淫夢ですること
ガイアスの世界
今回ありません
淫夢ですること
「……ここは……」
微かに霧がかったような薄暗い部屋の中、ピーランは一人立っていた。
(……私は王の間にいたはず……なのになぜ私は監獄にいる?)
体感で言えば数秒前。確かにピーランは王の間にいた。何が起ったのかも理解できないまま、意識が飛んだ所までは何となく思い出すことが出来るピーラン。しかし今自分が立っているのは見知った牢屋、王の間では無い。サイデリー王国の氷の宮殿地下にある監獄であった。
「……ッ!」
薄暗い牢屋の中、一瞬の間の後ピーランは突然不自然に視線を逸らした。
「あれ? 今絶対目があったよね?」
ピーランが視線を逸らす前に向けていた方向から少年の声がする。少年は目が合ったよねと牢屋に備えつけられた木の長椅子から立ち上がるとピーランへ詰め寄ってきた。
「……」
触れられる程の距離までピーランに近づいてきた少年。だがそれでもピーランは視線を別の方向へ向け少年を無視した。
「はぁはぁはぁ……」
何故か息が荒れ自分の体温が上がってくるのを感じるピーラン。
「ブリザラは……大丈夫だろうか……」
ピーランの視界は確かに拘束具で全身を覆った少年の姿を捉えていた。更に言えばその少年と目も合っていた。だがそれでも少年の存在を認めようとしないピーランは、荒れ続ける息と上がり続ける体温を誤魔化すように王の間にいるブリザラの心配をした。
「ねぇ? こっち、こっち見てよ」
拘束具によって上半身を自由に動かすことが出来ない少年は、何とかピーランの視界に入ろうと右往左往する。
「うぐぅ……」
ピーランは自分の意識に反し体が視界の端に映る少年の動きを目で追おうとするのを理性で抑え込む。
「ほら、僕だよ、サイデリー……いや世界一の美少年ランギューニュ=バルバトスさッ!」
右往左往の甲斐あって、ピーランの視界に入ることができた少年は、そのご自慢の顔面でキメ顔を作りながら自分の名を口にした。
「はぅぁぁぁ……」
右往左往するランギューニュの姿が絶対に視界の中に入っているはずのピーラン。だが目の前の少年が存在していることを絶対に認めたくないピーランは、自分の中から湧き出る何かを抑え込みながらキメ顔を自分に向けるランギューニュを無視し続ける。
「あーあ、あんなに激しい一夜を共にしたというのに無視するなんて酷いなぁ」
無垢だった少年が年上のお姉さんと過ごした一夜の劣情を忘れられず甘えるような声色でランギューニュは無視を決め込むピーランに迫った。
「あぅ……はぅあ!」
あどけなさの残る顔立ち、上目遣いで見つめてくる潤んだ瞳。顔面と言葉による相乗効果は凄まじく、無視を決め込んでいたはずのピーランは思わずブリザラにすら聞かれたことの無い艶めかしい声を上げてしまう。
「……ハッ! ……くぅ!」
一瞬理性が飛び何かから堕ちかけたピーランは、寸での所で自分が発した声で我に返ると、真っ赤に染まった顔を腕で隠しながらランギューニュを睨みつけた。
「……誤解を招く様ないい方は止めろ! あれはただの尋問だった、そうただの尋問、それ以上でもそれ以下でもないッ!」
少年、いや、ランギューニュの存在を認めたと同時に息と体温が更に上がるピーランは、あの忌々しい記憶を思い出していた。まさに今自分いるこの場所で過去にランギューニュから尋問という名のいかがわしいやり取りの記憶を。
「僕たち以外誰もいないんだから誤解もへったくれもないと思うけどねぇ」
慌てふためき冷静さをかくピーランの姿を見ながら反論するランギューニュ。
「五月蠅い五月蠅い五月蠅い!」
否応なく自分の心をかき乱すランギューニュへ抵抗を試みるピーラン。しかしどうしたことか。忍として体術も訓練で学んできたはずのピーランが振り上げた両腕の拳は、顔面を殴りつける訳でも、急所を突く訳でも無く、ランギューニュの胸を力無く叩くだけ。擬音でポカポカという音が聞こえてきそうな程か弱いもの。その姿は喧嘩した彼氏へ自分の想いをぶつける乙女のようでしかなく普段のピーランの姿からすればありえないものであった。
