真面目に合同で章 6 (ブリザラ&アキ編) 青年最上級盾士の過去
登場人物
ピーラン
年齢 20歳
レベル65
職業 忍者 レベル50
今までにマスターした職業
盗賊
装備
武器 ポイズンナイフ クナイ
頭 古い髪飾り
胴 忍装束(黒装束)
腕 忍びの手甲
足 忍びの足甲
その存在自体が公になっていない忍者。小さな島国ヒトクイの国専属職であること以外他国は殆ど情報を持っていないと言われている。
ヒトクイのとある隠れ里で忍者達は暮らしており普段は町の人々に紛れ一般人として暮らしている。そんな隠れ里から抜け出したのがピーランである。なぜ抜けたのかは理由は定かではないが、ピーランはそのままガウルドにある闇王国という盗賊組織の一員になっていたようだ。
真面目に合同で章 6 (ブリザラ&アキ編) 青年最上級盾士の過去
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス。
― 過去 サイデリー王国 氷の宮殿 地下収容所 ―
幼いブリザラが氷の宮殿地下にある収容所へ迷い込んだのはただの好奇心によるものであった。その日たまたまガリデウスの隙をつき自室から出ることができたブリザラは、外へ出ようとしたらたまたま地下へと向かう階段の近くを通り、たまたま収容所へ入る為の階段の前で警備をする盾士の姿が無かっただけ。たまたまという偶然が重なったことによって幼いブリザラは地下にある収容所へと足を踏み入れたのである。
「……」
ゆっくりと慎重に薄暗い暗闇が続く階段を下りていくブリザラ。すでにブリザラの心の中には後悔という感情が滲みだしていたが、それでも強く惹かれるその先にある何かを求め好奇心が後押しするように前へと進む原動力を生み出す。
見た目以上に長く感じる階段を下ったブリザラの目の前に広がったのは、地上に建てられ人々の象徴となっている氷の宮殿とは全く異なる暗い雰囲気が広がる空間であった。当時その場所がどんな目的で使用される場所なのか全く知らないブリザラは、得体の知れない物をみる目で収容所を見渡していた。
「……?」
使われなくなって久しいその収容所には当然人の気配など無い。しかしブリザラはその小さな体で自分以外の何かが居ることを察する。
「だれかいるの?」
収容所の一番奥に位置する牢屋に向かって声をかけるブリザラ。しかし返事は返ってこない。
「……」
自分の感覚を信じブリザラは恐る恐る収容所の最奥へと足を進める。
「お兄ちゃんどうしたの?」
収容所最奥にある牢屋の前に立ったブリザラはそこに自分よりも少し年上の少年がいると分かり声をかける。しかし収容所最奥にある光が届かない牢屋には少年の姿は無く暗闇だけが漂っている。
「僕は……ゴホン! 何だ、ここはガキの来るところじゃねぇぞ」
暗闇しか見えないはずのその場所から戸惑ったような少年の声が聞こえたかと思うと、突然咳払いをしてその声は強い口調に切り替え、鉄格子の前に立つブリザラを威圧する。ブリザラはジッと牢屋の奥を見つめる。よく目を凝らすとそこに浮かび上がったのは12、13歳くらいの少年の姿があった。
少年は自分の目の前に立ちジッと見つめてくるブリザラを鋭い眼光で睨みつけた。
「……お兄ちゃんはここで何してるの?」
だが明らかに威圧されているにも関わらずブリザラは物怖じせずにその少年に質問をする。
「はぁ……これだからガキは……」
睨んで怖がらせようとしたはずなのに全くその効果が無く、好奇心をその瞳に宿したように自分を見つめてくるブリザラに、少年は呆れたようにため息を吐く。
「ここはな、悪い事をした人間が入る場所だ、お前みたいなガキが来るところじゃないさっさとここから出ていけ」
「悪いこと?」
首を傾げるブリザラ。
「ああ、俺はこう見えても凄く悪い人間なんだ、お前みたいなガキすぐにでも食べちまうぞ」
相手は子供、普段やっているような脅しでは効果が無いと考えた少年は、子供にも分かるよう再度ブリザラに脅しをかけた。
「……お兄ちゃんは私のこと食べないよ、だってお兄ちゃん私と同じだもん」
「なっ!」
真っ直ぐ少年に向けられたブリザラの瞳に映るのは純粋な心。生まれてから今まで人としてでは無く化物として扱われていたことの方が多い少年にとってブリザラの言葉を心に刺さる言葉だった。
