悪意の形
ガイアスの世界
今回ありません
悪意の形
ソレは無垢で流されやすい水のようなもの。少しでも傾斜ができればその方向へ流れて底につくまで止まることができない。そして水に赤い絵具を落せば赤く染まるように、ソレも何かを流し込めば簡単に何かへと染まって行く。
そしてソレは悪意に対して特に敏感で脆弱で無防備。物事の表側だけしかみることができず、その裏側で起っている真実を想像することもできなければ知ろうともしない。だから流し込まれたものが悪意であっても見抜くことが出来ない。悪意に扇動されていることすら気付かず、それが正義だと思い込む。無自覚のまま悪意に染め上げられた矛を何の疑問も抱くことなく簡単に突きつけることができるのだ。なぜなら正義は正しいものであるからだ。
正義という言葉はソレから考えることを奪う。正しいものは間違っている訳がないと思い込み思考を放棄させ、僅かでもその正しさが本当のものなのか疑いもしない。
世界は悪意に満ちている。少なくとも私を産み落としたこの世界には悪意が充満している。世界から溢れだした悪意が私を形作った。それは世界の総意であると言ってもいい。そう総意なのだ。私は世界の総意によって生み出された悪意であり、そしてこの世界の正義なのだ。
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
「……答えて」
地面に飛び散った男の肉塊に向かって、静かにそう話しかけるブリザラ。肉塊となった男がただの人間であれば、肉塊となった死体に話しかけているだけ、ブリザラのその行動は意味を成さない。しかしブリザラが話しかけているのは、おおよそただの人間では無い。存在するだけで周囲の者たちの心を抉り引きつらせ嫌悪させる。まるで悪意が具現化したような、この場に居る者が誰一人感じたことのない異質な『闇』。人の形をした何かである。そんな存在が肉塊になったぐらいで話せなくなるはずがないとブリザラは思っていた。
「……創造の女神の依代にして伝説武具盾の所有者ブリザラ=デイル……負の感情を抑制されているあなたが発する怒りは実に珍しく愛おしい……そして所詮あなたも人間であることを証明してくれる」
肉塊から発せられる男の声はブリザラの問には答えず好き勝手に語り出す。
「……心を怒りで染めた理由も実に人間らしい……あなた……」
肉塊から発せられる男の声は更にブリザラの心を逆撫でようと怒りの要因について言及しようとする。
「五月蠅い……いいから私の問に答えて」
男の言葉は効果覿面。肉塊から発せられる男の声を遮るように、ただ冷たくそう言い放ったブリザラ。静かではあるものの、その内に秘めた怒りは大きくなる。それを現すようにブリザラはキングを地面に打ち付けた。その衝撃で周囲の地面は砕けちり陥没していた。
「……ふふふ、良いですよ、あなたの心が怒りに染まるのなら、いくらでも飽きるほどお答えしましょう」
キングを地面に打ち付けた衝撃は男の肉塊の半数を消し飛ばした。それにもかかわらず男の声に戸惑いや恐れといつたものは無い。先程と変わらない、むしろ嬉しがっているような声で男はブリザラの問に答えると言った。
「……繰り返す争いの運命に縛られし双子の片割れにして、その身に魔王を宿す伝説武具防具の所有者アキ=フェイレス……ええそうです……彼の運命の一部を操作……いいえ、彼を黒竜と戦わせたのも彼の父親に『魔王の種子』を植え付け、そして彼にそれを移したのも全てこの私です」
「ッ!」
肉塊となった男がそう語った瞬間、再びキングを特別監獄の地面に打ち付けるブリザラ。男が真実を告げたことで更にブリザラの怒りは大きくなった。それを現すようにキングを打ち付けた衝撃は特別監獄全体を揺らした。
「……」
ブリザラの問に男が答えたその内容に当然当事者であるアキは衝撃を受けていた。しかし己に突きつけられた真実よりも、その真実に対して自分よりも怒りを露わにするブリザラの姿にアキは言葉を失う。