「うん……どうやら君にかけた誘惑はまだ効いているようだね」
魔族である男夢魔の父と人族の母の間に生まれたランギューニュは、本来両親の力を中途半端にしか引き継ぐことが出来ないとされる混血でありながら、父が待つ能力、誘惑を完全に引き継いで生まれてきた。それはランギューニュが両親の持つ力や能力を十二分に発揮できる素質、『複合型高遺伝子』の持ち主だからであった。
そんな魔族と人族の混血であるランギューニュは過去、ブリザラの命を奪う暗殺者として現れたピーランを拘束した際、情報を速やかに聞き出す為に対象の心を惑わす力、誘惑を使用した。その効果がまだ生きていることを確認したランギューニュは、頬を染め艶めかしい息遣いをするピーランの両腕を掴みながら満足そうに頷いた。
「くぅ……この犯罪者がッ! 今でも自由に外を出歩けることが信じられない!」
ランギューニュの存在を意識してしまったことで誘惑の効果が更らに高まり頬が紅潮し、息遣いが荒くなるピーランは、己にかけられた誘惑に抗うように掴まれた手を払いのけランギューニュをそう罵った。
「いや、今はしっかり地下暮らしだけどねぇ」
自分の中に眠る魔族の血の暴走を恐れ自ら監獄に入ることを志願したランギューニュは、自分が置かれた状況を自嘲しながらピーランの罵倒へ返答した。
ピーランが言ったことは誇張でもなければ大袈裟でもない。人族の社会において、精神操作に属する魔法や能力の使用は基本禁止されており、使用したことがわかれば直ちに指名手配され、多額の賞金首となる。捕まれば良くて幽閉、被害の度合いによっては死刑になることもあり、捕まった国によっては研究対象として死ぬまで体を弄られることもある。それほどまでに精神操作に属する魔法や能力は強力で危険視されている。だがそれと同時に、利用しようとする者や国も多いのである。
勿論どんなに他国から甘い国と言われているサイデリー王国であっても人の心を操る魔法や能力は禁止されている。本来ならランギューニュは最上級盾士という地位をはく奪され、太陽の下を歩くことができない犯罪者としてその一生を氷の宮殿の地下で生きて行くことになるはずだった。しかしそうはならなかった。
その理由は2つある。1つ目は誘惑を使い、サイデリー王暗殺を仕向けた存在の正体を暴いたからだ。その功績が認められたことでランギューニュは、犯罪者として罰せられることは無く、最上級盾士としての地位をはく奪されることも無かった。
2つ目は、ランギューニュがピーランに対し誘惑を使ったという事実を知る者が少なかったこと。そもそもランギューニュが誘惑という能力を持っていることを知る人物が少なかったことだ。その事実を知っているのは最上級盾士たちと王であるブリザラ、そして誘惑をかけられた本人であるピーランだけだった。
「はぁ……私が告発すれば……くぅ……お前の人生を……あん……終わらせられることだって……うぅぅ……でき……うふ……るんだぞッ!」
意味だけで捉えれば脅迫以外の何ものでも無いピーランの言葉。しかし荒い息と昂ぶりをみせるその表情が相まって、何か別の意味にすら聞こえてきそうである。
「今までいくらでもその機会はあったろうに……そうはしなかった……しっかりと僕の誘惑が効いている証拠だね」
ピーランの行動によって誘惑の効果が継続していることが証明され、更なる確信と自信を持つランギューニュ。
「ハッ! くぅぅぅぅ……」
言われて気付き、何故自分は告発しなかったのかと悔しさを滲ませるピーラン。
「ごめん……今の意地悪過ぎたね……」
「え……?」
突然真剣な表情になるランギューニュ。それと同時に沸き立ち破裂寸前だったランギューニュへの劣情が引いていくのを感じるピーラン。
「……ここからは真面目な話、本題に入ろう……」
本題へと入ろうとするランギューニュの表情は、先程までの劣情を駆り立てるような少年のものでは無く、サイデリー王国最上級盾士の1人としての精悍なものだった。
