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未来までの数分間

 ガイアスの世界


 今回ありません

 

 未来までの数分間



 剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス



 ー 望む未来へ進む数分前 ー




 押し寄せる異質な気配は近づけば近づくだけ否定したい感情を湧き上がらせてくる。心の内から湧き上がってくるその感情に耐えながらガイルズは監獄から続く長い階段を下り終え、異質な『闇』の気配渦巻く特別監獄へ足を踏み入れた。


(……何だこりゃ……)


 特別監獄の通路に足を踏み入れた瞬間、視線の先に映るその光景を見て、ガイルズは思わず心の中でそう呟いていた。


(……何で棒立ちなんだ?)

 

 ガイルズの視線の先には棒立ちになっている三人の男女。ガイルズからすれば三人のその姿は明らかに不自然であり奇妙であった。


(ん? ……あそこにいるのはソフィアか?)


 三人の男女の中に見知った顔がいることに気付いたガイルズ。


(……ちょっと待て……なんだこいつら、知っているような顔ばかりじゃないか)


 ソフィアから視線を外し他の二人の顔を見てガイルズは更に驚いた。よくよく見てみればその二人の顔は、雰囲気などは所々異なるが、自分が担いでいるスプリングやソフィアにそっくりであったからだ。


(……双子? いやいや、そんな話あの二人から聞いたことがない)


 一時期スプリングやソフィアと行動を共にしていたガイルズは首を傾げた。行動を共にする中で二人が一卵性の双子であったなどという話をガイルズは聞いたことがなかったからだ。ならば偶然、他人の空似なのかと言えばそれも違うように思うガイルズ。多少の違いはあるとしても、他人の空似と割り切るにはこの場にいる者達の顔はあまりにも似すぎているからだ。


(……ッ!)


 想像もしていなかった状況に驚きが先行して先程まで自分の心を支配していた感情のことをすっかり忘れていたガイルズ。だが呼び起こすように再びその感情がガイルズを襲った。


「あッ……ぐぅ」


 ゆっくりと棒立ちになっている三人の中心に視線を移動させるガイルズ。いや、それはガイルズ本人の意思によるものではない。明らかに何者かの力によって強引にガイルズの視線は中心へと誘導させられていた。


「……お待ちしていました」

 

 そう声をかけられた瞬間、全身の毛が逆立つガイルズ。内包する獣がまるで小動物のように震えるのを感じたガイルズは、視線に映るソレが心の底から湧きたつ感情、否定したい感情の原因だと確信した。


「お久しぶりですね……大喰らいの……いえ、今は聖狼セイントウルフのガイルズさんとお呼びした方がいいですかね?」


 意識を失ったスプリングを担ぎながら特別監獄へ足を踏み入れたガイルズへそう言って出迎えたのは、感情の無い虚無な笑みを浮かべた男。異質な気配、臭いを放ちガイルズという男に恐怖を与えている張本人であった。


「……やっぱりお前か、道化師ピエロ野郎……」


 視線を交えた瞬間、更に増大する恐怖。自分の中に絶え間なく生まれ続ける恐怖を否定し悟られまいと精一杯の虚勢をガイルズは張る。


「……いい加減やめてもらえませんかその呼び方」


 ガイルズのその呼び方に虚無な笑みを浮かべる男は落胆しながらそう言う。


「何でだ、似合っていると思うぞ」


 恐怖を虚勢という鎧で隠しガイルズはそう会話を続けた。

 一見男の姿は道化師ピエロというには地味であった。全身黒ずくめのその姿はどちらかと言えば葬儀屋に近いだろう。しかしその地味さが霞むほどに男が見せるその身振り手振りはそれこそ舞台へ上がった道化師ピエロのように全てが大げさで芝居がかっている。男を一目見れば十人中十人が彼を道化師ピエロだと思う程に。


「似合ってなどいません……私はとても冷静クールな存在です」


 しかし他人から見える自分を全く信じない男は、自分は冷静クールな人物だと断言しながら自覚無く道化師ピエロのような芝居がかった大げさな身振り手振りをガイルズに披露する。


「いやいや、道化師ピエロだよ、冷静クールな所なんて1つもねぇよ」


 男に恐怖を抱いているにもかかわらず、反射的にツッコんでしまうガイルズ。


「……」


 ガイルズのその言葉に表情が引きつる男。


「アハハ……だから違いますって……はぁ……まさかあなた、私に嫌がらせしているつもりですか?」


 だが引きつった表情は一瞬。対峙するガイルズの動体視力を持ってしても捉えられない僅かな時間。形状を記憶しているように、笑み以外を否定するように男の表情は元通り虚無な笑みへと戻ると、懲りずに大げさな身振り手振りでガイルズにそう尋ねた。

 

