誤算に次ぐ大誤算の果て
ガイアスの世界
今回ありません
誤算に次ぐ大誤算の果て
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
— 特別監獄 通路 —
『闇』の気配を辿りスプリングとガイルズがガウルド城地下にある監獄の奥へ進む中、彼らよりも先に監獄へ足を踏み入れていた者達は、表向きには存在しないとされる階層、強力で危険な力を持つ存在を隔離することを目的とする場所、特別監獄にいた。
「よいしょ!」
特別監獄に充満する『闇』は上の階層の監獄よりも濃く、それは視界を奪う程にはっきりと肉眼で確認出来た。しかしそんな視界不良の中、どこからともなく湧き襲いかかってきた屍食鬼たちを威勢の良い掛け声と共に打撃手甲で正確に殴り飛ばし浄化していく少女の姿があった。
「ソフィアさん次行きます!」
充満する『闇』の中、打撃手甲で屍食鬼を殴り飛ばす少女の名を呼ぶもう一人の少女は少し離れた場所で自分よりも大きな大盾を軽々と振り回し、襲って来る屍食鬼たちを吹き飛ばしていた。
まだ出会って数時間も経っていないはずの少女たち。しかしそれを感じさせない息の合った連携で少女たちは迫りくる屍食鬼の群れを次々と蹴散らし浄化していく。
「……あれ? どういうこと?」
視界を覆い尽くす程の濃い『闇』。耐性の無い人間、人族ならば数秒、耐性を持っていても数分も持たないほどの『闇』。その場にいるだけで精神を蝕まれ死に至り、その後その亡骸は活動死体へと変化する毒の『闇』。それにもかかわらず、『闇』の中で平然と戦い続ける少女たちの姿にメイド姿の女性は唖然とした表情を浮かべていた。
その正体は特別監獄を『闇』で満たした張本人、『闇』の眷属、夜歩者ギル=レイチェルバトラーであった。
「……何故この『闇』の中で屍食鬼たちの動きがわかるの?」
目の前で起っている信じられない光景に冷静さを失うギル。もしギルが少しでも冷静を保てていれば、目の前で起っている状況の答えを直ぐに導き出せたはずであっただろう。しかし人間は下位種族、人族は自分たちの家畜という夜歩者の持つ共通認識が邪魔をして目の前で起っている事実を冷静に受け入れることが出来ないギル。
「……はッ!」
全身の毛が逆立つような感覚。冷静さを失い思考が鈍ったギルへ生存本能が警告を発する。
「どういうこと……何故あの家畜共から『聖』の気配が……まさかッ!」
ギルは思考よりも先に自身の体で目の前で起っている状況の答えを知った。
「……がぁ!」
条件反射。二人が何者であるのか体で理解したギルの視線は、吸い込まれるように屍食鬼たちと戦うソフィアとブリザラへ向けられた。その瞬間、突然ギルの両目に激痛が走る。
「ぐぅぅぅぅぅ……まさかまさかまさか!」
突然の激痛の後、破裂し潰れる両目。破裂した両目を手で押さえその痛みに耐えながら何かを理解するギル。
ギルの両目を襲ったのは人間、人族に対して圧倒的な力を持つはずの夜歩者が見ることすら許されない程の力。
「……あの家畜共、聖職に就く者なの?」
唯一、夜歩者が弱点とするものがある。それは陽の光。そしてそれと同じ性質を持つ『聖』。
人間、人族が持つ『聖』は微々たるもので、通常それを戦う為の力に変換することは出来ない。過酷な修行によって『聖』を力へ変換できるようになった存在、それが僧侶や聖騎士といった戦闘職、聖職に就く者である。
しかしだとしても大概の聖職に就く者は夜歩者を倒すことは出来ない。種族としての身体能力や扱える能力の絶対量が違うからだ。それ故に夜歩者が聖職に就く者に対して遅れをとることは殆どない。ある2つの例外を除いて。
その1つが『聖』による寵愛である。『聖』に愛された存在とでも言えばいいのか、ごく稀に常人を遥かに凌ぐ強大で大量の『聖』を持って生まれてくる人間、人族が存在する。
聖者、聖徒、奇跡の子、呼び名は様々あるがその全てが強大で大量の『聖』を内包して誕生する為、夜歩者にとってこの存在は脅威であり天敵なのである。そしてギルの前で屍食鬼たちを蹴散らす家畜共ことソフィアとブリザラは、明らかに『聖』から寵愛を受けた者達であった。
「……でもなら何故、あの家畜共から『聖』の気配を感じなかったの?」
だがその二人に違和感を抱くギル。強大で大量の『聖』を内包しているならば、出会った瞬間、即座にその気配をギルなら感じ取れるはずだからだ。しかしギルは今の今まで二人から『聖』の気配を微塵も感じることは無かった。
「……それに私は知らない……直視できない程の『聖』を」
何故気配を感じ取れなかったのか、その理由に辿りつく暇もなく、目の前の少女の片割れが持つ異様さに気付くギル。
長い時を生きることが出来る夜歩者。ギルもその長い時の中で多くの聖職に就く者と呼ばれる者達と戦ってきた。その中には当然、『聖』から寵愛を受けた存在もいた。だが直視できないほどの『聖』を内包している者などギルは出会ったことが無かった。
「……あの大盾を振り回している家畜……何者なの……」
修復を始めた両目で直視しないよう、肌だけでその気配を恐る恐る辿るギル。屍食鬼と戦う二人を直視したことで両目が潰れたと思っていたギルだったが、ブリザラの気配を辿って行くうちにその考えが間違っていたことに気付いた。両目を一瞬で潰した直接の原因は、二人を見たからでは無くブリザラを直視したからだったのだ。
(……ひぃ!)
