狼たちへ託された可能性
330 前書き ガイアスの世界
聖光刃
合同聖術の1つで攻撃に特化した聖術であり、人数が増えれば増えるだけその威力は増していく。
主に巨大な建造物の破壊や数百単位の魔族を一掃する時に使用される戦術級聖術。
対魔族用の術であるものの、物理的威力があるため物を破壊することも可能。
物語上、数十人による合同聖術によって放たれ聖光刃だったが、それでも魔族1人倒すことが出来なかった。これは現在の聖職者たちの『聖』に対しての理解力の不足の所為と言える所はあるが、それ以上に魔族の力が高いことが原因である。
力を増した魔族を瞬殺したガイルズの『聖』は聖職者たち数十人集まっても届かない領域にあるようだ。
狼たちへ託された可能性
『闇』に支配され剣や魔法が意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
— 小さな島国ヒトクイ 首都ガウルド —
空から太陽が消失して一カ月。光の無い暗闇が広がる空には太陽の代わりとでも言うように巨大な満月、鮮血のような色をした赤い月が現れた。太陽の消失、明けることの無い暗闇、そして赤き月の出現は、人類の心に言い知れぬ不安と恐怖を植え付けていった。
そして恐怖と不安によって精神の均衡が崩れ始めた人類へ追い打ちをかけるようにガイアス各地では火山の噴火や大きな地震、異常気象による水害など大規模な災害が多発し多くの被害と死者を出したことで多くの人類の心は深い絶望に包まれていった。しかし人類に対しての追い打ちはまだ終わらない。今まで鳴りを潜めていた魔族たちが人類へ向け侵攻を開始したのだ。
数百年前の戦争で人類は魔族に勝利した。だが勝利したという事実だけが様々な媒体に残っているだけで、人類がいかにして圧倒的な力を持つ魔族に勝利したのか、その勝利の影に聖狼という存在がいたことを知る者は少ない。
圧倒的な力を持つ魔族に対して対抗する手段を殆ど持たない人類に成す術は無く、僅か一カ月という期間で人類の生活圏の三分の一が魔族に奪われることとなった。このまま行けば後数カ月の内に人類の生活圏は全て魔族に奪われることになる。そんな最悪な状況の中、辛うじて魔族に対抗している国が幾つかあった。その1つが小さな島国ヒトクイである。
「……チィ……」
魔族からの侵攻を幾度も防いできた町を囲う壁。ヒトクイの首都ガウルドを囲う巨大な壁を内側から見上げながらガイルズは、不機嫌な表情で舌打ちを打つと視線を瓦礫が散らばる地獄のような光景となった町へ向ける。
視線の先には町を復興しようと瓦礫を撤去している人々の姿があった。町の惨状は彼らの表情に不安と恐怖を浮かび上がらせる。しかしそれでも彼らの目は死んでいない。どんな困難を前にしても生きようとする強い意思がその目や行動から滲み出ていた。
「我国の人々は強いだろう」
復興作業を行っている人々を見つめるガイルズの横に現れた女性インベルラは、瓦礫を撤去し一日でも早く町を復興させようとしている人々を見ながら誇らしげにそう話しかけた。
「……魔族がこの国へ侵攻してくる頻度は他の国に比べて低い……その理由はこの国が海に囲まれた島国であり、攻め込みづらいというのがある……しかし私はそれだけではないと思っている……彼らの強い心、生きようとする強い意思が、魔族の侵攻を鈍らせているのではないかと思うからだ」
魔族は人の心から生まれる負の感情を『闇』に変換し、それを糧にする事で力を得る。『聖』に携わる者、聖職に関わりを持つ者ならば誰もが知る教えであり、そしてそれはこの数百年、様々な媒体を通してガイアスに生きる人々の潜在意識に刷り込まれたものでもあった。
「彼らがどんな困難にも立ち向かえる強い意思を持っているのは、乱世であったこの島国を統一して王となったヒラキ様の姿を見てきたからだ」
ガイルズやインベルラが生まれる前に起ったヒトクイ統一戦争。小さな傭兵団からはじまり、しだいにその規模を大きくして軍隊にまで成り上がったヒラキ率いる一団が、様々な戦場で戦果をあげ島国を統一するというヒトクイの始まりの歴史。
それはヒトクイで生まれた者ならば誰もが知るヒラキ王の英雄譚でもある。そんな王の姿は今でもヒトクイに生きる者にとっての希望となっていた。
「……ヒラキ様のねぇ……」
全てが変わってしまったあの日、ガイルズは真実を知った。この国を統一した英雄と呼ばれるヒラキ王が偽りの王であるということを。人類にとっての天敵である魔族であったということを。
「……今まで信じてきた王の正体が、魔族だって知ったらこいつらどう思うかな……」
ヒラキの正体を知るガイルズは、半ば脅迫するように復興作業を続ける町の人々を見つめるインベルラにそう尋ねた。
「……変わらないのではないかな……」
「何だと……」
インベルラの答えが面白くないのか眉間に皺を寄せるガイルズ。
「何十年経っても変わらない容姿……衰えない力……私も含めて皆ヒラキ王が人族ではないことは薄々気付いているのではないだろうか……」
