絶望の裏にある微かな願い
ガイアスの世界
今回ありません
絶望の裏にある微かな願い
― 場所不明 ―
終焉を迎えた世界のように漂う濃霧。何も無いその空間は以前『女神の面影』を持つ少女たちが集った場所。だが当然『女神の面影』を持つ少女たちの姿はもう無い。既に少女たちは様々な思いを胸にこの空間から旅立っていった。今は少女たちがこの空間に存在したことを示す様々な種類の椅子が残されているだけだった。
そんな少女たちの痕跡が残る空間に、初老の男が一人、足を踏み入れた。立派な髭を蓄え金色に輝く王冠を被る初老の男のその姿は、まさに誰しもが頭の中に思い浮かべる王そのものであった。
「……」
この空間に少女たちが存在したことを示す椅子の1つ、とても窮屈そうな椅子の前に立った初老の男は、膝をつき頭を下げた。一国の王のような姿をした初老男が椅子の前で膝をつき頭を下げる。その行動は自分よりも高位の存在がいることを示唆していた。
すると膝をつき頭を下げた初老の男に反応するように、とても窮屈そうな椅子が天界に住まう神が座るような神々しいものへと形を変えた。そして椅子が変化を遂げたと同時に、頭を下げる初老の男の前に一人の女性、女神が立っていた。
女神というのは比喩などでは無く、初老の男の前に立つ者は、まさしく人の常識や王という立場など一切通じない存在、女神だった。
「顔を上げなさい」
短い言葉。だがそれだけで周囲の濃霧が消し飛んでいく。初老の男へ向けたその言葉に感情と呼べるものは籠っていないが、しかし女神のその表情には慈悲深い笑みが浮かぶ。
「……」
顔を上げることを許された初老の男は、ゆっくりとその顔を上げ、視線を女神へ向けた。
「久しいで……?」
不自然な所で言葉が止まる女神。久しぶりの再会を果たした初老の男へ声をかけようとした女神の顔は一瞬動揺に揺れた。
「キング……以前にも、私とこの場所で会ったことがありませんでしたか?」
既視感を抱く女神。以前にも同じような状況を体験したことがあるような感覚を抱いた女神は、目の前で自分に跪く初老の男、キングへそう尋ねた。
「……いいえ、この場でお会いするのは初かと……」
少し考えてからキングは顔を横に振り、この空間で会うのは初めてとそう答えた。
「そう……私の……気のせい……」
自分を見つめるキングから僅かに視線を逸らし己が抱いた既視感について考え込む女神。
「……」
考え込む女神を見つめ続けるキング。自分よりも遥かに高位の存在、それこそ自分を創造した創造主に匹敵する存在を前にキングは視線をはずことが出来ない。いやそれは違う。キングは、女神の周囲に漂う禍々しいものを見つめていたのだ。
「……いいえ、うん、この感覚には身に覚えがある……」
遥か遠く膨大な自分の記憶を探る女神は、何かに行きついたのか、先程キングへ向けたものでは無く、底知れぬほど暗い笑みを浮かべた。
「……ッ!」
女神らしからぬその暗い笑みに動揺するキング。
「そう……これは……やり直し……時を戻した……しかも幾度も……そんなことが出来るのはあの方だけ……」
既視感の答えに辿りついた女神は、自分が、いやこの世界が何者かによって幾度もやり直されていることに気付き更に暗く禍々しい笑みを浮かべた。
「……あの方にとっては、この世界は正しい……のですね」
「……」
独りで疑問を抱き、独りで考え込み、独りで答えを導き出して暗く禍々しい笑みを浮かべる女神を黙ったまま見つめ続けるキング。その瞳には確かに自分の所有者である少女に酷似した顔を持つ女神の姿が映っていた。しかしもう自分が知る女神はそこにいないのだと確信するキング。女神から漂うそれは、自分が、いや全ての伝説武具が憎む存在。創造主によって組み込まれた使命にある駆逐対象『絶対悪』の残滓であった。
だが『闇』へと堕ちた女神の本来の威光が消えた訳では無い。『闇』でありながら『聖』、『聖』でありながら『闇』、その両方を女神は漂わせていた。それはまさにキングが知る者たちと同じように。
「……まあ、今はいいでしょう……それよりも久しいですねキング、息災でなによりです」
まるで時間を巻き戻すように、先程言いかけた言葉をキングへ口にする女神。
「……恐れながら、質問を1つよろしいでしょうか……」
緊張した物言いで女神へ質問の許しをこうキング。
「許します……」
キングに質問を許す女神。
「……その禍々しい気配を漂わせながら、あの子の体へ受肉しあなたはこの世界で何を成すつもりですか?」
