繋がる偶然
ガイアスの世界
今回ありません
繋がる偶然
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
「さあどうしますかウルディネさん、私の物となりますか……それとも……」
何かに首を絞められ宙に浮かぶテイチ。その苦しむ顔を見ながらブリザラの顔をした女神フリーデは、フルード大陸の極寒よりも更に冷たい笑みを浮かべ既に答えの決まった問をウルディネに突きつける。
「……くぅ……わかった……お前に従う……だからもうやめてくれ……テイチを……放してくれ」
既に傀儡と成り果て、目の前の異常に眉一つ動かさず立っているだけとなった最上級盾士たちとは違い、女神フリーデによる幾つもの精神操作を跳ね返してきたウルディネ。しかし愛してしまった者と同じくらい大切に思っているテイチを人質に取られたウルディネにはフリーデの言葉に頷く以外の選択は無かった。
「ふふふ……そうですかそれはよかったです、私も無用な殺生はしたくありませんから」
そう言いながら宙に浮き首を絞められたように苦しんでいるテイチを解放するフリーデ。
「テイチッ!」
フリーデから解放され王の間の床へと落下していくテイチ。全力で駆け寄り寸での所でテイチを受け止め抱きかかえたウルディネは、両腕の中で気を失っているテイチの顔を見て安堵する。その顔は、目の前の女神よりも慈愛に満ちていた。
「……ッ!」
だがその視線が再びフリーデへ向けられた瞬間、ウルディネの表情は怒りと強烈な殺意に満ちて行く。
「ん? おかしいですね、あなたは私の物になったはず……そんな反抗的な態度をとるなら……」
「うぐッ!ぅぅぅ……うぅぅぅぅぅぅ」
突然ウルディネの腕の中でもがき苦しみ出すテイチ。
「テイチッ!」
苦しむテイチの姿に取り乱すウルディネ。
「……既にその人族の子の命は私の手の中だということをご理解いただけましたか?」
解放した訳では無い。いつでもテイチの命を奪うことは出来るぞとウルディネを脅すフリーデ。
「……わ、わかった……だからテイチを苦しませるのはやめてくれッ!」
自分の両腕の中で苦しむテイチを助けようとウルディネはフリーデに抱く怒りや殺意をかなぐり捨て懇願した。
「ふふふ、わかってくれましたね」
懇願するウルディネの姿に満足したのか、テイチを苦しみから解放するフリーデ。
「……はぁ……テイチ……」
苦しみから解放され穏やかな表情に戻ったテイチを見てウルディネは安堵の息をはいた。
「……何故お前はこうまでして私を自分の物にしたいんだ?」
数十秒の間、ただ黙って穏やかに眠るテイチの顔を見続け心を落ち着けたウルディネは数十秒もの間、沈黙に付き合ったフリーデへ視線を向けそう質問した。
「……お前程の力があれば一人でどうにでも出来るだろう?」
世界を創造し、その世界を消滅させることもできるという異次元な力を持つ女神フリーデ。もはや自分以外の存在は必要無く一人でどんなことでも出来てしまう女神が何故ウルディネに固執するのか。自分を欲するだけの理由に全く心当たりが無いウルディネはフリーデへそう質問を続けた。
「何を仰いますか、今の私にはあなたがとても必要です……確かに……本来の私ならば一人でこの世界を消滅させることは可能です……ですが様々なしがらみによって今の私はその本来の力を行使することが出来ないのです」
(……本来の力を行使できない……しがらみ)
何とかこの状況を打破する方法無いかとウルディネはフリーデの口から発せられる言葉を一音一句逃さず咀嚼し理解しようとする。だが次元の違う力を持つ女神をも縛り付けるしがらみとは一体何なのか、目の前の存在に対しての情報が足りないウルディネには見当もつかない。
「……でも私は、美しくも不完全なこの世界をどうしても消滅させたい……本来の力を取り戻すまで悠長に待つこともしたくない……だから私は、私の代わりにこの世界を消滅させてくれる存在に目をつけたのです」
「……? ……それが魔王ってことか……」
確かに魔王が持つ力ならば、女神の力には劣り時間はかかるものの世界を消滅させることも可能かもしれない。だがウルディネにとって今はそんなことどうでもよかった。それよりもウルディネが気になったのは、フリーデの表情。自分の代わりに目的を果たす存在を見つけたと語った時のフリーデの表情は、ウルディネたちへよく見せた慈愛に満ちた笑みでも無ければ、先程のような暗く冷たい笑みでも無い。今フリーデが浮かべた笑みには、憧れを抱く者へ向けるようなそんな機微がその笑みから感じられたのだ。
「はいッ!」
自分の考えを理解してくれたことが嬉しかったのか、ウルディネに対しまるで子供のような、女神らしからぬ幼く無邪気な笑みを浮かべるフリーデ。
(まさか……)
フリーデが浮かべた幼く無邪気なその笑みをウルディネは知っている。
(……まだ可能性は残っているのかもしれない)
何の確証もない。それは元々フリーデが持つ気質から出ているものなのかもしれない。しかしウルディネはフリーデが浮かべたその笑みには何か違う意味があるのではないか、この状況を打破するだけの何かが、フリーデが口にしたしがらみがそこにあるのではないかとその可能性へ賭けることにした。
