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再会と覚悟

ガイアスの世界


 今回ありません


 再会と覚悟




 『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス



 ― 現在 ムウラガ大陸上空 —


 

 未開の地として一流の冒険者や戦闘職にも恐れられるムウラガ大陸の上空を水で作り出した翼を使い飛ぶ上位精霊ウルディネ。その眼前には、未開の地というには不釣り合いな人工物、禍々しい気配を纏った城が山のようにそびえたっていた。


「……」


 城から放たれる得体の知れない気配に死を想像してしまうウルディネ。それほどまでに城から放たれる気配は上位精霊であるウルディネを怯えさせる。


「私が死を恐れるとはな……」


 精霊に明確な死は存在しない。存在が消滅したとしても、その魂は再び自我のない精霊として生まれ変わるからだ。それを知っているからこそウルディネは今まで死を恐れたことなど無かった。だが今のウルディネは死ぬことを恐れていた。何故、死を恐れるようになったのか、その理由が人との繋がりにあることをウルディネは理解している。

 精霊とは自由でありながら一途な存在でもある。自由気ままにその力を振うが、一度気に入った者、認めた者がいれば精霊はその力をその者為に使う。そして一生をかけてその者の側から離れることは無い。その者が死んだ時は自分も死ぬ。それほどまでに人との関わりを持った精霊は一途になる。見方によっては自由を縛る呪いとも言えるのである。

 だが精霊はそれを悔いたりはしない。人との繋がりを知った精霊は、自由を犠牲にしたとしてもおつりがくるほどにそれが素晴らしいものであることを理解しているからだ。

 それが自我を持った上位精霊ならば尚更である。時に喜びを、時には悲しみを分かち合うことで様々な感情を共有することができることは、上位精霊にとって何ものにも代えがたい宝物と言える。

 だからこそ、それらを失う死が怖く恐怖する。繋がった人と様々なことを共有できなくなることが、宝物を失いまた自我の無い精霊へ戻ることを恐れるのである。

 

「……もう、あの子の感触や温もりが思い出せない」


 抱いた死への恐怖に抗う時、ウルディネは自分の契約者であるテイチを抱きしめている時の感触や温もりを思い出すことにしていた。それは実体の無い精霊とは違い実体がある上位精霊だからこそできる人との触れ合い。

 しかし既にサイデリー王国でテイチと別れてから三週間の月日が経ち、その感触や温もりをウルディネは正確に思い出すことが出来なくなっていた。即ちそれは心の糧、精神の安定を失うということ。

 召喚士であるテイチから送られた力も既に底が見えている状況の中、精神の安定すら保てなくなっているウルディネの状態は最悪と言えた。


「だがそれでも……」


 ウルディネにはやらなければならないことがある。テイチと同じぐらい大切な人がウルディネにはいる。その想いはテイチへ向ける親心とは違う別の感情。


「待っていろ、お前が何を考えているのか直接私が聞いてやる」


 死に対して恐怖する自分の心を鼓舞し、今一度気持ちを奮い立たせたウルディネは得体の知れない気配を放つ城の城門前に降り立った。


「……気配は無い」


 周囲に魔物や魔族の気配はない。ムウラガ大陸に上陸してから今まであれほど止むことの無かった魔物や魔族の襲撃が、城へ辿りついた途端止んだ。もし城の主に拒まれているのならば、城門前が一番の激戦区になるはず。しかし見張り一人見当たらない状況にウルディネは城の主に招かれていることを悟る。


「……」


 ウルディネが城の前に降り立つと同時に、人族が建てたものとは比べものにならないほど巨大な城門が地響きをあげなから開いた。


「……入れということだな」


 まだ見ぬ城の主の意思を感じ、足を進めていくウルディネ。敵の根城に単身で乗り込むというのに、真正面から突っ込んで行くのは本来ならば悪手以外の何ものでも無い。だが城門が開いたということは、少なくとも城の主はこの場で戦う気は無いということ。懐へ招いたということは、城の主に対話する意思があるのだと勝手に決めつけたウルディネは、毅然な態度で城門を潜って行く。


「……ッ!」


 城門を抜けた瞬間、広がる暗闇の空間。暗闇に視覚を奪われ何も見ることが出来ない。ただしその暗闇のあらゆる角度から魔物や魔族の殺気が槍のように自分の体に突き刺さるのを感じるウルディネ。その殺気1つ1つから外で倒して来た魔物や魔族とは比べものにならない強さをウルディネは感じた。


「なッ!」


 罠だったかと身構えようとした瞬間、一瞬にしてあらゆる角度から自分へ向けられていた殺気が忽然と消失するのを感じたウルディネは、殺気を消失させた存在がその場を支配しているだろうと理解する。


「……アキ……なのか?」


 周囲に広がる深い暗闇によって視覚が機能しないウルディネは、その気配を辿った。それは城から漂っていたものと同質のもの。だが近づけば近づく程にその気配は知る気配のようにも感じるウルディネは、この城の主となった者の名を呼ぶ。


「……アキ? 誰だそいつは?」


 だが返ってきたのはウルディネの想いを否定する言葉。


「アキなんだろう! だから私をこの城の中に招いたんだろう!」


 しかしウルディネは耳に届いたその声で確信する。忘れたくとも忘れられるはずの無い声。会いたがっていた者の声だと。


「……知らん……」


 冷たく言い放たれる言葉に呼応するように突如膨れ上がった気配が周囲の暗闇を吹き飛ばしていく。


「……!」


 それと同時に至る所に備えつけられていた蝋燭に火が灯り、全容が明らかとなる城の内部。城自体はガイアス各地にあるどの城よりも大きいが、まるでそれは張りぼてだとでもいうように、城の内部には何も無い空間が広がっていた。


