真面目で合同で章 5 (ブリザラ&アキ編) 開く記憶の扉
ガイアスの世界
サイデリー王国地下にある収容所
サイデリー王国建国当時は建国による混乱も多く、サイデリーで犯罪を犯した者は地下にある収容所に収監されていた。しかし国が安定し平和になると、犯罪が激減、現在サイデリー王国の収容所は滅多に使用されることは無くなった。
地下収容所が使われなくなった理由はもう一つある。現在サイデリーで犯罪を起こした者は、サイデリーの地下にある収容所では無く町にある牢屋に収監されるようになったためである。
王が住む氷の宮殿の地下に犯罪者が収監されているのは色々と問題があるだろうという当時の大臣達の配慮により各地区に収容所が作られた。
犯罪者の大半は他大陸や他国から来た者が多い。しかしその牢屋で犯罪者が罪を償うことは殆どなく、大半が自国へと強制送還されるまでのつなぎとして使われることが多い。
国を揺るがす程の大犯罪を犯した者でない限り王の耳に入ることは殆どない。
余談ではあるが、ランギューニュがわざわざ自分の地区の収容所では無く氷の宮殿地下にある収容所に黒装束の女を収監したのは、夜な夜な町で引っ掛けた女性をそこに連れこんではあんなことやこんなことをしていた流れで、黒装束の女ともあんなことやこんなことをする為であったとか無かったとか……。
真面目で合同で章 5 (ブリザラ&アキ編) 開く記憶の扉
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス。
「よぉ、悪ガキ……このサイデリーで色々とやってくれたな」
おおよそ人力では上ることが不可能な巨大な壁の中にある町。月の光が届かない壁の背で何かを取り囲むように盾士達が集まっていた。その盾士達の中心にいる立派な髭を蓄え男は暗闇に身を潜める者にニヤリと笑みを浮かべ語り掛けた。
時が過ぎ上空の雲が動くことによって月の光が壁の背を照らすと闇に潜んでいた者の姿が露わになった。そこにいたのは、幼い顔をした少年。しかしその幼さと反してその表情はまるで世界を呪うかのように絶望の色に染まっていた。
「……取り押さえろ」
髭を蓄えた盾士の合図で一斉にその少年へと飛びかかる盾士達。少年は子供とは思えない動きで盾士達を翻弄したが、その数には勝てず数十秒の後、完全に拘束される結果となった。
「とりあえずここで大人しくしてろ」
それからどれほどの時間が経ったのか、少年は蝋燭の光が頼りなく感じる薄暗い場所、牢屋に入れられていた。鉄格子を挟んで少年に一言いうと髭を蓄えた盾士はその場を離れていった。
暗い牢屋、場合によっては恐怖すら感じるその場所で少年は久々の安息を感じる。何かに追われ、追って来る者を殺し、そしてまた追われる。そんなことの繰り返しだった少年。牢屋の暗さは少年の心に平穏を与えていた。
流れ流れついた場所で少年に面会を求めてくる者は居ない。来る者といえば少年を捕まえた最上級盾士と名乗る立派な髭を蓄えた男だけであった。
「お兄ちゃんどうしたの?」
しかしその日、少年の前に姿を現したのは髭を蓄えたむさ苦しいおっさんでは無く、花のように可憐な少女であった。少女にお兄ちゃんと呼ばれた少年は、なぜこんな場所にこんな少女がと驚きのあまり硬直する。
「ねぇお兄ちゃん、どうしたの?」
硬直した少年を不思議そうに見つめる少女の瞳は真っ直ぐで純粋。少年には無いものであった。
「僕は……」
少年は何を少女に伝えかったのか、それは分からない。その後薄暗いその場所には少女の泣き叫ぶ声が響いたという。
― サイデリー王国 氷の宮殿 地下収容所 ―
氷の宮殿の地下にある収容所を目指し自分よりも少し先を行くアキの頭頂部を視界に入れながら薄暗い階段を下るブリザラ。その薄暗い階段を一段下りるたび何とも言えない感情が心に蓄積されていくブリザラ。その感情が恐怖からくるものなのかそれとも不安からくるものなのか理解できないブリザラ。だがブリザラが抱くその感情は、幼い記憶の扉を開く鍵となった。
(……記憶はあるんだけど……殆ど思いだせない……)