相手は自分を作り出した創造主に匹敵するほどの存在である女神にして、抹殺対象である『絶対悪』の残滓。僅かでも判断や言葉を間違えれば即座に抹消されてもおかしくは無い存在。だがキングは決断した。
「……」
キングが発したその言葉には明らかな敵意があった。その敵意を見逃すはずがない女神は、キングへ無機質な笑みを浮かべた。
「ふふふ、そこまで言えれば、私が何をするのかわかっているでしょう……」
そう女神が問いかけた瞬間、キングは己が持つ力を解き放つ。
「……よろしい、ならば反逆だッ! 女神が相手であろうと私は反逆するッ!」
女神の言葉が何を意味するのか、全て語らずとも悟ったキングの脳裏には目の前に立つ存在と酷似た顔を持つ少女と過ごした日々が過る。その日々がどれだけ大切なものであったか、そして穢されてはならないものであるか理解するキングは女神へ反逆の雄叫びをあげる。
「……創造主の玩具が余計なことを……」
反逆の意思を示したキングから放たれる光の壁。その光に女神の顔が初めて歪む。
「……あの子に……我王に、僅か一滴、微少なりともその穢れたものを触れさせはしない!ッ」
キングを中心として広がって行く光の壁。物理は愚か、精神攻撃すら凌ぐそれは、自分の所有者である少女に傷1つ、汚れ1つつけさせないというキングの覚悟を体現した最大出力の絶対防御。濃霧漂う空間にキングが発動した最大出力の絶対防御が広がって行く。そしてその光の壁はこの空間の何処かで囚われている少女を守る為、広がっていく。
(……後は運に賭ける他無い……誰かあの子を……我王を……頼むッ!)
届くかもわからない願いを託しキングは自分が放った絶対防御の光の中に飲み込まれていった。
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
― 氷の宮殿 王の間 ―
「……何処かでお会いしたことがありましたか?」
ウルディネの前でそう答えるブリザラの顔をした女神フリーデの表情は、先程までの白々しく慈愛に満ちた笑みとはかけ離れた冷たいものであった。
「……ッ!」
表情が変わっただけ。ただそれだけのことでウルディネの体は硬直した。人族とは肉体から精神まで根本的に作りが違う上位精霊であっても、目の前の存在が発する威光には逆らえない。それは目の前の人物が自分よりも遥かな高次元の存在だと本能のようなものが理解しているからに他ならない。
「……チィ……どれだけやっても、とち狂った女神の言いなりになんか私はならないッ!」
だが絶対的な威光を前にしてもウルディネの精神がその手に下ることはない。それはウルディネの想いの強さ、愛する者へ対しての想いの強さでもある。
「……そうですか、これでも屈しませんか」
どれだけ威光を見せつけても屈しないウルディネに少し呆れた表情を浮かべるブリザラの姿をした女神フリーデ。
「ならば……」
ウルディネから視線を外すフリーデ。
「ん? ……何をッ!」
その視線の対象が自分から外れたことに、何か強い不安が込み上げるウルディネは、ブリザラの姿をしたフリーデが向けた視線の後を自分の視線で追う。
「……やり方を変えましょう」
フリーデの視線の先、ウルディネの視線の先には、宙に浮かぶテイチの姿。まるで首を絞められているように苦しむテイチの姿があった。
「……ああッ! ああああああテイチッ!」
召喚士であり、自分の契約者であるテイチの苦しむ姿に発狂するウルディネ。
「……あなたの心が私に支配されないのならば、この人族の子を使ってあなたの行動を支配することにしましょう」
自分が放つ威光という名の精神操作で心を支配出来ないのならばその行動を支配すると言ったブリザラの姿をしたフリーデは、ウルディネにとって一番大切な存在であるテイチの首を更に強く締めあげた。
「さぁ、どうしますか? ……あと少しでも力を加えればこの人族の子の首は折れてしまいますよ」
「止めろッ! 止めてくれぇぇぇぇ!」
ウルディネの絶叫が王の間に響き渡る。
「……さぁ、私の物になりなさい水の上位精霊」
あと少しでも力を加えれば、テイチの細い首は乾いた音を立てて折れてしまう。そんな塩梅を保ちながらブリザラの姿をしたフリーデは、絶叫するウルディネへ女神にあるまじき冷たい笑みを浮かべるのだった。
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