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強制を強いる者

 ガイアスの世界


 今回ありません


 強制を強いる者



『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス




「……これで終わりですか?」

 

 数秒前までこの場は愚かサイデリー王国全域に危機が迫っていたなどとは思えないほど静まり返った王の間に、質素な玉座の前に立つ少女の言葉が響き渡る。少女のその言葉はまるで水が一瞬にして凍りつくように怒りによって支配されていた王の間の空気を彼女のものへと塗り替えていった。


「「「「「「……」」」」」」


 この場にいる者たちは彼女のことを良く知る者たちだからだろう。皆彼女のその一言に違和感を抱いた。それは本当に些細なものであり、少女とそれほど親しくない者ならばわからない程の違い。確かにその声色には本来の彼女が持つ温かみと優しさがある。しかしその声色にはあるものが欠けていた。

 それは少女を少女たらしめる感情。ブリザラ=デイルという少女が本来持っている底が見えないほどの優しさであった。

 まるでブリザラの本質を理解していない誰かがただ声を真似ているだけのようにそこに立つ少女はブリザラであろうとしていた。

 この場にいる者たちにはそれが違和感として聞こえ感じたのだ。だからこそ、サイデリー王国の王が座る質素な玉座の前に立つ人物が、自分たちの知る少女の姿をした別の何かであることを瞬間的に理解した。だが頭では理解しても誰一人としてそれを指摘する者はいない。いや誰一人、ブリザラの姿をした何かへ指摘することができないのだ。

 頭では理解していてもそれを前にした彼ら彼女らの中にある根源的な畏怖が刺激され思考を停止させてしまう。

 それは人智を越えた存在に遭遇した時のように、そうまるで神話やお伽噺に出てくる女神に遭遇し畏怖するように、この場にいた者たちはブリザラの姿をした何かが放つ圧を受け、体の自由は愚か、言動や思考に至るまで全ての行動を彼女に支配されてしまったのである。


「……もう一度訪ねます……これで終わりですか?」


 その影響は世界にまで及ぶのか。まるで彼女の声だけを響かせる為だけに世界が他の音を消し去ってしまったと思えるほどに静まり返った王の間でブリザラの姿をした何かは、水を司る上位精霊ウルディネに対しもう一度そう尋ねた。


「くぅ……」


 それはブリザラの姿をした何かにとってはただの質問に過ぎないのだろう。しかし問われた側にとってそれは、全身が押し潰されるような感覚であり絶対に逃れることが出来ない。


「ッぐぅぅぅ」


 その圧に抗えず自分の中に抱く感情とは関係なくブリザラの姿をした何かの前で膝をついてしまうウルディネ。既にウルディネの肉体はブリザラの姿をした何かが放つ圧の影響で支配されてしまっている。


「ッんんぐぅぅ!」


 だが人族の精神とは構造が異なるからなのか、それとも他に理由があるのか、ウルディネの精神は未だ完全には支配されておらず、その表情からは抗い逆らう抵抗の意思が感じられた。


「……なるほど」


 自分の圧に抗いをみせるウルディネに小さくそう呟くブリザラの姿をした何か。


「……うぅぅぅ……」


 ブリザラの姿をした何かは何もしていない。ただウルディネを見つめただけである。だがそれだけでいい。ブリザラの姿をした何かが向けた視線はそれだけで向けた対象へ強制を強いる。


「ぐぅぅぅ……も、もう何も無い……何も出来ないッ」


 ブリザラの姿をした何かから強制を受けたウルディネの口は、自分の意思とは関係無く勝手にそう言葉を吐き出させる。


「……わかりました」


 未だ抗い続ける感情はどうであれ、これ以上何もしないとウルディネへ強制させたことに満足した様子のブリザラの姿をした何かは、空々しい程の慈悲に満ちた笑みを浮かべた。


「ぶ、ブリザラ……様」


 許しがなければ誰一人として許可なく動く事は愚か言葉を発することもできない状況の中で、突然口を開いたピーランに、一瞬何故という表情を浮かべる少女の姿をした何か。


「……なるほど誘惑チャームですか……」


 自分の強制力が何故ピーランに効きづらかったのか、その理由を理解したブリザラの姿をした何かは、声をかけてきたピーランに視線を向けた。


「……ええ、大丈夫、もう心配しないで」


 ピーランへ再び空々しいほどの慈悲に溢れた笑みを浮かべたブリザラの姿をした何かはとそう言葉を返した。


「……ッ」


 その声色は確かにピーランが知る少女のもの。優しく温かいブリザラの声だった。しかしその声色にはブリザラの意思が、感情が存在していない。長い間側にいて、誰よりも苦楽を共にしてきたと自負するからこそピーランは、目の前の少女が自分の知るブリザラではないことを確信した。だが確信と同時にその思考は深い霧の中へと消えて行く。思考を放棄することを強制されたピーランの目から光が消える。何も考えられずただそこに立つだけの存在と化したピーランの意識をそこで途切れた。