復興作業を行う人々から視線を外しガイルズへ向けるインベルラ。
「けれど……例えヒラキ王が人族でないとしても、この国をこの国の人々に尽くして来たという事実は変わらない」
ヒラキ王が人族ではないという話は、以前から人々の間で噂になっていた。しかしヒラキ王が人族では無かったとしても王としてこの国を強く豊かにしたという実績が変わることは無いと思うインベルラ。そしてこの国に生きる人々も自分と同じ気持ちであるとインベルラは信じている。
「でも奴は亜人でも無きゃ森人でも無い……魔族だ」
多少の問題は起るだろうが、ヒラキが人族では無く亜人や森人であるのならそこまで大事にはならないだろう。しかしヒラキの正体は数百年、人類を苦しめた魔族である。
「……うん、他の者達はどうか知らないが、私はそれも何となく気付いていた……」
「……なら何故奴の首に喰いつかなかった! その爪で切裂かなかった!」
ヒラキの正体が魔族であると何となく気付いていたと答えたインベルラのその態度に苛立ちを爆発させるガイルズ。
「それが……『闇』を……魔族を駆逐する聖狼の本能……俺たちの役目だろうッ!」
世界でたった2人、魔族に対抗する為の力を持つガイルズとインベルラ。本能、力を持っていて何故、偽りの王を演じていた魔族を殺すことが出来なかったのかと怒鳴りつけるガイルズ。
「わからない……」
ガイルズの問に対してインベルラは顔を左右に振りながら答えた。
「お前から真実を聞いた時、私の中にある聖狼は全く反応しなかった……」
ガイルズからヒラキの正体を告げられた時、インベルラは動揺した。自分が仕えている王の正体が人類にとって天敵である魔族だという事実は、インベルラに大きな戸惑いと衝撃を与えた。しかし動揺する心の傍らでは、だからどうしたと開き直っている自分がいることに気付いたインベルラ。その心に同調するかのようにインベルラが内包する聖狼は一切の反応を見せることは無かった。
「……反応しなかった……だと」
インベルラのその言葉に明らかな動揺を見せるガイルズ。
「……ガイルズ……お前もそうではないのか……その真実を知ってもお前の……」
「……ッぐぅ……あああああッ! 五月蠅い黙れッ!」
インベルラの言葉を遮ったガイルズは、行き場を失った感情をぶちまけるように近くにあった瓦礫を拳で殴り砕いた。
「……お前の聖狼も反応しなかったのではないか?」
ガイルズに遮られた言葉をもう一度言い直すインベルラ。
「何なんだ……あいつは……俺にこの国を頼むって……」
あの日、成す術のない『闇』が解き放たれる瞬間、今までにであったことがない程の強力な『絶対悪』の残滓が放つ気配の影響を受け、体の自由を奪われ薄れゆく意識の中で、ガイルズは魔族の後ろ姿を見た。
目の前で弟を失い失意の中にいたはずのその半端者の魔族は、解き放たれる『闇』からガイルズを守るように立っていた。
「……この国を……インベルラたちを頼みます」
天敵であるはずのガイルズに対してそう言葉を残し『闇』の中に消えて行く半端者の魔族。その後ろ姿を見つめながらガイルズの意識はそこで一度途絶えた。
次にガイルズが目を覚ました時、そこには誰もいなかった。ただ1人自分だけがそこにいる。その事実はガイルズを激昂させる。駆逐する対象である魔族に助けられたという事実がその魔族が残した言葉がガイルズの心を苛立たせた。
「ヒラキ様が一体何をお考えになっていたのかはわからない……けれどあのお方は……天敵である我々を助けてしまう程にお人よしで何処までもお優しい方だ……いつの日か……お前や私が……なんてことをお考えになっていたかもしれないな……」
1つの可能性。それは本来なら絶対に有り得ない可能性である。しかしヒラキはその絶対に有り得ない可能性をどうにかして打ち破り有り得るものにしようとしていたのではないかとそう思うインベルラ。そして自分やガイルズにヒラキはその可能性を抱いていたのではないかともインベルラは思った。
「……ふざけるな……そんな可能性があってたまるか……」
しかしヒラキの想いは届かない。ガイルズはインベルラが口にした可能性を一蹴すると鋭い眼光を暗闇が広がる空に向ける。
「……俺はこの力の本能に従う……奴も含めて全ての魔族は駆逐対象だ」
「……そうか……」
防壁を睨みつけるガイルズの横顔を見つめながらインベルラは頷いた。
(……お前はヒラキ様を討つことは出来ない……だって敵を前にしたお前は、そんな苦しそうな顔をしないから……)
インベルラは知っている。横に立つ男が自他共に認める戦闘狂であることを。強敵であれば強敵であるほどその戦いを楽しむことが出来る男であることを。
だからこそインベルラにはかわる。本人は自覚していないがヒラキの話をしている時の表情が微塵も笑顔では無く苦しそうであることを。魔族であるヒラキを討つと宣言したその言葉が本心ではないということを。
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