女神とはなんぞや
ガイアスの世界
今回ありません
女神とはなんぞや
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
「……それでは改めてこの私ピーランが現状について説明させていただきます……」
氷の宮殿、王の間に漂う張り詰めた緊張感。その緊張感を作り出した張本人であるピーランの姿をしたランギューニュらしき人物は、極限まで感情を削ぎ落とした表情でブリザラたちへそう告げた。
「「「「「……」」」」」
仮にもこの国で4人しかいない最上級盾士たち3人と国1つ簡単に水没させることができるという災害級の力を持つ上位精霊、そしてサイデリーの王であり、伝説武具の所有者を相手に、彼ら彼女が黙る程の圧を放つ黒い給仕服姿の王の近衛兼世話係。その声色は静かであったがアレに絶対触れるなという鬼気迫るものがあった。
明らかに先程までと様子が違うピーランの姿をしたランギューニュらしき人物。そう今彼ら彼女らが視線を向ける黒い給仕服姿の人物は、巷を賑わせる偶像でも無ければ、人の体を勝手に乗っ取り誰彼構わず偶像笑顔を振りまいていた最上級盾士でも無い。そこにいるのは、悪乗り悪ふざけを続けていたランギューニュから自分の肉体を取り戻したピーラン本人であった。
事の発端は、ピーランの体を乗っ取ったランギューニュの悪乗りと悪ふざけが原因だった。
状況を今一掴めていないブリザラたちの前でピーランの姿をしたランギューニュは突如として巷を賑わす偶像のような奇行を絡めながら現状についての説明を話始めたのだ。
当然状況が今一理解できていないブリザラたちは、ピーランの姿をしたランギューニュの奇行に意識を持っていかれ、説明の内容など殆ど頭に入ってこなかった。それ以上に、普段、冷静で真面目な印象の強いピーランが突然、舞台に上がった偶像のように歌い踊り偶像笑顔するその姿は、あまりにも普段とかけ離れておりブリザラたちを混乱と動揺させたのだった。だが一番動揺し混乱していたのは、紛れも無く本人であるピーランだった。
忍として人の目から隠れて行動することが多かったピーラン。そんな日陰者が突如として人前で歌って踊って自分でもしたことが無い程の笑みを浮かべそれを振りまく。想像するだけでピーランは首から尾骶骨に悪寒が走った。
自分がそんなことをしていると考えるだけでも悪寒が走るのに、それを見知った者たちに見られているという状況は、ピーランにとって恥辱以外のなにものでもなく今すぐ死にたい、この場から消えてしまいたいとさえ思わせた。そして更にピーランの心を抉ったのは、ブリザラの反応だった。
最初こそブリザラの表情には戸惑いや動揺があったが、次第にそれらの感情は薄れて行き興奮と熱狂に塗り替わって行った。だがブリザラをそんな表情へ変えたのは自分では無くランギューニュ。ブリザラからそんな表情を向けられたことが無いピーランの心の中には、ランギューニュに対しての嫉妬と明確な憎悪が灯った。
それが功を奏したのか、それとも別の要因があったのか、結果ランギューニュに掛けられていた誘惑や精神操作から一時的に脱することができたピーランは、自身の肉体を取り戻すことに成功したというわけだった。
「……まず、ブリザラ様の中には創造の女神フリーデが存在しています」
自分の奇行についての説明は後回し、むしろ有耶無耶になれと願いながらピーランは、色々とすっ飛ばしつつも改めて一番重要な内容から説明を始めた。
「私の中に……女神が……」
何か思い当たる節があるのか、ピーランの言葉にそれほど動揺が見られないブリザラはそう呟きながら思考の海へ潜って行く。記憶の端々にあるその名やその名に関する出来事をブリザラは整理していく。
「おい待て待て、女神フリーデって……」
ブリザラが女神に関しての記憶を辿るため思考の海へ潜る中、ピーランの説明に首を傾げたのはグラン。
「……物語や伝説に出てくる女神の名だろ?」
「そうそう、創造の女神……確かこの世界もその女神が生み出したっていう……」
それぞれ自分が持つ創造の女神の知識を並べて行くグランとティディ。
「だがその女神は架空の存在、言わば物語に出てくる登場人物みたいなものだろう」
「うん……信仰対象にしている者たちがごく少数いるっていう話は、何処かで聞いた覚えがあるけれど、実在しているなんて話は少なくともフルード大陸では聞いたことが無い」
一部の者たちの間で信仰されているという話はあるが、あくまでその女神は物語や伝説に出てくる登場人物架空の存在だという認識を持つグランとティディは、ピーランの言葉を信じきれずにいた。
「いや……女神は存在する」