気配を辿るだけでも瞬時に浄化されてしまいそうになるギルは、心の中でか細い悲鳴を上げると慌ててブリザラの気配を無理矢理遠ざけた。肌に伝わってくるブリザラの気配は巨大過ぎて、人間、人族でありながら『聖』そのものというほかギルには表現しようがない。
「……それにもう1人の家畜も……」
ブリザラの気配から逃げるように完全に治った両目でソフィアを捉えるギル。
「おかしい……」
その両目に映る気配はブリザラとは違う理由で異様さを発していた。確かにソフィアも強大で大量な『聖』を内包している。しかしそれはあくまで寵愛を受けた者というだけでそれ以上でもそれ以下でも無い。存在自体が『聖』であると感じさせるブリザラには遠く及ばない。だが問題はそこでは無い。
「……聖職に就く者、特に強い『聖』を持つ家畜の心には『闇』が殆ど無く、つけいる隙が無い……なのに、なぜあの家畜の心には『闇』が存在しているの……」
ソフィアの問題、それは『聖』を内包しながら、ギルと同じ負の感情『闇』も内包しているということだった。
「……何故、『闇』と『聖』が共存しているの……」
本来反発し相反する『闇』と『聖』が1つの肉体に共存していという事実。それがソフィアの異様さの理由だった。
「レーニ様と同じ……いいえ、それ以上……かもしれない?」
『闇』と『聖』の共存。その言葉が頭に浮かんだ時、ギルはある人物の事を思い出した。自分の主とは違う別の上位種族へと変化した元、夜歩者、現、夕闇歩者レーニのことを。
「……何なのこの家畜共……」
しかしレーニのことを思い出している暇など今のギルには無い。即座にギルの思考は異様さを放つ人間、人族のことへと切り替わる。
「……私の知っている聖職に就く者じゃない」
存在自体が『聖』である異様。『闇』と『聖』が1つの肉体の中で共存している異様。この場の全てが異様で支配されているこの状況にギルの心は恐怖し、勝機は無いと考えることを放棄してしまいたくなるギル。
「……くぅ!」
ギルは唇を噛みしめた。噛みしめた唇から一筋の血が伝う。その僅かな痛みを頼りにギルは諦め放棄しそうになる思考を繋ぎ止め無理矢理稼働させる。
「……家畜から屈辱を受けるなんて……聖狼以来よ!」
ギルは恐怖する心を真っ赤な怒りで染めた。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅ」
血で繋がる同胞たちの屈辱の記憶。聖狼に蹂躙された同胞たちの記憶を怒りに変え、負の感情としてその力、『闇』を増幅させていくギル。
「……私は高次元な存在である夜歩者! たかが少し強力な『聖』の力を持った家畜如きに私が後れを取るはずがない!」
思考を繋ぎ止め無理矢理稼働させた所で勝機が生まれる訳ではない。怒りを力に変えた所で対峙する絶対的な力を持つ異様な家畜の前では何も変わらない。今からやること全てが無意味であることはギルも理解している。だがそれでもやらねばならない時がある。
「……相手はあの忌々しい獣じゃない……ただの家畜、まだ私の優位は揺るがない!」
己を鼓舞するように、己に暗示をかけるように、夜歩者としての誇りを高らかに示し言い切ったギル。
ピシッピシッ
その瞬間、何かが砕けるような音が特別監獄に響く。
それは新たな道を示す音。だがその音に気付く者はいない。数多ある道を進んで来た1人を除いて。
ガイアスの世界
今回ありません




