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唯一残った言葉

ガイアスの世界


 今回ありません。


 唯一残った言葉



 


 剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス


 

 特別監獄の通路に設置された蝋燭の火が奥の方から突然次々と途絶えていく。光源として元々頼りない蝋燭の火が消えたことで、まるで巨大な生物の口で丸飲みにされていくように特別監獄の通路は暗闇に支配されていく。そう、支配されたのだ。一度は消滅したはずの負の感情が再び特別監獄の空気を支配した。


「なッ!」


 特別監獄の最奥から感じるその思いもよらぬ気配に顔をしかめたスプリングは、即座に自分のやるべきことを判断しそれを実行した。


「クゥ……」


 先の戦闘で力を使い果たしスプリングは指一本動かせなかったはずだった。だが僅かな時間で気力を奮い立たせ無理矢理体を起こしたスプリングは特別監獄の最奥に繋がっている通路に背を向けると傍らで寝ているソフィアに覆いかぶさるような形で抱きしめた。それは特別監獄の最奥から凄い勢いで流れてくる負の感情の影響をソフィアが受けないよう自ら盾になる為だった。


「チィ」


 それはブリザラと密着したまま硬直していたアキも同じだった。特別監獄の最奥に続く通路の近くに立っていたブリザラと無理矢理位置を入れ替えたアキは、流れ込んでくる負の感情をその身で受けた。


「……」


 その身に『闇』の力を宿しているアキにとって特別監獄の最奥から押し寄せてくる負の感情による影響はほとんど無い。


「ぐぅああああ」


 しかし『闇』への耐性、負の感情への耐性しか持たなスプリングは、津波のように押し寄せてくる負の感情を完全に防ぐことが出来ずその表情を苦悶に染める。


「アキさんッ!」「スプリングッ!」


 そんな対照的な状況にあったスプリングとアキに対してほぼ同時に声を上げたソフィアとブリザラは、自分たちを庇い守る二人の前に飛び出した。


「くぅ……」


 今は沈黙を続ける自我を持つ伝説の盾キングを構え、濁流のように流れ込んでくる負の感情を防ぐブリザラ。


「ルークッ!」


 左腕に装着した自称幻の自我を持つ伝説の手甲ガントレットルークの名を叫び掲げるソフィア。


『はい!』


 ソフィアに答えるように返事をしたルークは、特別監獄の最奥から押し寄せる負の感情をその身に吸収していく。


「……」「……へ?」


 守るはずが一瞬にしてその立場が逆転したアキとスプリング。その表情と感情にはそれぞれ複雑なものが浮かんでいた。



 何者かが己の存在を誇示するように放出した負の感情は、ひとしきり放出し終えると一定の濃度を保ちながら時別監獄を漂い始めた。


「……収まった?」


 負の感情の放出が落ち着いたことを確認するように構えた大盾から顔を覗かせ特別監獄の最奥へ続く通路を見つめてそう呟くブリザラ。


「この馬鹿野郎! 何で前に出た! 自分がどれだけ危険なことをしたのかわかっているのか!」


 そんな呑気な事を呟くブリザラをアキは怒鳴りつけた。


「むっ! それはこっちの台詞です! いい加減、アキさんは自分の状況を理解してください」


 怒鳴りつけてきたアキにすかさず反論するブリザラ。その表情には不安と怒りが入り交じっていた。

 

「チィ!」


 黒竜ダークドラゴンと魔王の種子という二種類の強力な『闇』をその身に抱え込んでいるアキは、今は沈黙している自我を持つ伝説の防具クイーンの存在によって、現在辛うじてその2つの『闇』を抑え込むことが出来ていた。しかし既に限界は近く、アキの中に宿る二種類の『闇』のどちらかがいつ目覚めてもおかしくない状況で、現在は戦うことや負の感情に触れることすら危険な状態にあった。


「あんな強力な負の感情を今のアキさんが浴び続けたら……」


 危険な状態であることを知っているからこそ、自分を助ける為に負の感情に身を晒したアキのその行動が許せなかったブリザラは想像したくないアキの未来を想像してしまい言葉を詰まらせた。


「あ、いや……その……」


 不安と怒りを通り越しその表情に悲しみを浮かべるブリザラ。両目に涙を溜めたブリザラに見つめられ流石に言い返す言葉を失うアキ。


「……ソフィア……」


「あ……」


 そんな二人の横で何とも言えない空気を漂わせているスプリングとソフィア。


「……えーと」


 ただ真っ直ぐ見つめてくるスプリングの視線に、気恥ずかしさと気まずさが入り交じるソフィア。


「……」


 続く言葉が上手く口から出てこないソフィア。


「……」


 スプリングもそれは同じなのか、ただ互いを見つめ合うだけの時間が流れる二人。


『なるほどお前が姫の……』


 するとそんな二人の間に流れる沈黙をぶち壊すように突然喋り出したルーク。


『おもい……』「あッああ! ああああああ!」


 何か余計なことをルークが口走ろうとしていることを察したソフィアは、声を張りあげその余計な言葉を遮った。


「……」


「あ……こ、これは……」


 あの日から別れて以降、自分の身に起った事やルークのこと、そして自分の中に存在している前世の自分や別人格のこと。スプリングと再会したら話したいこと、伝えなければならないことが山ほどあったソフィア。


「……えーと、その……」


 起きる機会タイミングを逃し寝たふりを続けていた間、ソフィアはスプリングと対峙した時の状況を何度も頭の中で想像し予習していた。


「……よかった」


 だがソフィアのその努力は泡と消える。スプリングは悠長にソフィアが話し始めることを待ってはくれなかった。


「えッ?」


 動かない体を無理矢理動かしもう一度ソフィアを抱きしめるスプリング。先程のような守る為の強引なものではなく、それは体温を、その存在を、ソフィアを確かめるものであった。


「……会いたかった……」


 赤い月が昇ったあの夜。ガウルドで夜歩者ナイトウォーカー活動死体ゾンビと戦ったソフィアが見せた圧倒的な強さはスプリングを焦らせた。戦いの中で強くなっていくソフィアに実力が離されていく自分に耐えきれなくなったスプリングは、強くなる為という建前を言い訳にしてソフィアの前から姿を消した。

 しかしそれがただの逃げであったこと、そして離れてみてソフィアという存在の大切さに気付いたスプリングは、自分の行動が浅はかで幼稚であったと後悔した。


「……ごめんって謝りたかった……」


 短く簡素で不器用ではあるが、自分の今の気持ちを素直にソフィアに伝えるスプリング。


(ほら……答えてあげて)(ババっと行けよッ)


 スプリングに抱きしめられているという状況を上手く理解できないソフィアの内側に囁く2つの声。


(……二人とも……)


 肩をそっと押してくれるようなそんな内から響く2つの声にソフィアの両腕は自然とスプリングの下と向かう。


「……私も……」


 話したかったこと、伝えなければならないことは山ほどあった。山ほどあったはずだった。けれどスプリングの体温を感じ、会話を交えその心に触れた瞬間、山ほどあったはずの話したかったことや伝えたかったことは何処かへと吹き飛んでしまったソフィア。


「……私も会いたかったよ、スプリング」


 話したかったこと、伝えたかったことが全て吹き飛んでいくその中で唯一残った言葉、心の奥底から湧き上がる気持ちを大粒の涙を零しながらソフィアはスプリングに伝えるのだった。



 ガイアスの世界


 今回ありません。

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