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静かで冷たい怒り

ガイアスの世界


 今回ありません


 

 静かで冷たい怒り




 剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス




 ―特別監獄―




「あああああああああああああ!」


 悲鳴にも似た咆哮。腹の底に響くギルの叫びが特別監獄に響き渡る。

 人族、人間に対して夜歩者ナイトウォーカーという絶対的立場でありながら、人族、人間である二人の少女が持つ異様な力を前にギルの心は一度折れかけた。しかしそれでもギルの心が完全に折れなかったのは、夜歩者ナイトウォーカーとしての誇り(プライド)。家畜と蔑む人族、人間に対しての意地だった。


「あ……」


 すると夜歩者ナイトウォーかー誇り(プライド)に反応するかのように、突如として彼女のものではない別の『闇』が何処からともなく溢れだし現ギルの体を包み込んで行く。


「……スビア?」


 恋人の名を呟くように自分の主の名を口にするギル。その表情は様々な苦痛から解放されたように穏やかなものへと変わると、幼虫が成虫になるため蛹へと姿を変えるようにギルは『闇』で出来た黒い繭に包まれていった。


「……残念、これはあなたの主のものでは無く私の『闇』です」


 その言葉はギルに向けられたものなのか、黒い繭の後ろから忽然と姿を現した男は、生理的不快感を与える笑みを浮かべながら物言わぬその黒い繭を指先で小突いた。


「……それにしてもまさかただの眷属でしかないあなたが、ここにきて残滓の苗床となりえるほどの『闇』を生み出すとは思いもしませでした……あなたの負の可能性十二分に使わせて頂きますよ」


 黒い繭に包まれたギルに対してそう言葉を締めくくった男は、仮面のように無機質な笑みを茫然とする二人の少女へ向けた。


「……ッ!」「……なッ!」


 笑みで糸のように細くなった目を向けただけ。忽然と現れはしたがそれ以外のことを男は何もしていない。そこに姿を現しただけ、声を発しただけ、顔を向けただけ。ただそれだけのことで男がその場の空気を支配するには十分だった。

 その存在自体がその場にあるというだけで、ブリザラとソフィアの表情は歪みその背筋には悪寒が走る。何色にも染まらない暗い『闇』。その奥深くにある更に暗い部分を見ているような感覚に言いようのない不安と恐怖が込み上げてくるブリザラとソフィア。

 ギルにとってブリザラやソフィアが異質な存在であったように、目の前に忽然と姿を現した男が発する『闇』は二人にとって異質としか言いようが無かった。


「……さて、どうも初めまして皆さん……私は……」


 ブリザラとソフィアをその糸のように細めた目で見つめていた男は、道化師ピエロのように大げさな動きで頭を下げ、二人、いや三人に挨拶しその名を口にしようとする。


「えッ!」「アッ!」


 しかし二人の間を突然黒い突風が駆け抜ける。黒い突風は一瞬にして頭を下げ己の名を口にしようとした男に詰め寄るとその頭を漆黒の刃で切り落とした。


「アキさんッ!」「鎧の人!」


「くぅ……逃げろッ!」


 人であれば即死確定の一撃。だが男の首から噴き出す液体は血では無く『闇』。


「ぼさっとするなッ!」


 異様と感じさせる男の『闇』を前に体の自由を奪われること無くいち早く動くことが出来たのは内包する黒竜ダークドラゴンの力のお蔭か、漆黒の全身防具フルアーマーを纏った男アキは、視線を頭の無い男に張り付けたまま、体が硬直して動けないブリザラとソフィアへそう叫んだ。