「ガキッ! 適当な事言っているんじゃねぇ! 俺はな今まで数多くの人間を食らってきたんだ、お前みたいなガキ簡単に喰らえるんだぞ!」
しかしブリザラが口にした心刺す言葉も人間という存在が信じられなくなっていた少年には受け止めきれず脅す事でしか返事を返せない。
「ぜったいうそ! 人を食べちゃうのはこわいマモノだけだもの、お兄ちゃんはマモノじゃないもの!」
ムキになった少年に対してムキになって言葉を返すブリザラ。
「このガキィ!」
「さっきからガキガキって私はガキって名前じゃないもん! 私はブリザラ=デイルだもん!」
ガキという言葉が気に喰わないのか地団駄を踏み自分はガキじゃないと抗議するブリザラ。
「何……? お前……ブリザラ=デイル……って……」
少年の目は見開き幼いブリザラを捉える。
「うん、ブリザラ=デイル、それが私の名前! ……お兄ちゃんは?」
少年が自分の名を口にしたのが嬉しかったのか今までムキになっていたブリザラの表情が一瞬にして笑顔に変わる。そしてその勢いのままブリザラは少年の名を聞いた。
「俺? ……俺の名か……俺の名は……」
そう言って立ち上がった少年は、鉄格子を挟んで自分の前に立つブリザラに近づいていく。ブリザラへの距離を縮めていくアキの瞳は、牢屋の暗闇のように深い『闇』に染まっていた。
「お……兄ちゃん……?」
今までとは何かが違う、一瞬にして様子が変わった少年を前にさすがのブリザラも異変を感じたのか表情が強張る。
「お前を利用すれば……面白い事ができそうだな……」
そう言いながら少年の口元が歪む。
「……どうしたの? 怖いよお兄ちゃん?」
少年に対して初めて感じる恐怖。この時ブリザラは初めて外から浴びせられる悪意というものを感じた。しかしまだ幼いブリザラには悪意というものが分からず困惑し怯えることしか出来ない。
「ブリザラ……俺の目をよく見るんだ……ゆっくりでいい、ゆっくり俺のこの目を見るんだ……」
まるで呪文を唱えるように少年は、『闇』に染まった自分の目をみるようブリザラに話かける。少年に怯え言葉に抗うことが出来ないブリザラは言われるがまま『闇』に染まる少年の瞳を見つめる。
「さあ、お前も……俺の……」
少年がブリザラに言いかけた時であった。少年の瞳から『闇』が消え失せる。そして『闇』を失ったその瞳は、深紅に染まるブリザラの瞳に魅入られてしまう。
「大丈夫、怖がらないで……あなたを化物なんて私は呼ばないし、思わない……私はあなたを怖がったりしない……だから……」
その口調は幼いブリザラから発せられているとは思えない程に大人びており少年の事を全て理解しているようでもあった。
「な、何?」
それは自身の心の中を全て裸にされたような感覚、しかしそこに嫌悪やいやらしさは微塵も無い。逆に温かい何かに包み込まれるようなそんな印象を少年は瞳が深紅に染まるブリザラに感じるのであった。
― 現在 氷の宮殿 地下 収容所 ―
「ああぁ! ……そうだ!」
何かをじっと見つめていたかと思うと突然何かを思い出したように目を見開いたブリザラは、興奮した様子でそう呟く。
「……どうやら思いだしたようですね、ブリザラ様」
ブリザラが何を思い出したのか見当が付いている南地区最上級盾士ランギューニュは笑みを零した。
「うん、そうだ……小さい頃、ここでランギューニュさんに出会っていた!」
「はい、その通りですブリザラ様」
まるで教え子が答えを導き出した時の教師のようにブリザラに優しく頷くランギューニュ。
「……ああ? どういうことだ?」
二人の会話に付いて行けていないアキは首を傾げる。
「私はあの時からあなたから目が離せなくなった……まるで聖母のようなあなたから……」
「せ、聖母……プププ、このオウサマが聖母……」
好奇心旺盛で、おてんばという言葉が似合いすぎると思っているアキはブリザラを聖母というランギューニュの言葉に思わず笑いが込み上げてくる。
「おい、そこの男……何がおかしい」
ブリザラの前では目を輝かせていたランギューニュであったが、自分の言葉に笑うアキに鋭い眼光を向けた。
「っ! ふん……お前の目が癖っているのかと思ったらおかしくてな」
ランギューニュの鋭い眼光に敵意を感じたアキは、それに答えるようにランギューニュを睨み返す。
