真面目で合同で章 3 (ブリザラ&アキ編) 快楽を操る者
ガイアスの世界
『魔法道具』『強化飲料』
通常の道具とは違い、魔法使いなどが小遣い稼ぎのために作る道具である。効果によっては莫大な金が動くこともあり小遣い稼ぎの範疇を超える場合も多々ある。
昨今の魔法使い界では戦場や冒険にでるよりもこちらの方が金になると『魔法道具』で生計を立てている者も少なくはない。
文字通り物に魔法をくわえた道具であり、魔法使いでなくても扱える魔法『使い捨て魔法』などが有名である。だが『使い捨て魔法』は使い捨てだけあってそこそこの威力を持った魔法しか使い捨てに出来ない。その為、高難易度のダンジョンなどで使用する場合、全く通用しない場合がある。その為あまり稼ぎにはならない。
だが『強化飲料』がその小遣い稼ぎの状況を大きく変えた。直接使用者の体を強化する『強化飲料』には副作用という問題はあるものの、それを凌駕する効果と信頼があったからだ。そして何より製造する作業が楽でもあった。
そのため『強化飲料』のレシピはすぐさま魔法使いの中で広まり、改良された物が続々と売られるようになった。
これに注目したのが商人や賊系などであった。
前者は言うまでもなく商売するためにであるが、後者の賊系は『強化飲料』を売りさばき軍資金を稼ぐためであった。
後者である賊系の作る『強化飲料』は効果は高いものの粗悪品の域を出ず副作用が顕著に現れる代物が多い。強い依存や廃人になるという物も多く、最悪の場合死に至る場合もありそれを危険視した国々は不正な『強化飲料』を取り締まる専門の機関を作り対処に当たったが、不正な『強化飲料』の数は減る所か増え続けておりガイアスでは大きな問題となっている。
真面目で合同で章 3 (ブリザラ&アキ編) 快楽を操る者
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
突如地鳴りのようにサイデリーの町に響き渡った竜のような咆哮。まさかその竜の咆哮が、サイデリーの王を守る為にとある人間が放ったもであるなど知る由も無いサイデリーの町に散らばっている盾士達は、その咆哮の正体も分からないまま自分達が任された場所の警備を続けていた。
― サイデリー王国 南地区 住民区―
サイデリーの町に竜のような咆哮が響き渡ってから少し経ち町の人々が落ち着きを取り戻した頃、南地区の夜の空を複数の影が早い速度で移動していた。軽々と建物から建物へ飛び移る影はさながら舞いを踊るように美しくも見える。しかしそれは舞でも無ければ踊りでも無い。
「えー止まりなさい、そこの黒い人達」
「くぅ……見つかった」
早い速度で建物から建物へと飛び移り移動を続ける影、彼女達は追われていた。そんな彼女達を追うのは、若い青年を先頭にした十数人の盾士達であった。見た所、先頭の青年以外はまだ盾士になって数年の者達で編成された部隊のようであった。しかしそんなまだ若くも見える部隊の盾士達は見た目に反して練度は高く、建物から建物へ素早く飛び移り逃げようとする彼女達の後を軽々と追っていた。
しかし本来、重い盾を持つ盾士にはここまでの機動力を生み出すことは出来ない。しかし部隊の中で誰よりも若い青年を隊長としたこの部隊にはそれを可能にしている理由があった。その理由の一つが青年達が持つ盾であった。本来盾士は、自身を守る為に強度の高い金属を使った盾を所持している。しかし青年達が持つ盾は、本来盾士が持つ盾よりも一回り小さく軽い。そのため防御力は頼れなくなるがその分、本来盾士では生み出すことが出来ない機動力を持つことが可能となっていた。