「まずここは現実じゃない……誘惑をかけられた君が見る夢の中、淫夢だ」
「……淫夢」
ランギューニュからそう言われ、ピーランは周囲を見渡した。
(……)
確かに目を凝らしてみてみれば、所々何処か現実よりも解像度が低く感じるピーラン。
「ここは本来、誘惑をかけられた者がかけた者と繋がる場……現実では出来ないようないやらしいことができる場所だ」
「……おいッ!」
舌の根も乾かないうちに真面目な表情で不真面目な発言をぶっこんできたランギューニュへ思わずツッコむピーラン。しかしツッコミを入れながらもピーランあることに気付いた。
(こいつ……今まで一度も私をこの場所に連れてはこなかった……)
淫夢とは、誘惑を掛けた相手を淫夢へ誘う場所、女夢魔や男夢魔が対象の生気を奪う場所であり淫らな行為をする場所でもある。しかしランギューニュは誘惑を掛けてから一度もこの場所へピーランを連れてこなかった。そのことにピーランは気付いた。
(……)
ランギューニュが私利私欲で誘惑を使う人物ではないことはピーランも頭では理解している。だがここに来て、普段とは対照的なランギューニュの誠実な一面を見たピーランは、自分の今までの発言に気まずさを抱いた。
「ごめんごめん、どうしてもふざけたくなるのは僕の悪い癖だね……兎に角、今僕と君は夢の中で繋がっている……僕以外、他の者はここに干渉することが出来ない……例えそれが神であろうと」
「……」
ランギューニュの最後の言葉に何か強い意思を感じるピーラン。
「……現実の君は今王の間で意識を失っている状態にある……現実の時間にすれば数秒から数十秒という所かな……」
「そ、そうなのか……」
体感では既に五分以上この場所に滞在しているように感じていたピーラン。だが現実ではまだ遅くても一分程しか経っていないと言われ、ピーランは戸惑いを見せた。
「うん、だから今王の間で起っている状況に対して僕らはある程度じっくり作戦を練ることができる……」
「作戦を練るって……?」
一体何の事だと首を傾げるピーラン。
「ああなるほどそうか、今王の間で起っていることを君は理解できていないみたいだね……なら簡単に説明しよう」
そう言ってランギューニュは、今王の間で何が起っているのか、ブリザラに何が起ったのかをピーランへ説明した。
「ブリザラが女神……フリーデ?」
説明されても理解が追いつかないピーラン。
「女神フリーデはブリザラ様の体を使って受肉しこの世界に現れようとしている……」
女神フリーデの目的がブリザラの肉体を使って受肉しこの世界に現れることだと説明するランギューニュ。
「結論だけ言えば、もしフリーデがブリザラ様の肉体に受肉すれば、ブリザラ様の意識は消滅する……」
「そ、そんなッ!」
ブリザラが消えるという衝撃の事実に冷静ではいられなくなるピーラン。
「慌てなくても大丈夫、幸いなことに何故だかその受肉が上手くいっていない……今もブリザラ様の意識は肉体の中に存在している」
「……そ、そうか……」
ランギューニュの言葉に僅かだがピーランは安堵した。
「……でも現実で残された時間は少ないと言っていい、だから時間の進みが現実よりも遅いこの場所で僕と君とで女神フリーデがブリザラ様に受肉するのを阻止する作戦を練ろうって話さ……なんせここは、夢は夢でもいかがわしい淫夢、女神でも立ち入ることができない不浄な場所、神に背く内緒話をする場所にはうってつけって訳……どう僕と作戦練り上げてみない?」
ランギューニュはピーランにそう言って悪戯好きな少年が浮かべるような悪い笑みを浮かべた。
「お前が言うと全てがいかがわしく聞こえるが、分かった……その話乗ろう」
至って真面目なはずのランギューニュの言葉。しかしまだ誘惑の効果が残っているのか、それとも本人が持つ素質なのか、どうにもランギューニュの発する言葉が一々いかがわしく聞こえてしまうピーランは苦笑いを浮かべながらその提案を受けることにした。
ガイアスの世界
今回ありません




