消えた王と誕生した王
ガイアスの世界
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消えた王と誕生した王
あの日、空から太陽が消えた。
太陽が消失し光を失った世界は暗闇に包まれた。太陽の消失は時間の経過と共に動植物に多大な被害をもたらしていく。そしてそれは人類も同じであった。
生命の象徴にして『聖』の象徴でもある太陽の突然の消失は、人類の心に影を落とし、それはやがて大きな影となって動揺と混乱をもたらした。
人類の心に蔓延する動揺と混乱、不安と恐怖。様々な感情が人類の心の中で飛び交う中、それは現れた。まるで空席となった王の玉座を奪うように、暗闇が広がる空に巨大な満月が出現したのだ。
日が経とうとも欠けることのない月。太陽の代わりとでも言うように空に昇り続ける月は、その鮮血のような赤い光を大地に降り注いだ。
しかし赤い月が放つその光は太陽のものとは異なり、人類の心に安息を与えることはない。与えるのは更なる不安と恐怖。人類にとって頭上で不気味な光を放つ赤き月は、不吉の象徴でしかなかった。だが赤き月を不吉の象徴として捉えた人類とは真逆の考えを持つ種族が存在する。
『聖』の象徴である太陽を嫌い、赤き月こそ自分たちにとっての幸運の象徴だと称える種族。人類の心が発する負の感情を喰い『闇』へと変換し力とする『闇』の眷属、魔族たちである。
元々人類よりも優れた身体能力や魔法技術を持っていた魔族。だが数百年前の戦争に敗北したことで、魔族に対する人類の印象は変わった。確かに魔族は恐怖する存在ではあるが、魔族に勝利したという事実が人類の心を強くしたのだ。そしてこの数百年の間、人類は陰から物語や舞台といった様々な媒体を通して魔族に対する印象を操作してきた。元々それほど力を持たず人類と友好を望んでいた魔族とは手を取り合い共存することもしてきた。数百年という長きに渡る努力の末、人類は魔族に対しての印象を操作することでその力を抑え込み削いできたのである。
だが状況は変わった。この数百年、比較的平和であった人類は、太陽を失い、赤き月が出現したことによって強い不安と恐怖、動揺と混乱を抱いてしまった。その感情は『闇』の糧となっていく。
突如として湧き上がった人類の負の感情を引金として、鳴りを潜めていた強硬派の魔族たちは行動を始めた。人類が抱いた大量で良質の負の感情を喰い魔族たちは全盛期以上の力を得た。全盛期以上の力を得た強硬派の魔族たちは、再び自分たちがこの世界の支配者となるべく表舞台へその姿を現したのだった。
数百年前の勝利以降、慢心によるものなのか、それとも何者かにそう仕向けられたからなのか定かではないが、対抗手段を殆ど用意することが出来なかった人類は、自分たちが抱いてしまった負の感情によって強くなった魔族たちの力は圧倒的だった。剣や魔法も通じず人類はただその心を絶望に染めることしか出来なかった。
強硬派の魔族たちの侵攻は凄まじかった。赤い月の出現から僅か数日で強硬派の魔族たちは、人類の大きな町や小国を次々と落しその勢力図を伸ばしていった。
だが本来個人主義な考え持つ魔族は他の魔族と協力して何かを行うことをあまり好まない。先の人類との戦争でも状況が不利になれば損得を優先し他の魔族に押し付け撤退する魔族も多くいたほどである。その割を食い大半が死に絶えてしまったのが夜歩者という種族であった。
そんな魔族たちが協力し、まるで人類でいう兵士のように統制のとれた動きで人類の街や小国へ侵攻している。これは本来個人主義な魔族たちからすれば不自然な行動と言えた。だが魔族たちに不自然な行動を取らせてしまう理由があった。
個人主義であり力こそ全てであると考える魔族たちを平伏させるだけの力を持った者。魔族の頂点に君臨する存在、魔王である。
太陽が消失したあの日、同時期に魔王は誕生した。その誕生を知ら締めた魔王の気配は、瞬く間に各地へ広がり、鳴りを潜めていた強硬派の魔族たちを従わせたのだ。
誕生した魔王の存在によって束ねられ統制が生まれた魔族たちは、その強大な力も相まって僅か数日という期間で次々と人類の大きな町や小国を落とすことができたというわけである。
こうして比較的平和であった人類の時代は終わりを告げ、魔王率いる魔族たちの時代が始まろうとしていた。
『闇』に支配され剣も魔法も意味を成さなくなってしまった世界ガイアス
— 小さな島国ヒトクイ 首都ガウルド 外壁 —
太陽が消失し、赤き月が出現してから一カ月後。
「上位僧侶放てッ!」
ヒトクイの首都ガウルド全域を囲う巨大な壁の上から発せられる女性の合図によって、壁の上に点在する数十人の上位僧侶たちは巨大な光刃を放った。放たれた光刃の先には、背中に生えた翼で器用に空を飛ぶ魔族が1人。
『闇』の眷属、魔族を専門とするヒトクイの王ヒラキ直属の部隊聖騎士部隊に所属する数十人の上位僧侶が放った光刃はもはや戦術級の聖術。本来であれば砦や城など巨大な対象を落とす時、もしくは数百単位の敵を一掃する為に使用される複数人による合同聖術であり、魔族1人に使用する攻撃としては今までなら過剰火力となる聖術であった。