しかし記憶力には自信のあったブリザラだが、覚えているのは涙の影響で目の周りがヒリヒリと痛み、子供が泣いた時に見られる小刻みな呼吸を繰り返しながらガリデウスの背におんぶされている自分の姿と、後に自分が収容所に足を踏み入れた大まかな経緯だけで、その場所で何があったかという記憶は思いだすことが出来なかった。鍵を見つけたがその鍵だけでは開かない扉の前にいる、そんな感覚を抱くブリザラ。
「おっ到着したようだな」
収容所に到着した事を告げるアキの声が自分の記憶を探っていたブリザラの耳に入る。
「……!」
目的地に辿り付いたアキの背中を見ながら僅かしか覚えていない当時の記憶と照らし合わせるように階段を下りていくブリザラは驚きの表情を浮かべていた。ガリデウスにおんぶされていた時の記憶ではその階段はそれなりに長いものに感じていた。だが実際、ブリザラが体感した階段の距離は想像以上に短かったからだ。
「ん? どうしたオウサマ? 静かだな……ははぁーん、まさか怖くなったか?」
階段を下り始めてから言葉数が少なくなったブリザラに対して挑発するような物言いをするアキ。
「あ、はい、大丈夫です……」
確かにわずかばかりの恐怖や不安はあるのかも知れない。しかし今のブリザラは開かない記憶の扉を開きたいという好奇心が勝っている。堅く閉ざされた扉の向こうで当時の自分は一体何を見たのかブリザラはそれが知りたくてたまらなくなっていた。
「……一度だけこの場所に来た時とだいぶ印象が違う」
周囲を見渡すブリザラは僅かに残る自分の記憶と今の光景の印象が違う事を口にする。
「……印象? ……ああ子供の頃の話か」
先程アキがチラッと耳にした幼かった頃のブリザラが収容所に忍び込んだという話を思いだすアキ。
「はい、こんなに階段は短くなかったように感じます」
そう言いながら自分が下ってきた階段を振り返るブリザラ。
『子供の頃の印象と大人になってからの印象に差異があるのはよくあることだと思うが?』
子供の頃と大人になってからでは印象が変わってしまうことはよくある。その感覚を今ブリザラは感じているのではないかと言うキング。
「うん……そうだよね……」
納得したというよりは納得しようとしているといった様子のブリザラはキングの言葉に頷くと収容所入口で待つアキに追いつく為、階段を下る足を速めた。
「しかし、本当にお前の国は平和なんだな」
収容所入口から奥を覗くアキは、呆れたような声で本来は居るはずの罪人、囚人の姿が全く無い牢屋を見渡した。平和とは無縁な国に生まれ、生きる為に罪を犯すのが当たり前という日常を過ごしていたアキ。何度か牢屋という場所にもお世話になった事があるアキからすると、罪人、囚人の居ない牢屋という光景は異様でしかない。
「町で小さな揉め事は度々ありますが、この収容所を使用する程の状況は、ここ数十年聞いたことがありません」
少なくともサイデリーという国では数十年、裁かれるような罪を犯した者はいないということになる。それはサイデリーへやってくる観光客や冒険者、戦闘職も含めての話でありどれだけ盾士達の警備が徹底しているのかを物語っていた。
「へーなるほどねぇ……」
サイデリーが犯罪も起らない平和な国であると素直に認められないアキは、今自分が立っている場所に抱いた気持ち悪さと同じ感覚をサイデリーにも抱いていた。
「さて……それじゃとっとオウサマの用事を済ませようかね……」
絶対に何か裏があるはずだと思いながら自分の中で渦巻く感情を吐き捨てるようにアキは、薄暗い収容所の中へと足を踏み入れていく。
「はい」
アキの言葉に頷き、その後をついて行くブリザラ。
「一番手っ取り早く話を聞くなら、お前を襲った集団のリーダーに話を聞くのが手っ取り早いだろうが、さて何処にいるんだ?」
薄暗く静まり返った収容所にある牢屋を見て回るアキ。
「おっ! いたぞ……」
収容所の一番奥の牢屋で目的の人物を発見したアキは、後を付いてきたブリザラに手を振る。
「はい」
手を振るアキに向かって駆け足で収容所最奥にある牢屋に向かったブリザラは、その牢屋の前で一つ息を吐きその人物に向け視線を向けた。そこには見ただけで疲労していることが分かる黒装束の女の姿があった。
「ん……? 今度はなんだ……はぁ! お前は!」
牢屋の前に立つ人の気配に顔を上げた黒装束の女は、ブリザラの顔を見て驚きの表情を浮かべた。