「お前は癇に障る男だな……消すか?」
睨み返してきたアキに対して素直に自分が感じた感情を口にするランギューニュの様子は盾士にあるまじき邪悪な気配を放っている。
「ふふーん……なるほど……さっきからお前から漏れだしていた気配の正体がわかったぞ」
先程までチラチラとしか感じなかったランギューニュの妙な気配。それがアキに対して敵意を向けた瞬間はっきりと形をとったことによってアキはその気配の正体が何であるかを理解する。
「……お前が纏っているもの、それは『闇』だな……」
「そういうお前にも感じるぞ、『闇』の力を……」
アキの言葉に更に鋭くなるランギューニュの眼光、その瞳はアキから漂う『闇』の力を見通していた。
「ああ? だからなんだ……今『闇』の力を知られて不味いのは立場的に考えてお前だろ?」
サイデリーの人間では無いアキにとって他人から自分がどう思われようが知った事では無い。『闇』の力を持ち忌み嫌われたとしても全くアキには痛くもかゆくもないのだ。しかしランギューニュは違う。アキとは違いサイデリーを守る最上級盾士という立場にあるランギューニュにとって町の人々、国の人々に忌み嫌われる力を持つという事実は隠さなければならないものであった。
数百年前に起こった『闇』の軍勢との戦争。最初の100年、人間は成す術も無く『闇』の軍勢に蹂躙され続け恐怖を植え付けられた。しかしそれから数十年、数多くの犠牲を出しながらも人間達は『闇』の軍勢に打ち勝つ力を手に入れ辛くも勝利することに成功する。だが『闇』の軍勢との戦いによって植え付けられた恐怖は消えず、人間達は『闇』の力を忌み嫌うようになった。その恐怖は数百年後の現在に至るまで受け継がれ続けることになる。
そう言った事情から人々は『闇』の力に過剰に反応する。それはサイデリーも例外では無い。もし国を守る盾士の中に『闇』の力を持つ者が存在しているとするならば、更にそれが最上級盾士ならば、当然サイデリーという国に住む人々は恐怖し混乱するだろう。
それを理解しているからこそ、少なくともサイデリーという国で生活するようになってから自分の中に流れる己の血を誰にも知られないようランギューニュは生きてきたのだった。
「言いたいことはそれだけか……」
静かにアキにそう尋ねるランギューニュ。
「お? やる気になったか?」
黒竜と初めて対峙した時のような重い圧をランギューニュから感じるアキは、そう言うと自身が纏う全身防具の手甲の形状を剣へと変化させ構えた。
「……もう僕にはお前を消すことでしか進む道は無いようだからな」
剣を構えたアキに答えるようにランギューニュは己が持つ銀盾を構える。二人の間でぶつかる殺気。それは戦いの始まりを告げる合図。
「止めて!」
しかしその合図を掻き消すように殺気がぶつかり合う二人の間に割って入ったブリザラの声が収容所に響き渡る。
「サイデリーの王として命じます、直ちに武装を解きなさい!」
向かい合う二人の間に割って入ったブリザラは王である自身の立場を使い、アキとランギューニュの戦闘行為を止めに入った。
「じゃまだどけ!」
俺には関係ないと言った様子で自分の前に立つブリザラを怒鳴りつけるアキ。
「どきません!」
しかし怒鳴るアキに一切怯むことなくその場を動かないブリザラ。
「ブリザラ様……申し訳ありませんが、そこをど……」
「ダメです!」
その場からどくようにとランギューニュが口にした瞬間、その言葉を遮るようにブリザラは叫ぶ。
「アキさんは、私を助けてくれた恩人です、その恩人に手を出すということはサイデリーの王である私に歯向かうということですかランギューニュ?」
「あっ……」
その視線はアキを捉えながらも王として背中越しからランギューニュを威圧するブリザラ。ランギューニュはブリザラのその姿に口にしようとした言葉を失い、構えていた銀盾を下ろした。
「……アキさん、その剣を下ろしてください!」
「何故?」
「何故って……私が二人に戦ってほしくないからです」
「どうして?」
「どうしてって……二人とも大切な人だからです!」
「ブリザラ様……」
ブリザラの言葉に驚きの表情を浮かべるランギューニュ。
「俺もあいつも『闇』の力を宿しているのにか?」
