消える光、旅立つ光
ガイアスの世界
今回ありません
消える光、旅立つ光
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
暗く重い空気を孕んだ地下。目に見える程の『闇』が充満したガウルド城地下に存在する特別監獄。地下という密閉された空間に漂うそれは、容赦無く私たちの心を嘲笑い踏みにじっていきました。嫌な事、怖い事、辛い事、忘れたい事。直視したくない私たちの感情を無理矢理こじ開け無責任に土足で入りこんでくる道化師。浮かぶ笑顔に感情は無く、冷たさと不気味さだけがそこにはありました。
撒かれた負の感情に飲み込まれるように私の意識は暗い底へと堕ちて行く。けれど堕ちて行く私を引き上げようとする光があった。私の中に存在する光。手を伸ばせば届くと思っていた光。私は暗い底へ堕ちながらその光に手を伸ばした。でも届かなかった。手を伸ばした瞬間、その光は禍々しい炎となって、周囲にその火の粉を撒き散らしながら消えて行く。それと同時に私の中にあったその光の記憶も消えていく。それが最後の記憶。私があの場所で見た最後の彼の姿でした。
「……ッ!」
私が目を覚ました場所はガウルド城の客間でした。目覚めと共に理由のわからない大きな消失感が押し寄せきた私は、状況が理解できず取り乱してしまいました。
「ねぇ! 私、私……くぅ……はぁはぁ……一体なにが……」
「大丈夫、大丈夫だ、ゆっくり息を吐いて……」
そんな私を抱きしめなだめ落ち着かせてくれたのは親友であり、お付兼護衛役でもあるピーランでした。ピーランは理由のわからない倦怠感と共に襲ってくる恐怖と不安に混乱している私へあの日から四日経過したこと、その間に世界が一変してしまったこと、自分が知る範疇でこれまで起ったことをゆっくり説明してくれました。
まずあの日、特別監獄で倒れていた私たち三人を発見し救出したのはピーランとヒラキ王直属部隊、聖騎士の隊長であるインベルラさんでした。
発見時、倒れていた私を含めた三人は全員衰弱しており一時は危険な状態だったという。救出後、適切な処置を受け容態が安定した後、私を含めた3人はそれぞれガウルド城の客間に移されたそうです。
「……所で××がどうなったか知っているか?」
これまでの状況を聞きながら徐々に落ち着きを取り戻した私へ、ピーランは言い辛そうな様子でそう尋ねてきました。
「××って……誰?」
××。私には思い当たらない名でした。自慢ではないけれど私は、一度見た人の顔、聞いた名前は忘れないという特技を持っている。でもピーランの口から出た××という人の名前に思い当たる記憶が私にはありませんでした。
「……ッ! ……そ、そうか……」
知らないと首を傾げる私を見てピーランは、明らかに動揺しているように私には見えました。何とも言えない表情で私を見つめるピーランの顔が私には不思議でなりませんでした。
「……まあ、今は何も考えず休め」
それ以上ピーランは××という人について私に尋ねてくることは無く、まずは何も考えず疲弊した体力を回復させることを優先しろと休養することを私に勧めてきました。
「……う、うん」
理由はわからないけれどピーランにとって今の私は疲れているように見えている。正直私自身も倦怠感で今はこれ以上喋るのが辛く、ピーランの言葉を受け入れ自分の体力を回復させることに専念しました。
何もせず客間の天井を見つめる日々が数日続いたある日。万全とは言えないけれど体力が戻り始めた私は、外で情報を集めてくれていたピーランに今ヒトクイで起っていること、今世界で起っていることを色々と尋ねてみました。
目覚めてから数日、外に出ていなかった私は、あの日を境にして太陽が空から消えたこと、その代わりとでも言うように不気味な光を放つ赤い月が現れたこと、ガイアス全土で異常気象や災害が頻発していることを知りました。そしてこの非常事態を利用して利を得ようとする組織や小国がいること。更にはこの状況を待っていたというように活動を再開し表舞台へ姿を現した魔族の存在のことも教えてもらいました。
正直、最初ピーランの言っていることを私は信じられませんでした。けれど客間の窓から見えるサイデリーの空、連日起る地震や魔族の襲撃による外の慌ただしさ。それによって張りつめる城内の雰囲気で、ピーランが言っていることが事実であり、現実であることを理解していきました。
人族へ対し侵攻を開始した魔族は世界各地へと広がり、その手は今私がいるヒトクイにも伸びてきている。私が眠っている間、そして意識を取り戻してからも、ヒトクイの首都であるガウルドには何度も襲撃がありました。
ガウルドは私の故郷であるサイデリー王国と同じ結界式が施された壁とヒラキ王直属部隊、聖騎士の活躍により今の所は、襲撃してくる魔族を排除もしくは撃退することが出来ている。
でも現在、魔族に対抗できているのは主都であるガウルドだけ。その他のヒトクイにある村や町の殆どは魔族の襲撃によって壊滅状態にあり酷い状況、生き残った人たちはガウルドへ避難してきているという現状にあることも知りました。
「ねぇ……ピーラン……サイデリー王国は……皆は無事なの?」