「なんだ気付いてなかったのか……俺は人をおちょくるのが大好きなんだよ……」


 あの日、ムハード大陸の砂漠にあるオアシスで初めて出会った時からガイルズは男が道化師ピエロという言葉に過敏な反応をしめすことを覚えていた。


「どう見たってあんたは道化師ピエロだぜ」


 消えることのない恐怖に耐えながらガイルズは更に虚勢という鎧を着こみ挑発を続ける。


「はぁ……あなたには一生理解してもらえないかもしれませんね……」


 そう言いながら両腕を広げる男。


「……ッ!」


 何かを仕掛けてくる。そう感じたガイルズは意識の無いスプリングを担いだまま身構えた。


「……いいでしょう、私は諦めません、もう一度あなたに自己紹介しましょう! しっかり聞いて、ちゃんと覚えてください」


 そこまで言って一呼吸置く男。


「私は武具屋一撃死中の店主オーナー笑男スマイリーマンと申します!」


 滑舌よくハキハキと笑男スマイリーマンと名乗った男は、自分が武具屋一撃死中の店主オーナーであるとガイルズへ自己紹介すると舞台に上がった道化師ピエロがみせるような挨拶の如く大げさな動作をしながら頭を下げた。


(チィ……)


 何か仕掛けてくると踏んでいたガイルズは、自己紹介を始めた笑男スマイリーマンに心の中で舌打ちを打ちつつも安堵していた。なぜなら意識の無いスプリングを戦闘へ巻き込む訳にはいかなかったからだ。


「ところで……懐かしい店名が出てきたな……最近めっきり聞かなくなったから潰れたと思っていたぜ」


 一撃死中という店名に聞き覚えがあったガイルズは、早速そう言って笑男スマイリーマンを煽った。


「いえいえ、戦場では大人気ですよ」


 ガイルズの煽りに対して、自身の店が戦場では大人気だと語る笑男スマイリーマン


「不幸を振りまくってもっぱらの噂だったぜ」


 傭兵稼業から離れ冒険者としてガイルズとスプリングが旅を始める少し前。ある噂が各地の戦場、傭兵たちの間で広がり始めた。

 その噂とは突然戦場に現れた武具屋が傭兵や国の兵たちへ武具を販売するというもの。当然ではあるが普通の武具屋が危険な戦場の中で店を広げるなんてことは無い。出張販売をするにしても安全が確保されている戦場近くの町や野営地までが限度だ。

 だが傭兵たちの間で噂されていたその武具屋は違った。争う両軍のど真ん中に突然現れいきなり武具を売り始めるのだ。突然現れた怪しげな武具屋の言葉など当然聞く者はいない。しかし一度武具屋が商品を使って実演するとその状況は一変する。

 一振りするだけで離れた相手の首を切り落とす剣、どんな攻撃にも耐える甲冑、身に着けるだけで相手を消し炭にする魔法を放てるようになる指輪など、その実演販売を見た者たちは、両軍入り乱れ争うように武具屋から商品である武具を購入するようになるのだ。

 だが自分の身の丈に合わない武具を所持した者達が何十人と戦場でその武具を振い暴れれば、その後どのようなことになるのかなど想像する必要も無い。戦場になった大地は荒れ果て、その場で戦っていた者たちは両軍関係なく大混乱の末、数多くの犠牲者を出し勝利や敗北の存在しないただの地獄と成り果てるだけ。この武具屋が現れた戦場は全て地獄と化したのである。

 数多の戦場を地獄に変えた武具屋というのが笑男スマイリーマン店主オーナーを務める一撃死中であった。

 戦場をただの地獄に変える、一撃死中のそんな噂を耳に入れていたガイルズは笑男スマイリーマンに皮肉を込めて不幸という言葉をおくった。


「……不幸? いえいえ、私は求められた物をお売りしただけ……お客様たちは大変ご満足されておりましたよ」


 地獄と化した戦場で唯一勝利した者、利益を得た者は誰かと問われれば、それは目の前にいる道化師ピエロ野郎だろうと思うガイルズ。だがそれは金銭的な利益のことを言っているのではない。戦場を地獄と化し、その地獄の中で噴き出す負の感情を根こそぎ掻っ攫うことが負の感情を糧としている『闇』の気配を放つ笑男スマイリーマンの目的だからだとガイルズは確信した。


「……外道が」


 負の感情の効率の良い徴収方法。そのための武具屋。そのための一撃死中なのだと理解したガイルズの口からは今までの煽りや嫌がらせとは違う本心の言葉が漏れた。


「外道? ……蓋を開ければ争いのことしか考えていないあなたが、私を外道と言いますか? ……戦場で楽しく暴れるあなたの裏で多くの者たちが犠牲になっているというのに……そんなあなたが私のことを外道と呼びますか?」


 笑っている。笑男スマイリーマンは笑っている。しかしその笑みの奥には凄まじい負の感情が渦巻いている。


「……ッ!」


 突然体が重くなるガイルズ。


「……ならば、あなたに殺された者たちが発した負の感情をお見せしましょう……理を外れたが故に、理性すら失い力に溺れたあなたがどれだけ外れた道を進んで来たのかお教えしますよ」


 それは一瞬だった。それは野生の勘か、それとも人間離れした身体能力からくるものなのか、向かって来る何かを感じたガイルズは担いでいたスプリングを特別監獄の通路脇へ放り投げた。