今まで二人の意見を黙って聞いていたガリデウスがその意見を否定するように口を開いた。
「お前たちは僧侶がどういう原理で、人の体や病気を癒す回復術や治癒術を使っているか、説明できるか?」
「僧侶が……」
「……原理……」
ガリデウスの質問に考え込む二人。
「あまりにも僧侶という存在が身近で当たり前すぎて、彼らが扱う治癒術や回復術が、何を力にして発動しているのか何て考えたこともなかっただろう?」
冒険者や戦闘職にとって文字通り生命線であり、戦いに赴くことの無い一般の人々にとっても日常生活で負った怪我や病気などを癒してくれる存在である僧侶。あまりにもその存在が身近で当然過ぎて、誰しもその力の根源が何であるのか考えたことが無いことを指摘するガリデウス。
「ああ……そういや確かに」
「はい……言われるまで疑問にも思いませんでした」
指摘したガリデウスの言葉に素直に頷くグランとティディ。
「まあ、だがそれも当然だ……現状、現役の僧侶ですら、自分たちが扱っている力の根源が何なのか理解している者は少ない……」
あまりにも身近で当然過ぎるが故に、僧侶ですら自分たちが何気なく扱っている力の根源が何であるのか理解できていない者が多いと語るガリデウス。
「いやいや、得意げに語ってはいるが、ガリデウス……お前盾士だろう? 何で僧侶でも気付いていないようなことを、本職でも無いお前が気付いているんだ?」
ガリデウスの戦闘職は盾士。それもサイデリーに四人しかいない最上級盾士である。そんなガリデウスがなぜ僧侶でも気付かないことに気付いているのか不思議でならないグラン。
「……そりゃ気になったからだ」
「ああ……そういや、お前はそんな奴だったな……最上級盾士の隊長になってから影を潜めていたが、若い頃のお前は異常な程の知りたがりだったな」
単純な動機にガリデウスの本来の気質を思い出したグランは、呆れた表情を浮かべた。
「……そこまで言うってことは……もしかして、ガリデウスはその力の根源が何なのか知っているの?」
互いに良き好敵手であった若い頃を思い出し、何処か遠い目をしているグランを横に、ティディがガリデウスにそう尋ねた。
「……正直、半々といった所だ……知識としては理解した……だが私には素質が無い」
「……素質?」
ガリデウスの口から出た素質という言葉に首を傾げるティディ。
「ああ、僧侶たちが扱う術の根源とは『聖』と呼ばれる想い……誰しもが持つものでありながら、素質がなければ力として扱うことができないもの……私にはその素質が無かった……だから半々だ……」
知りたかったが故に、素質が無かったことによってその全容を知ることが叶わなかったガリデウスは、しかしと人差し指を立てた。
「だから私は考え続け1つの答えに行きついた……ここからは私の推測でしかないが『聖』の正体とは、今我々が話していた女神のことではないかと……どうだランギューニュ?」
今まで得た知識を総動員しガリデウスが導き出した答え。その答え合わせをするように、ガリデウスはピーランに、いや、未だピーランの中に存在しているランギューニュへと語りかけた。
「え? もう一度? ふざけるな……チィ……今度あんなことしたら本当に殺すからな」
突然誰かと話し始めたピーラン。物騒なことを言い出したと思えば、ゆっくりと両目を瞑った。
「……ははッ! 流石ガリデウス、よくそこまで行きついたね、同じ最上級盾士として僕は鼻が高いよ」
次にピーランが目を開いた瞬間。そこにピーランの面影は無かった。その代わりとでもいうようにあったのは、軽薄な口調でガリデウスを褒めるピーランの姿をしたランギューニュその人であった。
「ふん、お前に褒められてもうれしくは無い……とりあえず色々と事が済んだら、ただちに彼女へ謝罪しろ、これは隊長命令だ」
ピーランが相当な鬱憤を溜めている事を最後の言葉で理解していたガリデウス。当然その原因がランギューニュにあることは明白であり、呆れた表情を浮かべながらガリデウスは最上級盾士の隊長としてピーランへ謝罪することをランギューニュに命じた。
「はぁ……隊長命令じゃしかたない、この説明が終わったら謝るよ……」
ピーランの顔で心底嫌そうな表情を浮かべるランギューニュ。
「さて、それじゃ選手交代……ここからは僕が真面目に説明するよ……光ある所には必ず影があるように、『聖』ある所には『闇』がある……今ブリザラ様の中に存在している女神に何が起っているのかをね」
その言葉が真実であることを示すように、ピーランの姿をしたランギューニュから軽薄さが消えた。
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