成長する『闇』の少年
ガイアスの世界
今回はありません。
成長する『闇』の少年
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
「あはっ! これは狼……いえ、ガイルズさん先程ぶりですね……」
まるで仮面のようにニマリと不気味に吊り上がった口角。見た者の心を不安と絶望へ誘う笑み。物理的、精神的にもこの場に存在してはならないという違和感と異物感。その存在自体が嫌悪の対象として潜在意識を刺激するソレが、何の前触れも無く小部屋の中央に置かれた封印石の横に姿を現した瞬間、部屋中に充満していた封印石から発せられる負の感情、『闇』を飲み込むようにして新たな負の感情が塗り替えていく。その勢いは小部屋だけに留まらず津波のように特別監獄全域へと広がっていった。
「ふふふ……」
まるで自分の存在を特別監獄に居る者たちへ知らしめるかのように、一時の希望が終わり再び絶望の時がやって来たことを告げるかのように、今までとは次元の違う高濃度の負の感情を放ったその人物、存在は恍惚した不気味な笑みを浮かべた。
「くぅ……」
突然何の前触れも無く出現したソレが放つ高濃度の負の感情を前に、片膝を地面についてしまうガイルズ。内包する聖狼の耐性を持ってしてもソレが放つ負の感情を完全には防げないのか、ガイルズの顔には不快と苦痛が入り交じっていた。
「ぐぎぅ……」
常に戦いを望むガイルズにとって本来自分よりも遥かに強大な力を持つ格上の相手というのは、喉から手が出る程に欲している存在である。だがそんな狂戦士であるガイルズが明確に不快と苦痛をその表情に現していた。
「……笑男ッ」
目の前で恍惚な笑みを浮かべる存在の名を不快と苦痛を滲ませながら口にするガイルズ。
「はい、災高品質の武具を取りそろえる武器商人、武器屋一撃死中店主、笑男とは私のことです」
自分の名を呼ばれそれに答えるように左手を胸に添えながら深々と頭を下げた笑男は聞かれた訳でもないのに余計な情報まで盛り込みながら小部屋にいる者たちへ向け自己紹介した。
「……うぅぅ……お前はスプリングに倒されたはずだ!」
体に張り付く高濃度の負の感情に抗いながら地面についていた片膝を離し立ち上がったガイルズは、薄気味悪い笑みを浮かべる笑男を前に叫んだ。
そうガイルズが言ったことは夢や妄想でも無い。確かに先刻、笑男はスプリングが放つ攻撃によって跡形も無く消滅させたはずだった。
「はい確かに……私はスプリングさんに先程やられてしまいました」
自分が消滅したという事実をまるで他人事のように平然と認める笑男。
「ですが……あくまでそれは私の一部……」
大勢の観衆を前に、大きな舞台で道化を演じる道化師のような大げさな立ち振る舞いをしながら、笑男はガイルズの疑問に答える。
「……私は消滅しても何度でも現れる……なぜなら皆さんの心に負の感情がある限り私という存在は不滅だからです」
体を回転しピタリとガイルズの前で止まった笑男は、自己愛を彷彿とさせる姿勢を取った。
「ふざけるなよこのどうけ……ガハッ!」
腹の底から湧き上がる絶望。まるで毒のように体中を侵食していく無力感を振り払い笑男への蔑称を叫ぼうとするガイルズ。しかし全てを言い終わる前にガイルズは吐血しその場に倒れ込んだ。
「あぁぁ……ゴフッ!」
ガイルズが吐血しその場に倒れ込んだ原因は腹部を貫く禍々しい気配を放つ槍だった。貫けば肉体は愚か、その精神にまで傷を負わせることができる最低最悪の槍。それは先刻、笑男と対峙した時、ガイルズが何度も貫かれた槍と同じものだった。しかし放たれる速度は先刻よりも鋭く速い。もはや人の域を越えているガイルズの動体視力をもってしても捉えることは愚か感じ取ることすらできない速度であった。
「いい加減、私を道化師と呼ぶのは本当に止めてくれませんか」
当の本人はそう言うが、どう考えてもその身振り手振りは道化師そのものである笑男。しかしそれを自覚していないのか、道化師と呼ばれることを笑いながら嫌悪し拒絶する笑男。
「……わかりましたかガイルズさん……」
「あ……あがっ……」
見た者に絶望を植え付けるような笑みを浮かべながら、苦痛に悶えるガイルズを見おろし笑男はそう言葉を押し付けると視線を傍らにある封印石へと向けた。
「……さて、ご心配はおかけしたようで申し訳ありませんねスビアさん」
笑男の放つ高濃度の負の感情に支配されたとはいえ、未だ禍々しい負の感情を放ち続ける封印石。まるで取引先に詫びるようにその封印石に封じられたスビアへ話しかける笑男。