一般的に忌み嫌われる『闇』。それを宿す自分やランギューニュであってもお前は俺達を大切な者だと思えるのかとブリザラに問うアキ。
ブリザラの言葉に驚くアキとランギューニュ。
「当然です! 力はあくまで力、そこに善も悪もありません、使う人の心次第だと私は思っています……だから私を助けてくれたアキさんや、この国を守ってくれているランギューニュさんが『闇』の力を持つ人であっても私はあなた達を怖がらないし否定しません!」
そうアキに言い切ったブリザラは自分の後ろにいるランギューニュを守るように両手を広げる。
「もし私の答えに納得できないというのであればまずその刃で私を切り捨ててください!」
「……」
《……小僧……王の言葉は真実だ……『闇』という力事体に善も悪も無い、だがそれでも王に刃を向けるというのならばこの伝説の盾である私が全身全霊でお前を屠る……そうなればどうなるかお前も分かっているだろう?》
突然アキの頭に響くキングの声。どうやらキングの声はアキにしか聞こえておらずブリザラやランギューニュはジッとアキを見つめている。
一つあれば国の一つや二つ容易く滅ぼす事ができると言われている伝説の武具。所有者であるアキもブリザラも未だその全ての能力を使いこなせてはいないが、それでも伝説の武具同士がぶつかり合えば、ただでは済まない事は、睡眠学習によって得た知識によって理解していたアキは、苦虫をかみ殺したような表情でランギューニュを守ろうとするブリザラを見つめる。
「……チィ……わかったよ……止めだ止めだ……ここで俺が暴れても何の特にもならないからな」
ここで自分が暴れても不利益になる事が多すぎると冷静になったアキはそう言って剣の形状をしていた手甲を元の形に戻すと両手を上げ戦う意思が無い事をブリザラに示した。
「はぁー」
両手を上げ戦闘の意思が無い事を示すアキの姿に安堵の息が零れるブリザラはそのまま地面に座り込んだ。
「もぉー何でこんなことになるの……」
ただ自分はこの場で賊の人から話が聞きたかっただけなのにと続けたブリザラは、立ち上がると未だ意識を失ったままのピーランに視線を向けた。
「もう絶対にこんなことにならないようにしてくださいね……それと考えていないとは思いますが私の目を盗んで決闘とかしないでくださいね」
「……」「……」
「返事は?」
「ああ……」「はい……」
手に取るように二人の思考を読んでいたブリザラはアキとランギューニュに釘を刺すと、その視線の先にあるピーランの下へと向かっていく。
「……だいぶ話が逸れてしまいましたが、ランギューニュさん……この賊の人の意識を失わせた力と……なぜ人間にしか見えないあなたが『闇』の力を持っているのか説明してもらえますか?」
再びピーランの頭を自分の膝の上に乗せたブリザラは、汚れていたピーランの顔を自分の袖で拭きながらランギューニュにピーランの意識を瞬時に失わせた力と『闇』の力について尋ねた。
「……はいブリザラ様」
今まで自分が隠し通して来た秘密をさらけ出すという行為に抵抗を感じるランギューニュ。しかし『闇』の力を持つ自分を信じると言ったブリザラを前にランギューニュはその重い口を開く。
「まず……彼女の意識を失わせた力についてですが、これは私が持つ特殊技能、魅了によるものです」
「魅了?」
「……対象である異性の心や体に性的興奮を与え支配する能力だ……魔法や道具では禁じられている」
ランギューニュが口にした魅了という言葉に首を傾げるブリザラ。それを見ていたアキはブリザラに簡単に説明する。
「その男の言う通り、私の特殊技能は魔法や道具であれば禁止されているものです」
自分が持つ特殊技能が禁じられている代物である事を認めるランギューニュ。
「だが、待て……お前が持つその特殊技能は人間では絶対に発現しないもののはずだ」
特殊技能は戦闘職で得られる能力とは違い、その者が生まれた時から得ている能力のことを言う。これは人間に限らず生まれた魔物が得る可能性もあり、そういった魔物は例外なく強力な魔物へと成長するという。
だが人間に限って言えば例え特殊技能を持って生まれたとしても必ずその特殊技能が発現するとは限らない。特に人間は特殊技能を授かることは難しいとされ特殊技能を持ち発現するに至っている者は少ない。そして人間が得られる特殊技能はそれほど多くないことが近年研究によって分かっている。