「……それで結局の所、お前のその目的の中に私はどう関係してくる? 話を聞く限り私は必要ないように思うが?」
僅かに見えた可能性を何としても手繰り寄せるべく、ウルディネはフリーデとの会話を続ける。
「いいえ、私の目的を達成する為には、あなたが絶対に必要……魔王となった者を愛してしまったウルディネさんが必要なのです」
そう断言したフリーデの表情にはまた違う笑みが浮かぶ。
(やはりそうか……)
フリーデが向けたその新たな笑みを見て何かを確信するウルディネ。
「……ああ、確かに私は魔王を愛している……」
細くすぐにでも途切れてしまいそうな僅かな可能性を信じウルディネは仕掛けた。
「この体が燃え上がる程に……」
既に秘めていた自分の気持ちをこの王の間でさらけ出してしまったウルディネのその言葉に気恥ずかしさや躊躇は無い。自身の気持ちを容赦なく語るウルディネのその言葉は、フリーデにではなく違う誰かを挑発しているようであった。
(もし……まだ意識が残っているのなら私の言葉に反応してみせろ小娘)
ウルディネが賭けた可能性、それはフリーデという強大な自我に追いやられ、今や存在しているのかもわからない状態にある少女の自我。だが先程からみせるフリーデの様々な笑みを見て、ウルディネは少女の自我がまだ存在していると確信した。
「水を司る上位精霊であるこの私の心に、あいつは愛という炎を私に灯していった……」
そう発した本人自身、歯が浮く様なクサい言葉であることは重々理解していた。だがそれでも強行したのは、この言葉によって今や消える寸前の少女の自我を、いや少女の恋心を刺激する為だった。魔王となった者への愛を語ることで、少女の恋心を刺激し自我を浮上させることができるのではないかと思ったからだ。
「……まあ凄い……聞いているこちらが恥ずかしくなってしまいますね」
しかしウルディネの賭けは外れた。ウルディネ渾身の言葉を聞いてもフリーデに変化は現れなかった。
「……そう、だからこそウルディネさん……あなたが必要なのです……」
そう口にした瞬間、フリーデの笑みが変わる。それと同時に周囲の温度が一瞬にして下がったような感覚がウルディネの肌に伝わってくる。
「……ッ!」
コロコロと変わるフリーデの笑みの中で、最も最悪であり不気味なフリーデの笑みがウルディネの背筋を凍らせた。
「……魔王にはまだ人の心が残っています……それでは世界を消滅させることはできません……だからその心を消し去るのです……人の心を消し去ることで魔王は魔王として完成する……あなたはそのきっかけとして最適な存在……自分を愛する者を魔王自らの手でウルディネさん、あなたを殺めることによって魔王は人の心を失い、その心は私と同じように本当の意味で『闇』へと堕ちて行く……完全で完璧な魔王へと至るのです」
僅かに開きかけた可能性が無に帰すほど、フリーデが浮かべる笑みは暗く冷たい。
「……私が魔王に……」
自分の死を引金として魔王にまだ残る人の心を完全に消し去るというフリーデの言葉に思わずテイチを抱きかかえていた両腕に力が入るウルディネ。
(そうか……まだ人の心が……)
ウルディネはフリーデの言葉を聞き逃さなかった。絶望によって朽ちたはずの道に細く頼りない光が灯るのをウルディネは感じる。
(まだこちら側に引き戻すことができるかもしれない)
それはほんの僅かな希望でしかない。だが追い詰められた今のウルディネにとってはただそれだけの希望であっても大きな力となる。
「……あなたが私にとって必要な理由、おわかりいただけましたか」
その顔に少女の面影はもう無い。そして女神としての面影もない。あるのは破壊衝動に駆られ、『闇』へと堕ちた破壊の女神の何処までも暗く、何処までも冷たい微笑だった。
「……ッ! なッ!」
まるで僅かに灯った希望へ吸い寄せられるようにして、それは突然起こった。
《頼む》
誰も示し合わせたわけではない。それは全くの偶然でしかない。だが僅かな希望が灯った瞬間、それに反応するように別の新たな希望が小さな希望へと合流していく。絶望に閉ざされたはずの道に、その瞬間僅かな光がさした。
「……か、体がうごかない……これはキングの仕業かッ!」
何が起ったのか理解できず、その顔が笑み以外の感情、困惑へと変わり、そして怒りへと変わるフリーデ。
「ブリザラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして更なる希望が合流する。これも示し合わせたわけではない。ただの偶然でしかない。意識を失っていたはずのピーランが親友である少女の名を叫びながら姿を現しフリーデの前に立ち塞がった。
「こっちだ! 私の目を見ろブリザラァァァァァァァ!」
そう叫びながらフリーデの目を真っ直ぐ見つめるピーラン。その瞳の奥には最上級盾士であるランギューニュの姿が映っていた。
ガイアスの世界
今回ありません