— 武器商人ッ! —
この場で唯一、笑男という存在に絶望では無く希望を見ていたスビアの声は、先程までの無気力さが嘘のように生気に満ちていた。
「大丈夫です、少し予定は狂いましたが、手はず通りあなたのお望みは叶えてさしあげます」
希望に満ち溢れたスビアに対し、更に希望を抱かせる言葉を送る笑男は、その手を封印石へ近づける。
「やめてッ!」
封印石に触れようとする笑男を制したのは、スビアを封印石に封じた張本人であるレーニ。
「……まるで空気のようだったので気付きませんでしたね……」
そう呟きながら封印石へ向けていた視線をレーニへ伸ばす笑男。
「……王を前にしてご挨拶も無く失礼しました……」
封印石に触れようとしていた手を再び胸に当てた笑男はレーニへ跪いた。
「改めまして……先程も申しました通り、私武器商人をしております笑男と申します……お初にお目にかかり光栄ですヒトクイの王ヒラキ……」
目の前に立つ者が偽りの王であることを知っていて尚、笑男はガイルズの時よりも丁寧にレーニへ挨拶をしてみせた。
「ああ、ですが今はレーニ様とお呼びした方がよろしいですね」
しかし笑男の芝居がかった雰囲気と余計な一言は、一国の王を前にしても変わらない。レーニの反応を伺うようにニタニタと不快な笑みを浮かべながら笑男はそう一言付け加えた。
「……あなたの茶番に付き合う義理はありません」
だがこれまで偽りだとしてもヒトクイの王として幾多の修羅場を潜り抜けてきたレーニ。他の者たちのようにそう易々と笑男の術中にははまらない。レーニは冷静に笑い男の挨拶を茶番と言い捨てた。
「……何を企んでいるのか知りませんが即刻その封印石から離れてください」
封印石を破壊しようと手にしたその剣を笑男へ向けたレーニは警告する。
「……茶番とは酷い……私は……」
「黙りなさい 私はあなたとおしゃべりをする気はありません、早くその石から離れなさい」
笑男の意見など一切聞かずレーニは一切の感情を排しただ冷静に徹する。
「やれやれ……残念です……非常に残念です……より良い取引ができると思っていたのですが……」
「やめなさいッ!」
だが意見を聞かないのは笑男も同じ。レーニの警告など意味を成さず笑男は封印石に触れた。
その瞬間、レーニたちのいる小部屋を暗く禍々しい光が包み込む。
「……」
笑男とは違う別の高濃度な負の感情がまるで霧のように小部屋の中に充満していく。その負の感情の霧の中に現れる人の姿をした陰影。
「……スビア……」
封印石が置かれていた場所に現れたその陰影に対してそう呟くレーニ。
「ふふふ、どうですか、久々の外……そして成長した肉体は?」
興奮した様子で傍らの陰影にそう話しかける笑男。
「……成長」
笑男のその言葉に驚くレーニ。
「……悪くない」
笑男の言葉に霧の中に現れた人の形をした陰影はそう返した。
「いや、むしろ絶好調……」
負の感情の霧が晴れ人の形をした陰影がその姿を現していく。そこに立っていたのは青年へと成長を遂げたスビアだった。
「有り得ない……スビアが成長するなんて」
スビアの成長したその姿が信じられず驚くレーニ。
『闇』の眷属である夜歩者は生まれた瞬間から戦いが始まる。それはまるで篩に掛けられるような生存競争。力ある者だけが生き残る過酷な世界。
生まれてすぐ戦いを強いられる夜歩者は、他の魔族や他種族との戦いに勝ち残ることで初めて魔生を歩んでいくことができるようになる。その為、夜歩者は本来、戦いに適した肉体を持って生まれてくるのが普通。
しかし夜歩者の上位存在として硝子筒の中で誕生したスビアは違った。篩に掛けられることも無く、生存競争を戦い抜く必要も無かったスビアの肉体は、夜歩者として本来なら有り得ない子供という未熟な姿で誕生した。
だが勿論、肉体が未熟であろうがその力は夜歩者の上位存在。今までのスビアの行いを振り返れば、肉体が未熟であってもそれを補って有り余る力があることは明白。スビア本人はその肉体の未熟さについて今まで問題を抱くことなど微塵もなかった。
だがスビアは理解する。今までの自分が未完であったということを。笑男によって成長を遂げた今の自分こそが完璧な存在、真の闇歩者であるということを。
「……今なら世界すら壊すことが出来る」
世界を壊すことが出来ると確信できてしまうほどの全能感にスビアは酔いしれるのであった。
ガイアスの世界
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