思考することが苦手な狼は、それでも無茶をする
ガイアスの世界
今回ありません
思考することが苦手な狼は、それでも無茶をする
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
「どっせいッ!」
充満していた笑男の負の感情が消失し、監獄とは思えないほど澄み渡った特別監獄。しかしどれだけ空気が澄み渡ろうと監獄は監獄。長い年月の中で染みついた独特の雰囲気や空気感は消えない。だがそんな雰囲気や空気感など一切気にせず臆する事も無く、威勢のいい声を上げながら特別監獄最奥にある小部屋の扉を脳筋よろしく蹴破るガイルズ。
「さあ、やってきたぜ! あの時の続きを……」
威勢よく扉を蹴破って入ってきたガイルズは小部屋の中の様子を見て思わず口が止まった。
「……?」
そこにガイルズが想像していた光景は無かった。ガイルズの想像では、子憎たらしい表情を浮かべた子供の姿をした『闇』の眷属が部屋の中心に立っているはずであった。しかし小部屋の中心にあるのは禍々しい気配を放つ小さな石。そしてその横には絶世の美女と言われる森人にも引けを取らない美しい容姿をした女性がただ1人立っているだけであった。
「……あん?」
普通の女性なら突然扉を蹴破って誰かが入ってくれば悲鳴の1つあげても不思議ではない。しかし小部屋にいた女性は突然入ってきたガイルズを見ても悲鳴どころか動揺した様子もみせずただ振り返るのみだった。
「……あんた……誰だ?」
見知らぬ女性を前にガイルズの疑問は正しいと言えば正しい。だが扉を蹴破るという大胆かつ短絡的な行為を前にすると、女性側の方が圧倒的にガイルズのことを誰だと思っているだろう。
「……」
ただ自分を見つめるだけで何も発さない女性を前にして、ガイルズの勢いは行き場を失う。筋肉だけでこれまで人生を切り開いてきたと言っても過言ではないガイルズは、自分の置かれた状況に耐えられず、普段使わない頭を少しばかり回転させた。
仮にガイルズの目の前に立つ女性が城の関係者であったとしてもこの時点で既におかしい。普通まともな感性をもつ女性ならば犯罪者が収監されている監獄になど行きたがらないはずだ。そしてもし何かの事情によって監獄へ行かなければならない状況になったとしても、護衛も付けず女性1人で監獄へ行くことはまずありえない。
そして何よりここはただの監獄ではない。監獄の更に奥にある特別監獄だ。公には知られていない場所であり、普通の女性は一生の内一度だってこんな場所に来る機会は無い。
更に言えばこの特別監獄は先程まで笑男の負の感情が充満していた。『闇』に対して耐性を持っていない者は『闇』に一瞬触れただけでも発狂し自我を失う。それが世界全ての負の感情を凝縮したよう笑男のものならば触れただけで即死するだろう。
仮にどうにかして笑男の負の感情を掻い潜ったとしても、今女性が居る部屋にはガイルズが好敵手と認めた存在が放つ負の感情、『闇』が現在進行形で漂っている。笑男ほどではないにしろ、この部屋に充満している『闇』でも耐性を持たない者ならば即死する。
例え『闇』に対しての耐性を持っている聖職に就く者だとしても、長い時間この場所に留まることは出来ない。それほどまでに今ガイルズと女性がいる部屋には濃密で危険な『闇』が漂っていた。だが女性はこれが日常だというように平然と立っていた。
それだけでこの女性が既に常人ではないことがわかるのだが、それ以上に聖狼の影響で鋭くなっているガイルズの鼻が女性の発する異常な気配を感じ取っていた。
小部屋へ突入する前、もっと正確にいえばスプリングと特別監獄へ入った時からガイルズはその異質な気配を感じていた。その1つはソフィアだった。『聖』と『闇』、相反する2つの気配を持つという本来ならば有り得ない状況、あってはならない状況である。そんな相反する2つの気配を持つソフィアと同様にもう1つ特別監獄の最奥から同じような気配をガイルズはその鋭い嗅覚で感じ取っていた。
だが『聖』と『闇』両方の気配を隠すことなく垂れ流していたソフィアに対し、特別監獄の最奥にある気配はまるで偽装でもするように『聖』で『闇』を覆い隠していたのだ。
一般的な聖職者は愚かこの国にいる聖騎士と呼ばれる者達、更には聖騎士部隊の隊長でありガイルズと同じ力を持つインベルラですらこの偽装を見破ることは出来ない程までにこの偽装は完璧でありガイルズが持つ聖狼の鼻でようやく微かに嗅ぎ分けられる程度であった。
そしてまさに『闇』の気配を『聖』の気配で覆い隠し偽装している人物が、ガイルズの目の前に立つ女性であった。
「……あんたはあのガキの関係者か? それともこの監獄の入口近くにいたソフィアたちの関係者か?」
口を閉ざしたまま何も答えようとしない美女に痺れをきらしたガイルズは新たな質問をした。それは女性が持つ不自然な気配を感じ取れたガイルズだからこそできた質問であった。
「……ソフィアさんたちは無事ですか?」
「はぁ……」
ようやく口を開いた女性に大きく息を吐いたガイルズ。
「……安心しろ、ソフィアたちは無事だ」
女性がソフィア側の関係者であることを確信したガイルズは、ソフィアたちが無事であることを伝えた。
「そうですか……」
ソフィアたちが無事だという報告を受けた美女は、一瞬安堵した表情を見せるとガイルズから視線を外し部屋の中心に置かれた禍々しい気配を放つ小さな石へと向けた。
