信じた力の敗北と託された未来
ガイアスの世界
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信じた力の敗北と託された未来
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
統一以前、虐殺の場であったとも噂されるガウルド城地下に存在する監獄。当時この場で虐殺された者達の怨念が残っているのか、負の感情の残留率は高く、『闇』を力にする存在にとってはある意味で聖地にも等しい。そんな負の感情、『闇』が充満する監獄を無意識に浄化しながら駆け抜け、今更に深く『闇』の濃い場所へ足を踏み入れようとするスプリングとガイルズは、想像していたよりも深く、そして長い階段を駆け下りていた。
「……ん? ……臭いが1つ消えた?」
聖狼が持つ鋭い嗅覚によって様々な臭いを嗅ぎ分けることが出来るガイルズは、監獄に入った時点で3つ以上の強力な『闇』の臭いをその鋭い嗅覚で感じ取っていた。だがその3つのうちの1つが突然なんの前触れもなく消えたのだ。
「……臭いも残さずに?」
普通ならば臭いを発する元が消えたとしてもしばらくの間、臭いはその場に残り続けるものである。しかし突如消えたその『闇』の臭いは、まるで最初からそこに存在していなかったかのように余臭すら残すことなく忽然と消えてしまったのだ。
「……先に来ていた奴の誰かがやったってことか?」
3つ以上の『闇』の臭いの他に、自分たちよりも先に監獄へ入った者達が少なくとも二人以上いることをガイルズはその嗅覚で嗅ぎ分けていた。『闇』の臭いが余臭すら残さず、その存在すらなかったかのように消えた。それはガイルズたちよりも先に監獄へ入った者達の中に、『闇』を存在ごと抹消できる強い力を持った者がいるという可能性を示唆するものだった。
「……そんな奴、この時代に存在するのか?」
だが『闇』を存在ごと抹消出来る力を持った存在について否定的な考えを口にするガイルズ。
数百年前に起った人族、人間と魔族の間で起った戦争では、常に魔族側が有利な状況で事が進んでいた。それは魔族の身体能力や魔法の技術が人族、人間よりも遥かに優れていたからだ。戦況に変化が起ったのは戦争の末期も末期、人族、人間が最後の手段として対魔族兵器、聖狼を投入してからのこと。それ以前までは人族、人間は魔族に対して手も足も出なかったのだ。当時ですら魔族に対して聖狼を投入しなければ戦い勝つことが出来なかった人族、人間。『聖』に対しての知識などが当時よりも衰えた現在の人族、人間の中に『闇』を存在ごと抹消できる力を持った者がいるとはガイルズには考えられなかった。
「……んん?」
当然ではあるが近づけば近づくだけ臭いの精度は増していく。監獄から続く階段を駆け下りることで、臭いの元に近づいているガイルズはより詳しく、その臭いを嗅ぎ分ける。
「ゴチャゴチャしてよくわからねぇ」
精度があがった事による弊害。様々な臭いが入り交じり、状況を詳しく把握できないガイルズは顔をしかめたながらそう口にすると、その混乱を解消する為、更に嗅覚の精度を上げる。
「ん? ……どういうことだ? ……数があわねぇ」
最高感度まで引き上げた嗅覚でその臭いたちを丁寧に嗅ぎ分けたガイルズの表情には更なる困惑が浮かぶ。
臭いを嗅ぎ分けた結果、ガイルズたちが目下向かっている場所には現在、突如消えた『闇』の存在を除いた3人の何者かがいることがわかった。三人の内二人からは『聖』の臭いを感じることから、その二人は人間であることがわかる。だがおかしいのだ、確かにガイルズの嗅覚はその場所から『聖』と『闇』が2つずつ、合計4つの臭いを感じている。その場には3人の何者かの臭いがするのに、臭いの数は4つ。どう計算しても人数と臭いの数が一致しないのだ。
「……ッッ!」
だがそんなことがどうでもよくなる程の衝撃がガイルズを襲う。臭いで自分たちよりも先にいる者達の状況を探っていたガイルズの背筋に突如、表現しようのない悪寒が走ったのだ。
「……うッ! ……ぐぅ」
悪寒に続きガイルズの鼻に突然不快感を抱かせる強烈な臭いが襲う。
「おい……こりゃ……」
突然襲った悪寒と不快感を抱かせる臭い。三人の何者かが放つ臭いでもなければ『聖』と『闇』合計4つの臭いとも違う新たに出現したその臭いは、その臭いだけでガイルズを苦しませる。
「あついじゃねぇか」
戦いの中で手も足もだすことが出来なかったという記憶が脳裏に蘇るガイルズ。何故先程までこんな屈辱を忘れていたのか不思議に思う程にガイルズは、その臭いに対して心辺りがあった。
「……道化師野郎」
その臭いの正体、それは過去にムハード大陸のオアシスでガイルズが対峙した『闇』の気配を持つ者であった。
「こ……ッ!」
どんな奴が相手であろうと絶対にその言葉は口にしないし思い浮かべない。相手が『闇』であるならば尚更だとそう心の中で誓っていたガイルズ。しかしその存在を前にガイルズのその誓は簡単に崩れ去ろうとしていた。口はその言葉を吐きだしそうになり、頭の中でその言葉を思い浮かべてしまう。それほどまでに、突然出現したその臭いは、当時よりも更に強大で凶悪になっており、その臭いだけでガイルズを精神的に追い詰めてしまう。
「……クソッ!」
気力を振り絞り冷静を保つガイルズは、どうにかその言葉を口にすることだけは回避する。しかしそれでもその臭いの影響は凄まじく、ガイルズは頭の中でその言葉を思い浮かべてしまった。