「あの……お話がしたいのですが?」
「はぁ……?」
なぜ自分が殺そうとした相手が目の前に立っているのか理解できない黒装束の女は、その相手が口にした言葉に全く緊迫感の無い間抜けな声をあげる。
「その……私はあなたとお話がしたいんですが……」
聞き取れなかったのかと思ったブリザラは、再度丁寧に黒装束の女に話がしたい事を告げる。
「あのな……私がお前に何をしたのか分かっているのか!」
状況は理解できなくとも今目の前にいる人物がどれほど馬鹿な行為をしているかは分かる黒装束の女は、怒りを現すようにブリザラに叫ぶ。
「は、はい……あなたは私の命を狙った賊の人……ですよね?」
黒装束の女の突然の激昂に肩を跳ね上げるブリザラ。しかしそれでもブリザラは後ろには引かず黒装束の女の問に答える。
「ですよね? ……だと……」
なぜか疑問符を残したブリザラの言葉にイラつく女。
「そうだ! お前を殺そうとしたその賊だ! そんな私に何の用だ、サイデリー王!」
自分でも驚く程に感情が昂っている事に気付きながらも黒装束の女は、乱暴な口調でブリザラを襲った賊である事を口にする。
「凄くお綺麗な顔をされていたのですね」
「……はぁ?」
ブリザラのその一言は昂っていた黒装束の女の感情を一瞬にして覚ます程にこの場の空気には似つかわしくない言動であった。隣に立っていたアキも何とも言えない表情でブリザラを見つめる。
「その、エヘヘ……まさか布の下にそんな美しい顔が隠れていたなんて……」
(何で照れる?)《どうして照れる?》(なぜ照れる?)
後頭部に手をやり照れながら顔をニヤケさせるブリザラにアキやキング黒装束の女までもが首を傾げ心の中で同じことを思った。
「お、お前は何がしたいんだ!」
ブリザラの所為で緩々になったその場の空気を吹き飛ばす勢いで苛立ちを再燃させる黒装束の女。
「……だから私は先程から言っています、あなたとお話がしたいと」
「……!」
再三自分の目的を伝えていたが聞き入れてもらえなかったブリザラは、もう一度はっきりとした口調で自分の目的を黒装束の女に伝える。その瞳は真っ直ぐに黒装束の女に向けられていた。その瞳に囚われたように身動き一つ取れなくなる黒装束の女。
「話してください、私の命を狙った理由を……」
先程までとは別人のような雰囲気で黒装束の女の前に立つブリザラは、確信を突く質問をする。
「そ、それは……」
思わずブリザラの命を狙った理由を口走りそうになった黒装束の女は零れだしそうになる想いをせき止めるように手で口を塞ぐ。
「……」
「くぅ……」
何かもかも全て見透かされているようなブリザラの瞳を前に奥歯を噛みしめる黒装束の女。
「……私は……くぅ……何もかも理解しているみたいな顔で私を見るな! 哀れみなどいらない! 私はお前の命を奪おうとした、それだけだ!」
何かを言いかけ、それでもそれの言葉を飲み込み噛みしめるようにそう言った黒装束の女は、力の入らない体で無理矢理立ち上がった。
「危ない!」
ふらつく黒装束の女はそのままブリザラ達がいる牢屋の格子に向かってたおれそうになる。その姿を見て叫ぶブリザラは牢屋の格子に近づいた。
『王ッ!』
「馬鹿が!」
キングとアキの叫ぶ声が収容所内に響く。
「動くなッ!」
倒れかけていた黒装束の女は格子と格子の間から腕を伸ばし格子に近づいたブリザラの首に巻き付けるように腕を回しアキに対してそう叫んだ。牢屋の格子越しにブリザラの自由を奪った黒装束の女は手首に忍ばせていたクナイを器用に取り出すとブリザラの首元にそのクナイを当てる。
「そこのお前、動けば王の命は無いと思え」
「……」
ブリザラを人質にとられ身動きが取れないアキは黙ってブリザラを拘束する黒装束の女を見つめる。
《王よ!》
ブリザラが背負う大盾が自我を持つ伝説の盾であることを知らない黒装束の女はキングという存在が自分の間合いに入っているなどとは一切思わない。その隙を突きキングはブリザラに合図を送る。しかしブリザラは一切キングに合図を返さない。
「賊の……いえ、お名前を教えていただけますか?」
自分の喉にクナイを突きつけられているというのにブリザラは一切取り乱す事無く、黒装束の女に名を聞いた。