「ハッ! 行くよッ!」


 アキの叫びによって体の硬直が解けたソフィアは、横で未だ唖然としたまま硬直しているブリザラの腕を掴み引っ張った。


「……ッ!」


 だがブリザラの体はソフィアがどれだけ腕を引っ張っても動かない。既に硬直が解けていたブリザラは、自らの意思でその場に留まっていた。


「アキさんが、アキさんが……」


 逃げろと叫んだアキの背を見つめながらそう呟くブリザラ。その言葉には不安と恐怖が入り交じっていた。


「しっかりして! あなたもわかるでしょ、私たちじゃアレをどうにかするなんて出来ない!」


 非常に危険な状況であることをこの場にいる者の中で誰よりも一番理解していたソフィアは、普段張りあげない声を張りあげながら更に強くブリザラの腕を引っ張った。

 男から発せられる『闇』は今まで相手にしていた夜歩者ナイトウォーカーが発していたものや、この特別監獄の最奥にいるだろう何者かが発するものとは比較にならないほど大きくそして濃い。世界全ての負の感情を圧縮したような存在であるソレを前に、今の自分たちでは太刀打ちすることは出来ないと即座に悟り逃げるという選択選んだソフィアの行動は冷静と言える。


「でもアキさんが!」


 この場が危険であることは当然ブリザラも理解している。しかしそれでも正常な判断をすることが出来ず冷静でいられなくしたのは、自分たちを逃がす為にソレと戦うことを決めたアキの存在だった。


「……このままアキさんが戦ったら……」


 その先の事を想像し顔色が一瞬で青くなるブリザラ。


 今まで様々な相手と戦い続けてきたアキ。戦えば戦うほど強くなること事体は戦う者としては願ってもない喜びではある。しかしアキに限って言えば、戦えば戦う程に強くなるその力は喜びと同時に自分を縛る枷にもなっていた。

 その枷とは、ドラゴンの中で最凶と恐れられる黒竜ダークドラゴン

 アキが所有する伝説武具ジョブシリーズ、自我を持つ伝説の防具クイーンが事故により黒竜ダークドラゴンを取り込んでしまったことでアキは人でありながら黒竜ダークドラゴンの力の象徴とも言える『闇』の炎を扱えるようになってしまった。

 全てを焼き尽くすと言われる『闇』の炎はその言葉通り、一度対象物を燃やし始めれば使用者の意思、もしくは『聖』による浄化でしか消すことが出来ず、その火力は放てば町1つを一瞬にして消し飛ばすとも言われる。兎に角、人族、人間個人が振っていい力では無い。

 そして黒竜ダークドラゴンがアキにもたしたのは『闇』の炎だけでは無く、戦えば戦うだけ強くなる急速な成長を促す、肉体変化だった。

 肉体を失い魂だけの存在となった黒竜ダークドラゴンはアキを宿主とし、戦いで発生する負の感情を餌として取り込むことで失われた力を取り戻していった。

 度重なる戦いによって膨れ上がっていく黒竜ダークドラゴンの力は、人族、人間の肉体では制御することは愚か、その力に耐えることも出来ない。その力を制御する為には、それに見合った肉体が必要になってくる。『闇』を吸収し強大になっていく力に合わせ、黒竜ダークドラゴンは宿主であるアキのその体を作り変えていったのだ。

 そして黒竜ダークドラゴンによる肉体変化を更に加速させてしまったのが、クイーンが持つ所有者育成能力。

 対峙する敵の強さや数にかかわらず、戦うだけで常人の数倍の成長を促進する効果があるという代物。本来、伝説武具ジョブシリーズを扱う素質を持った所有者の力を急速に引き上げ迫りくる危機に迅速に対応できるようにするための支援能力だったのだが、黒竜ダークドラゴンと合わさったことでアキは、短期間で恐ろしいほどの成長をみせ、今や人の領域を越えた力を手にしたのである。だが強力な力には当然、欠点デメリットも存在する。

 アキの肉体が変化すればするほど、それは黒竜ダークドラゴンに適した肉体へ変化しているということになる。このまま『闇』を吸収し続け肉体が変化し続ければ、その精神はやがて黒竜ダークドラゴンに汚染され乗っ取られること意味しているのだ。

