21年前の願い
ガイアスの世界
今回ありません。
21年前の願い
— 21年前 —
「どんな名前にするか決めたのかい?」
人里離れた古い屋敷。柔らかな陽の光がさす窓辺のベッドに腰掛け双子の赤ん坊を抱く女性に優しく声をかける男。
「うん、決めた……」
男の問に女性は両腕に抱く双子を笑顔で見つめ頷く。
「こっちが……スプリング、それでこっちがアキ」
両腕に抱いた我子たちの顔を男へ交互に見せながら女性は、右腕に抱いた赤ん坊がスプリング、左腕に抱いた赤ん坊がアキだと答えた。我子の名を呼ぶ女性の顔は、島国の王の側近であった頃に比べだいぶ柔らかく、戦地での通り名が嘘のように優しさと自愛に満ちた母の表情をしていた。
「……スプリングにアキ……か」
女性がそう口にした双子の名を復唱した男は僅かに首を傾げた。
「気に入らない?」
男の些細な様子の変化を見逃さなかった女性は不安気にそう尋ねた。
「いや、そんなことはない、聞き馴染みの無い名前だったから少々戸惑っただけだ、とても言い名だと思う……」
生まれてから今まで小さな島国で生きてきた男にとって女性が双子に名付けた名は音の響きから語感に至るまで全てが珍しく聞き馴染みのないものであった。それ故か無意識のうちに男からは僅かな戸惑いが出ていた。不安気な女性の態度からすぐさまそれを悟った男は早々に自分が感じたことを素直に言語化することで女性が抱いた不安を解消しようする。
「そう、良かった」
男のその言葉が嘘ではないとわかる女性は安堵した表情を浮かべた。
「所でこの子たちの名には何か意味があったりするのかい?」
かつてこの島国の王の右腕を務めたほど、優秀で賢く強い彼女が、安易な思いつきで我子に名を付けるなどありえないと思った男は、双子の名には何か意味があるのではないかと思い女性にそう尋ねた。
「昔ヒラキから聞いたの……季節の移り変わりがはっきりとしているこの島国は、自分が生まれた国に似ているって……自分が生まれた国では出会いを感じさせる季節のことをハルやスプリング、豊かな恵みを感じさせる季節のことをアキやオータムと言うんだって、ヒラキはその2つの季節がすごしやすいから好きなんだって……」
かけがえのない友人にして、生死を共にした戦友との思い出の一時。その時教わった友人が生まれ育った故郷の言葉を思い出しながら、夫である男にそれら語る女性。
「彼がいなければ私たちはこうして結ばれることは無かった……だからもし私たちの間に子供が生まれたら、彼が好きだった季節を名前にしようって考えていたの……そしたらまさかの双子なんだもの……だったら両方つけちゃおうって……」
当時の事を思い出しクスクスと静かに笑う女性。
「王が愛する季節の言葉……か……うん、それを聞いてもっとこの子たちの名が好きになったよ……」
自分たちを救ってくれた恩人の好きな季節の言葉が我子の名の由来であると知り納得する男。それと同時により一層双子への愛情が増したと実感した男は、その想いを現すように我子を両腕で抱く女性を優しく抱きしめた。
「私は……君の夫として、この子たちの父親として、君達を守れる夫に、父親になって見せる」
柔らかな陽の光がさす優しく平和な日々。あの日が来るまではずっとそんな日々が続くと男は思っていた。
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
— 特別監獄 —
「……」
特別監獄の最奥で待っているだろう好敵手を追い通路の奥へと姿を消したガイルズの背中を見送ったスプリングは、目の前で無防備な寝顔を向けるソフィアを見つめながら、あのどうしようもない未来を回避できたという事実を実感していた。
(……しばらくはこのままか……体が動くようになったら、ガイルズの様子も見に行かなきゃな……)
まだ戦いは終わっていない。ガイルズは今まさに戦いの中にある。そう思いながらも何処か気のゆるみが出て緊張感が薄れてしまうスプリングは、自分に迫ってくる存在に気付いていなかった。
「……おい、ニヤニヤしているとこ悪いが、俺の質問に素早く答えろ」
「……!」
声をかけられ、迂闊だったと緩み切っていた警戒心と表情を急いで引き締めたスプリングは、何処か聞いたことのあるような声がする方へ視線を向けた。
「……ッ」
声の主へ視線を向けた瞬間、驚きで顔が固まるスプリング。そこには漆黒の全身防具を身に纏った自分と瓜二つの顔をした男が立っていた。
「……チィ……まるで鏡を見ているようだ……同じ顔で呆けた表情浮かべているんじゃねぇよ……お前は一体何者だ? 何故俺と同じ顔をしている」
そう思っていたのは相手方も同じようで、苛立ちを隠す事も無く舌を打ち吐き捨てるように漆黒の全身防具を身に纏った男アキはスプリングへそう尋ねた。
「……ははは……」