「フン、いいよ、教えてやる私の名はピーラン、王様……あんたを殺す者の名だ!」
「強がらないでください、その体では私を拘束しているのも辛いのではないですか?」
確かにピーランと名乗った黒装束の女はブリザラを拘束している。しかしピーランの腕にブリザラを拘束し続ける力は残っていない。すぐにでも振り払うことが出来る程に力が低下していることに気付いていたブリザラは黒装束の女の体を心配した。
「なっ! ……くぅ……はぁん! 余裕だね王様……自分を殺そうとしている奴の心配をするとは……」
クナイを握る手にありったけの力を籠めるピーラン。
「それでも、あんたの首をかき切るだけの……力……は……」
突然体に力が抜けていくピーラン。体に限界がきたのか、手に持っていたクナイが地面へと落ちる。それと同時に立っていることも出来なくなったピーランは、地面に座り込んだ。
「はぁ……ははは……」
牢屋の地面をただ見つめながら乾いた笑い声を上げるピーラン。
「ピーランさん」
拘束を解かれたブリザラは直ぐにピーランの体を支えに入った。
「馬鹿野郎! そこから離れろ!」
『小僧の言う通りだ離れるんだ王よ!』
意識はあるものの体に力が入らず行動不能になったピーランをそれでも警戒するアキとキングはブリザラにピーランから離れるようにと叫ぶ。
「いいえ、離れません」
しかし首を横に振りアキとキングの指示を拒否するブリザラ。
「……もういい……早く私を殺せ……」
諦めたように自分を殺すようにと力無くかすれた声で願うピーラン。
「ダメです!」
ピーランの両肩を掴み無理矢理女の顔を自分に向けさせたブリザラは絶望に満ちた暗い瞳をしたピーランをじっと見つめ強い口調でその願いを拒否する。
「ピーランさんは絶対に殺さない! それはこのサイデリーの王である私が絶対にゆるしません!」
二度も自分を殺そうとしたピーランを絶対に対して絶対に殺さないと宣言するブリザラ。
「あっ……」
強い光を放つブリザラの瞳に見つめられたピーランはその言葉が嘘でない事を理解する。
「……ダメだ……私を殺せ……そうしなければ……」
何かに怯えるようにブリザラの瞳から視線を外すピーラン。
「呪い……の事ですか?」
「くぅ! この声は!」
アキ達が下ってきた地下への階段からする声にピーランの目が憎しみの色に変わる。そしてその視線はアキの背後に姿を現した男に向けられた。
「ランギュー二さん!」
「なっ!」 『ぬぅ!』
アキの背後に姿を現したのは、サイデリー王国、南地区部隊隊長、最上級盾ランギューニュであった。
ランギューニュの登場に純粋に驚くブリザラ。その一方で、アキとキングは全く気配を無くこの場に現れたランギューニュという存在に驚きそして警戒する。
アキもキングも気配の探知には自信があった。アキの場合気配を察知する技術は生きていく上で必須であり今までの過酷な日々を生き残ってこられたのは、この気配を察知する能力が常人よりも高かったからだ。それに加え今は自我を持つ伝説の防具クイーンの力も加わっている。かなり離れた魔物や敵の気配も感じ取ることができるはずであった。そして守りを主とするキングはクイーンよりも更にその探知の能力に長けている。それは自分の所有者を守るのに必須な能力であるからだ。
だが気配を察知する能力に長けたアキやキングにさえも気配を感じさせずに姿を現したランギューニュは二人からすれば警戒しない訳にはいかない存在であった。
しかしランギューニュに対してアキとキングが警戒する理由はもう一つあった。
「お前達、私を騙したな!」
既に限界を超えた体に鞭を入れ無理矢理立ち上がろうとするピーラン。
「待って! まだ立っては……」
フラフラと揺れるピーランの体を支えようと再び近づくブリザラ。
「近づくな! 性欲でなびかないならば情で心をなびかせようとしたのだろう、なんと卑劣な!」
自分の体にブリザラが触れることを拒んだピーランは、自分が騙された事に激昂する。
「性欲?」
ピーランが口にした性欲という言葉に首を傾げるブリザラ。
「……王の前で変な事を言わないでもらいたいな……」
ピーランが発した言葉に少し困った表情を浮かべるランギューニュはブリザラを守るように前に立つと怒りを自分に向けるピーランを見つめる。