 アキの精神が汚染され乗っ取られることを防ぐための対策を講じたのは、そもそもの原因を作ったクイーンだった。

 自分の不手際によって本来なら必要のない力と苦労をアキへ背負わせてしまったという自責の念からクイーンは、黒竜ダークドラゴンの精神汚染からアキの心を守る防波堤の役割を自らに課したのだ。その効果もあり、今までは何とか黒竜ダークドラゴンによる精神汚染をクイーンは防いできた。

 しかしそれも時間の問題であった。日ごとに増していく黒竜ダークドラゴンの力は、アキの精神を着実に汚染し、近頃では制御できず暴走させることが多くなってきていた。

 少しでも気持ちが負に偏れば、町の1つや2つ簡単に消し飛ばすだけの危険な力。確実にアキの精神は黒竜ダークドラゴンに汚染され乗っ取られつつあった。

 そして更にその悪い状況を加速させてしまう問題をアキは抱えていた。それが『魔王の種子』である。

 全ての『闇』の眷属、魔族を従えることが出来るという魔王の素質、『魔王の種子』をアキはその体に内包していたのである。

 『魔王の種子』が芽吹く条件の1つと言われているのが大量の『闇』を体に浴びること。まるで誰かによって仕組まれたのではないかと疑いたくなってしまうほどにアキはその条件を満たしてしまっている。

 黒竜ダークドラゴンによる過剰なまでの『闇』の吸収は黒竜ダークドラゴン化だけではなく、『魔王の種子』を芽吹かせる条件を満たすという負の相乗効果をもたらしてしまい、アキはすぐにでも黒竜ダークドラゴンや魔王になってもおかしくはない危険な状態であった。

 根本的にこの問題を解決する手段は無い。唯一手段があるとすれば、それはアキがこれ以上戦いに身を投じないことだけであった。



「私も……私がいかなきゃ!」


 これ以上戦えば個人どうこうの話ではなく、世界に絶望を与える存在となってしまうアキ。そんな問題だらけのアキに対して仲間以上の想いを抱くブリザラの体が前進を始める。


「ちょっ……なにしているの!」


 一歩一歩アキの背に向かい歩みを進めるブリザラを止めようとするソフィア。しかし何処にそんな力があるのか自分よりも大きく重量がある大盾を片手で軽々と持ち、止めようとするソフィアを引きずりながらブリザラは前進を続けアキの下へ近づいていく。


「手荒い歓迎ですね……」


「ちぃ……」


 いつの間にか何事も無かったように頭部が元通りになっている男のその姿に舌を打つアキ。ブリザラが背後に迫っていることに気付けないほど今のアキには余裕がない。それほどまでにアキの前に立つ男が内包する『闇』は強大で異質だった。


「んんん……その破壊力、流石、黒竜ダークドラゴン……そして溢れだす素質、『魔王の種子』を持つ者といった所でしょうか……」


「なっ……」


 自分が持つ力、そして抱える問題を男に見透かされ驚きから顔を引きつらせるアキ。


「……まあ、こうなるよう仕組んだのは私なんですけどね」


「はぁ?」


 まるで悪戯を咎められて尚、それでもふざける続ける少年のように舌をペロリと出しながらとんでもない事実を口にする男。


「キャア!」


 その瞬間、ソフィアの悲鳴と共に何かとてつもない衝撃がアキの横をかすめる。


「あら?」


 男はその言葉を最後に細かい肉塊となって吹き飛んだ。


「……お、お前……」


 自分の横をかすめたとてつもない衝撃。人の形をしたものを無数の細かい肉塊にしてしまう程の衝撃の正体に驚きの表情を浮かべるアキ。


「……あなたが言ったその言葉……本当ですか?」


 人の形をしたものを無数の細かい肉塊にしてしまう程の衝撃。今までに見たことのない冷たい表情で、細かい肉塊と化した男に感情無く話しかけるブリザラの姿がそこにあった。


 ピシィピシィピシィィ


 何かが砕ける音が更に大きくなる。誰にも聞こえないその音はただ一人、聞こえる者に向けてその音を響かせていた。




 


ガイアスの世界


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