魔族の襲撃、それによるヒトクイ各地の村や町の壊滅。勿論ヒトクイの人々のことは心配だけれど、話を聞くうちに私は何故直ぐにそのことが頭に浮かばなかったのか、一国の王としての配慮が足らない自分に苛立ちを覚えながら、故郷の人たち、サイデリー王国は大丈夫なのかをピーランに尋ねました。
「……魔族からの襲撃を何度か受けた……だが、一応今の所大きな被害は出ていないとガリデウス様から報告を受けている」
どうやらピーランは私の体調や精神状態を察して今までサイデリー王国の話題を意図的に口にしなかったようでした。この時も体調がまだ万全ではな私へ、渋々といった感じでピーランはサイデリー王国の現状を教えてくれました。
「……」
サイデリーにも着実に危機が迫っている。これまで教えてもらった情報を踏まえたうえで私は頭では理解しているつもりでした。でも何処かサイデリーは大丈夫という不確かな感情が自分の中あったことを理解した私は自分の楽観的思考に怒りを抱きました。
世界各地で魔族の襲撃は起っている。サイデリー王国だけがそれから逃れられるなんてことは有り得ない。少し考えれば、いや、今の状況の世の中で生きていれば考えなくても理解できるはずのことでした。
外という現実から隔絶されていた私は、ピーランからの報告を受けたことで、この時やっと危機感という輪郭が明瞭になったのだと思います。そしてそれと同時に私の心には焦りが生まれました。
「……今のままじゃダメだ」
「……どうした突然?」
思わず零れた私の言葉にピーランは眉をしかめました。
「このままいくと結界壁が突破されるのは時間の問題なんだよ……」
今から数日前、様子を見にきてくれたインベルラさんが話してくれた言葉を思い出した私の焦りは更に加速していました。
「……ん? ……どうしてそう思う?」
私の言葉に首を傾げるピーラン。
「インベルラさんが言っていたの……今襲撃している魔族は全て中級か下級だって……基本的に集団行動を嫌うはずの魔族が組織や軍隊のような動きをしていたって……まるで威力偵察みたいだったって……」
基本的に集団行動を嫌い個人主義、実力主義を貫くことが多いという魔族。そんな魔族がまるで組織や軍隊のような動きをしていたと、まるでそれが威力偵察のようだったと、インベルラさんは対峙した魔族たちの動きに違和感を抱いていました。
「あの女余計なことを……」
インベルラさんの受け売りをそのまま口にした私の様子を見て、ピーランは頭を抱えそう呟いていました。
直ぐにでもサイデリーに帰りたい、帰らなければならない。焦りが更に焦りを呼び、加速していく私の思考。その時、私の頭にある言葉が浮かびました。
「はッ! ま……魔……王……うぅぅぅ」
何故か突然浮かんだその言葉を口にした瞬間、頭が割れるように痛みました。
「だ、大丈夫かブリザラ……」
鳴り響く痛みの音に頭を抱える私を心配して駆け寄って支えてくれるピーラン。
「……そう、魔王……くぅ……」
インベルラさんはこうも言っていました。もし本当に魔族が組織や軍隊のように動いているのならば、その後ろには魔族たちを統率している存在が必ずいる。その存在の名は魔族を統べる者、魔王と。
「あっくぅぅぅぅ……」
その言葉を意識すればするほど頭に響く痛みが増していく。私は魔王という言葉に、存在に言いしえぬ不安と恐怖を感じていました。でも違う。魔王という存在に不安と恐怖を確かに感じてはいるけれど違う。それとは別種の何か、私は何かを喪失するという不安と恐怖が心の奥底からせり上がってくるのを感じていました。
「……帰ろう……サイデリーに」
この不安と恐怖の正体がなんであるのかは分からない。でもこのままヒトクイに留まっていてはいけないと自分の勘が囁いているように感じた私は、急ぎサイデリーへ帰ることをピーランに提案しました。
「……駄目だ……それは親友の願いであっても、王の命令であっても聞くことは出来ない」
困ったという表情を浮かべながらピーランは私の提案に反対しました。
「なんでッ!」
自分の提案を聞き入れてくれないピーランに対して私は叫んでしまいました。
「……そんなのお前が一番分かっているだろう……」
そう言いながらピーランは私の頬を両手で掴み視線を合わせてきました。
「……」
「……万全じゃない今のお前の体力や精神状態じゃ、長い船旅には耐えられない……」
本当はわかっている、理解しているのに焦り冷静ではいられない私の目を見ながらピーランは、優しく反対する理由を口にしました。
「うぅぅぅ……」
流石、私のお付兼護衛、いや大親友。優しさのあるピーランの正論に思わず涙が溢れてしまった私に、反論できる言葉はありませんでした。
「サイデリーが心配なら、1日でも早く体調を万全にしろ、そしたら私は地の果てまでだってお前に着いていくよ」
「う、うん……私……頑張る」
故郷がサイデリーに危機が迫っているというのに、王として何も出来ない不甲斐無い私をピーランは優しく抱きしめてくれました。もしピーランが男性なら異性として好きになっていたかもしれません。優しく抱きしめてくれたピーランの胸の中でそんなことを思いながら私はそう頷き、力尽きたように意識を失いました。
それから数日後。未だ万全とは言えない状態ではあるものの万全になったと嘘をつき、私はピーランと共にヒトクイから船を使って故郷であるサイデリーへ向かいました。
ガイアスの世界
今回ありません