普段、多少怒ることはあっても、ここまでブリザラが怒りを露わにした姿をアキは見たことが無かったからだ。自分の為に怒ってくれているという何処までもお人よしなブリザラに、アキは今までに感じたことのない形容しがたい心の揺らぎに戸惑を抱いていた。
「あっははははは! いいですねいいですよ、創造の女神による負の感情の抑制から解き放たれただの人へと堕ちて行くその姿、素晴らしい、実に素晴らしい!」
ブリザラの高まっていく怒りに男は歓喜する。
「……そしてそんな彼女を見つめるあなたのその感情もとても愛おしい!」
男の歓喜はブリザラだけでは無く、戸惑い複雑な感情の中にあるアキにも向けられる。
「……ですが残念です、その感情はこれから魔王になるあなたには必要のないものだ」
ただの肉塊にしかみえないその存在が、そう言葉を発するだけでこの場の空気が支配されていく。
「ブリザラ落ち着いて!」
その支配に抗うように、声を上げるソフィア。
「奴の話に耳を貸しては駄目! ……一旦この場から離れよう!」
背中越しでもわかるブリザラのその怒りを何とか鎮めようと声をかけ続けるソフィア。
「……他人事のように思っているようですがあなたもですよソフィア……」
「……ッ!」
蛇に睨まれた蛙の如く、半数が吹き飛んだ男の肉塊から視線を感じた瞬間、ソフィアは自分の体が強張ったことに気付く。
「……女神の依代の偽物、手にした伝説武具も偽物……その名もその存在すらも全てが偽物……そしてあなたの中にいるあなたたちの想いすら……」
「くぅ……黙れ!」
二人に向いていた矛先が自分に向き、その悪意を体全体で受けるソフィア。お前は紛い物、お前達は紛い物だと言われソフィアの表情が引きつっていく。
「本当のあなたは彼女たちと行動ができるような存在じゃない……人の生血を啜り、人の不幸を願い、その世界すら呪った……」
全てを知っているという口ぶりでソフィアの過去、本当の彼女について語りだす男。
「……やめて」
「……そんな本当のあなたのことを、ここにいる皆さんは知りたがっているのではないですか? 本当のあなたのことソフィアという偽りの存在では無く、本当のあなた……ナツ……」
「やめてッ!」
拒否反応を起こすように、男の声を自分の叫び声で遮るソフィア。
「……お願い、お願いだからやめて……」
偽りとしての自分、隠したい本当の自分、その全てを知っている男に弱々しい声で懇願するソフィア。
「あ! 嗚呼、いけないいけない、私としたことがこれは配慮の足らない行いでしたね、失礼しました……他者である私がベラベラとあなたの個人情報を勝手に口にしてはいけませんよね」
言葉では反省していような口ぶりだが、男のその声には全く反省の色が無い。寧ろ弄びソフィアの反応を楽しんでいるようであった。
「うぅ……」
「あっはははは! 私の言葉で揺れ動く皆さんの心、良い拍子を奏でていますねぇ」
いつの間にか元の姿を取り戻した男は、自分の言葉によって心を揺り動かされ感情をさらけ出す三人の姿を愛おしそうに見つめながら拍手を送った。
「……ん?」
何かを感じとった男は拍手する手を止めた。
「……あら、どうやら本来予定にはないお客様が乱入してきているようですね」
怒り、当惑、失意、三者三様の感情に呑み込まれ身動きが取れない三人の姿から視線を特別監獄の通路へ移した男は、常に笑みを浮かべているその顔を少しだけ疑問に染めながらそう呟いた。
「まあ、舞台では突拍子もない事故がおこることもありますから、即興で対応することにしましょう」
まるで舞台役者のようなことを言いながら男は、まだ見ぬ乱入者の到着を心躍らせながら待つのであった。
ピシリピシリ
何かがひび割れる音が早くなる。
誰にも聞こえないその音はただ一人、聞こえる者に向けてその音を加速させていく。
ガイアスの世界
今回ありません