「……さてウルディネさん……あなたは彼の……魔王の下へ行きたいですか?」


 ピーランとの会話を強制的に断ち切ったブリザラの姿をした何かは、未だその感情に反抗の意思を残すウルディネへ視線を戻すと明瞭かつ直線的な質問をした。


「……許します、あなたの想いを私に話してください」


 支配していた言動を解くような物言いでブリザラの姿をした何かはウルディネに話すことを許可する。


「……はっ……あっ……違う……」


 すると今まで閉ざすことを強制されていたウルディネの口が開いた。


「……私はあいつに会いたいだけだッ!」


 強制が解けた口で吐き出すように自分の想いを口にするウルディネ。


「……なるほど」


 そこに感情といわれるものが存在しないからなのか、それともただウルディネが吐き出した想いに興味がないだけなのか、ブリザラの姿をした何かの反応は薄かった。


「ッ! ……ふふふ、いいことを思い付きました……」


 数秒前までの薄い反応が嘘かのようにブリザラの姿をした何かは思い付いたというようにその表情を例の空々しい慈悲に溢れた笑みへと変えた。


「はぁ?」


 情緒不安定と思えるほどに表情をコロコロと変えるブリザラの姿をした何かの言動を理解できず顔を引きつらせるウルディネ。


「……ティディさん、話すことを許します……召喚士であるテイチさんは、ティディさんの部隊に所属しているということで間違いありませんか?」


「……えッ? ……あ、はい、ムハード国の復興を手伝ってもらう過程でサイデリー王国所属の兵として扱った方が手続きなど色々とお互い都合のいい部分があったので略式ではありますがテイチを特別兵として私の部隊へ受け入れました」


 突然テイチのことを尋ねられティディは我を取り戻したというようにブリザラの姿をした何かの質問に頷きながら答えた。


「……話すことを許します、それで間違いありませんかテイチさん?」


 ティディへ向けていた視線を王の間の隅へ向けたブリザラの姿をした何かは、そこに立つテイチへ尋ねた。


「あッ? え……あ、はい」


 そう尋ねられたテイチは、ティディと同様に我を取り戻したという様子でブリザラの姿をした何かからの質問に短く頷いた。


「テイチになに……! くぅ……テイチがサイデリー王国の所属だということと私のことに何の関係がある?」


 自分の契約者であるテイチの精神が支配されているという状況に苛立ちながらも、今は冷静にと自分に言い聞かせながらウルディネは二人への質問の意図をブリザラの姿をした何かに訊ねた。


「……召喚士であるテイチさんがティディさんの部隊に所属しているということは、ティディさんと契約を交しているウルディネさん、あなたもティディさんの部隊に所属しているということになります……即ちあなたの最高指揮権は、サイデリー王国の王であるこの私、ブリザラ=デイルにあるということです」


 召喚士としてテイチがサイデリー王国に所属している以上、契約を交しているウルディネもサイデリー王国の一員であると主張するブリザラの姿をした何か。


「……はッ……お前がこの国の王? ブリザラだと? チィ……何を今更……この世界の外側の存在であるお前なら、わざわざ人族が考えたまどろっこしい仕組みをなぞらなくても、ここにいる人族たちのように得体の知れないその力で私のことも操ればいいじゃないか?」


 ブリザラの姿をした何かの正体が何であるのかだんだんわかってきたウルディネは、一瞬にして自分の怒りを塗り替え王の間を支配し肉体は愚か精神の自由にまで干渉してきたその力についてもおおよその心当たりがついていた。


「……? 何を仰っているのかわかりません」


「チィ……白々しいないい加減正体を現せ……創造を司る……いいや、今や破壊を司る女神と言ったほうがいいか……フリーデ!」


 目の前のブリザラの姿をした何かの正体を確信したウルディネは、今まで多くの世界を創造しこのガイアスをも創造したとされる女神の名を口にするのだった。



 ガイアスの世界


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