満身創痍の中で
ガイアスの世界
今回ありません。
満身創痍の中で
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
― 現在 魔王城 魔王の間 ―
突如としてムウラガ大陸に現れた巨城。魔族の本拠地にして魔王が住まうその巨城の外壁を黒い閃光が貫く。一見城内から放たれたその一撃は敵からの奇襲にも思えるが違う。その禍々しい一撃を放ったのは巨城の主である魔王本人であった。
「クッ……」
戦いの開始を告げる魔王の一撃。その一撃によって巨大な大広間の天井には大穴が空いた。その大穴から差す赤い月の光が薄暗かった巨大な大広間を赤く染める。
「おらおら次々いくぞウルディネ!」
戦いの開始を告げた魔王は赤い月の光によって赤く染まった巨大な大広間に立つ水を司る上位精霊ウルディネへ向け『闇』を孕んだ黒い炎、黒炎を雨のように降らせた。
「……チィ!」
頭上から無数に降ってくる黒炎を目に、走り出すウルディネ。遮蔽物の無い巨大な大広間で隠れる場所がないウルディネは、次々と落ちてくる黒炎を走ることで躱していく。しかしそれでも躱しきれないものに対してウルディネは全身に纏う水の一部を刃に変えていなすことでどうにか直撃することを避けた。
「おら先程までの威勢はどうした? 俺が魔王なのかお前は見極めに来たのだろうウルディネッ!」
巨城が出来て以来、魔族以外の初の訪問者であるウルディネに対し何処か嬉しそうにそう叫びながら、黒炎を放ち続ける魔王。
「……クッ! ハッ! ……ッ!」
本来術を主体としているウルディネ。しかし次々と頭上から降り注ぐ黒炎を避けるその体捌きは術だけでは無く、体を使った戦闘術にも精通していることが伺える。そんなウルディネの動きを見て更に楽しくなった魔王は、黒炎の量を更に増やしていく。
「ぐぅ!」
巨大な大広間の壁に追い込まれたウルディネはまるで自分を追尾してくるように迫ってくる黒炎を、水で作り上げた刃を使い切り伏せて行く。だが魔王の手数の方が圧倒的に多く、捌き切れなくなったウルディネは背の壁へ体を向けると、その壁を蹴りながら宙がえりし、自分へ迫った幾つもの黒炎を回避するとそのまま魔王がいる玉座へと真っ直ぐに走り出した。
「ふふふッ」
ついに来るか。そんな表情を浮かべた魔王は真っ直ぐ自分南の下へ走ってくるウルディネに対し、先程巨大な大広間の天井を貫き大穴を開けた黒い閃光を放つ。
「くぅぅぅ!」
眼前に迫る黒い閃光を寸前の所で回避したウルディネは、魔王の下へ向かうことを止め距離を取った。
「……ん?」
ウルディネのその行動に不満げな表情を浮かべる魔王。
「逃げ回るのはいいが……動ける場所が無くなって行くぞ……」
ウルディネを狙った無数の黒炎は全て不発に終わる。しかし不発に終わった黒炎は巨大な大広間を破壊し黒炎の海へ変えウルディネの動ける場所を狭めていた。
「……ここまでの数瞬で反撃に転じる好機は幾度もあっただろうに何故反撃してこない?」
魔王がウルディネに感じた不満。それは反撃してこなかったこと。黒炎を躱し続ける中でウルディネには幾度も反撃できる瞬間があった。
「特に正面を突っ切ってきた時、あれは絶好の好機だったと思うが?」
誰が見ても即座にわかる反撃の好機。それを逃してまで回避に専念するウルディネに対して何故反撃してこなかったと疑問を口にする魔王。
「……」
そう確かに反撃に転じる隙は幾度もあった。特に魔王の下へ真っ直ぐ走っている時が一番の好機であったことはウルディネも理解している。そしてその隙を魔王が意図的に作っていたこともウルディネはわかっていた。だがウルディネはその隙が意図的なものだと知っていたから反撃しなかったわけでも無い。
「水を司る水の精霊であるお前ならば、俺の『闇』の炎であっても消し去ることができるだろう?」
魔王が言うように自分の操る水ならば『闇』を孕んだ黒炎や黒い閃光に対しても有効であることもウルディネは知っていた。
「……」
だがそれでも反撃に転じなかったウルディネ。それには反撃に転じることの出来ない理由があったからだった。
水と火。単純な相性だけで考えれば火に対して水は有利をとることが出来る。魔王の言う通り、水を司る上位精霊であるウルディネの力であれば、例えそれが『闇』の炎であったとしても無力化することは可能だろう。だがそれはウルディネが万全な状態であればの話だ。