彼らはサイデリーに危険を運び込み混乱に乗じて逃げる輩を追い追撃する者、サイデリー王国、南地区追撃部隊であった。
サイデリーに入り込んだ賊を追い、捕縛もしくは撃破することに特化した追撃部隊は瞬く間に逃げる女を先頭にした怪しい集団に追いついていく。
「止まらないのならとまって貰おう」
再三の警告に対して全く止まろうとしない女を先頭にした怪しい集団に対して盾士達の先頭を走る青年は、何とも能天気な声でそう言うとその能天気な言い方とは裏腹に更に速度を上げ一瞬にして彼女達の前に立ちはだかった。
「……さあ、もう逃げられないよ」
「お前達本当に盾士か!」
自分達を即座に囲み込んだ盾士達の速度に驚きの声を上げる女は、ブリザラを裏路地に誘い込み襲った黒装束の集団であった。
「うっは! まさか女性だったとは、これはこれは何とも運命的な出会いだ」
今まで能天気な声を上げていた青年は急に声を作り恰好をつけながら黒装束の女に近づいていく。
「なっ!」
恐ろしい程の速度で気づけば自分の間合いに入られていた黒装束の女は、思わず飛びのき青年から距離をとる。
「姉御!」
自分達から離れてしまった黒装束の女に声をかける筋骨隆々な男達は慌てて黒装束の女に近寄ろうとする。
「男に興味は無い、確保」
青年がやる気の無い声で一声あげると追撃部隊の盾士達は即座に筋骨隆々な男達が黒装束の女に近づけないように取り囲んだ。
「くそッ! 邪魔だどけ!」
筋骨隆々な男の一人がそう言いながら盾士に向け拳を振う。しかしすぐに盾士達はそれに反応し盾を前に突き出し筋骨隆々な男の拳の力を無力化する。
「筋肉野郎達はもう逃げられない、そしてお姉さんもだ、なぜこんな真夜中に道を歩かず建物から建物へ飛び移っていたのか僕、聞かせてもらいたいな?」
男を前にした時と女性を前にした時の態度があからさまに違う青年は、黒装束の女に対して甘えた声で説明を求めた。
「くぅ……」
布で顔の下半分を隠した女はその布の下で口を噛む。どうやら盾士達はまだ彼女達が何をしたか知らない様子であった。しかしそれも時間の問題、ここで足止めされ続ければいずれ自分達の正体がバレて捕まると考える黒装束の女。だが逃げようにも機動力で負けている自分達が逃げられるとも思えないとも思う。どちらにしても絶対絶命の状態であった。
「……ふん……」
しかし絶体絶命の状況で不意に笑みを零す黒装束の女。
「あんた……中々いい男だね……私と取引しないか?」
そういいながら黒装束の女は自身が纏っていた黒装束の胸のあたりをはだけさせた。そこからは黒装束に包まれ分からなかった豊満な双丘の谷間が露出する。
「はぐう……」
思わず鼻を襲える青年。その端正な表情は見るも無残にだらしなく崩れる。
「どうだい? 私と……楽しい事……しないかい?」
今度は黒装束の女が気付かない間にはだけた胸の谷間を強調しながらだらしなく表情が崩れた青年の間合いに入り込む。
「さあ……楽しい事、しようじゃないか?」
豊満な胸の谷間に青年の顔を押し込む黒装束の女。柔らかい二つの双丘に顔を挟まれた青年は、小刻みに震え変な声を上げている。
(かかった!)