「……くぅ……」
体は正直でこれ以上進むことを拒むようにガイルズの足は階段を下ることを止めてしまう。
「ふざけるな……ふざけるなよッ!」
自分が陥っている状況に納得できず、それを否定する為に声を張り上げるガイルズ。だが心でその状況を拒否しても体が言うことを聞かない。
「うおッ!」
その時だった。突然背中に衝撃を受けるガイルズ。
「……な、なんだ?」
押されたような衝撃を背中に受けたガイルズは、その正体を探ろうと背後に視線を向けた。
「お前……」
そこには立ち止まったガイルズの背に勢い余ってぶつかってしまったスプリングの姿があった。
「この状況で……」
だがぶつかったスプリングに意識は無く、その表情はまるで何処か別の世界を見ているように焦点が合っていない。虚ろな表情を浮かべるスプリングの顔を呆れながら見つめるガイルズ。
「チィ……たく器用なもんだな、また何処かに行ってやがるのか」
その表情に見覚えがあったガイルズは、今スプリングに何が起っているのか悟った。本人はそれを否定し自分の中にいる幾人もの自分が告げてくれる警告だと訳の分からない言葉に言い換えていたが、間違いない、今スプリングはこの先で起る未来に意識が飛んでいるとそう確信するガイルズ。
「ん? ……チィ……」
意識の無いスプリングを前に、いつの間にか体が動くようになっていることに気付いたガイルズは、自傷気味な笑みを浮かべながら舌打ちを打つ。
「よっこらせッ」
自分の前に立つ意識の無いスプリングの体を片手で軽々と担ぎ上げるガイルズ。
「……お前に頼らなきゃならないっていうのは非常に癪だが……」
ガイルズにとってスプリングは人間相手としての好敵手である。その好敵手の力を頼らなきゃならない状況が来ることなど、ガイルズ自身考えても居なかった。
「悔しいが……俺の力じゃこの先にいる奴はどうすることも出来ない」
圧倒的な力の差。それは物理的なもので無く、概念的な差。例えるなら獣が実体のない何かに噛みつこうとするようなもの。
「別に世界がどうなろうとぶっちゃけ俺はどうでもいい……だが、やられるだけ、蹂躙されるだけっていうのは納得がいかねぇ……」
手にした力の所為で親に捨てられ幼いながら1人で生きて行かなければならなくなったガイルズ。手にした力と対峙するには幼く未熟であった精神は、幾度もの暴走を起しその度、周囲から化物と恐怖と怒りの罵声を浴び続けた。その時に受けた精神的苦痛が今のガイルズの動力源になっている。
雑音は黙らせればいい。幼いガイルズが唯一学び、そして信じたのもの。それが力。罵倒されようと貶されようと力でそれらをねじ伏せれば雑音は消える。それを知ったガイルズは強くなることを求めた。ただ強くなるのではない、圧倒的な力で周囲を黙らせる力。そんな力をガイルズは追い求めた。
やがてガイルズに罵声を浴びせる者はいなくなった。それと同時にガイルズの考えも少しずつ変化していく。追い求め手にした力を力の限り振うことができる存在、強者と戦うことに変化していった。
強者と戦っている時にだけ感じる満足感は、今までにない幸福感をガイルズに与えた。
「……奴は俺の信じた力じゃ倒すことができねぇ……」
だが今対峙しようとしている存在にその理屈は通用しない。満足感も幸福感も無い。そればかりかその2つを奪い去る存在でしかない。
ガイルズが信じた力は戦う前に敗北した。ガイルズにとってそれは到底認められるものじゃない。しかし事実としてガイルズは、対峙する存在に対して恐怖という敗北を戦う前に植え付けられてしまった。この事実は覆らない。自分では覆すことが出来ないことをガイルズは知ってしまった。
「……でもお前にはできるはずだ……見えているはずだ……奴を倒す未来が」
だが目の前には覆す可能性を持った者がいる。自分の信じた力が間違いではないことを証明してくれるかもしれない存在がいる。
「だから頼む……俺の信じた力が負けない未来を見せてくれ……」
それは身勝手で我儘でしかない。自己中心的で幼稚な考えでしかない。しかしガイルズにはそれしかない。幼い頃より信じてきた力しかないのだ。だからこそ、ガイルズは好敵手に、自分の信じた力が無意味では無かったことを証明してくれる未来へ導いてくれるスプリングに未来を託すしかなかった。
意識の無いスプリングを担ぎガイルズは止まってしまっていた足をゆっくりと前に出す。先程までのようにその歩みに勢いはない。先へ進むことへの恐怖がガイルズの体を強張らせている。それでもガイルズは、ゆっくりではあるが一歩また一歩と着実に階段を下って行く。
「……ほら、見えてきたぜ、目的地だ」
意識の無いスプリングを担ぎ恐怖に抗いながら再び階段を下り始めて数十秒。ガイルズは信じた力を否定する存在が待つ特別監獄に足を踏み入れるのだった。
ピシィ……
音が止まる。誰にも聞こえずただ1人にだけ聞こえていた何かが砕ける音が止まった。
「……ッ!」
世界から色が失われ白と黒だけとなったその視界に映るもの。
「……ガイルズ……」
周囲に飛び散るそれが好敵手の体内にあったものであると頭では理解する。しかし心はそれを認めない。右腕が左足が目が耳が首が。好敵手の姿を形作っていた部位が至る所に飛び散ったその光景を認めようとしない。
無感情に笑う仮面のようなその顔は笑う。何がおかしいのか理解できないが兎に角笑う。
「ひぃ……」
突如暗転する視界。その道の先に望む未来は存在しなかった。
ガイアスの世界
今回ありません