「魅了と言えば夢魔男や夢魔女が持つ特殊技能で……例え人が生まれた時にその特殊技能を所持していたとしても発現の可能性はゼロのはずだ」
そう言いながらアキは心の中で余計な知識まで詰め込みやがってと自分に睡眠学習を施したクイーンに怒りを向ける。しかし未だ沈黙したままのクイーンはアキの怒りに一切反応を示さない。
「そう、ですがそれはただの人間であればの話……」
「ただの……人間であれば?」
そう話すランギューニュの表情が悲しそうに見えるブリザラ。
「僕は……『闇』の力を持つ夢魔男の父と人間の母の間に生まれた混血なんです」
「混血!」
ランギューニュの言葉に驚くアキ。
「ど、どうしたのですかアキさん?」
分からないと言った表情でブリザラはアキに何故驚いているのか聞いた。
「お前、『闇』の力を持つ存在と人間の関係性は知っているだろう?」
「え、ええ……それは……」
「だったら分かるだろう、他の種族と人間が交わって子を作るのは分かるが、その二つの種族に限っては絶対に有り得ないことを」
数百年前に起こった『闇』の軍勢と人間との戦争、そして人間が『闇』の軍勢に蹂躙された過去。一方的に蹂躙されていた頃、『闇』の軍勢は人間の女性を見せしめとして犯すこともあったという事はブリザラも知っていた。しかしその行為が終わると必ず犯された女性は無残に殺され人間の拠点に捨てられていたという。そこに愛は無い。はずであった。
「だが事実、僕は生まれた……人の悲鳴が響く戦場のど真ん中で僕の母は僕を産み落としたんだ……」
「戦場のど真ん中って……お前……幾つだよ?」
ランギューニュの言葉に更に驚くアキ。
「さあ、こんな姿をしているがもう百を超えてからは数えるのをやめたから分からない……」
見た目はまだ幼さを残した印象の青年、しかし実際の年齢は百をとうに超えているというランギューニュの衝撃的事実にブリザラも驚きを隠せないのか大きく開いた口元を手で塞ぐ。
「まさかあの戦争を経験した奴に会えるとは思わなかったぜ……はぁ……」
冗談だろと言いたげな表情でアキは頭を掻くと腕を組み一つ息を吐いた。
「だが確かにそういうことであれば、お前が『闇』の力を持っていることも納得できる……
そうかお前は『複合型高遺伝子』だったんだな」
「ああ、何の因果かね……その影響で父が持つ能力、特殊技能を全て持ちながら人間の姿として僕は生まれた……その影響なのかは分からないが母の体は弱く、物心ついた頃には衰弱しきって死んだんだ」
自分の母親が死ぬ瞬間をはっきりと覚えているランギューニュ。脳裏に映る痩せ細り皮と骨だけのような姿の母親が命尽き逝く様は、ランギューニュに悲しみというよりも恐怖を思い出させる。
「そしてあれこれしているうちに戦争は終結、人間の勝利で幕を閉じた、だが僕の戦いはそこからだったんだ……自分でも制御しきれない力は、周囲の人間達を傷つけ、恐怖させた……僕は自分の居場所を求めてこのガイアスという世界を彷徨い続けた……」
浴びせられる罵声や制御出来ない力の所為で傷つく人々の悲鳴。全く制御出来ない自分の力の所為で、ランギューニュは一日と同じ場所に留まる事が出来ず歩いて歩いて、ガイアス中を放浪し続けたのであった。
「しばらくして自分の心に変化が起こった事に気付きました」
ずっと人目を避け、ガイアス中を歩き続けた結果、ランギューニュは一つの結論に辿りついた。なぜ自分はこのガイアスという世界で逃げ続けなければならないのかと。好き好んでこんな力を得た訳じゃないのにどうして自分はここまで苦しまなくてはならないのかと。
「そんな時、辿りついたのがムハードでした」
大陸の半分が砂に覆われている灼熱の大陸ムハード。その大陸には十数の国が隣接しているのだが、ガイアスでは珍しくムハードにある国々は何処も好戦的で常に何処かの国と国が戦争をしているという非常に治安の悪い大陸であった。
そんな治安の悪い大陸に足を踏み入れたランギューニュは、初めて自分の力に感謝することになる。何処の国も何処かの国と戦争をしている状態、どこの町も戦争の影響で荒み犯罪が起こることは日常茶飯事であった。