布で覆われた口元がニヤケる黒装束の女は、青年を抱き寄せたその手からクナイをチラつかせる。そう青年はまんまと黒装束の色仕掛けに引っかかったのだ。このまま自分の胸の中で変な声を上げる青年の首にクナイを突き刺せば士気が崩れる。そうなればこの場から逃げだすチャンスが生まれると考えた黒装束の女は手に持つクナイに力を籠める。しかし不意に違和感を抱く黒装束の女。青年の命を掴んだこの状況で他の盾士達があまりにも静かすぎることに違和感を抱いた黒装束の女は周囲の盾士達に視線を向ける。そこには自分達の隊長が命を獲られようとしているのにも関わらず一切慌てずじっと自分達を見つめる盾士達の姿があった。
「……?」
抱く違和感は疑問に変わる。そしてそれは危機感となって黒装束の女を焦らせる。自分の胸に顔を埋める青年の襟足にクナイを突き刺そうと勢いよく振り下ろす黒装束の女。
「ふふふ……僕に色仕掛けをしかけようとはねぇ……」
「!」
青年の襟足に突き刺そうとしたクナイを持った手が突然自分の意思では動かせなくなる黒装束の女。
「ふふふ……見事な双丘だよお姉さん……だけど残念」
「なんだと……」
「姉御! 何してるんですか姉御!」
今まで聞こえなかった仲間達の声が突如として黒装束の女の耳に入ってくる。
「……? キャア!」
「以外と可愛らしい声を出すんだねお姉さん」
仲間の声に我に返った黒装束の女は乙女のような声をあげると露わになっていた自分の胸を素早く腕で隠した。
「な、何が?」
確実に間合いに入ったはずの青年は一定の距離を保ち対峙したまま自分を見つめ続けている。黒装束の女は訳が分からず混乱する。
「……幻惑? ……みたいなものかな」
「なッ……どこから……」
暗殺者と呼ばれてはいるが、本当は忍者という戦闘職である黒装束の女にとって幻惑術は得意分野であった。当然幻惑に対しての耐性も持っている。しかしその耐性を持ってしても青年の幻惑にいつの間にか陥っていた黒装束の女は、思わず自分が何時から幻惑に陥っていたのか青年に聞いた。
「僕と対峙した時にはすでにかかっていたよ……」
幼さの残る笑みを浮かべる青年。
「……」
笑みを浮かべる青年に計り知れない脅威を感じる黒装束の女。
「うーん、正確に言うと幻惑というより誘惑かな……世界中の女性は僕の近くにいると隠れていた性が掻き立てられてしまうんだ……そう今のお姉さんみたいにね、これ中々制御するのが難しくてね、この力に目覚めた当初はずっと発動した状態で大変だったよ」
大変だったという割にその表情からは苦労が伝わってこない青年は、ゆっくりと黒装束の女に近づいていく。
「はぁ! くぅ……やめろ……はぁはぁ……近づくな……」
気付けば体中を何かが這うような感覚に陥る黒装束の女は、布越しからでも分かるほどに顔が赤く染まる。息が荒くなり艶のある息を吐きながらも黒装束の女は青年が近づいてくることを拒んだ。
「へぇー凄いね、ここまで耐えたのはお姉さんが始めてた……」
どこか嬉しそうに黒装束の女を見つめる盾士の青年。
「まさかこんなガキに……追い詰められるなんて……」
「ガキは酷いな……僕は、サイデリー王国 南地区部隊隊長 最上級盾士ランギーニュ=バルバレスっていうんだよ……お姉さん」
「はぁぁぁ! ぐぅ……」
耳元で囁く最上級盾士ランギューニュの声に、体の奥から感じたことの無い快楽が湧き出てくる黒装束の女は思わず声を漏らす。しかしすぐに口を塞ぎ漏れ出た声をせき止める。
「ふふふ……いいねその目……」
囁くその声に今にも崩落しそうな自我をどうにか踏み留める黒装束の女は、鋭い眼光でランギューニュを睨みつけ己に残る理性を保つのであった。
ランギーニュ=バルバレスは、若干14歳の若さで盾士の頂点である最上級盾士の座に着いた男である。神童、天才と呼ばれその実力は他の最上級盾士よりも上なのではないかと言われる程にサイデリー王国では有名な存在であった。
その端正でありながら幼く人なつっこい顔も余ってサイデリーの女性達、特に年上のお姉さま達に人気がある。町を歩けばアイドル並みに黄色い声援が飛ぶといった状態であった。しかし彼が女性に人気がある理由はその容姿や才能だけでは無い。彼が持つ特殊技能が関係していた。
