愛を叫ぶ精霊 閉じていく少女の心
お詫び
前回、諸事情により投稿を休んでしまい申し訳ありませんでした、山田です。
諸事情なんて堅苦しい言葉を使っておりますが、結局は夏休みでだらけていたという体たらくでした。本当すみません。
久々に友人と会えるという機会がありまして前日までに投稿してスッキリとその日を迎えようとおもったのですが、浮かれすぎて全く物語が生まれず……。ならば帰宅してから投稿しようと思ったのですが、しゅわしゅわした麦ジュースやしゅわしゅわしたレモンジュースに脳を溶かされ帰宅後即座に布団へ沈んだしだいです……。
これからはしっかりと週一のペースを守って頑張って投稿していきたいと思いますので、何卒これからもよろしくお願いします! 多分。
2024年8月19日 夏休みが終わってしまい世界が終わってしまったかのように絶望しながら
愛を叫ぶ精霊 閉じていく少女の心
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
「……ムウラガに魔王がいるというのは本当か?」
勢い良く開け放たれた王の間の扉。その勢いに反して王の間へ入ってきたウルディネの発する声は小さい。しかし声は小さくともその存在感が王の間にいる者たちの耳を鋭敏にさせる。
「……ウルディネさん……」
突如王の間に走った緊張感を最初に打ち破ったのはブリザラ。思わず座っていた玉座から立ち上がったブリザラは、港で再会した時と同じ怒りに満ちた感情をぶつけてくるウルディネの名を口にした。
「「「……」」」」
ウルディネが発する怒りの感情に当てられ恐怖で硬直していたガリデウスたちは、ブリザラの声で我に返ると己が役目を思い出したというように、無防備状態なブリザラを守る防御陣形をとり各自盾を構えた。
「……ッ」「……」「……」
盾士の頂点に立つ者がこの場に三人もいてウルディネが放つ怒りの感情に一人も素早く反応できずブリザラを守る為、防御体勢に入ることが出来なかったという事実は最上級盾士として王を守る盾として恥以外の何ものでも無い。冷静を装って入るが、内心ガリデウスたちの精神は大きく揺さぶられていた。
「くッ……」
そしてそれはブリザラの一番近くで護衛していたピーランも同様だった。しかしガリデウスたちやピーランが恐怖で反応が鈍るのもしかたのないことだと言える。なにせ相手は未だ人族にとって謎多き存在である上位精霊。その力は人の域を軽く越える。それはもはや自我を持つ災害と言ってもいい。水を司る上位精霊ウルディネは、それほどまでの力を有しているのである。幸いなのは怒りの感情こそあるものの、ウルディネに今はまだ敵意が無いことだ。
「ブリザラ様、後ろへ御下がり下さい」
だがそれでも上位精霊という存在が放つ怒りは、この場の空気を簡単に緊張で支配するほどの影響力を持っている。サイデリーの港で感じたものよりも更に強いウルディネの怒りの感情を前に、ようやく体の硬直が解けたピーランは、自分の不甲斐なさに怒りを抱きながら直ぐにその怒りの感情から守るようにブリザラを自分の背後へ誘導した。
「いい加減落ち着いてウルディネッ!」
誰しもがウルディネという存在に恐怖し言葉を失う中、その恐怖に臆せず強い意思を感じさせる幼い声が王の間に響くと同時に、その場にいた者たち全ての視線は、今までウルディネの横でずっと黙り静観していた少女へと向かった。
「テイチ……ちゃん?」
怒りの感情を昂らせるウルディネを諭す少女テイチの姿に驚きを隠しきれないブリザラ。
「……失礼しました王様」
ムハード大陸でブリザラたちと別れた時は、まだ言葉もたどたどしく年相応の幼さがあったテイチ。しかし王を前に大声を上げてしまった非礼をしっかりとした口調で詫びる少女の姿はブリザラの記憶の中にいるテイチではなかった。そこにいたのはこの数カ月、過酷なムハード大陸にあるムハード国の復興作業を手伝いながら様々な事を学び精神的に一人前の召喚士へと成長したテイチであった。
「い、いえ……問題ありません」
身長やその顔には幼さが残るものの一人前の召喚士として王の前に立ち自分の非礼を詫びるテイチの姿に思わずサイデリーの王として対応してしまうブリザラ。
「そんな喧嘩腰だと誰もウルディネが知りたいことは教えてくれない、だから今は落ち着いて、皆さんからお話を聞こう、ねぇ?」
まるで幼い子に言い聞かせるような優しい口調で隣に立つウルディネを再び諭すテイチ。
「あ、ああ……すまない頭に水が上りすぎた……」
それが召喚士としての力によるものなのか、はたまた本人が持つ才なのかはわからない。だがテイチの言葉によって張りつめていたウルディネの怒りが落ち着いていく。
「「「……」」」
収まって行くウルディネの怒りに、安堵し構えていた盾を下ろすガリデウスたち。
「助かった……ありがとうテイチ」
国の滅亡一歩手前だったかもしれない状況を見事納めたテイチに、礼を言ったのはムハード国の復興作業の指揮を取っていたティディだった。
「いえいえ……」
礼を言うティディに両手を振りながら年相応の笑みを零すテイチ。
「……それで、おに……」
ティディに向けていた笑みから一転、真剣な表情で何か話し始めようとするテイチ。しかし途中で言葉が止まりテイチの表情に影が落ちる。
「……彼の……魔王はムウラガにいるのですか?」
一呼吸置き、決心したような表情を浮かべたテイチは、ウルディネが聞きたがっていた魔王の所在について、改めてこの場にいる者たちへ尋ねた。
(おに……彼?)