「あなたが望むもの……スビアはこの封印石の中にいます」
「……封印石だと? あのガキ封印されちまったのかッ!」
人としてでは無く、化物としての自分が好敵手と認めた存在、人族を百年以上も間苦しめた魔族、夜歩者の上位存在、闇歩者が一見ただの小さな石ころにしか見えない封印石の中にいると女性から伝えられ驚きを隠しきれないガイルズ。
夜歩者の反撃として、人族の最終兵器として1人の森人によって作られた聖狼。その効果は絶大で戦の末期に投入された聖狼は夜歩者に対して圧倒的な力を見せつけ百年以上続いた魔族との争いに終止符をうち、人族を勝利へと導いた。
しかし夜歩者は愚か他の魔族に対しても圧倒的な力を誇っていた聖狼をも凌駕し圧倒する存在が時を経てガイルズの前に現れた。それが聖狼の反撃として夜歩者たちが作り出した闇歩者であった。
「……でも、誰が……」
闇歩者という存在が封印されたという事実を受け入れられないガイルズ。なぜなら闇歩者の圧倒的な力の前にガイルズは成すすべなく一度敗北したことがあるからだ。
その圧倒的な力を知っているからこそ、闇歩者が封印されたという事実、そして封印した者がいるということがガイルズは信じられないのだ。
「……彼……スビアを封印したのは私です」
それは突然とも言える告白だった。禍々しい気配を放つ封印石をなんとも言えない表情で見つめていた女性は、未だ事実を受け入れられないでいるガイルズへ闇歩者スビアを封印したのは自分だと更なる事実を突きつけた。
「あ、あんたが……」
真実を突きつけた女性のその言葉に驚くガイルズ。しかしここまでの状況や女性が放つ異質な気配から何となくそうなのではないかと心の何処かで思っていたガイルズは何とも複雑な表情を浮かべた。
「……この国を裏から潰そうとしていたスビアを……弟を本当は殺すつもりでした……」
「……は?」
闇歩者を封印したのが目の前の女性であるという所までは何とか思考することが苦手なガイルズの頭でも許容できた。しかし続けて女性が口にした言葉によって、ガイルズの頭は破裂し緊急停止した。
「私は……この国のお……」
「え? ……まてまてまてーッ! 悪い……理解が追い付かない……ちょっと整理させてくれ」
既に理解できる許容範囲を越えているガイルズは、続けて何かを要領の大きな情報を投下しようとしていそうな女性の言葉を遮り、気持ちを落ち着かせた。
「……よ、よし……まずはお互い自己紹介をしようッ!」
腹を割って話してくれようとする女性への誠意からなのか、それともただ混乱を極めた自分を落ち着かせただけか、ガイルズは突然そんなことを言い出した。
「……その俺は……ガイルズだ……」
全く気持ちが落ち着かず自己紹介すらまともに出来ないガイルズは、何故だか左手の親指を自分の顔へ向けながら名を名乗った。
「……名乗るのが遅れました、私は……レーニと言います」
ガイルズに続き女性は何かを考えてからレーニと自分の名を名乗った。
「お、おう……ふぅ……」
自己紹介によって落ち着きを取り戻せたのかは謎だが先程よりはましな状態になったガイルズは、頭を高回転させ、再び情報を整理し始めた。
「……まずは……あの石に封印されているスビアとかいう闇歩者のガキは本当にあんたの弟なのか?」
まず一番印象が強く頭の中に飛び込んで来た弟についてレーニに尋ねるガイルズ。
「……正確には同じ場所で作られたというだけで、本当に血の繋がりというものがあるのかはわかりません、ですが彼は私を慕って姉さんと呼んでくれて……私も彼を弟のように思っていました……」
「え? ああ……そ、そうか……」
レーニに質問することで散らかった頭の中を順番に整理しようとしたがガイルズ。しかし質問したことで新たな混乱が湧いて出てきてしまった。
「待って……同じ場所で作られた……」
待ってくれというようにレーニへ両手を向けながら今一度思考することに挑戦するガイルズ。時間を貰い、新たな情報で散らばってしまった頭の中を整理するガイルズは、闇歩者との戦いの中で交した会話を思い出した。
「……待て……確か、あのガキも自分は作られた存在、みたいなことを言っていたな……ん? まて……ということは……あんたもッ……」
ガイルズの頭が珍しく思考という本来の仕事を成した瞬間だった。
「……はい、私はスビアと同じように……夜歩者を越える上位存在として作られました……」
「……ッ!」
レーニがそう口にした瞬間、ガイルズの頭は再び緊急停止した。そして思考することを止め戦う為の頭へと切り替わろうとする。だが頭や体が警戒し戦闘態勢に入ろうとする反面、内包している聖狼の反応が今一鈍い。まるで目の前の存在に戸惑っているようなそんな聖狼の様子に少しだけ冷静になれたガイルズは警戒を解くと再び思考を始めた頭で質問を再開する。
「……それじゃあんたも……闇歩者なのか?」
「……いいえ……以前の私がどうだったかは正直分かりませんが、今の私は闇歩者とは言えないと思います」
ガイルズの問に何処か切ない笑みを浮かべたレーニは、自分は闇歩者ではないと否定した。
「それじゃ一体あんたは……」
— 半端者だよ —
夜歩者でもなければ、闇歩者でもない。それならば一体レーニは何者だというのか。そんなガイルズの疑問はレーニ本人の口からでは無く思いもよらない者から説明されることとなった。
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