「……お休み……」
ただ一言、ランギューニュの発したその一言でピーランは糸が切れたようにその場に倒れ込む。
「ピーランさん!」
倒れたピーランに駆け寄るブリザラ。
「何を……したんだ」
ただ一言で相手の意識を失わせる。その異常な光景に声を漏らすアキ。
「彼女の力が尽きただけでしょう?」
ブリザラを背にゆっくりと振り返ったランギューニュは両手を上げ分からないという表情で声を漏らしたアキに話しかける。
「ふん……有り得ねぇな……」
状況からすればランギューニュの言葉が正しく思える。しかしアキはしっかりとその耳でランギューニュがピーランに対してお休みと口にした事を聞いている。その直後にピーランは倒れた。
「……お前……妙な感じがする……」
ピーランにランギューニュが何かをした事を確信するアキ。その根拠はアキとキングがランギューニュを警戒するもう一つの理由であった。
「感の鋭い人は嫌いだ……」
今までヘラヘラとしていた表情が一変、鋭い表情に変わるランギューニュ。
「ランギューニュさん……正直に言ってください……ピーランさんに何をしたんですか……」
アキとランギューニュの殺気のぶつかり合いに割って入るようにブリザラがランギューニュに質問する。
「え? いやだから僕は何もしてませんよ」
会話する対象がブリザラに変わるとその表情はヘラヘラとしたものに戻るランギューニュ。
「答えなさいランギュー二=バルバレス! ピーランさんに何をしたのですか!」
強い口調でそういいながらランギューニュを見つめるブリザラ。
「はっ!」
その瞬間ブリザラに対してヘラヘラとしていたランギューニュの表情が驚きに変わる。
それは殺気では無くただ見つめるという行為。しかしブリザラの深紅に染まった瞳は、ランギューニュの体を強張らせた。
「な、なんだこの圧は……」
その効果はブリザラが背負向けているはずのアキにまで届く。
「……」
ブリザラの瞳から逃れられずただじっと見つめることしか出来ないランギューニュ。
「何をしたんですか?」
「はぁーダメだ、降参です、お話しますよ、彼女、ピーランに僕が何をしたか……」
まるで息を止めていたかのように勢いよく息を吐いたランギューニュは、観念した表情で自分がピーランに何をしたか話す事をブリザラに約束した。
「ありがとうございます」
ランギューニュの言葉に笑顔になるブリザラ。その笑顔同時に周囲に放たれていた圧は消え失せランギューニュの強張っていた体も解れていた。
「全くブリザラ様には昔から敵わないな……」
ピーランが収容されている牢屋に腰を下ろしたランギューニュは、ブリザラの顔を見ながらそう呟いた。
「昔?」
ランギューニュに習うようにブリザラもその場に腰を下ろし意識を失っているピーランの頭を自分の膝の上に乗せるとランギュー―二ュの言葉に首を傾げた。
「ここで話すのかよ……」
腰を下ろし話す気満々な二人を見て少し呆れながらアキもその場に腰を下ろす。
「話の内容が内容だからね……出来るだけこれから話す内容は知られたくない……僕的には君にも席を外してもらいたいのだけれどね」
ブリザラに見せる表情とは違い、明らかにアキに対しては敵意のようなものを発するランギューニュ。
「はぁ! そりゃ悪かったな、だがオウサマのご指名だ、諦めろ」
自分だって聞きたくは無いとランギューニュの言葉を突っぱねるアキ。
「あの……私とランギューニュさんが初めて出会ったのはランギューニュさんが最上級盾士になった時でしたよね?」
アキとランギューニュの会話が終わった頃を見計らい、ランギューニュに自分達が初めて出会った時の事を聞くブリザラ。
サイデリー王国に住む全ての人々の名前や顔を覚えているブリザラ。当然ランギューニュの名前も顔もそれこそ数々の噂話も知ってはいた。しかし驚くことにブリザラとランギューニュが直接会ったのは、ランギューニュが最上級盾士の証として白銀の盾を先代の王から授かる式の時であった。
「いや……実はその式よりも前に私とブリザラ様は会っているんですよ」
「えっ? ……その……私何度かランギューニュさんを訪ねたことがあったのですが……毎回ランギューニュさんは不在で……あの式よりも前に直接会った記憶がないのですが?」