当然ふらりとムハード大陸へ足を踏み入れたランギューニュにもその治安の悪さは襲いかかってくる。明日へ命を繋ぐため、単に暴れたいだけ色々な動機を持った者達が、次から次へランギューニュから全てを奪おうと襲いかかってくるのだ。しかしそんな者達をランギュー二ュは全て返り討ちにした。制御出来ない力がここにきて役にたったのだ。目の前でまるでボロ雑巾のようになっていく略奪者を前に最初は戸惑ったランギューニュであったが、次第にその状況にも慣れていく。そしてランギューニュはこう思うようになったのだ。
自分が受け入れられないのなら受け入れさせればいいのだと。そうランギューニュはここにきて自分が持つ力を利用することを覚えたのだ。
始めは自分が持つ力を憎んでいたランギューニュ。しかし受け入れるとすぐにその力はランギューニュの手足のように自由に制御できるようになっていった。
「ムハードだと……」
ランギューニュが口にした大陸の名前に反応するアキ。ムハードはアキが幼い頃生活していた大陸であったからだ。そして今まで思いだすことも無かった記憶が不意に蘇ってくる。
「……」
荒れた町で自分に手を差し伸べた男の姿、そして自分を裏切り去って行く男の姿。その男の姿がランギューニュに重なるアキ。
「どうしましたアキさん? 顔色が悪いようですけど?」
「こ、この顔色は元々だ……」
自分の顔色を気にするブリザラにそう言って自分が驚愕している事を隠すアキ。
「そ、そうですか、それは申し訳ありません」
失礼な事を言ってしまったとブリザラはアキに頭を下げる。
「……それで、それからどうしたんだ?」
まだ記憶は鮮明になっていない。アキは自分の前に居るランギューニュが自分を救いそして裏切った男なのか確かめる為にランギューニュに話の続きを促す。
「ムハードにいる時の僕は、充実していた……自由に力を使えること、その力で全てを奪えるような全能感、僕は自分の力に溺れていた……」
タガが外れたように欲望のままムハードで暴れ続けたランギューニュ。その力に酔狂し集まってくる仲間、それとは逆に敵視し襲って来る敵。全てがランギューニュにとって感じたことの無いものであった。だがランギューニュやりすぎた。滞在していた国の王に手をかけたのだ。するとそこからは国に追われる立場になった。倒しても倒しても次から次へと湧いてくる兵士達。だがランギューニュは一切引かずに自分を支持してくれている仲間と戦い続けた。そしてその仲間に裏切られたのだ。
ランギューニュを支持していた仲間達は、裏で国の者と繋がりを持ったのだ。ランギューニュを殺せば多額の金を与えるという条件で。
最後まで付いてきてくれる仲間も数人いた。しかしそんな仲間ですら信用できなくなったランギューニュはある日、自分に付いてきてくれた仲間を囮にムハード大陸から他大陸へと逃げたのだった。
「……」
沈黙するアキは、やはり自分に手を差し伸べそして裏切った男はランギューニュで間違いと確信する。当時自分が置かれていた状況、そしてランギューニュが口にする話には符合する点が多かったからだ。
当時まだ幼かったアキは、ただ搾取される側であった。周りの大人はアキから命以外の全てを奪っていく。アキは何もかもが信じられず恨みという感情しか抱けなくなった。そんな時、アキに手を差し伸べ助けてくれたのが、ランギューニュであった。生まれてから初めてといっていい程の人の善意にアキは恨みしか抱いていなかった心が解れていく。そして自分を助けてくれた恩人に付いて行こうと決めたのだ。
しかしある日、国の兵士に追われていたアキ達はランギューニュに突き放された。捕まる自分達を前に逃げていくランギューニュの姿に当時のアキはなぜという疑問しか頭に浮かばなかった。そしてそれが裏切りであると知りアキの心に再び恨みの感情が生まれる。
だがその恨みは日が立つごとに薄れ、そして忘れてしまっていた。どうして裏切られたのにも関わらずその記憶を今の今まで忘れていたのか、疑問に思うアキ。
「……」
しかしランギューニュの生い立ちを思い出したアキは、自分の中からランギューニュの記憶が消え失せていたことの理由に気付いた。それはランギューニュが持つ複合高遺伝子の影響であると。