魔王の所在についてガリデウスたちへ尋ねるテイチの言葉の所々に違和感を抱くブリザラ。
「……ッ」
魔王という言葉に反応し体が拒否するようにブリザラの頭に痛みが走る。
(……まるで知り合いであるかのようなテイチちゃんの口ぶり……ウルディネさんやテイチちゃんは……魔王のことを知っている?)
その痛みに耐えながらブリザラは思考を続けた。
「……大丈夫ですか王?」
周囲を心配させないよう平然を装うブリザラ。しかし物理的にも、精神的にも一番近くでブリザラに仕えていると自負しているピーランの目を誤魔化すことは出来ない。僅かな異変を感じ取ったピーランは、ブリザラの耳元に口を近づけるとそう尋ねた。
「うん、大丈夫……」
お付として、護衛として、親友としていつも細やかな気配りをしてくれるピーランの優しさに感謝しながらブリザラは小声で大丈夫と答えた。
「……それより……二人と魔王の関係について……何か知っていたりする?」
何故か魔王に執着するウルディネとテイチ。それが正義感によるものならば話は簡単なのだが、ウルディネやテイチの様子から見てそういうものではなく、もっと個人的なことによるものだと今までの状況から推察するブリザラ。だがその個人的なことが何であるのか、今のブリザラには情報が足らずわからない。彼女たちへ直接訊くという手段もあるが先程の様子からして今は直接二人へ訊くのはよしておいたほうがいいと察したブリザラは、折角小声で話せる距離にいるのだからと、何か知っている様子のピーランに二人と魔王の関係について尋ねた。
「……それは……」
ブリザラの問にどう答えればいいのかわからず言葉を濁すピーラン。
「何をこそこそ話しているかと思えば……お前、本気で言っているのか?」
「「「……ッ!」」」
穏やかになった海が再び荒れだすように、王の間に漂う不穏な空気。鋭く怒りの籠った視線がブリザラを貫いた瞬間、最上級盾士であるガリデウスたちは再び盾を構えた。
「ブリザラ! お前は本気で言っているのか!」
「ウルディネ!」
突如ウルディネの周囲に発生した水は、契約者であるテイチの制止も聞かずまるで意思を持ったかのように鞭の如くうねりながら盾を構えたガリデウスたちの間をすり抜け、咄嗟に前へ出たピーランの体を躱し、標的としていたブリザラへと打ち付けられる。
「……」
しかし鞭のように打ち付けられたはずの水はブリザラへ届くことなく霧散する。
「忌々しい盾がッ!」
そう叫んだウルディネの視線の先には、大盾を構えるブリザラの姿があった。
ブリザラはサイデリー王国の王であると同時に盾士でもある。しかし盾士としての実力で言えば上位盾士に届くか届かないかと言った程度。当然ではあるがサイデリーに四人しかいない最上級盾士であるガリデウスたちに純粋な実力でブリザラが勝る事は無い。上位精霊であるウルディネが放った一撃をブリザラの純粋な実力では出防ぐことは出来ないだろう。だがブリザラはウルディネの一撃を防いでみせた。そればかりか鞭のように打ち付けてきた水を霧散させた。自我を持つ水害とも成りえる上位精霊の一撃を軽々と防いでみせるその秘密はブリザラが持つ盾にある。
あらゆる攻撃を防ぎきると言われる伝説武具の1つ。未だ沈黙を続ける自我を持つ伝説の盾である。その盾に愛され所有者と認められたブリザラの能力は、最上級盾たちの実力を軽く凌駕する。まさにその姿は盾士の理想。絶対防御の化身と言える。
「ウルディネさんは……魔王とどのような関係なのですか? 私に怒りを向けることと何か関係しているのですか?」
ウルディネに対する恐怖と攻撃に周囲の者たちが何も出来ず硬直する中、その攻撃を防いだブリザラは決心したように、魔王との関係、そして自分へ向ける怒りについて尋ねた。
「関係? ……私が何でお前に怒りを向けるかだと? ……そうか……お前はなぜ私が怒りに打ち震えているか、その理由がわからないというのか」