数々の逸話を持ち、様々な噂話があるランギューニュ。若干14歳で最上級盾士に上り詰めたランギューニュにその頃から好奇心の塊であったブリザラが興味を持たないはずがない。
当然ブリザラはガリデウス達の隙を見ては氷の宮殿から抜け出しランギューニュを尋ねたことが何度かあった。しかし何度尋ねてもランギューニュと出会う事は出来なかったのだ。
「ああ、それは僕がブリザラ様に会う事を禁じられていたからです」
「禁じられていた?」
なぜ当時サイデリーの盾士であったランギューニュが自分に会う事を禁じられていたのか疑問に思うブリザラ。
通常、国の王に会う、謁見するにはそれなりの地位もしくは緊急な要件でも無ければ会う事は出来ない。しかしサイデリーの王は他の国の王とは違う。王が直々に警備も付けず町を歩きまわることなど日常茶飯事で、それこそ町の子供から大人、老人に至るまでブリザラと直接近い距離で会話をしたりしたことがあるのが普通であった。会って会話をした事が無いほうが珍しいという他の国の王には考えられないのがサイデリーの王なのである。
「ブリザラ様も私の噂話は色々と聞いたことがあるはずです」
「えっ……はい、夜の町にいる全ての女性達を連れ去ってしまう美少年とか……歩くだけで女性を妊娠させるとか……」
「お前、ろくな奴じゃないな」
ランギューニュの噂話を口にするブリザラの話を聞いて呆れと軽蔑の視線をランギューニュに向けるアキ。
「ははは、男に何と言われようが僕は気にしないし気にすることすら無意味だ……」
アキに呆れと軽蔑の視線を向けられても全く気にしないランギューニュ。
「歩くだけで女性を妊娠させるというのは流石に嘘ですが、その他は真実です」
そう言ってランギューニュは女性を落とす時に使う撃墜笑顔をブリザラに向けた。
「へーあの噂は殆どが真実なのですか」
しかしランギューニュの撃墜笑顔は効果が無いのかブリザラは全く動じずランギューニュの噂話の殆どが事実であることに驚いた表情で頷いていた。
「……おいこいつ、自分を美少年って言ってるぞ」
ランギュー二ュに対して呆れや軽蔑を通り越して顔を引きつらせるアキ。
「まあ、そんな数々の話を知った先代の最上級盾士、僕の師匠が、ブリザラ様に会う事を禁じた……というのがブリザラ様以外の者が知っている話です」
最上級盾士や大臣その部下達に至るまでの者達が、ランギューニュとブリザラを会わせない為に色々と苦労していたことをブリザラは知らない。
「そんな事が……あったのですね……」
何度ランギューニュを尋ねに行っても出会えなかった理由を知りブリザラは頷く。
「しかし……それは表向きの話……実は裏の事情があったんですよ……それが私がブリザラ様に初めて会ったこと、そしてピーランにした事に関係してきます」
「やっと本題か……」
正直この前ふりは必要かと思うアキ。
「まず、私とブリザラ様が初めて出会ったのはこの収容所……まだブリザラ様が物心つくかつかないかの時でした」
「ここで……?」
ランギューニュの言葉を聞き、収容所を見渡すブリザラ。するとランギューニュの言葉が最後の鍵というようにブリザラの記憶の中に存在する沢山の鍵穴のある扉がゆっくりと開き始めたのであった。
ガイアスの世界
『撃墜笑顔』
魅了という特殊技能を持つランギューニュが女性を落とす為に使用する必殺技である。
吊り上げた口になぜか星形の光が現れるというのが特徴で、その笑顔を見た殆どの女性はランギューニュに恋をするという。
しかし正直な所、こんなことをしなくてもランギューニュが魅了をダダ漏れさせるだけで殆どの女性はランギューニュの虜になつてしまう為使う必要はあまりない。
本人曰く気分の問題だそうだ。
だが更に言えば、元々過半数の女性が好む容姿をしているランギューニュは魅了を使わずともモテモテである。地力から既に女性に愛されるように出来ているのがランギューニュという存在なのである。
余談ではあるが、ランギューニュが女装して男性に対して魅了を使った場合、男性にもその効果がでるようだ。昔何度かランギューニュはそのお蔭で窮地を脱したようだ。しかし本人はもう絶対にやらないと心に誓っている。




