ったブリザラの息が一瞬止まる。ブリザラが目にしたのは、大聖堂の真ん中で倒れているテイチの姿。そして倒れているテイチを取り囲むように佇む人族のものではない雰囲気を放つ者たちの姿だった。
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