それは異性を対象とした特殊技能、魅了であった。魅了は色仕掛けとは違い、高確率で相手を自分の虜にし快楽に陥れることができる特殊技能である。だが本来人間が魅了を習得することは不可能と言われている。
しかし神の悪戯なのか、ランギューニュはその魅了という特殊技能をなぜか習得し自在に扱うことができる。だとすればランギューニュは……これは誰にも知られてはいけないランギューニュの秘密であった。
「……さて、怪しい奴らの確保はできたね、男達は牢屋にぶち込んでおいてください」
自分よりも年上である部下の盾士にそう指示を出したランギューニュは、快楽に抗う黒装束の女を見つめる。
「さて、なぜあんな不審な行動をしていたのか……じっくりと聞くとしましょうか」
「はぁはぁ……くぅ……お前達『強化飲料(エナジードリンク』を使いな!」
顔を快楽に染めながらも理性を保つ黒装束の女は、盾士達によって連行されそうになっていた仲間にそう叫んだ。黒装束の女の指示を聞いた筋骨隆々の男達は、盾士達の拘束を振り払い懐から金色の液体が入ったガラスの瓶を取り出し躊躇うことなく一気に飲み干す。
「おいおい、元気の前借か? 男に張り切られても僕は全く嬉しくないんだけど」
既に筋骨隆々な男達の筋肉が更に盛り上がるのを見てランギューニュは呆れた声をあげた。
『強化飲料』とは、その名の通り服用することによって人体に様々な影響を与える『魔法道具』の一種である。ガイアスでは基本、国の許可が下りている物以外の『強化飲料』は、違法とされ罰せられる代物である。
『強化飲料』を飲んだ筋骨隆々な男達の筋肉が急激に盛り上がっていく。彼らが飲んだ『強化飲料』は筋肉強化』を促すもので、彼らの状態からするとサイデリーでは違法認定がされている物であった。
「まあ君達みたいのが、国で認められている『強化飲料』を使うはず無いよね……そんなのに頼っても僕は倒せないけど」
化物のように盛り上がった筋肉を纏う男達を前に怖気づくことも無くただ呆れるランギューニュ。
絶大な効果を発揮する反面、『強化飲料』には副作用もある。効果の大きさによって副作用の強さも変わり、中毒症状を引き起こす物もあり最悪の場合命を落とすものまである。そんな理由から危険と隣り合わせにある『強化飲料』は国では厳しく規制されている。
「くぅ……いけ!」
黒装束の女の一声で筋肉の化物と化した男達は一斉にランギューニュ目がけ飛び出していく。盾で防ごうとする盾士達を次から次へ弾き飛ばす男達の姿はさながらサイデリーに生息する狂猪のようであった。
盾士を吹き飛ばしながら突進してくる男達を見ながらランギーニュはやれやれと首を振る。
「やるならそこのお姉さんとやりたい、な!」
大男の一人が振りかぶったハンマーのような拳をランギーニュは自身が持つ小さな盾で鮮やかにいなす。
「攻撃確認……防衛攻撃に入る……もう謝っても許さないよ」
攻撃を受けたことを確認するような言葉を口にしたランギューニュは笑みを浮かべ自分に攻撃を仕掛けた男の懐に入り込む。自分の二倍以上の体格差がある男の胸に盾を添えるとそのまま一気にねじ込む。
「ぐぼぉおおお!」
すると鈍い音と共に巨大な男の体は低い悲鳴を上げながら宙を舞い吹き飛んでいく。吹き飛んでいった仲間を横目にランギューニュに向かって攻撃を仕掛ける他の男達。しかしランギューニュは、ある時は男達の攻撃を可憐にかわし、ある時は自身が持つ小さな盾で攻撃をいなしながら男達を次々と小さな盾で吹き飛ばしていった。
「がはぁあ!」
最後に攻撃を仕掛けた男を軽々と吹き飛ばしたランギューニュは、汗一つかくことなく余裕の表情を浮かべていた。
「ぐぅううう」
吹き飛ばされた男達は痛めた場所を触りながら立ち上がる。その目にはまだ諦めの色は無い。
「はぁ……まだやるの……」
現状、『強化飲料』で肉体強化をした男達にこの場にいる盾士だけで対処することは無理がある。そのことはランギューニュも十分理解している。必然的にランギューニュが相手をしなければならないのだが、そもそも男達に興味が無いランギュー二ュは嫌そうに表情を歪めた。