自分と同じ顔をした存在を前にして、思わず笑いが込み上げてくるスプリング。笑男を倒す為、スプリングは幾人もの自分たちが辿った行き止まりへ続く未来を見続けた。その光景の中で幾度も視界に入り、その都度今は邪魔になると思考から切り離していた疑問。先延ばしにしていた疑問自らが今目の前に立ち、お前は誰だと問いかけてくる状況。その何ともおかしな状況に未だ未来を見続けたことによる副作用によって指一本動かすことが出来ないスプリングは、ただ笑うことしか出来なかった。
「……何がおかしい……俺はお前の素性を聞いているんだ……さっさと答えろ!」
笑うスプリングに反して、漆黒の全身防具を纏った男は苛立っていた。そしてその苛立ちの中に焦りのようなものも見える。
「……そりゃ自分と同じ顔の人間が現れれば普通誰だって焦るよな」
アキの問には答えず思わず心の声が漏れ出てしまうスプリング。慣れてしまったというのが正しいのか、数分前まで、本人の体感からすれば数日間もの間、自分と同じ顔をした人間たちが様々な状況で死んでいく光景を幾度も見せられていたスプリングは、今更自分そっくりな顔をした人間が目の前に現れて話しかけられても笑いが込み上げてくることはあっても驚きは殆ど無かった。
「ああ?」
だがアキは違う。突然現れた男の顔が自分そっくりであるというのは中々に受け入れがたい状況である。アキのように訳がわからず苛立ち焦ってしまったとしてもおかしなことではなく、正常な反応の1つと言える。
「焦るだと……ふざけるなッ!」
スプリングの言葉を受け、苛立ちの中にある焦りを見抜かれたと感じたアキはそれを誤魔化すように声を荒げた。
「ああッ、悪い、気に障ったなら謝るよ……そんな殺気だつなって……見てくれよ今俺は指一本動かせないんだ」
声を荒げ見るからに殺気立つアキに対して慌てて今の自分が何も出来ない状態にあることを訴え、思わず笑ってしまったことを詫びるスプリング。
「俺はスプリング、スプリング=イライヤ……ただの……冒険者兼傭兵だ」
目の前に立つアキが聞きたがっていたことをスプリングは素直に伝えた。
「……スプリング……イライヤ……どっかで聞いた名だな……」
スプリングの名を聞いたアキは、頭の片隅に引っかかる何かを探る。
「……なるほどな……」
己の記憶を辿り、頭の片隅に引っかかっていた何かを掴んだアキは、自分に瓜二つな顔をしたスプリングを見つめながら頷いた。
「……繋がったぞ、だから何故か俺の命を狙って追ってきた賞金稼ぎは、俺を見てスプリングだの『閃光』だの騒いでいたのか……」
頭の片隅に引っかかる何かを探る過程で思い出した記憶、一時期頻繁に賞金稼ぎに追われた時の事を思い出したアキは、スプリングを睨みつけた。
時には手を汚し人様には言えないようなこともしてきたアキ。だから自分の首に賞金がかけられていたとしてもそこに文句は無い。しかしある時期を境にして追ってくる賞金稼ぎたちは皆、アキの顔を見て口々にアキの名では無く何故か見知らぬ誰かスプリングという名や『閃光』という言葉を口にして騒ぐようになった。
「……なるほどな……全ての元凶は……」
当時は賞金稼ぎから逃れ生き延びることに必至で、スプリングや『閃光』という言葉を気にしている暇は無かったアキ。だがここにきてその理由を理解したアキの目が座る。
「お前だったんだな……」
自分を追ってきた賞金稼ぎの殆どが自分では無く、目の前の男の首を狙っていたという事実を知り、その時に受けた被害や苦労が蘇り、苛立ちが怒りへと変わる。
(え? 不味い不味い不味い……理由はわからないがこのままだと確実に殺られるッ!)
自分の名が自分の通り名が、そして自分の顔が別の大陸にまで広まり、瓜二つの顔を持つ目の前に立つ男にまで影響を及ぼしていたなど知る由も無いスプリングは、苛立ちが怒りへと変わったアキの気配にその顔を引きつらせた。
「あんたの所為で俺は一時期、非常に苦労する日々を過ごす羽目になったんだ……その落とし前をつけて貰おうか……」
今日初めて出会ったはずのスプリングを、仇敵にでもあったかのような目で見つめるアキ。その視線には明確な殺意が籠っていた。
— 21年前 —
「……多くは望まない、ただこの子たちが仲良く幸せに生きてくれれば私はそれだけでいい」
柔らかな陽の光がさす窓際で、ベッドに腰かけた女性は両腕に抱く双子の顔を見つめながら優しく微笑んだ。
「ああ、私も多くは望まない、例え苦行が立ちはだかろうとも互いに力を合わせてそれを乗り越えてくれればいい」
女性の両腕に抱かれた双子の顔を覗き込む男性は柔らかい笑顔を浮かべてそう言葉を続ける。
「「スプリング、アキ、私たちは二人の幸せを願っているよ」」
双子の幸せをただ願った二人。しかし両親に願いを託されていたことも知らず双子は、永遠に争い続けることを運命づけられた双子神のように争いの道への一歩を歩み始めようとしていた。
ガイアスの世界
今回ありません。