ウルディネは上位精霊というガイアスでも稀な存在である。その力は本来、災害と変わりない程大きく、彼女がその気になれば国の1つや2つ簡単に滅亡させることができる。そしてその力は水に限らず、液体と呼ばれるものが周囲に存在する限り衰えることは無い。そんな災害級の力を持つウルディネならば当然、魔王の攻撃を捌き攻撃に転じることも容易だった。
しかしそのウルディネが持つ力は今、召喚士であるテイチとの間で結ばれた契約によって制限がかけられており、その制限を解除するには、テイチが傍にいることとテイチによる承認という2つの条件が必要だった。
だがそれよりも問題なのはウルディネの中に残された力の残量だった。今まで周囲の水や液体から力を供給していたウルディネだったが、契約、使役されたことで力の供給元がテイチの精神力に変わったのである。
既にテイチと別れてから三週間。テイチから供給された精神力はもう底を尽きかけ、ウルディネは無暗に大技を放てる状態には無かった。
一見、上位精霊にとって契約は短所しかないように思える。しかし上位精霊にとって召喚士との契約は長所、短所などというも枠組みでは計れない意味がある。それは絆だった。
「……そうか……そう言えばお前は上位精霊でありながら、召喚士である人族と契約を交した変わり者だったな……」
本来、精霊は自我を持っていない。ただ自我は持たないが自由で気まぐれな存在であり殆ど人の前に姿を現すことは無い。そんな自我を持たない精霊たちへ意思疎通を図り契約を交し使役することができる存在、それが召喚士である。だがウルディネのような自我を持つ上位精霊は、自我を持たない精霊以上に自由で気まぐれな存在であり、例え凄腕の召喚士でも使役できる者は中々いない。そもそも出会うことも難しいとされている上位精霊と契約を交し使役出来れば、それは奇跡と言われるほどだ。
だが上位精霊と召喚士、契約を結んだこの両者の間でそれは奇跡などでは無い。上位精霊と契約を交した数少ない召喚士たちの間にはある共通点がある。それは契約や使役と言った言葉を越えた関係、強い絆が召喚士と上位精霊の間で生まれていたということ。
それは時に親が子へ、もしくは子が親へ向ける愛情だったり、また時にはそれが異性へ向ける愛情だったりと上位精霊と召喚士が契約を結ぶという意味にはそれ以上の意味が含まれているのである。
強い絆、愛情で召喚士と心を通わせた上位精霊は自由で気まぐれな性質が嘘であったかのように一途となり、その永遠とも言える生涯を召喚士に捧げるという。強く結ばれた召喚士との絆は死別した後も続くと言われ、両者が生まれ変わったとしてもその絆は続くともあると言われている。
人では無い存在にこの言葉が的確なのかは定かではないが、召喚士を一途に愛する上位精霊を変わり者と称したのだった。
「……使役された精霊が召喚士から離れれば、力の供給が止まり、まともに戦うことも出来ない……なぜ召喚士を同行させなかった……と、三流なことは言うまい……どうせ召喚士をこの場に連れてきたくはないとかそんな所だろう?」
ウルディネが反撃出来ない理由に気付いた魔王の表情が落胆に変わる。しかし落胆した表情とは裏腹に、召喚士と上位精霊の関係にやけに詳しい魔王の言葉はウルディネの選択を否定することはなかった。
「……」
魔王の言うことは半分当たっていた。ウルディネはテイチをこの場に連れてきたくはなかった。それは勿論この場所が危険であるからだが、それ以上にテイチを魔王に会わせたくなかったからだ。魔王として変わり果てしまったかもしれないアキの姿をテイチには見せたくなかったのだ。
「……だがどうする? 力を絶たれ満身創痍の状態で、魔王であるこの俺とどう戦うのだ?」
落胆して尚、まだウルディネと戦うことを望んでいる魔王。満身創痍な状態でも自分の前に現れたからには何かこの状況を打破する策があるのだろうと、魔王は期待の目をウルディネへ向ける。
「……」
魔王から期待の目を向けられ問われて尚、口を開かないウルディネは、あの日、ブリザラと交した会話を思い出していた。
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今回ありません。