「……アキ」


 何も無い空間の中心にポツリと置かれた玉座。それは魔を統べる者が座る玉座とは思えないほどに簡素な作りをしており、威厳もましてや恐怖や恐れすら感じないごく普通の椅子のように見える。


「アキッ!」


 そんな簡素な玉座の前に立つ存在へ向け、僅かな希望を手繰り寄せるようにウルディネはもう一度はっきりとその名を呼ぶ。


「何度もくどいな……その認識を正せ、精霊……俺は魔を統べる存在、魔王だ……アキなんて名前では無い」


 三度ウルディネの想いを否定した城の主は、魔を統べる存在、魔王と名乗るとまるで『闇』の炎のような外套マントを翻した。


「……クイーン」


 翻った外套マントから覗く漆黒の全身防具フルアーマー。それは確かにウルディネが知る防具、自我を持つ伝説の防具であった。だが今は僅かな面影を残すだけで、その漆黒の全身防具フルアーマーは、触れるだけで呪われるのではないかと思う程に禍々しい変容を遂げていた。


「お前は挑みに来たのだろう、この俺に……待っていたんだ俺は……挑んでくる者を……」


 空から太陽が消え、その代わりとでもいうように赤い月が出現してから一カ月。ガイアス各地で起る魔物や魔族の襲撃によって、魔王の誕生は世界各地に知れ渡った。世界を暗闇に染め上げた張本人、直ぐにでも倒さなければならない存在。誰もが魔王という存在を世界の敵だと認識した。そして魔王は待っていた、自分に挑んでくる者を。


「……だがどうだ、待てども俺に挑もうとする者は一向に現れない……女神の加護を一番に受けたはずの人族も、それ以外の種族も……誰一人俺の前に現れない」


 人類は魔王という存在を認識しただけで動かなかった。いや、動くことができなかった。魔王を倒すことが出来る力を誰も持っていなかったからだ。


「……女神の加護を受けた人類が己の使命を忘れその力すら殆ど失い腑抜けにしてしまうのだから……時が経つというのは恐ろしいな」


 女神からの加護による力を人類が失ってしまう程に時が流れたことを嘆く魔王。


「更にはこんな状況になって尚、己の利権を優先しようとする節操がない下品な輩まで出る始末……ああ、本当に情けない」


 自分が誕生してから人類がどう動くか魔族や魔物を通して見ていた魔王は、この混乱に乗じて自国の領土を広げようと企てる者たちがいることに失望し落胆の声を上げる。


「力が無いのなら無いなりの挑み方というものがあるだろう、こう一致団結でもして大勢で俺に挑んでくるとか、どうにでもやりようはあるだろうに……」


 もはや人類に対するただの愚痴にしか聞こえない魔王の言葉。


「アキ……お前は何を言っている」


 人類に呆れ果て愚痴る魔王のその声色は、確かにウルディネが知る人物のもの。しかしその声から聞こえてくる言葉使いや語られる内容は、ウルディネの知らない別人のものにしか聞こえない。


「だから、アキなど……ん? なるほど……」


 何かを思い出したというように顎を摩る魔王。


「……もしかしてそのアキというのは、この肉体の元の持ち主の名か……」


「え……?」


 目の前の存在が何を言っているのか理解できないウルディネ。


「ふん、残念だが、この肉体の持ち主の魂は、俺が誕生した瞬間に消滅した」


 そんなこと些細なことでしかないというような軽い口調で魔王はウルディネへそう告げた。


「そんな……」


 一瞬にして顔から生気が失われていくウルディネは膝から崩れ落ちた。


「嘘だ……嘘だッ! アキは死なない! アキは死なないッ!」


 押し寄せる絶望に発狂するウルディネ。


「五月蠅いな、そいつは消滅したもういない……お前、俺へ挑みに来たのだろう、だったらさっさと立ち上がって俺に精霊の技の1つや2つ見せてみろ……女神の加護を受けていないとはいえ上位精霊……少しは俺を楽しませられるだろう……なぁウルディネ」


「……ッ!」


 それは何の確証もないただの勘、精霊の勘でしかない。だがその絶望に僅かではあるが小さな光が差す何かを感じたウルディネ。


(……私の名……呼んだ……)


 もし目の前にいる魔王が本当に魔王であるのなら、自分の名を知るはずがない。そう思うウルディネは、ゆっくりと顔を上げる。


(以前にも似たようなことがあった……あの時はそれが突破口にもなった)


 三週間前、サイデリー王国の氷の宮殿での出来事を思い出すウルディネ。


「……確かめてやる……」


 何かを確信したようにウルディネの顔に生気が戻る。それは触れればすぐに壊れてしまう程脆い僅かな可能性でしかない。しかしもう後がないウルディネはその僅かな可能性に賭けるしかないと覚悟を決めた。


「……勘違いするな、私は挑みにきたのではない、お前が……本当に魔王なのか確かめに来たんだ!」


 そう言い放ったウルディネは、自分を見つめる魔王の顔を見つめ返した。


「良い顔だ……魔王に挑む奴はそういう顔でなければなぁ」


 迫りくる絶望を何とか振り払い戦う覚悟を決めたウルディネのその顔に、魔王は満足げな笑みを浮かべた。




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