「行くぞ!」
男の一人がそう叫ぶと先程と同じようにランギューニュに対して突進していく。
「同じことしても無駄でしょ」
先程と全く同じ手段で攻撃を仕掛けてくる男達にただただ呆れるランギューニュ。
「それはどうかな!」
「ッ!」
しかし次の瞬間、突進する男一人を残し他の男達はその場から姿を消した。
「……ふーん」
筋骨隆々で忘れがちだが、彼らは黒装束の女の仲間。彼らも忍者である。その巨大な肉体の見た目に反して動きは速い。全く興味の無い声を上げたランギューニュの周囲を取り囲むようにして姿を現す男達。
「いくらお前が最上級盾士であろうと、全ての方向から攻撃されれば防ぐことは出来まい!」
正面からランギュー二ュに突進してくる男は勝ち誇ったように口元を緩めるとそのまま突進の速度をあげる。それは他の男達も同様で各方向から凄まじい速度でその体を武器としランギュー二ュに突進を仕掛けた。
「確かに、普通の盾士ならこんなことされたらひとたまりもないだろうね……」
何かが弾けるような音と共に男達の四方向からの突進攻撃に押し潰されるランギューニュ。
「でも……」
だが押し潰されたはずのランギュー二ュの言葉を止まらない。
「僕は最上級盾士だからね……」
「な、何!」
前後左右からの同時攻撃に成功したはずの男達は、押し潰したはずのランギューニュの姿に驚愕する。
「何処から攻撃されようが、それが同時であろうが防ぐ自信があるよ」
男達四人による前後左右同時突進攻撃によって押し潰されたはずのランギューニュは、後と左右に形や大きさの異なった盾を展開し全ての突進を防ぎ切っていた。
「盾士が盾一つしか持っていないなんて思わないでね、僕らは守りの頂点だ」
その光景を見つめていたランギュー二ュの部下達は、いや、それはあなただけですと言いたそうな表情を浮かべていた。
確かに盾士が複数盾を所持してはならないという決まりは無い。しかし彼らは人間であり腕は二つしかない。最高でも盾は二つしか持てないのだ。そしてそれはあくまでただ持つという話だ。例え二つ所持したとしてもその一つは予備としての役目が大きく同時に運用するなどと普通は考えない。いや出来ない。盾を二つも所持してなおかつ戦闘で運用するとなれば機動力が恐ろしい程に下がる。例え守りが主である盾士であっても身動きが取れなくなればただの的と変わらない。動かない的はいずれ崩されてしまう。それを理解している盾士達は冗談でも二つの盾の同時運用など絶対にやろうなどという考えにはいきつかないのだ。
しかしランギューニュは違った。両腕に持つ盾は左右の突進を防ぎ、前後に出現した盾はもう余っている腕が無いというのにその場で浮遊し男達の突進攻撃からランギュー二ュの身を守っていたのである。
何処から出現したとう疑問もさることながら、やはり一番の驚きは浮遊している盾であった。
「ふふふ……これが最上級盾士の力だよ!」
突進攻撃の威力を全てそのまま跳ね返すようにランギューニュに突進した男達は吹き飛び建物の壁へとぶち当たる。
だからそれはあんただけだよという目で圧倒的な力の差を見せつけるランギューニュを見つめる盾士達。
「さあ、これで終わりだ、皆彼らを拘束してください」
普段持っているだけの盾を残し浮遊する大きさや形の異なった盾が役目を終えるように消え去るとランギューニュは壁に激突し白目をむいて気絶している男達を見てすぐに拘束するように周囲の盾士達に指示を出す。ランギューニュの指示に即座に行動を開始する盾士達は手際よく気絶している男達を拘束し連行していく。そんな光景を横目に一人の魔法使いがランギューニュに近づいてきた。
「ランギューニュ隊長!」
「はいはいなんだね魔法使い君」
動くこともままならない黒装束の女から目を離さず、自分の名前を呼ぶ魔法使いに返事をするランギューニュ。魔法使いはランギューニュの耳元で何かを囁いた。するとランギューニュは黒装束の女を見つめながら納得したような表情になる。