「がふぅ!」


 体に異物が突き刺さる感覚。今までに感じたことのない痛みがガイルズの右肩を射抜く。そこには負の感情を発する黒い槍が突き刺さっていた。


「……おおなんと、咄嗟に友人を巻き込まないようにするなんて、外道のあなたにも人の心があるんですね」


 スプリングを巻き込まないよう放り投げたガイルズの姿に、大げさに驚いてみせる笑男スマイリーマン


「どうですか痛いですか? ……あなたによって殺された者たちの負の感情で練り上げた槍のお味はいかがですか?」


 射抜かれた右肩へ走る激痛に顔をしかめるガイルズを見ながら笑みを浮かべる笑男スマイリーマン。その笑みは先程までの虚無の笑みとは違い喜びというしっかりとした感情がむき出しになっていた。


(くぅ……傷が癒えない)


 これまでガイルズが戦場で生き残り続けられた理由。それは人間離れした身体能力でもなければ、振うだけで相手を殴殺することができる腕力でも無い。生き残り続けたその理由とは聖狼セイントウルフによる強制的な生への執着からくるものであった。

 例え四肢が吹き飛ぼうが、例え死の淵を彷徨ことになる致命傷を負ったとしても発動する強制的な生への執着がこれまでガイルズを生かし続けてきた。だがその生への執着、自然治癒が何故か発動しない。


「ふふふ、なぜ傷が癒えないのかと思っていますね……」


「……ッ!」


 思っていたことを見透かされ、表情を更にしかめるガイルズ。


「それは簡単です……あなたに殺された者たちの負の感情が、自分たちも生きたいとあなたの内に潜む獣の生への執着を貪っているからです」


 今までガイルズが戦場で殺してきた者たちが発した負の感情が、内包する聖狼セイントウルフの生への執着、自然治癒の力を貪り生き返ろうとしているのだと説明する笑男スマイリーマン


「まあ、魂も肉体も既にないただの感情でしかない彼らがそんなことをしても生き返ることなんてできないですけどね」


 ガイルズによって殺された者たちの負の感情が見せた生への執着。でもそれは無駄であると断言する笑男スマイリーマンは、再び手に出現させた負の感情が籠った槍をガイルズへ向けて放った。


「あがッ!」


 放たれた槍の速度は遅かった。それは常人でも避けられる程に遅い。しかしガイルズは避けられない。まるで刺さる事が運命であるというように笑男スマイリーマンから放たれた槍はガイルズの左の太ももを貫いた。


「言うなればこれは呪い……あなたに対してだけ有効な呪いです……彼らの負の感情が籠ったこの槍をあなたは決して避けることが出来ない」


「ガハッ!」


 笑男スマイリーマンの言う通りだった。ガイルズは放たれた槍を避けようとしていた。だが体が言うことを聞かない。まるで何かに体を押さえつけられているように体が動かない。

 次々と溢れだすように笑男スマイリーマンの手から放たれる負の感情を纏った槍がガイルズの体を貫いていく。だが放たれた槍は一本も致命傷となる部位には突き刺さらない。


「……直ぐには殺しません、苦しいでしょうが我慢してください……そして彼らの負の感情をその体で味わいつくしてください」


 まるでガイルズに殺された者たちの恨み辛みを代弁し晴らそうとするように笑男スマイリーマンは負の感情を纏った槍を放ち続けた。



 一体何本の槍がガイルズの体を貫いたのか。一体何個の穴がガイルズの体に空いたのか。それでもガイルズはその場に立っていた。既に倒れて絶命してもおかしくない傷を負っているというのにガイルズはその場に立ち続けていた。だがそれはガイルズの意思によるものではない。ガイルズに殺された者たちから噴き出した負の感情が、倒れることを許さなかった。


「ごふぅ……ゴホォ……」


「彼らの味わった苦しみ、負の感情に比べればまだまだ生温いですが、そろそろ終わりにしましょう」


 そう言いながら今まで一番負の感情を纏っているだろう槍を出現させる笑男スマイリーマン


「……それはなぜかって? ふふふ、もうすぐこの町は負の感情によって覆われることになる……私はその事象イベントを特等席から眺めたいからです」


 ガイルズが聞いてもいない質問に笑男スマイリーマンは勝手に答えると、満面の笑みを浮かべた。


「それではガイルズさん……さようなら……」


 ゆっくりと笑男スマイリーマンの手から放たれた負の感情を纏った槍がガイルズの頭へめがけ向かう。


「……は、はは……」


 向かって来る槍の矛先を霞む視界で見つめながら、今まで果てしないほど遠くに感じていた死を間近に抱くガイルズ。だが不思議なことに死に対して恐怖や恐れはなかった。そればかりか先程まで笑男スマイリーマンに抱いていた恐怖すら無くガイルズの心は凪の海のように穏やかだった。


「……はッ……ははは……」


 だが一瞬にして穏やかだった心が荒波のようにざわつく。霞んだ視界に飛び込んで来た見知った背中。眠りから覚めたその背中はこれから続く未来を背負って現れたのだ。まだ死ねない。この先に待つ未来で再び刃を交えなければならない好敵手ライバルが目の前にいるのだからと遠く意識の中ガイルズはそんなことを考えていた。




 ガイアスの世界


 今回ありません

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