ランギューニュの父は夢魔男だと言っていた。夢魔はどちらも人間の夢の中に現れ性的な行為を行うことでその人間の命を削り取る。しかし目が覚めるとその事を忘れている人間は、何の対策もせず再び眠りにつくのだ。
「そうか……俺は夢を見せられていたんだな……」
ランギュー二ュという存在を忘れていたのは、ランギューニュが持つ夢魔としての能力、記憶操作の影響であると理解したアキはどこか切ない表情でそう呟いた。
「ん? ……どうしましたアキさん?」
「いや、何でも無い、続けてくれ」
何故か先程から自分を気に掛けるブリザラに問題ない事を告げるとアキは、ランギューニュに再び話を続けるよう促した。
「……と、言ってももう話はほぼ終わりだ、ムハードから逃げ足した僕はサイデリーに辿りつき、そして当時の最上級盾士に捕まりブリザラ様と出会い、そして新な道を見つけ、盾士になった……」
もうその後の話はブリザラも知っているだろうとランギューニュは自分の過去語りを終えた。
「……」
「どうですか、ブリザラ様? こんな私を今でもこのサイデリーに置いておきたいと思いますか?」
自分が辿ってきた道、それは決して胸を張っていられるような物では無いと自覚しているランギューニュは、問いかけるようにブリザラに言う。
「……ランギューニュさんって、実は色々な事を経験してきた凄いおじいちゃんだったんですね」
「……」「……」
一瞬その場の時が止まる感覚を抱くアキとランギューニュ。
「待て待て、こいつの今の話を聞いて何でその結論が出てくるんだ!」
ブリザラが何を言っているのか分からないアキは、どうしてランギューニュの話を聞いてそんな言葉が出てくると激しく疑問をぶつける。
「え? だって少なくとも100年以上、生きているんですよねランギューニュさんは……だったら色々なことが起こるのは当然じゃないですか、100以上も生きていれば魔が差すことだってありますよ、でも今のランギューニュさんは立派な最上級盾士です……その事実は覆りません……私何か変な事言っていますか?」
「……ふふ、アッハハハハ! 確かにブリザラ様の言う通りだ、僕は色々な事を経験してきた凄いおじいちゃんです……ふふふ……アッハハハハ!」
自分は何か変な事を言っているのかと首を傾げるブリザラに笑いが堪えられず大声で笑うランギューニュ。
「……ああーもういい、お前の頭がぶっ飛んでることだけは理解したよ……」
笑い続けるランギューニュ、その姿を見て更に首を傾げるブリザラにアキは呆れることしか出来なかった。
(な、何なんだこの状況は……)
そんな変な空気の中、一人だけ状況を全く理解できない者がいた。
(何か凄い秘密を聞いてしまったような……それになぜ私はサイデリーの王に膝枕されているんだ?)
その者とは今まで意識を失っていたピーランであった。
実はランギューニュが自分語りを始める前から意識を取り戻していたピーラン。自分が意識を悟られないよう目を瞑り続け寝たふりを続けていたのだが、想像以上の秘密が次々とランギューニュの口から語られピーランは動くに動けない状況に陥っていたのだった。
(ここで意識を取り戻したふりをしてもこのまま寝たふりを続けても私の状況が好転するイメージが一切湧かないぞ……)
自分はサイデリーの王の命を狙った犯罪者、どう転ぼうと自分に待つ運命に光は無いと思うピーラン。更にランギューニュの秘密を知ってしまったということは、例え運よくこの場から逃げられたとしても確実に命を狙われる立場になる。
(……うん、もう諦めるしかない……本気で寝よう)
どう足掻いても自分の未来に希望が無い事を悟ってしまうピーランは現実逃避に走る。想像以上に心地の良いブリザラの膝枕にピーランの意識は再び失われていくのであった。
ガイアスの世界
『複合型高遺伝子』
『複合型高遺伝子(ハイブリッドブラッド』』とは、異種族同士の交わりによって生まれた子供が稀に持っている血液のことで、ただの混血とは違い、両親が持っていた身体能力や特殊技能、戦闘職による後発的に得た能力さえも確実に受け継いで生まれてきた子供の事を言う。
しかし『複合型高遺伝子』として生まれてくる混血の子供確率は天文学的数値であり早々おめにかかることは出来ないと言われている。
余談ではあるが、『複合型高遺伝子』を持って生まれてくる子供の容姿は美しい事が多いと言われている。