一瞬鋭い眼光が緩み自嘲した笑みを浮かべるウルディネ。
「はい……すみません、私はウルディネさんと魔王の関係も、何故怒っているのかわかりません」
傍からすればそれはもはや煽り言葉にしか聞こえない。しかしガウルドで目を覚まして以降、何かを失ってしまった虚無感を抱き、それがなんだったのかわからないブリザラにはウルディネが持つ想いを察することが出来ない。
「教えてください! 魔王との関係を……何故私に対して怒りを向けるのかを!」
だからこそブリザラは無責任に。無遠慮に。無神経に尋ねることしか出来ない。
「……何故、わからない……お前が……あいつの側にいたはずのお前が何故わからないッ!」
再び沸き立つ怒り。沸騰した水の如く怒りを高めていくウルディネから放たれる攻撃には明らかな殺意が籠る。しかしその殺意の籠った攻撃はブリザラに届かず、蒸発する水のように霧散していく。
「……お前ではなく私があいつの側にいたかったのに……」
上位精霊と言われる存在は精霊界と呼ばれるガイアスとは違った世界に普段は存在している。精霊界と他世界を繋ぐ精霊門が開くことは滅多に無く世界を行き来する事は上位精霊であっても難しいとされている。その為、他世界で起る出来事に上位精霊は関心を示さず介入することは殆どない。例えそれが世界の危機だったとしても、それが例え魔王の出現であったとしても他世界に上位精霊が関心を持つことは無い。
ただし例外はある。それは繋がりだ。自由気ままな者が多いとされる上位精霊だが、一度心を許した者には情が厚い。それが友情であれ愛情であれ、一度深まってしまった繋がりから上位精霊は逃れることが出来ない。それはまるで宝物のようであり、そして呪いのようでもある。
古い文献や伝説、子供が読むようなお伽噺に登場する上位精霊たちは、決まってその情の厚さから人族に力を利用され不運な最期を遂げることが多いとされている。
「私は……あいつを……アキを愛しているッ!」
単純なことである。上位精霊であるウルディネは、文献や伝説、お伽噺に登場した上位精霊たちと同じく、この世界で一人の男と出会い、そして繋がりを持った。やがてその繋がりは愛になり、愛した男は魔王となった。ただそれだけである。
「ウルディネ!」
冷静さを失い再び荒ぶるウルディネを止めようとするテイチ。しかしテイチの声に耳を貸さないウルディネは、手から発した水でテイチを包むと自分のいる場所から遠ざけた。
「……私もお前もアキと約束したはずだ……魔王にはさせないと……なのにお前は……一番近くにありながら……」
ウルディネに収束し圧縮されていく水。もはやその量はサイデリー王国を軽く飲み込むほど。解き放てば確実にサイデリー王国は水に沈む。
「……」
そんな今にも爆発しそうなウルディネの姿を無表情で見つめるブリザラ。
あの日、空から太陽が消失した日。小さな島国ヒトクイの首都ガウルドの地下で、魔王が産声をあげた。彼女はその光景を、魔王誕生の瞬間を彼女はその目で目撃していた。
— 思い出しては駄目……あなたはそのままでいいの……そのままで……そのままで……そのままで…… —
女神のような優しい声と共に、彼女の両目は温かい温もりを持った手によってそっと塞がれていく。
「……アキ……その方は誰ですか? 約束……それはどんな約束ですか?」
彼女の心に魔王となった男は存在しない。彼女の心に上位精霊たちと交した約束は存在しない。まるでそこだけ黒く塗りつぶされたかのように。まるでそこだけ切り抜かれたかのように。彼女の心には虚無感だけが残る。
理由も解らず頬を伝う涙と共に、ブリザラは力を解き放つウルディネを未だ沈黙を続ける自我を持つ盾の力で完全に抑え込むのであった。
ガイアスの世界
今回はありません