魔法使いがランギューニュに囁いたのは、サイデリーに響き渡った竜の咆哮についての報告と黒装束に身を包んだ賊が侵入したというものであった。
「了解、ガリデウスさんに賊は捕まえたと伝えといてください」
魔法使いに伝言を託したランギューニュは、ゆっくりと未だ快楽の渦から脱することが出来ずもがき続けている黒装束の女に近づいていった。
「お姉さん……名前は何て言うの?」
幼さを残し可愛らしく微笑むランギューニュの口から甘い声が黒装束の女に向けられるのであった。
― サイデリー王国 北地区 氷の宮殿内 ―
「ガリデウス隊長!」
氷の宮殿内にある廊下を慌ただしく走ってきた魔法使いはそのままブリザラ達がいる客間へと飛び込んできた。
「何事だ騒々しい」
想像しい魔法使いを叱りつけながらガリデウスは、ブリザラとアキが席につくテーブルの席から腰を上げその魔法使いに近寄って行く。
「あっ! これは失礼しました」
客間にブリザラがいることを理解した魔法使いは慌てて姿勢を正しサイデリーの王であるブリザラに頭を下げた。
「お前……本当にオウサマなんだな……」
魔法使いの態度を見たアキは、隣に座るブリザラを見て呟く。
「はい、一応、王です」
『王よ一応とはなんだ一応とは』
ブリザラの横に置かれていた自我を持つ伝説の盾キングは、呆れたようにブリザラの言葉に言葉を挟む。
「むむむ……」
「あーいや、すいません、騒がしいですね黙っています」
少し離れた所から重い殺気を感じたアキはガリデウスにそう言うと口を塞いだ。
「それで何用だ……」
あの男、軽々と王の隣に座りおってと頭の隅で考えながらガリデウスは息が荒い魔法使いに要件を聞いた。
「はぁはぁ……ランギューニュ隊長の下にいた魔法使いからの伝言をお届けにあがりました」
「何? ランギューニュから? ……伝言の内容は?」
普段あまり連絡をよこしてこない人物からの伝言に、ガリデウスは少し考えてから魔法使いに伝言の内容を聞いた。
「先程王を襲撃した賊を捕まえたと、そして既にランギューニュ隊長がその賊達と共にこちらに向かっているとのことです」
「何だと!」
驚くガリデウス。その様子を見ていたブリザラはすぐさま座っていた椅子から立ち上がると横に置いていたキングを手に取って客間を飛び出していく。
「お、王!」
「あーあんた忙しいだろ、俺が追いかけるよ」
飛び出していったブリザラに慌てるガリデウスを宥めるようにそう言ったアキもブリザラの後を追い客間から飛び出していった。
「ぐぅぅ……何なんだ彼奴は!」
ブリザラに纏わりつくアキという存在がどうにも気に喰わないガリデウスはその怒りを何処に発散していいから分からず押し殺した声で叫ぶ。
「自由奔放な王を持つと大変だな」
ガリデウスの肩に手を置くことが出来ない少女、上位精霊ウルディネはガリデウスの腰をポンポンと二回軽く叩いた。
「……」
自分を慰める少女を前にガリデウスは頭を抱え深くため息を吐くのであった。
「おい、待てオウサマ!」
氷の宮殿の長い廊下を走り抜けていくブリザラ。以外に足が速いと思いながらアキは走る速度を少し上げブリザラの前に立ちはだかる。
「オウサマのあんたが一体何しにいくんだよ」
「何しにってなぜ私を襲ったのか話を聞かないと」
「はぁ?」
ブリザラの言葉に理解が出来ないという声が漏れるアキ。
「……あ、いやいや、だからなぜ直接あんたが話を聞きに行く必要がある、それはあんたの役目じゃないだろ?」
なぜ王が自分を襲った賊に直接話を聞きにいかなければならないのか理解に苦しむアキ。
「賊の人達が私を襲ったのは私に問題があったからです、だったら私はその問題を直したいんです」
「……」
力強くそう言うブリザラの言葉に本気かと目を見開き言葉を失うアキ。
『小僧……我王はこういう人物なのだ……』
全くブリザラという人間を理解できないアキの様子にキングは半ば呆れながらそう言った。
「兎に角私は賊の人達と話をする為にランギューニュさんがここに来るのを待ちます」
そう言って立ちふさがっていたアキの横を通りブリザラは氷の宮殿の城門へと向かい歩き出した。