上位僧侶たちが放った光刃は、難なく翼の生えた魔族に直撃した。その瞬間周囲の音が全て消えるように一瞬の静寂が広がり、そして輝くような爆発を起こす。
「ぐふふふ……」
だが輝きを放つ光刃の爆発を受けて尚、魔族の体には傷1つ無く不気味な笑みを浮かべられるほどの余裕すらあった。
「……所詮今の家畜はこの程度、歯ごたえの無い! ならばせめて大人しく俺様の餌となれっ!」
人々が抱いた負の感情を喰いその力を高めた今の魔族には、上位僧侶たちが放った戦術級の合同聖術も通用しない。魔族は上位僧侶たちを嘲笑いながらそう叫ぶと何やら詠唱を始める。
「……残念だが我々を甘く見過ぎだ」
詠唱を始めた魔族に対して上位僧侶たちに合図を送っていた聖騎士の女性隊長は、極限にまで感情を削ぎ落したような冷たい声でそう呟く。
「……な、なにッ?」
次の瞬間、魔族の体が無数の光の爪によって切り刻まれていく。
「ゴフぁぁぁぁ! ……な、何故お前がッ!」
千切れて行く四肢や肉片を地面に落としながら魔族は自分の前に突如として現れた人影、いやその巨大な獣の姿に驚きの声を上げる。
「お、お前たちはあの戦争の後滅びたはずじゃ……」
「……」
巨大な獣は魔族の問には答えず、その鋭い爪で最後の一撃を放つ。
「ガアアアアアアアアア!」
硝子に爪をたてたような神経を逆撫でる悲鳴を周辺に撒き散らしながら絶命し落下する魔族。
「……」
十数メートルの高さから落下する巨大な獣は、魔族が消失するのを確認すると体を回転させながら綺麗な着地を決めた。
「……はぐれの無名如きが」
綺麗な着地を決めた巨大な獣は、そう呟くとその形を人の姿へ変えていく。
「よくやってくれたガイルズ!」
上位僧侶たちに合図を送った聖騎士部隊の女性隊長が巨大な壁の頂上から覗き込むように身を乗り出し地面に着地した獣、いや人の姿をした男、ガイルズへ労いの言葉をかけた。
「……」
しかしガイルズは頭上を見上げ女性の姿を視界に捉えはしたが何も答えない。何処か不満げな表情を浮かべたガイルズは、視線を女性隊長から逸らすとその場から去っていった。
「隊長……」
去って行くガイルズを見つめる女性隊長に聖騎士部隊専用の全身防具を纏った部隊兵の1人が声をかけた。
「今日攻めてきた魔族はこれで全滅しました……」
「そうか、ご苦労……皆にもそう伝えてくれ」
攻めてきた魔族が全滅したことを報告してきた部下の一人である部隊兵に女性隊長はその美しい顔で微笑みながらそう答えた。
「……あ、あのインベルラ隊長……」
「……ん? 何だ?」
報告を終えてもその場から去ろうとしない部隊兵の様子に少し首を傾げるインベルラ。
「……あ、あの男は何者ですか……突然、巨大な狼の姿に変身したり……」
文字通り人並み外れたガイルズのその姿に、戸惑いと恐怖を隠しきれない部隊兵。
「……それに一カ月前のガウルド城に侵入したという2人組の男の1人に顔がそっくりだという者もいて……インベルラ隊長……本当にあの男は信用できるのですか?」
「……」
部隊兵の言葉は、部隊兵1人のものでは無く、今回この場にいる全ての部隊兵たちの総意だということは、インベルラも理解していた。
「……ああ、問題無い……我王が不在の今、この国を魔族から守護できるのは彼しかいない」
目の前の部隊兵の不安を、いやその後ろに連なる全ての部隊兵たちの不安を払拭するようにインベルラははっきりとそう告げた。
「……さあ、他の者たちに防衛終了の報告に行ってくれ」
完全に不安を払拭出来たとは言い難い表情を浮かべる部隊兵に苦笑いを浮かべながらインベルラは作戦の終了報告へ向かえと命令した。
「……はい」
戸惑いと不安がまざりあったような返事をした部隊兵は踵を返しインベルラの前から去って行く。
「……はぁ……あいつも少しは部下たちと打ち解けてくれればいいのだが……」
去って行く部隊兵の背中を見つめながらガイルズのことを思い浮かべるインベルラ。
「……いやそんなことを言っている心境では……ないか……」
数秒前に自分が口にした言葉を取り消すように何かを思いながらインベルラは暗闇が広がる空を見つめる。
「王……あなたは一体何処におられるのですか……」
太陽の代わりとでもいうように突然現れた人類にとって不吉の象徴である赤い月に視線を向けたインベルラは、一カ月前に消失した太陽と自分が仕える王を重ねながらそう呟くと少しでも油断すれば直ぐに湧き上がってくる不安を心の奥底へ押し込むように胸を抑えるのだった。
ガイアスの世界
合同聖術
合同聖術とは『聖』を力として扱える者が2人以上いることで発動することのできる聖術の総称。
人数が増えれば増えるだけその威力は増す。
現在では失われた術の類であるが、聖騎士部隊はその失われた聖術をいくつも扱える。
それはひとえにヒトクイの王ヒラキの危機管理能力の賜物と言える。ヒラキは圧倒的な『闇』の力を持つ存在がいずれ出現することを予見し、『聖』の古い書物から今で失われたとされる聖術をいくつも発見しそれを聖騎士部隊の者たちへ教え込んでいたようだ。