「はぁ……たく……この国と同じでどうしようもない甘ちゃんだな……」
心底呆れながらもアキはブリザラの後を追うように氷の宮殿の長い廊下を歩き始めるのであった。
― サイデリー王国 北地区 氷の宮殿 地下 ―
「ああ、久々に北地区に来たっていうのにこんな陰気な所に来なきゃならないなんて……救いなのはピーランお姉さんと二人きりだってことぐらいかな……」
そこはサイデリーの外気とは違った暗い寒さがある場所。地下にあるその場所に響く青年、ランギューニュの声はその場所には似つかわしくないほど明るく陽気であった。
「くぅ……気安く、私の名を口にするなぁぁ……」
陽気に喋るランギューニュに対し地下にある檻に入れられた黒装束の女は、顔を赤らめながら怒りを露わにする。しかしその声は震え弱々しく、時折混じる息は艶めかしく暗く寒い地下に響き渡る。
サイデリー北地区、氷の宮殿地下に造られたその場所は、罪人を収容する牢屋であった。しかしここ数年、大きな罪を犯した者はサイデリーにおらず殆ど使われない場所となっていた。
「いや本当に凄いねピーランさん……僕の誘惑にここまで抵抗できるとは思わなかったよ」
憎しみとも愛欲ともみえる潤んだ瞳でランギューニュを見つめる黒装束の、女ピーラン。体を拘束され身動きが取れないピーランに対して手を伸ばすランギューニュ。その手はピーランの耳に軽く触れる。
「ひぃ! ……うぅぅ……」
僅かに触れただけだと言うのに電流が頭から足を抜けたように体を痙攣させるピーラン。今ピーランの体の中では自身が経験したことの無い快楽の波が押し寄せ理性という防波堤を砕きにかかっていた。
「あれれ? ……もしかしてピーランは耳が弱いのかな」
快楽を手に取るように理解するランギューニュはピーランの弱点を見つけまるで幼い子供のように無邪気な笑みを浮かべる。
「この場所に誰かがやってくるのはもう少し先だから、それまで二人で楽しい事をしようよ、ピーラン」
顔をピーランの耳元に近づけ呟くランギューニュ。囁かれた言葉はただの言葉。
「はぁあ……ああ……ああ……」
しかし今のピーランにとってそれは快楽に堕落する甘美な言葉。すでに持ちこたえられる理性は限界に到達し、押し寄せる快楽の前にピーランは何も出来ずにいる。
「さあ、快楽の始まりだ」
牢屋に灯る頼りない蝋燭の火が揺れる。蝋燭の火によって作り出される二人の影が怪しく交わり、薄暗い牢屋に艶めかしい声が響き渡るのであった。
ガイアスの世界
登場人物
ランギーニュ=バルバレス
年齢 18歳
レベル60
職業 最上級盾士 レベル80
今までにマスターした職業
剣士 拳闘士 盾士 上位盾士
※素性が分からないことが多く、これ以外にもマスターしている職業があると思われる。
装備
武器&盾 小さき戦士の盾
頭 サイデリー王国最上級盾士用ヘルム(公の場以外ではつけていない)
胴 サイデリー王国最上級盾士用フルプレート
腕 上に同じ
足 上に同じ
アクセサリー 擦り切れたお守り
自他共に認めるサイデリー王国一の女好き。
若干14歳で盾士の頂点である最上級盾士に上りつめた男。もともとは戦争孤児であり、ふらりと戦場に立ち寄った先代の南地区最上級盾士に拾われその才能を見出される。
最初は盾士になることを拒み剣士や拳闘士などになり反抗の意思を見せていたが、ある時先代の南地区最上級盾士にボコボコにされたことを契機に真面目に盾士に向き合うようになった。それからすぐに自身の才能と先代の的確な指導によって最上級盾士候補となり今に至る。
と言うのが公に明かされている彼の情報であるが、それ以外の情報が全くない。ランギューニュには謎な部分が多く特に彼が持つ特殊技能、誘惑は彼と先代しか知らない秘密である。
本来、誘惑という特殊技能を持つ存在は、夢魔であるサキュバスやインキュバスであり、人間は習得できないと言われている中、ランギューニュはサイデリー王国一の女好きであるからなのか、それとも天才であるからなのかは分からないが誘惑を習得しているのである。
その謎は彼の素性に隠されているようなのだが、現段階でははっきりとしたことは分かっていない。




